ずっと、いっしょ。

 祖母の家に行ってから、何も起きていない。
 本当に、何も。
 月曜は普通に授業を受けて、
 火曜は小テストで赤点を回避して、
 水曜は体育で転んで笑われた。
 タツキは変わらず隣にいて、
 昼は別のクラスから顔を出して、
 帰りは自然と同じ方向に歩く。
 平穏だ。
 拍子抜けするくらい。
 水曜の夜、歯を磨きながら、ふと鏡を見た。
 自分の顔。
 泡だらけ。
 眠そうな目。
 背後に、部屋のドア。
 いつもの風景。
 ――一瞬。
 鏡の中の俺の肩越しに、誰かが立っているように見えた。
 振り向く。
 誰もいない。
 もう一度、鏡を見る。
 俺だけ。

「……疲れてんのか」

 口の中の泡を吐き出す。
 考えすぎだ。
 祖母のこともあったし。
 寝不足だ。
 その夜は何も見なかった。
 木曜。
 放課後、タツキとコンビニに寄った。

「アイス買う?」
「寒くね?」
「じゃあホット」

 自動ドアが開く。
 ガラスに自分たちが映る。
 二人。
 ちゃんと二人。
 ……?
 ほんの一瞬だけ、映り込みのタツキの肩が、少し遠くに見えた。
 現実ではすぐ横にいるのに。
 ガラスの中では、わずかに距離がある。
 瞬きをする。
 もう同じ位置に戻っている。

「どうした」
「いや」
「今日も変だな」

 軽く笑われる。
 その声はいつも通りだ。
 金曜。
 クラスで集合写真を撮った。
 体育館で整列して、教師がカメラを構える。

「もっと詰めろー」

 押される。
 横にタツキはいない。別クラスだから。
 フラッシュ。
 一瞬の白。
 夜、グループに写真が送られてくる。
 なんとなく開く。
 何十人もの顔が並んでいる。
 拡大。
 自分の顔を探す。
 あった。
 その隣に、誰かの肩。
 当たり前だ。
 集合写真なんだから。
 でも。
 拡大していくと、自分の肩のあたりだけ、少しだけ輪郭がぼやけている。
 まるで、そこにもう一人いたみたいに。

「……」

 目を擦る。
 画質の問題だ。
 体育館は暗い。
 スマホを伏せる。
 通知が来る。

《明日ヒマ?》

 タツキ。

《午後なら》
《じゃあ出かけよ》

 返信が早い。
 いつも通り。
 安心する。
 日常は続いている。
 何も崩れていない。
 なのに。
 鏡。
 ガラス。
 写真。
 “映るもの”だけが、わずかに揺れる。
 肉眼では、何もない。
 俺の目が、おかしいのか。
 それとも。
 記録のほうが、正直なのか。
 ベッドに横になり、スマホの黒い画面を見る。
 暗い反射の中に、自分の顔が映る。
 その後ろ。
 何もない。
 何も、ないはずなのに。
 黒の奥が、ほんの少しだけ深く見えた。