ずっと、いっしょ。

 月曜の朝、母の声で目が覚めた。

 「キョウ、起きて」

 いつもより低い声。

 「ばあちゃん、倒れた」

 頭が追いつかない。

 「……は?」
 「朝、様子見に行ったら動けなくなってて。救急車呼んだ」

 心臓が強く鳴る。
 昨日まで、普通だった。
 縁側に座って、麦茶を出して。
 三人、仲良くやってるかい、なんて言って。

 「意識はあるって。でも高熱」

 高熱。
 それだけ。
 それだけのはずなのに。
 祖母の家を出るときの言葉が、耳の奥で響く。
 ――見るんじゃないよ。
 喉が渇く。

 「学校は?」
 「今日は休みなさい」

 うなずく。
 スマホが震える。

 《どうした?》

 タツキ。
 まだ何も言っていないのに。
 画面を見つめる。

 《ばあちゃん倒れた》

 すぐ既読。

 《今から行く》

 返信が速い。
 早すぎる。

 病院の待合室は白い。
 消毒液の匂い。
 椅子に座っていると、落ち着かない。

 「キョウ」

 振り向く。
 タツキが息を切らして立っている。
 本当に来た。

 「大丈夫か」

 肩に手が置かれる。
 その手は温かい。
 現実の温度。

 「ただの熱だって」

 母が言う。

 「年寄りは急に上がることあるから」

 医者の説明もそれだけだった。
 ウイルス性の感染症。
 命に別状はない。
 数日入院。
 それだけ。
 それだけなのに。
 どこか、胸の奥が冷えている。

 「よかったな」

 タツキが言う。
 やわらかい声。

 「心配すんなよ」

 その言い方が、やけに安心させる。
 手が、自然に背中を撫でる。

 「俺いるから」

 その一言で、少しだけ力が抜ける。
 母は手続きをしに行った。
 廊下の先、ストレッチャーで運ばれていく祖母の姿が一瞬見える。
 目は閉じている。
 顔は赤い。
 でも。
 ほんの一瞬だけ。
 祖母の瞼がわずかに動いた気がした。
 俺のほうを見たような。
 いや。
 気のせいだ。

 「キョウ」

 タツキが呼ぶ。
 視線を戻す。
 その目は、いつも通り優しい。

 「怖いか?」
 「……別に」
 「嘘」

 小さく笑う。

 「震えてる」

 自分の指先を見る。
 本当に少し震えている。
 いつの間にか、タツキの手が重なっていた。

 「大丈夫」

 囁くような声。

 「変なこと、考えるなよ」

 胸がざわつく。

 「何が」
 「ばあちゃんの言葉とか」

 息が止まる。

 「……何で」
 「気にしてたろ」

 さらりと言う。
 当たり前みたいに。

 「三人とか」

 病院の蛍光灯が、わずかに明滅する。
 一瞬だけ、視界が白む。
 その白の奥で。
 何かが揺れた気がした。

 「もう忘れろ」

 タツキの声が近い。

 「俺がいる」

 強い。
 優しい。
 逃げ道を塞ぐくらい。
 そのとき。廊下の奥から、かすかな音がした。
 風の音みたいな。
 ここは病院のはずなのに。
 振り向こうとする。
 タツキの手が、少しだけ強くなる。

 「見るな」

 低い声。
 無意識のように。
 心臓が跳ねる。

 「……何?」
 「何でもない」

 すぐにいつもの調子に戻る。
 優しい顔。
 完璧な顔。
 でも。
 ほんの一瞬だけ。
 その背後の白い壁が、細く揺れた。