老いた英雄は新天地で第二の人生を歩む~最強の巨匠、正体を明かさず『普通のおじさん』で通すもなぜか絶えず頼られてしまう~

 キャデル村でのダンジョン探索から一週間。

 我々のあげた成果はギルド運営に大きな動きをもたらした。

 やはり経済的な影響力を考慮し、ドアン王国は慎重に今後の動きを検討するという。

 そちらの動きは専門家に任せるとして、私とメイジーは穏やかな日々を変わらず過ごしていた。

 ここ最近はメイジーの鍛冶職人としての腕もあがり、簡単な依頼ならもう自分でこなせるようになっていた。

 これでお役御免でもよかったのだが、メイジー本人や【青い流星】の面々から引き止められる形でキャデル村に残った。

 この村で生活を始めて二ヵ月……思っていたよりも長い滞在となったが、ここでの生活は新しい発見が多く、教えている私自身、とても学ぶことがある。

 若者たちはメキメキと実力を伸ばしているし、本当にこれからが楽しみだ。

「今日もいい朝だな」

 井戸から()んできた水で顔を洗いながら空を眺める。今日の予定は、まず農場に依頼のあった品を届けに行くんだったな。

「とりあえず、朝食を――うん?」

 家に戻ろうとすると、何やら村が騒がしいのに気づく。

「なんだ? トラブルでもあったのか?」

 ひとりふたりが慌てているというわけではないようだし、只事(ただごと)ではなさそうだ。

「様子を見に行ってみるか」

 私はメイジーにも声をかけ、村人たちへ事情を聞きに向かう。

 人々は農場へと集まっていた。

 今は確か収穫期を迎えていた野菜があったはずだが……農場はひどい有り様だった。

「なんてことだ……ほぼ全滅じゃないか」

 村人たちが丹精込めて作った野菜が見るも無残な状態に。ソーマ大陸にある国の中でも最大規模とされるエディス王都に匹敵するほどの広大さを誇る畑も、所々踏み荒らされている状態で、これをもとに戻すのにもかなりの労力が必要になるだろう。

「随分と派手にやられたな……過去に似たような事例は?」

「い、いえ、少なくとも私が物心ついた頃からだと一度も……稀に森の動物が侵入するケースはあるんですが、これに関しては柵などで対策しているので近年はめっきり減ったと」

「なるほど……確かにこいつは野生動物の仕業じゃないな」

 これだけの規模の被害が一夜で起きたなら、大型モンスターの可能性が高い。

 しばらく畑を眺めていると、ひとりの男性が声をかけてきた。

「おぉ、君たちも来てくれたか」

「村長!」

 私たちのもとにやってきたのは村長だった。

「見たところモンスターの仕業のようですね」

「やはりそうか……こんなにも大規模な被害は初めてだったからもしやと思ったが」

 これほどの被害が初めて……これまでに確認されていないとなると、新しい対策を講じなければ今後も被害は増える一方だな。

 領主にはもちろん相談するが、あっちはダンジョンの件で手一杯のようだし、報告はするが対応するのは別部署になりそうだ。

 こういうケースで頼りなるのは……やはりあの組織だろうな。

「騎士団か魔法兵団になるだろうな」

 エディスでも、この手の問題にそのふたつの組織が介入することはあった。

 ただ、この国の場合はどうだろうな。

 とりあえず、場所を村長宅へと移し、今後の方針を協議することに。

「何よりもまずは領主様への報告が先決だ」

 村長が最初に話した案に反対者はなし。すぐに数人が領主へ現状を伝えるべくキャデル村を発った。

 一方、私を含む残った者たちは農場の復興に挑む――が、不安を感じている村人もいる。

「畑を元通りにするのは大賛成だし、やらなくちゃいけないんだろうけど……またモンスターが来るかも知れないんだろ?」

 ひとりの青年が、そう不安を吐露する。

 彼の発言内容はもっともだ。

 戦う手段のない彼らでは、実際にモンスターと対峙した時の対処法がわからないだろう。

 しかも畑の荒れ具合からして、モンスターの体長は少なく見積もっても五メートルはある。正直、冒険者パーティー【青い流星】でも苦戦するだろう。

「モ、モンスターが現れたら、一体どうすればいいんだ?」

「ギルドの冒険者にも依頼するか?」

「あの若者たちで倒せるモンスターなのか?」

「せめてどんなヤツなのかわかれば、対策を練られるんだが」

「ここは大人しく王都へ助けを求めよう!」

「俺たちのような田舎者を相手にしてくれるだろうか……」

 話し合いはヒートアップするも、具体的な策は一向に浮かばず。

 ただ、共通しているのは「誰かに助けを求める」という点――ならば、そこに話題を絞り込んで話し合うように誘導してみよう。

「みなさん、どこかに応援を求めるなら王都に向かうのが最善ではないでしょうか」

「うーむ、やはりそうなるか」

 村長が唸ると、周りも同調。

 みんなそこは共通認識なんだな。

「そうなると、有力になるのは騎士団か魔法兵団ではないかと」

「「「「「騎士団と魔法兵団かぁ……」」」」」

 あ、あれ?

 想像していた反応と違うな。

 もっとこう、賛同してくれると思っていたんだがな……この国の騎士団や魔法兵団って評判悪いのか?

「あんたはまだこのドアン王国をよく知らんから仕方ないんだが、騎士団や魔法兵団には声をかけられない」

「な、なぜです?」

「頼りないんだよなぁ」

「えぇ……」

 そ、そんなことあり得るか?

 この国で一番頼りになる存在でなくてはいけないというのに、国民からのそんな反応をされては面目丸つぶれじゃないか。

 騎士団や魔法兵団に対する村人たちの反応は意外なものであったが、それでもやはり国の防衛組織であるこのふたつを頼らないわけにはいかない。話を聞く限り、悪い連中というわけではなさそうだが……いい結果が得られるとも言い難いってところか。

 話し合いが終わり、これから畑を元に戻す作業を開始しようとしたまさにその時――何やら窓をコンコンと叩く音が。見ると、そこには小鳥がいて、首には何か紙のような物が巻かれている。

「あれは……使い魔か?」

「りょ、領主様の使い魔だ!」

 横に座っていた村長が叫ぶ。

 ただの鳥じゃないとは思ったが、まさか使い魔だったとは。

 おまけに領主のところから飛んできたということは、先行して村を発った者たちから報告を受け、その対処について何かしらのメッセージを送ってきたのか。

 すぐに村長は紙を広げて内容を確認――と、急に視線がこちらへと向けられる。

「領主様は……あなたに会いたいとおっしゃっている」

「えっ? 領主様が?」

 このキャデル村のある一帯を治めているのはバーハント家だったな。領民たちからの評判もいい人物と認識している。ダンジョン周りの整備諸々も素早く着手していたし、有能な方である印象だ。

 そんなバーハント家の現当主――リチャード・バーハント様が私に会いたい理由とはなんだろう。

「怒られるようなことをしたかな?」

「いや、逆じゃないですか?」

「逆?」

 そう言ったのはメイジーだった。

「アダムさんがいたから、ダンジョンの新しい可能性を見出せましたし、今の話し合いだってうまくまとめられたんですよ?」

「メイジーの言う通りだ。今やあんたはこの村に欠かせない存在になっている。領主様もきっとそれを理解されているから、直接会って礼を言いたいんじゃないか?」

 メイジーのあとに村長がそう言うと、周りの村人たちも「そうだそうだ」と続く。

「みんな……」

 そんな風に思っていてくれたとは。

 不覚にもジーンときてしまった。

 ともかく、領主様からの要望ならば応えないわけにはいかないだろう。畑の作業は村の人たちに任せて、私は歩いても行けるというバーハント家の屋敷を目指す。

 屋敷までは一本道なので迷うことなく到着できるらしいが、念の為メイジーに道案内を頼んだ。

 整備されて歩きやすい道となっており、木々に囲まれる自然豊かなルートだった。

「木漏れ日が気持ちいいな」

「ですね! 今日はお天気もいいですし、こんな日はのんびり外でお昼寝でもしたいですね」

「確かに」

 村の近くにこんな癒やしスポットがあるとは。

 まだ知らない一面があるなとしみじみ感じていたら、遠くに大きな屋敷が見えてきた。

「あそこが領主様のお屋敷ですよ」

 メイジーがそう教えてくれた。

 さすがは領主の屋敷……これは貴族が発する独特の威圧感ってヤツかな。

 私もエディスにいた頃は、貴族の方々とは何度かパーティーでお会いした経験があるが……やはり慣れないな。

 爵位を与えるとありがたい提案もされたが、断わっていたんだよな。私には向かない世界だと断言できたし。

 ただ、キャデル村の人たちの話を聞く限り、悪い人ではなさそうなのでそこは救いかな。

 屋敷に到着すると、ちょうど村から畑の被害を報告しに来ていた者たちと遭遇。彼らの話では、すぐに手を打つと約束してくれたらしい。

 こちらの領主様は有言実行されるので、村の人たちも安心だろう。

 入れ違いになる形で、今度は私とメイジーが屋敷内へ。ここからはメイドが案内役を担当してくれるようになり、一階南側の角部屋――応接室へ。

「失礼します」

 ノックをしてから尋ねると、中から入ってくれと声が。入室すると、執務机の前に立つひとりの紳士がにこやかに迎えてくれた。

 年齢は四十代半ば。

 私より少し年下くらいか。

 眼鏡をかけ、物静かな態度からは知性を感じさせる。自らの地位をひけらかすような貴族も多いのだが、彼はそういうタイプではないようだ。

「急に呼び出したりして悪かったね」

「いえ、とんでもない」

「まあ、座ってくれ。今紅茶の用意もさせるから」

 リチャード様は、私たちを案内してくれたメイドに紅茶を持ってくるよう指示を出す。

 命令口調ではなく、「よろしく頼むよ」といった気さくな物言いに、メイドも萎縮することなく自然な笑顔で「承知いたしました」と返事をして退室した。

 ……いい関係性が築けているな。

「ライソンの弟子という君には前々から一度会ってみたいと思っていてね」

「師匠をご存じでしたか」

「もちろんだ。――そちらのメイジー・ティペッツについても、彼からよく話を聞かされたよ」

「わ、私のですか!?」

 ガチガチに緊張してひと言も発せられないでいたメイジーが、ここへきて大声をあげる。

 リチャード様は、そんな彼女の様子を微笑みながら眺める。

「ははは、そこまで緊張しなくていいぞ。そういうところは彼と似ていないな」

 ライソン師匠はなぁ……経営方針に納得できないと工房代表すらぶん殴るような人だったので、そういう部分はメイジーに遺伝しなくてよかった。

 まあその分、気に入った人間にはとことん胸襟を開いていたけど。

「さて、本来はライソンとの昔話で盛りあがりたいところだか、先に片づけなくてはいけない問題がある。これについて君の意見を聞きたいんだ」

「……なんでしょうか?」

 話題を変えた瞬間、リチャード様の顔つきが変わった。このあたりの切り替えはさすがだな。

「先ほど報告にあった畑の件だが……君はモンスターの仕業と読んでいるようだな」

「現場の状況からそう判断しました」

 私はモンスターの仕業だと推測した理由を並べていくと、最後に注意事項を述べる。

「もっとも、あくまでも状況から判断したまでで、確証があるわけではありません」

「なるほど……」

 リチャード様は何事か思案するように顎へと手を添えて唸る。しばらくすると、顔をあげて真っ直ぐこちらを見据える。

「ダンジョンの件でも、君は若き冒険者たちを導いて新たな可能性を示してくれたそうだね」

「あれは彼らのポテンシャルが高かったからできたのであって、私はただひとつふたつ助言をした程度ですよ」

「謙遜するな。彼らの君に対する評価を聞いていれば、指導者としていかに優秀か分かる。ぜひこれからもメイジーをよろしく頼むよ」

「もちろんです。彼女には、私がライソン師匠から叩き込まれた鍛冶職人としてのノウハウを伝えてまいります」

「よろしくお願いします!」

 メイジーも気合十分だな。

 このあと、リチャード様は騎士団と魔法兵団に事態の究明を急がせるよう話を持っていくという。

「平和な国で暇をしているだろうからな。明日にも人員を整えて騎士団長と魔法兵団長ふたり自ら出向いてくるだろう」

「騎士団長自ら?」

 これには驚いたな。

 普通、騎士団長は余程の大事件でもない限り出張ってはこないのだが、この国はかなり平和なようなので、畑を荒らすモンスターが出現したというのは大事件の部類に入るのだろうな。

「この件は私から村長へ伝えます」

「頼むよ」

 この援軍があるだけで今後の展開も変わってくる。

 彼らと合流をする前に、モンスターの襲撃に備えて万全の対策を講じないとな。





  ◇◇◇





 翌朝。

 あれから交代で夜通し見張りをしたおかげか、モンスターの再襲撃はなく、静かな夜となった。

 しかし、村人たちの不安が拭いきれたわけではなく、ほとんどが寝不足に悩まされているという。

「まったく、収穫期だっていうのに厄介なヤツに目をつけられてしまったな……」

 村長は嘆き、他の村人にもいつもの元気がない。

 こうした事態は初めてだというし、精神的な疲弊もあるのだろうな。

 ただ、それも間もなく改善されるはず。

 なぜなら、今朝早く、村長宅へリチャード様の使い魔が再びやってきて、騎士団と魔法兵団が間もなく王都を発つと連絡してきたのだ。

 リチャード様が予想した通り、両組織の対応はかなり早い……気がかりなのはどちらも実戦経験がほとんどないこと。

 本来はそちらの方が望ましいのだが、こうした有事の際の対応が難しくなる。私もこれまでの経験から力になれるところはどんどん協力していきたいと思う。

 荒れ地となった畑の前で待っていると、まず姿を見せたのは騎士団であった。

 馬に乗り、武器を詰め込んだであろう荷台つきの馬車まで引っ張り出してきたか。随分と気合が入っているな。

 恐らく、先頭にいるのが騎士団長なのだろうが……これは驚いたな。想定していたよりずっと若いぞ。さすがにそれはないだろうと、確認のため村長に確認してみた。

「あの、村長……もしや先頭にいる彼が騎士団長ですか?」

「そうだ。ギャバン騎士団長――今年で二十一歳になる」

「そ、それはかなり若いですね……」

 エディスの騎士団長は彼よりも二十歳以上年上だからな。

 それにしても、あれほど若くして団長の座についたのだからかなりの実力者であるのは事実。

 少しずつこちらへと近づいてくる騎士団――と、私はある事実に気づく。

「……うん?」

 最初は気のせいかと思ったが……やはり私の抱いた違和感は正しかった。

 この騎士団――団長だけじゃなく、団員もみんな若い。これなら二十一歳のギャバン騎士団長は年上の部類に入るな。

「ど、どうしてあんな若い子ばかり……」

「この国ではほとんど役目がないからなぁ。ある程度の年齢まで所属して体を鍛え、両親が衰えたら家業を継ぐ……それがこの国で暮らす者の人生だよ」

 そういう考えが根づいてしまっているのか。

 これで、なぜ村長たちが騎士団や魔法兵団を呼ぶのに消極的なのかがわかったよ。

「あなた方が騎士団に依頼をくださったキャデル村の村長さんですか?」

「あ、あぁ」

「あとはこのドアン王国騎士団にお任せを」

 なんだか凄い自信だな。

 話を聞くと、腰掛け感覚だったので、言い方は悪いがヤル気がないものとばかり思っていた。

 しかし、ギャバン騎士団長をはじめ、他の若い騎士たちはダラダラしているわけでもなく顔つきも引き締まっている。

 とても不真面目にやっているようには思えなかった。

 すると、不意にギャバン騎士団長と目が合う。彼はニッと笑みを浮かべるとこちらへゆっくり近づいてくる。

「あなたがリチャード・バーハント様が言っていた腕利きの鍛冶職人か」

「あ、あぁ、アダムだ」

「話は聞いている。随分と活躍されているようだが、ここは俺たちに任せてもらおう」

「え、えぇ、ぜひ」

 私としては、騎士団で片づけてもらえるのであればそれに越したことはないと考えているので、そうあることを願っている。

 その騎士団は早速畑へと向かう。

 数は十五人。

 この規模はドアンだと多いのか少ないのか……それが知りたくて村長に尋ねてみると驚くべき答えが返ってきた。

「あれが騎士団の全戦力だ」

「えっ?」

 全戦力だって?

 じゃあ、あそこにいる騎士たちが?

 いやいや、それはそれでどうなんだ?

 魔法兵団も向かっているらしいが、いくらなんでも戦力を割きすぎではないのか?

 不安を感じつつも、彼らの背中を見送る――と、その時、私は畑内の異変に気がついた。

「あそこだけに妙に土が盛り上がっている?」

 昨日、みんなで協力し、平らにならしたはずなのだが……騎士団にこの情報を伝えようと畑へ足を踏み入れたその時、地面がわずかに揺れていることに気づいた。

 地震とは違う。

 この揺れは……まるで大型の何かが地中を移動しているような感じだ。

「っ! 気をつけろ! モンスターがいるぞ!」

 騎士団の若者たちは揺れにさえ気づいていなかったので、足を止めるという意味でも叫んだ。

 こちらの狙い通り、ギャバン団長たちは足を止めて振り返る。

 直後、地中から巨大モグラ型のモンスターが姿を現す。体長は七、八メートル。ダンジョンで戦ったポイズン・ベラン・オオトカゲよりもさらにデカいぞ。

「うわぁっ!?」

「た、助けてくれぇ!」

 若き騎士団はモンスター出現と同時に逃げ出した。あんな巨大な生物を目の当たりにすること自体が初めてだろうから仕方ないが、騎士団を名乗る以上はもう少し気合を入れてもらいたいのだが。

 彼らの退路を確保しようと前に出るが、こちらが指示を出す前にギャバン騎士団長が声をあげる。

狼狽(うろた)えるな! 相手の大きさに(ひる)めば相手の思う壺! まずは落ち着いて相手をよく見ろ! あんなウスノロに捕まるものか!」

 ギャバン騎士団長の叱咤(しった)により、騎士たちはハッと我に返る。

 ……今の声かけはよかったな。

 心が死にかけていた騎士団の面々が冷静さを取り戻して――落ち着きながら逃げ出している。戦うという選択肢はないか。

 だが、ただひとり――ギャバン騎士団長だけは剣を抜いて戦う姿勢を示す。

「これ以上好き勝手にさせるか!」

 彼は真っ向から迎え撃つ気のようだが、とても勝算があるとは思えない。このままでは丸呑みにされてしまう。

「ならば……あれを使うか」

 ここからの距離では届かない。

 だったら、遠距離からでも攻撃できるこいつの出番だ。

「頼むぞ――魔銃(まじゅう)

 魔力で加工された弾丸を放つ魔銃は、まさに今のような状況に相応(ふさわ)しい武器。

 すぐに弾丸を込めてモンスターへ狙いを定めて撃つ。ギャバン騎士団長へ突っ込んでいったヤツはこちらが狙っていると思っていなかったらしく、避ける素振りすら見せずに弾丸が眉間に直撃。

 モンスターは悶え苦しみ、そのまま倒れて動かなくなる。

 ……どうやら最悪の事態は避けられたようだな。

「なんとかなったか……」

 ふぅ、と息を吐き出してからギャバン騎士団長のもとへ歩み寄り、尻餅をつく彼に手を差し伸べる。

「素晴らしい判断だった。君があそこで声をあげなかったら、被害が拡大していたかもしれない」

「いや、だが……結局、俺ひとりでは現状を打開できなかった。突っ込んでくるモンスターを前に何もできなかった」

「実戦を積めば感覚が養われて動じにくくなるさ」

「そういうあなたはまったく動揺していませんね。……もしや、このような事態に慣れているのですか?」

「いや、特別そういうわけでは……」

 ギャバン騎士団長の私を見る目が変わる。

 メイジーやクーパーの時と同じ熱量だが……さすがに弟子入りなんてことはないよな?

 反応に困っていると、突然若い女性の声が轟いた。

「あらあらあら! 天下の騎士団長殿が腰砕けになっておられますわぁ!」

 いやみったらしく大声でギャバン騎士団長を煽ってきた女性――身にまとうローブと手にした杖から魔法使いだと思われる。

 ……魔法使い?

 もしや、彼女は魔法兵団の関係者か?

 よく見ると、他にも似たような格好をした若者が何人かいるな。

「リタ……何をしにきた」

「魔法兵団が勢揃いしているのを見て察せられません? お仕事に決まっているでしょう?」

 やはりこちらは魔法兵団の人間か。先頭でギャバン騎士団長を煽っているリタと呼ばれた女性が、恐らく団長なのだろう。

「ならばさっさと帰るんだな。すでに俺たちがモンスターを倒した」

「ふーん、倒したねぇ……そちらの渋めの男性が不思議な武器で攻撃を加えた瞬間に倒れたと思ったのですが?」

「か、彼は俺たちの味方だ! ならば俺たちが倒したと申告してなんら問題はないだろう!」

「大アリですわ! 大体あなたはそうやって昔から手柄を自分のものにしようと見苦しいマネを繰り返して!」

「見苦しいとはなんだ!」

「なんですの!」

 仲が悪いな、騎士団と魔法兵団――いやぁ、というより、互いの組織のトップが鼻息荒く口論をしているだけで、周りはうんざりだろう。これでは全体の士気を団長が乱してしまうという何ともお粗末な展開だ。

 部外者ではあるが、とても見ていられないので間に入って仲介をしようとした――が、すぐにある事実に気づいて振り返る。

 なんと、横たわるモンスターの鼓動が再び動き出したのだ。

 つまり……生き返ったことを指している。

「みんな! まだ戦いは終わっちゃいない! モンスターはまだ生きているぞ!」

 俺がそう呼びかけた瞬間、「バレたら仕方がない」とでも言わんばかりに、のっそりと起き上がるモグラ型モンスター。

 ヤツは手近にいた騎士を食すために長い舌で絡めとろうとしたが、これはギャバン騎士団長とリタ魔法兵団長が連携してモンスターに攻撃を仕掛けることで阻止に成功した。

 こういう時は息ピッタリなんだな、あのふたり。

 それにしても……私が魔銃の弾丸を撃ち込んだあと、ヤツは確実に死んでいた――にもかかわらず、あのように復活している。これは私が倒したと思っていたのは実は仮死状態であったことを示していた。

 しかし、そんなマネができるモグラ型のモンスターがいるなんて聞いたことがないな。この大陸の固有種だろうか。

 まるで魔界に住むモンスターのような特徴を持っているな。

 魔人族討伐の際、彼らが戦力として連れてきたヤツも同じ手を使ってこちらを騙そうとしていたし。

 まさか、あいつも魔界から来たモンスターなのか?

 だとしたら……誰かが魔界とこの世界を再び結びつけた可能性も浮上する。

 あのモンスターを詳しく調査したいところだが、今はまずこの場にいる人たちの安全を確保するためにも――今度こそヤツの息の根を止める。

 魔銃にはまだ弾丸が込められている。

 このまま仕留めにいってもいいのだが、私よりも先にふたりの団長が駆け出していた。

「ギャバン! 怖いのでしたらここはわたくしに任せていただいて結構ですわよ!」

「冗談を言うな、リタ! おまえにだけは絶対に負けんぞ!」

 あのふたり……素晴らしい気迫ではあるが、私情に囚われすぎているな。ギャバンは先ほど仲間たちを奮い立たせるいい声かけを見せてくれたが、魔法兵団のリタが合流してから視野が極端に狭くなったように感じる。

 ……心を乱す存在、か。

 若いうちはそういうのもあるのだろうが、今は状況が状況なだけに常時冷静な対応が求められる。

 ふたりが突っ込んでいった後ろからフォローへ回ろうとした――が、ここで私の想像を超える事態が起きる。

「はあっ!」

 まずはリタが魔力を水にし、さらにそれを矢の形へと変えてモンスターへと放つ。

【青い流星】のジャニルは、私の作った杖で魔力を増幅させてモンスターに強烈な炎魔法を叩き込んだが、彼女は武器による補正がほとんどなくても、かなりの魔力量とそれをコントロールできる技術を有していた。

 魔法兵団も若者が多く、魔法に関するノウハウも熟知するベテラン魔法使いはいないようだが……もしや、リタは独学であの領域にたどり着いたというのか?

 だとすれば彼女は魔法使いとしてかなり高い資質を持っている。

 一方、先ほどメンタル面で組織を支えていると評価したギャバンの方だが、気がつくとモンスター目がけて突っ込んでいた。

「おりゃあっ!」

 リタの魔法で怯んだモンスターに斬りかかると、見事に左前脚を斬り落とすことに成功。

 こちらも剣術の腕は悪くない――が、リタと比較してしまうと少し劣るか。

 その分、彼は組織のトップとしていいモチベーターになっている。

 さらに腕を磨き、実戦経験を重ねれば素晴らしい戦力兼指揮官としてかつての私がやっていたようなポジションに就けるだろう。

「す、凄い……」

「あのふたりって、あんなに強かったんだ……」

「これならイケるぞ!」

 他の若い騎士や魔法使いたちは、団長ふたりの活躍に触発されて奮起。それぞれが持てる力を発揮してモグラ型モンスターへと挑んでいく。

 左前脚をなくしてバランスを崩している相手ならば、このまま勢いで押し切れる――そう考えていたのだが、ここで予期せぬ事態が発生した。

「グオオオオオオオオオオっ!」

 モンスターの咆哮(ほうこう)が轟いたかと思った次の瞬間、なんとギャバン騎士団長が斬り落としたはずの左前脚が、再び生えて元通りになったのだ。

「何っ!?」

 手応えバッチリだったはずのギャバン騎士団長は驚きに目を見開く。リタも同じような反応で固まっていた。

 それにしても……あのモンスターは何なんだ?

 自己再生能力持ちなんて聞いたことがない。

 ――ダンジョンで戦ったポイズン・ベラン・オオトカゲは既知のモンスターであった。

 モグラ型のモンスターも珍しくはないのだが、このような能力を有する種は、少なくとも私がこれまでに読んだ文献に記されてはいない。

 まさか新種?

 それとも……まったく別の世界から迷い込んできた?

 たとえば――魔界とか。

「クソっ! 怯むな!」

「ギャバンの言う通りだ! 意地を見せるんですのよ!」

 若いふたりの叫び声でハッと我に返る。

 あまりにも気になる点が多すぎてついつい考察をしてしまったが、今はそんなことをしている場合じゃない。

 団長たちの声に奮い立つ者もいたが、さすがに再生能力などという力を見せられては戦意喪失しても不思議ではない。

 実際、ギャバンやリタも強い言葉と大きな声量で自分自身を鼓舞しているように映った。

 豊かな才能を持っていても、まだまだ実戦経験の乏しい若者……己よりも数倍巨大で獰猛(どうもう)なモンスターを前に恐怖を覚えるのは至って普通の反応だ。

 それでも戦おうとする彼らの勇気に敬意を表し――ここからは私も本格的に戦闘へ参加させてもらう。

 魔銃を握る手に力を込め、モグラ型モンスターの前に立ちふさがる。

「ア、アダム殿!?」

「正気ですの!?」

 ギャバンはともかく、リタは先ほど私が魔銃を放ったところを見ていなかったのでかなり驚いているようだ。訳の分からない武器を手にして立ちふさがる姿は、命を投げ捨てるような愚行にでも映っているのかもしれない。

 一方、モンスターの方は怒りに身を任せてめちゃくちゃに暴れ回っている。

 せっかくみんなで新しくやり直そうと耕した畑が、またしても荒れ地へと変わっていく様を見せつけられたら……さすがにこのまま帰すわけにはいかないな。

「今度の魔弾は――耐えられるかな?」

 念のために用意しておいた、とっておきの魔弾。

 こいつの威力はかなり強力なので、周りの騎士や魔法使いたちには後退するよう告げる。

「あなたひとりでどうかなる相手ではありませんわよ!」

「いいから下がるぞ、リタ!」

「ギャバン!? あなたまでどうして――」

「ここはアダム殿に任せるんだ!」

 初戦を間近で見ているギャバンは魔銃の効果を知っている。

 そして……私が先ほどまでと違い、「容赦なくモンスターを倒す」という気配を感じ取ったようで、すぐに周囲へ撤退の指示を出した。

 いい状況判断だ。

 やはり彼は指揮官タイプの人間だな。

 さて、これでようやく魔銃の力を最大限に発揮できる。

「味わってもらおうか」

 魔力を込めて放たれた、今日二発目の魔弾。

 先ほどの一発目とは違い、ハッキリと目で確認できるほど濃密な魔力をまといながらモグラ型モンスターへと迫る。

 相手は巨体で尚且つスピードが遅い。ゆえにあのスピードの魔弾をかわせるはずもなく、今度は立ち上がっていたこともあって腹部に命中した。

 直後、ヤツの大きな体はあっという間に紫色の炎に包まれる。

「ガアアアアアアアアっ!?」

 いきなり全身を焼かれたことで、モグラ型モンスターは大混乱。その場をのたうち回って火を消そうとする。ああいうのは本能がそうさせているのかねぇ。

 まあ、魔力によって生み出された炎がその程度で消せるはずもなく、しばらくするとモンスターはピクリとも動かなくなり、辺りには焦げ臭い香りが漂い始める。

「な、なんですの、今の……」

「見たか! あれがアダム殿の力だ! 我ら騎士団や魔法兵団ですら倒せなかったあの巨大なモンスターを、たった一発で仕留められる凄腕なのだぞ!」

 呆然と戦況を見つめていたリタは、あんぐりと口を開けてそう呟く。

 そして横に立つギャバンがなぜかドヤ顔で説明を入れていた。

 周りの若者たちも、勝利に歓喜するというよりは困惑しているといった様子。

 うーむ、少しやりすぎたかな?

 とはいえ、この場でヤツを倒しておかなければ後々さらに厄介な展開となっていたかもしれないし、倒すという判断自体は間違いではなかったと思っている。

 それに、あのモンスターの生態も気になるところではあった。

 再生能力を持っている以上、焼き尽くすという方法くらいしか完全に息の根を止める方法を思いつかなかったが……仮に生け捕りができたとしても、あの巨体と獰猛な性格を考慮すれば詳細な調査は難しかったか。

 国王陛下への報告はギャバン騎士団長やリタ魔法兵団長がやってくれるのだろうが、その前に一度彼らとじっくり話をしてみたいと思った。

「どうだろうか、諸君。これから私の工房へ来ないかい? ――と言っても、借りている場所ではあるのだが、そこで少し話さないか?」

「喜んで行きますわ!」

「俺もぜひ! あなたとはもっと語り合いたいことがあるんです!」

 まず団長ふたりが挙手。

 あとは引っ張られるようにして若者たちが「俺も」、「僕も」、「私も」、と声をあげ、最終的にはその場にいた全員が同行する流れとなった。

 若者たちに慕われるのっていうのは決して悪い気はしないのだが、少々熱気がありすぎるような?

 それと、さすがにこの数は工房に入りきらないため、数名の代表者との話し合いという形に落ち着いたのだが……誰よりも驚いたのは留守番をしていたメイジーだろうな。

「ど、どうしたんですか!?」

 合計で四十人以上の若者が押し寄せてきたことで、工房の持ち主でもあるメイジーはパニック状態に。

 とりあえず、ここに至るまでの経緯を説明すると、すぐに落ち着きを取り戻して「そういうことでしたら喜んで」と場所を提供してくれた。

 人数分の椅子がないので、素材として使う予定の小さく切った丸太に腰かけ、この国の騎士団や魔法兵団の現状をより詳しく聞こうと質問をする。

 平和なのは素晴らしい――だが、それにしても気が抜けすぎだと危惧していた。

 実際、今日は非常に珍しいタイプのモンスターが出現し、危うくキャデル村が襲われるところだった。

 いつまでも現状のままというわけにはいかない。

 この村には師匠の孫であるメイジーをはじめ、この数ヵ月の生活の中で親しくなった村の友人たちもいるのだ。

 彼らを危機的な状況に追い込まないためにも、騎士団や魔法兵団はもっと強化していく必要がある。

 この考えを若い騎士や魔法使いたちに聞かせると、ふたりも賛同してくれた。

「おっしゃる通りですわ」

「俺たちもそうなってはいけないと、仲間を募って日々鍛錬に明け暮れているのです」

 ギャバン騎士団長とリタ魔法兵団長のふたりは、日頃から感じている思いを吐露した。

 彼らは平和ボケ状態だったドアン王国に危機感を抱いていたのだ。

 しかもそのきっかけは予想外のものだった。

「アダム殿……あなたはエディス王国が魔人族を討伐したという話をご存知ですか?」

「えっ? あ、あぁ、もちろん知っているよ」

 その討伐部隊を指揮していたのが私なのだが……ここは伏せておく。

 キャデル村ではこれからも普通のおじさんで通したいからな。

「俺たちは討伐部隊を指揮したマイスターと呼ばれる人物の凄さに感動し、消滅しかけていたドアンの防衛組織を復活させたのです」

「マイスター様がまだ魔人族の残党が攻めてくるかもしれないと語られている新聞記事を見まして……もしかしたら、わたくしたちが暮らしているこのドアンにも、魔人族の手が伸びてくるのではないかと不安になったのです」

「それで君たちが団長に……」

 となると、まだ結成してそれほど時間が経っていないのか。

 ならば連携も何もあったものではない――が、そいつを言い訳にしてはいけないな。

 ふたりも重々承知しているようで、歯痒い思いをしてきているようだ。

 そんなふたりはともにある結論を出したようで、それを私に伝える。

「アダム殿……どうか我々に指導していただけませんか?」

「魔法兵団もお願いしたいですわ」

「お、おいおい、ちょっと待ってくれ」

 ギャバン騎士団長とリタ魔法兵団長の間では話がだいぶ進んでいるようだが、さすがに両組織の指導は荷が重すぎるな。前職が似たようなものだったが……さすがに誰の許可も取らずに騎士や魔法使いにいろいろと教えるのはまずい。

 せめて、誰かに話をしてからだな。

 するとその時、工房の外で何やら音が。

 あれは……馬車か?

「誰か来たようだな。少し待っていてくれ」

 みんなを工房に待たせて外の様子をうかがう。そこにはやはり馬車が停まっており、工房の外で待機していた若者たちはざわついていた。

 装飾の施された屋根付き馬車の座席から降りてきたのは意外な人物であった。

「リ、リチャード様?」

「やあ、アダム」

 この地方の領主であるリチャード・バーハント様だった。

「ど、どうしてこちらに?」

「先ほど村長から無事にモンスターを討伐したという知らせを受けてね。しかも話では騎士団や魔法兵団も活躍したというから、話を聞かせてもらおうと思って」

 いくら近いとはいえ、直接村を訪れるとは……アクティブな人だな、リチャード様は。

 とりあえず中へ入ってもらうと、突然の貴族登場にギャバン騎士団長とリタ魔法兵団長をはじめ若者たちは騒然となる。

「「リ、リチャード様!?」」

「おぉ、国の防衛を担う若き戦士たちよ。今日は大活躍だったそうじゃないか。よくやってくれたぞ」

 笑顔で若者たちの労をねぎらうリチャード様に対し、ギャバン騎士団長やリタ魔法兵団長は複雑な表情を浮かべている。

「あ、あの、リチャード様……大変申し上げにくいのですが……」

「今回の件につきまして……わたくしたちは何もしておりません」

 ふたりは素直にそう告げる。

 ――だが、まったく貢献をしていなかったのかというとそうではない。

 ふたりは――いや、騎士団も魔法兵団も全力を尽くした。

 そして一度は見事に倒してみせたのだ。

 残念ながら、ヤツには再生能力というとんでもない力が備わっており、今の彼らではそこまでが限界だった。

 なので、自分たちは何も貢献できていないというのが若者たちの認識。

 だが、リチャード様の見解は違っていた。

「戦いの一部始終を遠くから目撃した村長はまったく違う評価だったぞ」

「えっ? 村長さんが?」

 真っ先に反応したのはギャバン騎士団長だった。

 そんな彼に、リチャード様は村長からの言葉を伝える。

「最初は頼りなかった騎士団と魔法兵団だが、あのモンスターとの戦いでは確かな成長が感じられた。彼らを甘く見ていた自分を恥じるよ――村長はそう言っていたよ」

「そ、そうでしたのね……」

 照れ笑いを浮かべるリタ魔法兵団長。

 周りの若者たちもこう言ってもらえるのは初めてのようで、興奮気味だった。

「私も君たちの働きは評価しているし、アダムの懸念はもっともだと思う。この世はいつどこで何が起きるかわからないのだ。平和という言葉に甘えていてはならん。もしかしたら、また魔人族のような存在が現れるかもしれないのだからな」

 リチャード様の言葉はもっともだ。

 エディスでの戦いでほとんど殲滅(せんめつ)できたと考えているが……実際、どれほどの残存勢力がいるのか不透明だ。

 もっと言うならば、同じ「人間」という種族も侮れない。

 これまでは魔人族討伐という共通の目的があったため、さまざまな国が協力体制を敷いて戦ってきた。しかし、これがなくなって各国のつながりが薄れれば、将来的に領土争いに発展して戦争が起きる可能性もある。

 もちろん、そうならないよう大国エディスを中心に同盟が結ばれてはいる――が、それにあぐらをかいていてはならない。大事には至らなかったとはいえ、ダンジョンや畑でモンスターと戦った……これは異変の予兆かもしれない。

 先ほどリチャード様のおっしゃったように、これからを見据えてこの若い組織を育てていく必要があるな。

 ――待てよ。

 もしかして……リチャード様はふたつの組織が犬猿の仲であると知っていたのではないか?

 あえてふたつの組織を同時に呼び、特に仲の悪かったギャバン騎士団長とリタ魔法兵団長の仲裁役に指名した?

 ……いや、さすがに考えすぎか?

 でも、この方は平和なドアンで貴族をしながらも危機感を持ち、なんとか対処していかなくてはと考えている。

 行動力もあるみたいだし、可能性としては十分あり得るか。

 問いただすつもりは毛頭ない。

 結果として、彼らは今回の一件を通して成長できたし、何よりリチャード様が悪意を持ってそう仕向けたとは到底思えなかったからだ。

 彼は本気でこの国を変えようとしているのだろうな。

 そんなリチャード様の考えに賛同する若者たち。

 ただ、私が騎士団と魔法兵団の指導者に就任するという話については、お断りを入れさせてもらった。

 メイジーや【青い流星】の件もあるし、毎日とはいかないが数日に一度のペースで城を訪れて合同鍛錬を行うという形ではどうかと提案。リチャード様はその案をとても喜び、すぐに国王陛下へ持っていき、採用してもらえるよう説得するとまで言ってくれた。

 実際、これが形になるのはまだ先のことだろう。

 それまではとにかくメイジーが独り立ちできるように職人としての技術を叩き込み、鍛えなくては。

 私は……いずれまた旅に出るだろう。

 明確な滞在期間は決まっていないのだが、少なくとも数年――それまでにこの国がさまざまなジャンルで今以上に進化していることを切に願うよ。



 その後、領主のリチャード様が来訪していると知った村長たちが集まり、場はちょっとした混乱状態となった。

 だが、事情を知った途端、村人たちはなんとリチャード様を宴会へ誘う。

 これに対し、断るどころかむしろノリノリで張り切るリチャード様。

 私もエディスにいた頃は、よく王家や貴族が出席するパーティーに顔を出していたのだが、どちらかというと、町の酒場で気兼ねなく飲んで歌って盛り上がれる宴会スタイルの方が好きだった。

 リチャード様も、私と似たタイプなのかもしれないな。

 騎士団や魔法兵団の若者たちの参加も決定し、とても賑やかな夜になりそうだ。

「なんだか最近のキャデル村は今まで以上に活気がありますね」

 宴会の準備をしながら、メイジーはそう笑っていた。

 私はまだここへ移住して日が浅いのでその辺の事情はよく知らないのだが、彼女や村人たちが楽しそうにしているのでいいことなのだろうと思う。

 叶うのなら、こういう日々がいつまでも続いてもらいたい。

 そのためにも若い騎士団や魔法兵団には頑張ってもらわないとな。