ずっと、いっしょ。

土曜の午後。
 駅前で待ち合わせ。
 タツキはもう来ていた。

「遅い」
「五分だろ」
「五分は遅い」

 笑いながら言う。
 その距離が、最近少し近い。
 並んで歩くと、肩が触れる。
 避けない。
 今日は映画を観て、ショッピングモールをぶらついた。
 他愛もない話。
 クラスの愚痴。
 将来の話は、しない。
 フードコートで向かい合って座る。

「キョウさ」
「ん?」
「最近、ばあちゃんとこ行った?」

 ストローをくるくる回しながら、タツキが聞く。

「行った」
「何か言ってた?」

 少しだけ、視線が鋭い。

「三人仲良くやってるかって」

 何気なく言う。
 一瞬。
 ほんの一瞬だけ。
 タツキの指が止まった。

「……へえ」
「ボケてんだよ。認知症だって」

 笑って言うと、

「そう」

 短い返事。
 空気が、わずかに重くなる。

「お前さ」

 タツキが顔を上げる。

「三人って、誰のことだと思う?」
「知らねーよ」
「本当に?」
「しつこいな」

 少し、苛立ちが混じる。

「なんでそんな気にすんだよ」
「気にしてない」
「してるだろ」

 視線がぶつかる。
 いつもより近い。

「俺とお前だろ」

 タツキが言う。

「それ以外、いなくない?」

 その言い方が、妙に強い。

「……いるとかいないとか、知らねえって」
「キョウ」

 名前を呼ぶ声が低い。

「俺以外、いらなくない?」

 胸が、ざわりとする。

「は?」
「だってさ」

 笑う。
 でも目が笑っていない。

「俺らずっと一緒じゃん」
「だから何だよ」
「それでよくない?」

 言葉が、少し重い。
 逃げ場を塞ぐみたいに。

「重いんだよ」

 思わず出た。
 空気が、止まる。
 タツキの表情が固まる。

「……何それ」
「別に。最近なんかさ」

 うまく言葉が出ない。
 自分でも、何に苛立っているのかわからない。

「距離、近すぎ」

 言ってから後悔する。
 タツキは黙る。
 数秒。

「帰る」

 立ち上がる。

「おい」
「キョウがそう思ってるなら、いい」

 振り向かない。
 その背中が、妙に遠い。

「勝手にしろ」

 強がって言う。
 本当は追いかけるべきだった。
 でも、動けなかった。

 夕方。
 一人で駅を出る。
 いつもなら並んで歩く道。
 今日は一人。
 胸の奥が、少し痛い。
 言いすぎた。
 でも。
 あの言い方は、怖かった。
 俺以外いらない。
 あの目。
 ため息をつく。
 少し遠回りする。
 駅前の通りを外れて、田んぼ道へ入る。
 子どもの頃、よく走った道。
 今はあまり通らない。
 夕焼けが低い。
 風が吹く。
 ちゃんと、稲が揺れている。
 静かだ。
 足音だけ。
 そのとき。
 前方の田んぼの向こう。
 白い何かが、立っている気がした。
 細長い。
 揺れている。
 風に、逆らうみたいに。
 足が止まる。

「……」

 目を細める。
 ただの案山子だ。
 布が巻きついているだけ。
 そう思おうとする。
 でも。
 揺れ方が、おかしい。
 風と、合っていない。
 体の奥が、冷える。
 祖母の声がよぎる。
 ――見るんじゃないよ。
 瞬き。
 次の瞬間、そこには何もない。
 田んぼだけ。
 風だけ。

「……は」

 自分の呼吸が荒い。疲れているだけだ。喧嘩したせいだ。
 そうだ。ポケットの中でスマホが震える。
 画面を見る。

《ごめん》

 タツキ。

《言いすぎた》

 心臓が跳ねる。
少し安心するけど、少し、怖い。
振り返る。
 誰もいない。田んぼは静かだ。
 ただ。
 風が、今だけ止んでいた。