老いた英雄は新天地で第二の人生を歩む~最強の巨匠、正体を明かさず『普通のおじさん』で通すもなぜか絶えず頼られてしまう~

 翌日。

 私は工房内にある仮眠室で一夜を過ごした。

 かつて師匠が私室として使っていた部屋があるのだが、そこは当時のままの状態を維持しているらしく、人が寝られるスペースがなかった。

 メイジーは掃除をしなくちゃと張り切っていたが、あそこは彼女と祖父であるライソン師匠との思い出が詰まった大切な部屋。それに、私は工房――というか、仕事場が一番しっくりくるからこっちの方がありがたい。

 窓の外から聞こえてきた小鳥のさえずりで目を覚ますと、ゆっくりと寝床から起き上がってカーテンを開ける。差し込む朝日を浴びながら体を伸ばすと、小さく呟いた。

「今日も晴天だな」

 たとえ大陸や国が違っても青空は変わらない。

 当たり前だとわかっていながらも、こうやって実際にそれを体験するのは旅を始めてからだった。

 旅のスタートを振り返りながら、私は隣接するメイジーの家へ。

「あっ! 師匠! おはようございます!」

 廊下を進んで扉を開けると、メイジーが笑顔を向けてくれる。

 ――そうだ。

 昨日、私に新しい弟子ができたのだ。

 もう引退をしたつもりでいたんだが……まさかエディスから遠く離れたこの小さな村でまた人に教える立場となるなんて。

 本当に人生とはわからないものだな。

「張り切っているな、メイジー」

「当然ですよ! ここから鍛冶職人となる日々が始まるのですから!」

 気合十分だな。

 私も教え甲斐がある――が、その前にまず報告をしなければならない。

 報告というのは、私がメイジーの師となってこのキャデル村に滞在する件だ。

「村長の家はここからすぐ近くですよ」

「では、朝食を済ませたら行こうか」

 ここには冒険者ギルドもあるが、村を支えている産業は主に農業で、ほとんどの家では早朝から仕事に出て、朝食の時間帯に一度家へと戻る。

 それから少し休みを挟んでから再度畑仕事へと戻るのだが、私たちはこの休憩の時間にお邪魔しようと考えていた。

 長居しても悪いので手短に終わらせるつもりだったが――実際に村長のお宅を訪問してみると、想像以上に熱烈な歓迎を受けた。

「この村に人が増えるのは喜ばしい! おまけにライソン殿の弟子がメイジーの師匠になってくれるとは……きっと彼も天国で喜んでいるに違いない!」

 村長は私の滞在を喜んでくれた。

 やはりメイジーをずっと気にかけていたようで、鍛冶職人としての技を教えていくと伝えると、さらに喜びが増したようだ。

 どうやら、ライソン師匠の人望がここでも生きているらしい。

 あの人は村人たちを職人という立場から支え、助け、成長させてきたと村長は丁寧に教えてくれた。

 それは働いていた工房を去ってからの足取り。

 多忙を極めていた師匠は、このまったりとした時間の流れる故郷キャデル村を人生最後の居場所と定めて移住を決意。小さな工房を構え、家族仲良く暮らしていたという。

 正直、バリバリの職人時代しか知らない私には、そんなのんびりしている師匠の姿が想像できなかった。

「あの人がそんな生き方を……」

 私の知らない師匠の顔が、この村にはあった。

「ライソン殿の弟子で、しかもメイジーが気に入ったとなれば話は早い。我々はあなたを歓迎するよ」

「ありがとうございます」

 移住の件はトントン拍子に進んで瞬く間に決定。

 こうして、私はキャデル村の一員として過ごすこととなったのだった。



  ◇◇◇



 メイジーの修業は順調に進んでいった。

 まずは基礎的な知識及び工房にある道具の使い方を説明していく。話を聞く限り、本当に何も教えてもらってはいなかったようで、ひとつひとつの指導に新鮮な反応を見せてくれた。

 師匠の性格を考慮すると、手伝いくらいはやらせていたが、本格的な指導の前に余計な知識は入れたくないと考えていたのかな。

 おかげで変な先入観を持っておらず、素直に取り組めているのはいい傾向だ。

 あとは何より、彼女の呑み込みの早さか。もともと手伝いだけでなく祖父の近くでその技術を見て学んでいるというだけあって、初めてとは思えない手際のよさが各所で光った。

 これならば初期のステップを簡単に乗り越えてくるだろう。

 近いうちに本格的な武器づくりへ着手できるかもしれない。

 新しい弟子の成長に目を細めていると、工房のドアを誰かがノックする。

 メイジーが「どうぞ」と返すと、入ってきたのは若い男だった。

「お邪魔します」

 ぶっきらぼうに言い放つ彼の手には、刃の部分がボロボロに欠けた剣が。どうやら修復依頼のようだ。

「武器と防具の製作を依頼したいのですが……あの、ライソンさんはご不在ですか?」

「え、えっと、祖父ならもう……」

 どうやら青年は冒険者でライソン師匠を贔屓(ひいき)にしていた常連客のようだが、この辺りのダンジョンではほとんど依頼がなくなってしまったため、しばらくよそのギルドに顔を出していたのだという。

 そのためライソン師匠が死んだのを知らなかったのだ。

「そんな……せっかく腕を磨いて、新しいパーティーも結成してこの村へ帰ってきたっていうのに……」

 クーパーと名乗った若き冒険者は、恩人と語るライソン師匠が亡くなったと知って落胆。

 彼は幼い頃に両親から捨てられ、それから冒険者としてひとりで生き抜こうと決めて、ふらりとたどり着いたこの村に居着いた。

 しかし、そんな子どもにダンジョン攻略では必須である武器などを買える金などあるはずもなく、この村のギルドでは採集クエストもない。八方塞がりとなってしまったクーパーを救ったのが、ライソン師匠だという。

「ライソンさんは俺に武器をくれました。出世払いしてくれたらいいと笑ってくれて……おかげでお金も貯まったし、仲間も集まってこれからいよいよ恩返しができるって時に……」

 落ち込むクーパーをなんとか元気づけたいと、メイジーはかける言葉探しに迷っているようだった。

 私はそんな彼女の肩に手をかける。

 メイジーの顔がこちらへ向けられると、首を横へと振った。

 今はただ静かに泣かせてやろう。

 気持ちが落ち着けば、きっと彼の方から声をかけてくる。すべてクーパーのリズムに合わせて物事を進めよう。私はそう判断したのだ。

 この考えはすぐにメイジーへも伝わったようで、差し出しかけていた手を引っ込めると静かに時が来るのをまった。

 そして――小一時間後。

「すみません。気を遣わせてしまって」

 冷静さを取り戻したクーパーはゆっくりと立ち上がると、私たちに一礼をしてからそう言って立ち去ろうとする。

 ――が、こちらとしてはまだ、大事な用件を聞いていないので呼び止めた。

「うちに武器や防具の注文をしに来たんだろう? 必要な数とか性能とか、そういう話はいいのかい?」

「ライソンさんがいないのでは難しいのでは? そっちのお嬢ちゃんはまだ修行中って感じですし」

「確かに彼女はまだ見習いだ。――しかし、私はそうじゃない。こう見えて鍛冶職人なんだ」

「そうですよ! アダムさんは私の師匠で、祖父のもとで修業した元お弟子さんです!」

「ライソンさんの弟子?」

 疑いの眼差しを向けられたので、とりあえずメイジーのお手本として作った木製の剣を見せてみる。

「こ、これをあなたが? 本当に?」

「あぁ。金属と木材では多少の違いは生まれるが、問題なくカバーできる腕と経験はあるつもりだよ」

「……こいつをひと目見ただけでわかります」

 クーパーは木製の剣を眺めながら告げる。

「あなた、相当な腕前の持ち主のようですね」

「そういう君もよくわかっているじゃないか」

「武器の良し悪しを判断できないようではいい冒険者になれないっていうのが、ライソンさんの口癖でしたから」

「おっ、懐かしいな、その口癖」

 弟子をしていた頃はよく聞かされた。

 もっとも、私の場合は「冒険者」ではなく「鍛冶屋」となっていたが。どちらにしても良し悪しの見極めができないようでは務まらないという意味だろう。

「……本当にライソンさんの弟子なんですね」

「やっと信じてくれたか」

「えぇ。――本当に頼んだ品を作ってくれるんですね?」

「内容にもよるがね。予算や納期などを相談しながらでなければ、『OK』の返事は出せないかな」

「わかりました」

 クーパーは事前に依頼内容をメモしてきたらしく、それをこちらへと渡す。

 数は三人分。

 かなり細かく決められているようだが……どうもパーティーメンバーの特徴に合わせての指示みたいだ。

 私はその内容を目の当たりにして目を細めた。

「実に詳しい分析だ。メンバーのことをよく見ているようだね」

「これでも一応はリーダーですから。それに今はメンバーも少ないから把握しやすいってだけですよ」

「それだけでここまできちんとした内容の依頼書を作成するのは難しいよ。ここに書かれている文字のひとつひとつが君の努力の証になっている。私はそう思うよ」

「そ、そうですか」

 素っ気ないように聞こえる返事だが、これは照れ隠しだろうな。顔がちょっとにやけているし。

 ともかく、ちゃんとした依頼ならばこちらも誠意をもって対応しなければ。

「では、ここにある通り、一週間後にギルドへ品を届けよう」

「お願いします」

「任せておいてくれ。それより、君はこれからダンジョンか?」

「はい。――何せ大物が潜んでいますから」

「大物?」

 はて?

 確かこの近辺にあるダンジョンはレアアイテムも特になく、ギルドは常に閑古鳥が鳴き、過疎化していると聞いていたが。

 彼の語る大物の正体を尋ねるよりも先に、彼は「じゃあ」と言って工房を去っていった。

「さあ、早速取りかかりましょう、アダム師匠!」

「あ、あぁ」

 何かを勘違いしているのか?

 それとも本当にここのダンジョンでお宝が発見されたのか。

 ……ただ、仮に後者だとした場合、噂を聞きつけた他の冒険者たちが押し寄せてきてもおかしくはないはず。

 かつて暮らしていたエディス王国では、ダンジョンで新たな発見があると瞬く間に情報が広まっていったのだが……少し気がかりだな。

「何事もなければいいのだが」

 不安を感じつつも、私とメイジーは作業を始めるのだった。



  ◇◇◇



 約束の一週間後。

 メイジーと一緒に作った注文の品を持ってギルドを訪れた。

 実は初めて来るのだが……噂通り、人が少なくてさびれた印象を受ける。

「ここが冒険者ギルドなのか……」

 ずっと職人として生きていた私は冒険者稼業というものには疎いのだが、ギルド自体は仕事の関係で何度か訪れた経験がある。もっとこう、程よい緊張感があって賑わっているイメージがあったのだが、ここは真逆だ。

 少々不安を感じつつ、中へ入った――まさにそれと同時であった。

「てめぇ! ふざけんな!」

 怒号が私たちを出迎えた。

 そうそう。

 冒険者ギルドといえばこういう空気……って、そうじゃない。

 さっきの怒鳴り声でメイジーはすっかり怯えてしまい、私の背中に身を隠している。

 穏やかなこの村では滅多に聞こえてこないからな。

 都市部だと日常茶飯事ってところもあるため、やはり彼女はこの村で鍛冶職人としての腕を磨いていた方がいい。今さらながら、彼女を弟子にできたのはよかった。師匠もきっと都会への移住には反対しただろうし。

 ――と、話が逸れた。

 弟子のメンタルに悪影響を及ぼした怒鳴り声の主を捜していると、ひとりの若い男へたどり着いた。

「よくも俺たちを騙してくれたな!」

 赤い髪の青年はそう言って殴った相手の胸ぐらを掴む。

 騙すとはまた穏やかではないな。

 一体どこのどいつがそんなあくどいマネをしたんだ?

 そう思った私は殴られた男の方へと視線を送り――驚愕する。

「っ!? クーパー!?」

 武器と防具の製作依頼をしてきたあのクーパーだった。

 どうやら仲間割れのようだが……あのクーパーが他のメンバーから怒りを買うようなマネをするとは思えない。

 彼が渡してきたメモを見ればわかる。

 あれからは仲間の弱点を見抜き、なんとかそこをうまく補うための武器や防具を作ってもらいたいというクーパーの熱意が伝わってきたのだ。

 本当に仲間想いのリーダーでなければ、あそこまでの分析はできないだろう。

 赤い髪の青年は「騙した」と言っていたが、何か事情があるかもしれない。

 そう思った次の瞬間、私はさらにクーパーを殴ろうとする彼の手を掴んだ。

「な、なんだよ、おっさん! 関係ねぇだろ! 邪魔すんな!」

「彼は私の依頼人だ」

「うるせぇ!」

 頭に血が上った赤い髪の青年は私の手を振り払おうとする――が、その程度の力では無理だ。

「な、なんだ……なんで動かねぇんだよ……」

 私の年齢ならば簡単に振り払えると思ったようだが……見通しが甘かったな。

「報酬もキッチリ前払いでもらっている以上、約束の期限までにはしっかり受け取ってもらわなくてはいけないのでね。せめて事情だけでも聞かせてくれないか?」

「てめぇ……」

「待ってよ、ウェイン!」

「そ、そうです。落ち着いてください」

 ここで声をあげたのは残りのふたり――どちらも十代後半くらいの女性メンバーだった。

「クーパーは私たちのために武器や防具を用意してくれていたんだよ。あのダンジョンにかける情熱は間違いなく本物だって」

 緑色のショートカットヘアーをした少女がそう訴えると、横に立つ長い紫色の髪を後ろでまとめた大人しそうな子も続いた。

「あきらめずに探索を続けましょう。きっと成果が出るはずです」

「おいおい正気か? サンディやジャニルまでこのままタダ働きする気かよ。もう旅の資金は底をつく寸前なんだぞ? 悪いが俺は付き合いきれねぇよ」

「素人質問で恐縮なのだが、探索というのはこの近くのダンジョンを指しているのか?」

 仲間たちに背を向けて発ち去ろうとする赤い髪の青年ウェインへ、私はそう尋ねた。

「あ? 冒険者が探索するっていったらダンジョンしかねぇだろ。そんなことも知らねぇのかよ、おっさん」

「ちょっ、ウェイン! そんな言い方は――」

「いや、彼の指摘はごもっともだ。私は長らく鍛冶職人と……あとちょっと副業もやってはいたが、冒険者稼業というのは縁がなくてね。常識的な部分さえ知らないんだ」

 副業というのはもちろん魔人族討伐部隊の指揮官を指しているのだが、具体的に話すとややこしくなりそうなので割愛する。

 とにかく、私は彼の怒りの原因が知りたかった。

「ダンジョン探索がうまくいっていないのなら、私の作った武器や防具で強化してみてはどうかな? 君たちのリーダーであるクーパーは素晴らしい分析力でパーティーの底力を上げようとしていたんだ」

 私の言葉が効いたのか、ウェインは足を止める。

 だが、そんな彼から返ってきたのは思わぬ言葉であった。

「……もう無駄なんだよ」

 吐き捨てるようにウェインはそう言った。

「無駄? 実際にやってみないうちから結果を決めつけるのは――」

「あのダンジョンには何もねぇんだよ! だから冒険者が寄りつかねぇんだ!」

 ウェインの叫びを耳にした瞬間、メンバー全員が黙りこくってしまった。

 なるほど。

 これが彼の怒りの原因か。

 そういえば、クーパーは昨日も去り際に似たようなことを言っていた。あの時は大物と表現していたが……「お宝」=「大物」ということなのだろう。

 しかし、気になるのは「騙した」という表現だ。

「さっき君は『騙したな』と言ってクーパーを殴っていたが、あれはどういう意味なんだ?」

「その言葉の通りだよ。クーパーは俺たちを騙してここまで連れてきたんだ。キャデルのダンジョンにはお宝が眠っていると嘘をついてな」

「う、嘘じゃない!」

 即座に反論するクーパー。

 だが、本当にお宝が眠っていると言って彼らをここまで連れてきたというなら……ウェインが語るように「騙された」と表現されて仕方がない。

 これも先ほどウェインが話していたが、本当にお宝が眠っているというならこのギルドも今のように閑古鳥が鳴く状況に陥っていないだろう。

 その点について、クーパーに詳細を尋ねてみる。

「私はこの地へ来てまだ日が浅いからよく知らないのだが、本当にここのダンジョンにはお宝があるのか?」

「……厳密に言うと、未踏のエリアがあるはずなんだ。そこにきっとお宝がある」

「おいおい。ここへ来てまだそんなことを――」

「いえ、そのお話については証明できます」

 ウェインが軽くあしらおうとした時、紫髪の少女ジャニルという少女が声をあげた。

 どうやら彼女は魔法使いらしい。

「この後にやる予定だったミーティングで発表するつもりだったんですけど、あのダンジョンには巨大な空洞部分があります。クーパーさんの言うお宝があるのはこちらではないでしょうか」

「ほぉ、空間認知魔法が使えるのか」

「師匠に教えてもらって――って、よくご存じですね。マイナーな魔法なのであまり知られていないのですが」

「あぁ……知人の魔法使いが口にしていたのを思い出してね」

 まだエディスにいた頃、隠れている魔人族を探索する際に魔法兵団がよく使っていたので覚えていたのだ。

「そんなことはどうでもいい。……今の話は本当だろうな、ジャニル」

「間違いありません」

「やっぱりクーパーの言っていた伝説は本当だったんだよ!」

「伝説?」

 またしても初耳の言葉が飛び出した。

 しかも今度はさっきの「お宝」よりスケールが大きい。

 ただ、さすがにそいつは話を盛りすぎなのでは?

 とにかく詳しく聞いてみよう。

「伝説とはまた随分と話が大きくなったな」

「……ライソンさんが言っていたんだ」

「えっ?」

 なぜここで師匠の名前が?

「ライソン師匠がダンジョンについて君に話したのか?」

「そうだよ。ライソンさんは確かに言ったんだ。あのダンジョンにはドデカいお宝が眠っているから、いずれここへ戻って探索をするといいって」

「爺さんの戯言じゃねぇのか?」

「違う! ライソンさんはそんな人じゃない!」

 再び口論となるウェインとクーパーの間に立って仲裁をしながら、私はライソン師匠の語るお宝話について考えを巡らせていた。

 ……そう軽々しく冗談を言えるような人じゃない。

 不器用で無愛想でお手本のような堅物――そんなライソン師匠が確認もしていないのにそんな発言をするだろうか?

 或いは、何か根拠があってそう言ったのか。

「――待てよ」

 ライソン師匠とダンジョンのつながりを考察しているうちに、私はあるエピソードを思い出した。

 それはまだ弟子入りをして間もない見習いだった頃。

 私は師匠が作った武器や防具を依頼主である冒険者ギルドへ届けるため、馬車の御者を務めていた。

 ギルドへ到着すると、すぐにある冒険者が師匠のもとへ駆け寄ってきて、「頼んでいた物はできたのか?」と鼻息荒く尋ねていたのがとても印象深く記憶に残っている。

 彼が師匠に注文していたのは、ダンジョン内に存在するある物を探し当てるためのアイテムだった。

 もしかしたら……あれを使ってここのダンジョンを調べたのかもしれない。その結果をクーパーへ伝えていたとすればお宝の正体も見えてくる。

「ウェインと言ったな。――クーパーの語るお宝が実在する可能性が高まったぞ」

「なら、そいつを証明できるのか?」

「あのアイテムが工房に残されていれば、ね」

「「「「「アイテム?」」」」」

 クーパーたちだけでなく、ずっと静かに成り行きを見守っていたメイジーもカクンと首を傾げる。

 みんなの疑問を解決すべく、一度工房へ。

 ライソン師匠と面識があって足繁く通っていたクーパー以外の三人は、初めて訪れる職人の工房に興味津々といった様子。

「す、凄ぇ……」

 先ほどまで怒っていたウェインも、一歩足を踏み入れた時から目の色が変わった。

 彼もまだ十代後半の若者。

 店で武器や防具を目にする機会はあっても、製造場所へ入るなんて経験はこれまでになかっただろう。おまけにここは業界でもトップクラスの腕を誇るライソン師匠の工房だ。立っているだけでもそのオーラを感じ取れる。

 ジャニルやサンディも同じように固まってしまったな。

 さて、若者たちが圧倒されているうちに例のアイテムを探すとしよう。なければ私が作ってもいいのだが、クーパーの証言をより確実なものとするにはやはりライソンさんが作った現物があった方がいい。

 私はメイジーにアイテムの形状を伝えると、彼女はそれらしい物が保管してあると教えてくれた。そいつはいくつか積み上げられた木箱の中にしまわれており、メイジーとしては用途がわからないから放置していたという。

「あっ、もしかしてこれじゃないですか?」

 木箱の中を探していたメイジーが、ひとつのアイテムを取り出す。

 それこそまさに私が探し求めていた物だった。

「そいつで間違いない」

「お、おい、間違いないって……ただのランプじゃねぇか」

 ウェインが指摘した通り、一見するとただのランプにしか見えない――が、もしかしたらこいつが歴史を変える大きなきっかけとなり得るかもしれないアイテムなのだ。

「それを一体何に使うんです?」

 これまでずっと効果がわからなかったメイジーも関心があるようなので、簡単にわかりやすく伝えよう――と、するのだが、その前に彼らが冒険者としてどれほど知識があるのか確認をしておこう。

「クーパーたちは魔鉱石(まこうせき)という存在を知っているかい?」

「魔鉱石? 当然ですよ。冒険者をやっていてその名を知らない者はいません」

「じゃあ、魔鉱石を探す時はどうする?」

 私がそう聞き返すと、今度は女性陣が答える。

「どうするって……ギルドで情報を集めるとか?」

「魔鉱石を専門に取り扱う商人さんもいますし、そういう筋から情報を得るというのも手だと思います」

「なるほど。では質問を変えよう。――まだ誰にも見つかっていない魔鉱石の鉱脈を探し当てるにはどうすればいい?」

 質問内容を変えて尋ねてみると、メイジー以外の四人は互いに顔を見合わせる。

「いやいやいや、鉱脈を狙って探すとかできるのか?」

「かなり難しいんじゃない?」

「探知魔法を駆使する方法が一般的とされていますが、成功率はかなり低く、ほとんどが運任せと聞いています」

「俺もみんなと同じ意見ですけど……まさか――」

「その『まさか』で合っていると思うよ。このランプの光は魔鉱石に反応するんだ」

 実物を片手に説明すると、彼らは一斉に驚きの声をあげた。もちろんその中にはメイジーも含まれている。

「バカな! そんなのあり得ねぇ! そんなアイテムが存在しているというなら、どうして流通していないんだよ! 今も新しい鉱脈を発見しようといろんな国が血眼になっているっていうのに!」

「ハッキリとした理論が証明されていなかったからだよ。ライソン師匠が作ったこのランプだって、ひとつの偶然から生まれたんだ」

 懐かしい誕生秘話だが、こいつはあとにとっておこう。

 まずは目の前の問題を解決させるのが先決だ。

「君の言うように、これが実用化されて量産されれば確かに大儲けができるだろう。――だが、リスクもある」

「リスクだって……?」

「君たちから見ればただのランプだが、これにはかなり高度な加工技術が用いられていて、さらにどれほど精度を高めたとしても本当に魔鉱石が見つかる可能性は三割ほどだろうな」

「三割……それだけでもかなり高い確率と言えるんじゃない? 広大なダンジョンを目印もなくさまよい続けて探すよりずっと効率的よ」

 緑髪のサンディが言ったように、これでも十分破格の数値と言える。

 そこから推測される答えはひとつ。

「ライソン師匠……そのアイテムを使ってダンジョンを調べたんじゃ……」

 私が脳内で思い浮かべたストーリーをそっくりそのまま語ったのはクーパーだった。彼も同じ結論にたどり着いたらしい。

「こちらも同じ意見だ。すぐにクーパーへ知らせなかったのは、実力をつけて仲間を増やさなければそこに到達しても危険だと察したからだろうな」

「そ、それってつまり……あのダンジョンには強いモンスターが潜んでいる、と?」

 モンスターの姿を想像したのか、怯えた様子で尋ねてくるメイジーに対して、私は静かに首を縦に振った。

 すると、ウェインからある提案が。

「そこまで言うなら、実際にダンジョンへ行って確かめてみようじゃないか。本当に魔鉱石があるのなら、これからの資金も調達できる。……何より、このギルドも今までより賑やかになるんじゃないか?」

「ウェイン……」

「あ、あくまでも見つかったらって話だからな、クーパー」

「わかっているよ」

 口ではまだ刺々しい感じが残っているものの、ウェインも心の中ではやりすぎたと反省しているようだ。

 クーパーをはじめ、女性メンバーふたりもそれなりに長くウェインと一緒にいるからか、そうした彼の言動についてはよく理解しているらしく、三人ともニコニコと嬉しそうに笑っている。

「仲直りできたみたいでよかったですね」

「そうだな」

 ここへ来てメイジーも四人の関係性が把握できたようで、小声でそう伝えてくる。

 パーティーとしての絆が戻ったのはいい――が、本題はここからだ。

 果たして、ライソン師匠の言うように、キャデル村近くのダンジョンには魔鉱石が眠っているのだろうか。

 真相を確かめるべく、我々はダンジョンを目指して工房をあとにするのだった。





 ダンジョンはキャデル村から歩いて三十分ほどのところにあった。

 ちなみに、メイジーは工房で留守番をしてもらっている。

 彼女はあくまでも鍛冶職人志望だからな。

 私は戦闘面に関して少々心得があるので参加するが、メイジーにはまだ早いだろう。モンスターは出なかったとウェインは証言していたが、だからといって今日これから訪れる時にもいないとは限らない。

 とにかく、メイジーにはまず職人としての腕を磨いてもらいたいので、本日は自主鍛錬をするよう伝えておいた。

 話を戻して――移動時間が短いというのは冒険者たちから好かれるダンジョンの特徴のひとつだ。もしここが正式に運用できるようになれば、領主にかけ合ってギルドの再建や関連店舗の充実を訴えてもいいかもしれない。

 もっとも、村の人たちがそこまで発展を望んでいないというのであれば、これまで通りひっそりとやっていけばいいのだが……これは領主――いや、国王によるな。

 何よりも利益を追求する拝金主義者でなければ、村人の意見を優先して通してくれるのかもしれないが、ダンジョン運営がもたらす経済効果は凄まじいため、周りの意見を無視してダンジョン経営を強行するパターンも十分に考えられた。

 おまけにさまざまな効果が得られる魔鉱石を入手できるとなれば、村の景色がこれまでガラリと変わる可能性もある。

 海が近いから港を整備して外国との貿易にも利用できるし、王城が目に見える位置にあるのでそこでの売買も期待できる。

 魔鉱石入手後の展開についていろいろと思考を巡らせていたら、背後から声が。

「なぁ、早くしてくれよ。まさか今になってビビったなんて言わねぇよな?」

「おっと、すまない。今行くよ」

 ウェインに呼ばれてパーティーと合流。

 ちなみに彼らのパーティー名は【青い流星】というらしい。

 リーダーであるクーパーの髪の色からきているのか。

 なかなか洒落た名前だ。

 ダンジョン内部は薄暗く、ランプの灯す光を頼りに進んでいく。

「これって、普通にランプとしても機能するんですね」

「実用性も兼ねているのさ」

「便利ねぇ」

 ジャニルとサンディに工房から持ってきたランプの説明をしつつ、前を歩くクーパーとウェインへも視線を送る。

 彼らの年齢から察するに、冒険者歴は長くて一年――言い換えれば、ほとんど新人と変わらないキャリアしかない。

 そう考えると、ライソン師匠はクーパーがキャデル村を去ってからすぐに亡くなったのか。

 なんとかいいところを見せようと張り切っていたのになぁ……本当に残念だ。

 こちらへ来てからは連日このダンジョンを探索しているようだが、熟練の冒険者に比べると少し頼りない背中だというのが素直な第一印象だな。

 四人は別の町で冒険者パーティーをやっていたというが、そちらでの実績はどれほどだったのか。彼らに聞こえないよう小声でジャニルとサンディに聞いてみる。

「君たちはこれまでどんなダンジョンを探索していたんだい?」

「あぁ……正直、探索と呼べるほどの実績はないかなぁ」

 少し困ったような口調でサンディが言う。

 そこへジャニルがフォローを入れる形で続いた。

「私たちはまだ冒険者としてデビューして間もないんです。人に話せる実績なんてまだありません」

「そうなのか? ――なら、今日が正式なデビュー戦となるかもしれないな」

 私がそう言うと、ジャニルとサンディは「えっ?」と声を揃えた。

 理由は……このランプが教えてくれる。

 すぐに足を止めると、先に進むクーパーとウェインを呼び止めた。

「ふたりとも、ここが入り口だ」

「「入り口?」」

 こちらも振り返りながら声を重ねてくる。

 チームワークはいいようだな。

 まあ、それはともかく、全員が集まったのを確認してから、私はランプを自分の顔の前まで持ち上げた。彼らにもこの光をじっくり見てほしかったからだ。

「さっきより色が変わってきているのがわかるかい?」

「い、言われてみれば……さっきよりも赤みが増してきている?」

「正解だ」

 こいつがこのランプ最大の特徴と言っていい。

「魔鉱石が近づくほど、このランプの光は赤くなっていくんだ」

「ど、どういう仕組みなんだよ……」

「いい質問だ、ウェイン。ただ、構造的な話をすると専門用語が多くなってしまうので簡単にまとめると――秘密は埋め込まれた発光石にある」

「発光石って、確かもっとも入手しやすい魔鉱石だよね?」

「その通りだ。詳しいな、サンディ。凄いぞ」

「冒険者を目指す際に勉強したからね」

 サンディを褒めると、少し照れたようにはにかんだ笑みを浮かべながらそう答えた。

「彼女はうちのパーティーの頭脳ですから」

「弓矢の腕も一級品だしね」

「まあ、いいんじゃねぇの」

「も、もう、みんな急に何を言い出すの!」

 私のひと言を皮切りに始まったサンディのベタ褒め。本人は恥ずかしがっているが、周りから頼られている何よりの証拠。昔、知り合いの熟練冒険者が話していたが、いいパーティーにはいい参謀がいるという。彼女はまさにそのいい参謀にピッタリだな。

 ――っと、ちょっと話が別方向へ飛んでいってしまったので修正しないと。

「さっきサンディが言ったように、発光石自体は入手しやすく、町の街灯などにも使われるもっともポピュラーな魔鉱石と言えるだろう」

「講釈はいい。ともかくそいつが赤く光れば近くに魔鉱石があるんだろ?」

「そういうことだ。この発光石には特殊な加工が施されており、そいつが――」

「わかったって。あとは魔鉱石を探せばいいだけだろ?」

「ちょ、ちょっと、ウェイン」

 やれやれ。

 ウェインは少しせっかちなようだ。

 というより、何か焦っている感じにも映る。

 先ほどジャニルが教えてくれたが、この【青い流星】というパーティーはまだ結成して日が浅い。実績が皆無ということは、ギルドにいても上位クエストに参加できないから悔しい思いもしてきたのだろう。

 ……一番危ういパターンだな。

 功を焦るほどチャンスが生まれる。結果を求めすぎて他が(おろそ)かになるようでは、どんな業界でも一流とは到底呼べないからな。

 対照的に、クーパーは私の言葉を脳内でゆっくりと慎重に整理し、そこで抱いた違和感を口にする。

「近くに魔鉱石があるということでしたが……それらしい物はどこにもありませんよ?」

 そうなのだ。

 魔鉱石に対する反応は出ている。

 近くにあるのは間違いないはずだが、周りは高い岩壁となっており、通れそうな場所はどこにもなかった。

「なんだよ。やっぱり魔鉱石なんてないじゃねぇか」

 早くもあきらめムードを出しているウェインだが、私は気にせず岩壁へと手を添える。

「な、何をしているんですか?」

「いや……この岩壁に少々疑問を抱いてね」

 こちらの動きが気になったのか、クーパーたちが集まってくる。しかし、彼らにはただの岩壁にしか映らないようで、不思議そうに眺めていた。

 特に、先ほど投げやりな言葉を発したウェインが一番気にかけている。

「……そんなので何かわかるのかよ」

「やってみなくちゃなんとも言えないな。――おっ?」

 岩壁を調べていた私はある部分で足を止める。

 ――どうやら、予感は的中したらしい。

「そこに何かあったんですか?」

「違うよ、クーパー……ここには何もないんだ」

「えっ?」

 発言の意図が読み取れず、顔を見合わせる四人。

 高い岩壁があるというのに、「ここには何もない」なんて言うものだから混乱しているようだった。

 とはいえ、これは大袈裟に言っているのではなく、本当に「あるけどない」というのが正解なのだ。

「おっさん、もったいぶってないで教えろよ!」

「まあそう慌てるな。――()()()()()

 すでに進路は把握した。

 あとは目に見えないそいつを引っ張り出すだけ……そう。ここには何者かが仕掛けたトラップが発動した状態となっていたのだ。

 恐らく迷彩系のスキルを使い、我々の視覚を惑わせていたのだろう。

 このランプがなければ、発見するのは困難だったはず。

 しばらくすると、私は岩壁の一角で足を止める。

「ここが最適か」

 静かに告げると、背負っていたリュックからある武器を取り出す。

 それは拳に装着するタイプのもので、一見するとガントレットに映るが、こいつは拳で攻撃する格闘タイプの冒険者が愛用する武器だ。

「あの、アダムさん? それは……」

「まあ見ていてくれ。あと、ちょっと危ないから少し下がっていた方がいい」

 見慣れない武器の登場にクーパーは戸惑っていたが、私の指示に従って後退。

 武器の性能に関しては、この効果を目の当たりにすればどんな代物かすぐに理解できるだろう。

 拳を握り、岩壁に強烈な一撃を叩き込む――と、次の瞬間、岩壁はガラガラと轟音を立てて崩れ去り、砂煙が舞い上がる。

「「「「なっ!?」」」」

【青い流星】のメンバーが叫ぶ。

 四人の視点では私が壁を殴り壊したように映るのだろうが……実際は違う。

 もともとあの場所に岩壁などなかったのだ。

 それを何者かが迷彩スキルを使い、あそこに(もろ)仮初(かりそめ)の岩壁を設置。破壊すること自体はそう難しくはないのだが、そもそもあとから入ってきた者は、この壁の存在をスルーしてしまうだろう。

 この違和感に気づける者がいるかいないかで命運が分かれそうだ。

 しばらくして砂煙がおさまると、崩れた岩壁の向こう側に通路が現れる。

「ね、ねぇ! 道よ! 道があるわ!」

「本当にあったのかよ……」

「お、驚きです」

「……よし。みんな、行こう」

 サンディ、ウェイン、ジャニルの三人は呆然としていたが、リーダーであるクーパーは気持ちを切り替えて前進を指示。

 パーティーの先陣を切って進めるその勇気もまた、冒険者に――そして何よりリーダーには必要な資質だ。サンディがよき参謀なら、クーパーはきっとよきリーダーとしてこれからもこの【青い流星】を支えていくだろう。

 さて、肝心の通路だが……かなり先まであるな。

 おまけにここからはより暗くなり、視界が狭まる。

「諸君、ここからが本番だぞ」

 私がそう声をかけると、四人の顔が一気に引き締まる。

 経験の浅さから、探索中のメンタルにムラがあり、不安な要素もあるが……これについては場数を増やすことで自然と解消していくだろう。

 一方で「やるぞ!」と気合を入れた際の集中力には目を見張るものがある。

 こういうタイプは、何かのきっかけで爆発的に伸びる傾向があるからな。できればこの探索中にそれを見出してあげたい。

「――って、これでは弟子に教えているのと変わらないな」

 四人には聞かれないように、小声で呟く。

 人を分析する癖がついてしまっているようだな。かつてはそれが当たり前だったし、仕事に生かせていたが、今の私はメイジーを一人前にするので手一杯。

 新しく弟子を増やすのは難しい状況だ。

 まあ、彼らは地力がありそうだし、こちらからフォローをしていけば自分たちで答えを導けそうではある。

 周囲を警戒しながら前進していくと、先頭のウェインが急に足を止める。

「ストップだ。……何かいるぞ」

「そ、それってモンスター!?」

「……少なくとも人間じゃねぇな」

 ウェインは迫りくる気配を感じ取り、仲間たちへ伝える。

 中でもサンディは、このダンジョンで初めての戦闘が始まるのではないかと、かなり緊張していた。明るく表情豊かでパーティーのムードメーカー的な役割を担ってきたが、今はその面影すらなく沈黙。

 他の三人も緊張感に呑み込まれかけており、口を固く閉ざして歩を進めていく。

 ……あまりいい精神状態とは言えないな。

 こういう時に周りを鼓舞する役割――普通ならリーダーがそれをするのだが、クーパーにはまだそこまでの余裕がない。

 そういえば、冒険者パーティーには必ずと言っていいほど経験豊富なベテランがいたな。

 若手ばかりだと急な事態に対応しきれないからという理由なんだろうが、ここの場合は私がその役割になりそうだ。

 そんなわけで、彼らを鼓舞しようとしたのだが、直後、前方から巨大なトカゲ型モンスターが姿を現す。

 ヤツは確か……ポイズン・ベラン・オオトカゲ。

 ダルシェン大陸の南西部に生息するモンスターだったな。

 体長の平均は五メートルほどらしいので、それとほぼ同じサイズのあの個体は成体と推測できる。

 毒々しい黒と紫のまだら模様をした皮膚からは、猛毒の液体を放つと言われており、長い舌が時折口の端からチロチロと覗いている。

 エディスにも似たようなオオトカゲはいるが、あっちは毒抜きに時間がかかる上に、肉は固くてまずい。

 こちらのオオトカゲの味はどうだろうか。

 ……話が逸れたな。

 ともかく、そういった特徴から接近戦はできるだけ避けた方がいい。

 この手の戦いづらいモンスターを相手にする際は、しっかり作戦を練るべきだ。リーダーの手腕が試されるな。

「っ!? て、敵だ!」

【青い流星】のリーダーであるクーパーは、まずありったけの声量で叫び、仲間たちへ敵の襲来を伝えた――のだが、彼は敵の襲来を叫んだだけで止まってしまう。

 その間も、敵の黄色くまん丸な瞳が、我々を品定めするかのように見つめていた。

「指示を出すんだ、クーパー!」

「あっ!」

 このあとでどう動くのか。

 そういった重要な指示を出していくのもリーダーの責任ではあるのだが、彼は極度の緊張からかそれを忘れていまっていた。

 おかげで他の三人はまったく動けず。

 反撃をしようにも防戦一方という形になっている。

 私は少し離れた位置で戦いを見守り、何かあればすぐに加勢できるようにしていた。

 そこで彼らの戦い方を分析させてもらっていたが……彼らの戦闘スタイルをひと言で表現するなら「もったいない」だろうか。

 やはり個々の能力は高い。

 だが、うまく生かしきれていないな。

 これはクーパーが懸念していたことでもある。

 工房で私やメイジーに渡してくれたメモには、まさにこのような現状を予期していたかのような不安も書かれていた。

 ――だからこそ、うちの工房で作った武器や防具が効果を発揮する。

「みんな! 手に持った武器を信じろ!」

 クーパーを除く三人に向かって腹の底から叫ぶ。

「普段使っている武器とは明確に性能が違う! その強みを引き出すんだ!」

「う、うるせぇよ! そんなんで勝てたら苦労しねぇって!」

「いいや勝てる! なぜなら――その武器は君たちのことを近くでずっと見ていたクーパーの依頼で作った武器だからだ」

「「「っ!?」」」

 三人の表情が一瞬で変わる。

 その中で真っ先に行動へと移ったのは、私の作った魔法の杖を手にするジャニルだった。

「や、やってみます」

 先ほどまでモンスターの攻撃をかわすので精一杯だったジャニルだが、腹を括ったためか目つきが鋭く、先ほどとは別人のような落ち着きぶりだ。

 今の彼女なら、あの魔法の杖の力を存分に発揮できるだろう。

「ジャニル、杖全体に魔力を行き渡らせるんだ」

「はい! やってみます!」

 早速ジャニルは私の指示に従って杖に魔力を注ぐ。すると、彼女は驚いたように目を見開いた。

「な、何これ……凄い……」

 どうやら、効果が早速表れたようだな。

「おい! 何やってんだよ!」

「ジャニル! 魔法で援護を!」

「このままだとやられちゃうよ!」

 ウェイン、クーパー、サンディだけではモンスターの対応に限界があるようだ――が、あの三人も、まだ武器の性能を生かしきれていない。

 ひと足先に目覚めたジャニルは、早くも杖と一体になっている。

 ……素晴らしいな。

 私もエディスの魔法兵団とよく一緒に戦った。

 特に魔人族討伐の際は、彼らの卓越した魔法技術のおかげで作戦を立てやすく、勝利に大きく貢献してくれたんだったな。

 そんな一流の魔法使いたちと、ジャニルの適応力は匹敵している。

 内向的な性格もあって、あまり自身を前へ押し出すことはない――だが、内に秘めた闘志と実力は本物だ。

「今なら……あのモンスターくらい」

 杖から溢れ出る魔力。

 ジャニルはそれを炎に変える。

「うおっ!?」

「ジャニル!?」

「それ、あなたの魔法なの!?」

 三人は普段とはまるで違うジャニルの魔法に驚いていた。

 あと、私自身も同じ気持ちだ。

 まさかここまでとは……【青い流星】から超一流の魔法使いが誕生するかもしれないな。

 彼女は魔力で生み出した炎を球状へと変化させ、それをポイズン・ベラン・オオトカゲへと放つ。

 そのスピードは非常に速く、敵はよける動作をする間もなく魔法が直撃。かなりのダメージを負ったようだが……まだ完全に倒したわけじゃない。

「よ、よぉし! 次は俺だ!」

 強力な魔法でモンスターを追い詰めたジャニルへ続くように、今度はクーパーが手にした剣に力を込めて飛びかかる。渾身の力で振り抜いた剣は、ポイズン・ベラン・オオトカゲの右前足を斬り飛ばす。

 これでヤツの動きを完全に封じ込めることができた。

「俺たちも続くぞ、サンディ!」

「言われるまでもないわ!」

 ふたりの活躍に触発されたウェインとサンディは、自分たちも負けてはいられないとそれぞれの武器である斧と弓矢を使って攻撃を仕掛けた。

 この猛攻ではいくら体格差があったとしても防げるはずがなく、ポイズン・ベラン・オオトカゲはついに白目をむいて倒れると、そのまま動かなくなった。

「や、やった……?」

 勝利を確信できていないクーパーは自信なさげに呟く――が、仲間と一緒に動かなくなったオオトカゲの巨体を眺めているうちに実感が湧いてきたのか、メンバー同士で歓喜のハイタッチを始めた。

 うん。

 若者らしくて実にいいな。

 ――だが、喜ぶのはまだ早いぞ。

「っ! 待て! まだ浮かれるには早ぇぞ!」

 真っ先に気づいたのはウェインだった。

 彼は野生の勘というか、いい嗅覚をしている。私もずっと怪しい気配を感じて警戒をしていた場所から、もう一体のポイズン・ベラン・オオトカゲが出現した。

 今度のヤツはさっきよりも巨大だ。

 恐らく、【青い流星】が倒した個体はまだ子どもだったのだろう。

 親子関係だったかは定かじゃないが、少なくとも殺意を持って突っ込んできているというのは明白――ならば、その殺意にこちらも応えなければならない。

「この子たちをやらせるわけにはいかないんでね」

 護身用にと携帯していた剣を抜くと、物凄い勢いで突っ込んでくるポイズン・ベラン・オオトカゲの首を斬り落とす。

 手加減なし。

 全力で思いっきり斬ったものだから、首は勢いよく飛んでいってしまった。

「ふむ。こいつはまだ改良の余地がありそうだ」

 手にしていた剣を眺めながら感想をこぼす。

 実はこの剣はまだ試作途中のもの。

 いずれは低コストで、より強力かつ頑丈な剣を作ることを目指し、メイジーに鍛冶職人としてのノウハウを叩き込みながら、こちらの研究も続けていた。

 今回はいい対戦相手がいたのだが……デカさと猛毒だけが取り柄のモンスターを相手に、あの程度の切れ味しか出せないのは反省点だな。次回までに改善しないと。

 実験結果をぶつくさと夢中になって呟いていたため、周りがドン引きしていると気づくのに少し時間がかかった。

「俺たちが四人がかりでようやく倒せたオオトカゲを一撃で……あんた、本当に鍛冶職人なのか?」

「も、もちろん。れっきとした鍛冶職人をしている普通のおじさんだ」

「いや、さすがにこれで普通はないでしょ」

「腕のいい職人というのは自分の作った武器や防具の性能を確かめるため、それぞれの使い方に精通してくるんだよ」

「えぇ、本当かなぁ?」

 ウェインとサンディから追及されるも、ここはあくまでも「普通のおじさん」で通す。

 とはいえ、さすがにちょっと「普通」の基準がガバガバになってきているな。次からは言動にもっと気をつけないと。

 でもその前に、これからの注意点だけは言っておこう。

「これから先にはもっと巨大で獰猛なモンスターが潜んでいるかもしれない。みんな気合を入れていくように」

「「「はい!」」」

「おう」

 クーパー、サンディ、ジャニルの三人は素直ないい返事。

 ただひとりウェインだけはまだ納得していない様子で、その態度をサンディに注意されるが聞く耳を持たず。

 個人的には彼のようなタイプも嫌いではないが、これからのことを考えたら直した方がいいよなぁ。

 今度それとなく注意をしてみるか。

 とにかく、これで邪魔者はいなくなった。

 気を取り直して、私たちは魔鉱石の反応を求めて、さらにダンジョンの奥深くへと足を踏み入れていく。

 次第に発光石の数も増えてより明るくなってくると、それに比例するようにランプの色も変わっていった。

 目的の場所までかなり近づいたようだ。

 すると、先頭を進むクーパーが何かを発見し、声をあげる。

「アダムさん、この先にかなり広い空間があるようです」

「どうやら、そこが私たちの最終目的地のようだな」

「じゃ、じゃあ、本当に魔鉱石が!?」

「行ってみなければなんとも言えないが、確率的にはかなり高いんじゃないかな」

 驚くウェインにそう告げると、彼は神妙な面持ちで正面を見つめる。

 探し求めていたとはいえ、ずっと否定的だったからな。

 特にその件でクーパーとは衝突していたし、ちょっと気まずいのかもしれない。

 ……だが、ここが彼の今後にとってひとつの分岐点になりそうだ。

 もし本当に魔鉱石があったのなら、殴ったことをしっかりと謝れるか――ここが重要だ。

 クーパーの語ったキャデル村近くのダンジョンにまつわる話……こいつを聞くと、冒険者なら心が弾んで当然だ。

 ただ、同じパーティーのメンバーであっても、こうした情報の行き違いというか、誤りが生じる事態なんてそう珍しくはない。

 そこでいかに素直な謝罪ができるか。

 複数人で行動していく冒険者稼業では、この姿勢が何より大事なのだ。

 ウェインの反応を気にしながら進んでいくと、やがてクーパーが言った広い空間へと出る。

 そこで、我々は驚愕の光景を目の当たりにした。

「こいつは驚いたな……」

 目の前に広がる大迫力の絶景に思わず足が止まる。

 天井近くまでびっしりと埋まる大量の魔鉱石。ひとつひとつがキラキラとまるで星の瞬きのように輝いており、ダンジョン内を明るく照らしていた。

 質に関しては専門家の調査が必要になってくるが、見た限りかなり良質に見える。

「他のダンジョンでもなかなかお目にかかれない景色だな」

「そ、そうなの?」

 声を震わせながら尋ねてきたのはサンディだった。

 私は冒険者ではないので、実際に目で確かめたわけではないのだが、前職で彼らと接する機会は多かったため、実情は何度も耳にしている。

 それによれば、これほどの規模の魔鉱石が存在しているダンジョンなどそう滅多にあるものじゃないと判断できるのだ。

 大発見の余韻に浸っていたその時、突然ウェインがクーパーへと向き直って勢いよく頭を下げた。

「殴ったりしてすまなかった、クーパー」

「ウェ、ウェイン!?」

 いきなりの謝罪で動揺するクーパー。

 一方、私はウェインの行動に心の中で拍手を送っていた。

 ――そう。

 それでいいんだ、ウェイン。

「いや、俺の方こそ騙すような形になってしまって……」

「だがこうして実際に魔鉱石はあったんだ。おまえの信じた道で正しかったんだよ」

「ウェイン……」

 ふたりは握手を交わしながら、その後も会話を弾ませた。

 サンディとジャニルはそんなふたりの様子を微笑ましく見守る。

 これで【青い流星】はさらに成長を遂げるな。

 うんうん、と頷きながらそう考えていたまさにその時、突如サンディが「きゃあっ!」と悲鳴をあげて状況が一変。

「どうした! 何があった!」

 たまらず叫ぶ。

 モンスターが出現したのかと緊張が走る。

 臨戦態勢をとりながら振り返ると、サンディが一点を見つめて震えていた。

 どうやらモンスターの奇襲というわけではなさそうだが、サンディの顔色から尋常ではない事態が起きているのは間違いなさそうだ。

「何があったんだ、サン――」

 駆け寄って声をかけたその時、彼女が叫んだ理由が判明した。

 ジッと前方を見つめるサンディ。

 視線の先にあったのは――白骨遺体であった。

 あとから合流した三人も、人骨を前に顔が青ざめて絶句。あの様子から、遺体を見るのは初めてのようだ。

 だが、このままではらちが明かない。

 そこで私は立ち尽くす彼らの横を通り過ぎ、死因を確認しようと遺体へ近づいていった。

「お、おい! 何やってんだよ!」

「断定はできないかもしれないが、死亡した原因を特定できれば同じ(てつ)を踏まなくて済むからな」

「そ、そりゃそうかもしれねぇけど……」

「怖いのなら無理をしてついてこなくてもいいんだぞ、ウェイン」

「っ! べ、別に怖いとは言ってねぇだろ!」

 (あお)り耐性の低いウェインはあっさりつられた。

 こちらから仕掛けておいてなんだが、あまり簡単に人の言いなりになるようなマネは控えた方がいいな。あとでそれとなく教えておこう。

 結局、他の三人もゆっくりとではあるが遺体へと近づいていく。

 彼らが到着するのを待っていると時間がかかりそうなので、こちらは先に周辺を中心に調べていこう。

「服もボロボロだな。少なくとも十年以上はここに放置されていたか」

 キャデル村のギルドがいつからあったのかわからないが、とにかくかなり前からここにいるというのが新たに発覚した――が、それ以上に衝撃な事実が。

「む? こっちにも白骨が……」

 なんと最初に発見した白骨のすぐ近くに、別の人物の骨があったのだ。

 さらに周辺を調べると、新たにふたつの骨を発見。

 この場には少なくとも合計で四人の人間がいたことになる。

「相当な年月が経っているようだな……衣服もボロボロだ」

 身につけていた衣服はほとんど原形をとどめておらず、男物か女物かの判断がつかない。ただひとつ言えるのは――位置関係の遺体の状況から、仲間割れを起こした可能性が高いということだ。

 最初に発見した白骨遺体は、腕や足の一部が欠けている他の遺体とは違い、ほぼ完璧な形で岩壁にもたれかかるような格好をしていた。

 恐らく、仲間割れを起こした際に最後まで生き残ったのがこの人物なのだろう。

 ダンジョンから脱出できなかったのは、トラップを仕掛けたのが別人であり、その人物が亡くなったため解除できなくなったか、或いはダメージを受けすぎ、出血多量で意識を失いそのまま死亡したか。

 ……いずれにせよ、ろくな死に方ではないな。

「どうやら、この宝の分配でもめて仲間割れを起こしたか」

「な、仲間割れ?」

 ジャニルの表情が青ざめる。

 決して他人事(ひとごと)ではないと感じたからだろう。何せ【青い流星】もついさっきまで険悪なムードが漂っていたし……あのままダンジョンに入っていたら、全滅とはいかなくてもみんなにとって悲しい結末が待っていたかもしれなかったからな。

「冒険者パーティーというのはつまり団体行動だ。誰かひとりが私欲に走って勝手なマネをすれば、あとは音を立てて崩れ去るのみ」

「でもよぉ……メンバーの数が増えたらさすがに難しいんじゃねぇのか? 全員が全員、そういう気持ちでやっていけるとは思えねぇ」

「いい指摘だな、ウェイン。――だからこそ、頼りになるリーダーが必要なんだ」

 私はそう言ってから、視線をクーパーへと向ける。

「君たちのパーティーは何よりリーダーがいい。仲間のことを常に考え、最良の結果を導き出そうと努力ができる。私は彼から渡された依頼書を通して、そんな優しさと情熱がヒシヒシと感じているよ」

「ア、アダムさん……」

 このひと言で、ウェインたちのクーパーを見る目がさらに変わった。

 ……もう【青い流星】は心配いらないな。

 私がいなくても、彼らはきっと成長していける。

 こういう感覚は、エディスにいた頃に何度も味わっていた。トレッドたちがまだ若い頃、課題をひとつこなして大きくなっていく姿を追っている時とまったく同じだ。

 彼らがこれからどんな進化を遂げていくのか、とても楽しみだな。

 とりあえずキリがいいので、今回の探索はこれまでにしておこう。

 私としても、まさかここまで大量の魔鉱石が潜んでいたとは想定外だったため、今後の対応は領主の判断を仰ぎたいと思う。

「さて、そろそろ引き上げるとしようか」

「えっ? もうかよ。まだ見つけたばかりじゃねぇか」

 ウェインは不満そうに言うが、これほどの量の魔鉱石が持つ経済的な魅力について語るとすぐに態度が変わる。

「そ、そんなにヤバいのか……?」

「ドアン王国は大丈夫だと思うが、国によっては鉱脈の発見がきっかけで大規模な内戦へと発展したところもある。それほど魔鉱石というのは人間の欲望を刺激するのさ」

 この辺はエディス王国でも経験済みだ。

 今は平穏なドアンも、わずかなゆがみが致命傷に至る可能性もある。ダンジョン絡みの案件は、まず領主を通してそれから王家へと情報を伝達していき、慎重に議論しなくてはならないだろう。

 問題は……ドアン王家がどこまで魔鉱石の重要性を理解しているのか、だ。

 こういう事態に無縁だったからこそ、しっかりと対応しなければならない――が、果たして経験がないだろう王家にどこまでそれが果たせるか。

 心配ばかりしていても仕方ないので、とにかく今は必要な手続きをしっかり行い、向こうの出方を待ってみるか。

 みんなの帰り支度が済むと、魔鉱石の山とは一旦お別れし、出口を目指す。

「なんだかもったいない気もするけど……」

「大丈夫だよ、サンディ。この村には君たち以外に冒険者はいないのだろう?」

「あっ、そうだった」

 これがもっと大きなギルドでたくさんの冒険者が所属しているというのなら、誰かをとどまらせた方がいいと判断するのだが、キャデルに関しては問題ない。何せ【青い流星】が来るまでもう何年も冒険者は来ていなかったらしいからな。

 ライソン師匠が存命で、まだクーパーが見習いだった頃ですら数人だけというレベルだったようなので、もちろん注意はするが、今さらここを訪ねてはこないだろうと見て、一度撤退すると決断する。

「みんな今日はよくやってくれたな。さあ、そろそろ戻ろうか」

「あははは、そうやっているとアダムさんがリーダーみたいだね」

「ふふっ、そうですね」

「おい、負けるんじゃねぇぞ、クーパー」

「う、うん。頑張るよ」

 パーティー全体の空気が明るくなっているな。

 正直、ギルドでウェインがクーパーを殴っている場面を目撃した時はどうなることかと心配していたが……まあ、こうやって明るくなれるのは、もともと信頼関係が構築されていたからだろう。

 ほんのちょっとのすれ違いで崩壊するパーティーも珍しくはない。彼らがそうならなくてよかったよ。

 安堵のため息をつくと、ダンジョンの出口へ向かってメンバーたちと一緒に歩み出すのだった。



 キャデル村へと戻ってきた私たちは早速ギルドへ。

 当然ながらそこには誰もいない。

 ギルドマスターはいるらしいのだが、どうも農家との兼業でやっているらしく、こちらはほとんど実入りがないため片手間以下の仕事量だという。

 無理もない。

 何せ今の段階でここにいる冒険者は【青い流星】のみ。

 ――だが、今後は大きく状況が変わるだろう。

 そのためにも、ギルドマスターは経験のある人物の方がいい。必要な人材については、今後領主様あたりと慎重に協議していく必要があるだろう。

 問題はその領主様にギルドマスターの担い手になってくれそうな人物に伝手(つて)があるかどうかだが。

 まあ、その辺は領主様に頑張ってもらうとして……私は用済みだろうから工房へ戻ろうと帰り支度を進める。

 その時、【青い流星】のメンバーが私のもとを訪ねてくる。

「アダムさん……このたびはお世話になりました」

 リーダーのクーパーが代表してお礼の言葉を述べると、全員が揃って深々と頭を下げた。

「アダムさんがいなければ、俺たちのパーティーはとっくに解散していました」

「そんなことはないさ。君たちはひとりひとりのレベルが高く、向上心も兼ね備えている。今回の件で成長できただろうし、きっとこれからはうまくやっていけるだろう」

「そ、そのことなんですけど……」

 何やら私に伝えたいことがあるようなのだが、なぜか緊張していて一度深呼吸を挟むクーパー。

 そしてようやく用件を伝えてきた。

「俺たちに冒険者のなんたるかを教えてくれませんか!」

「えっ?」

「弟子にしていただきたいのです!」

 トドメとばかりに全員で「お願いします」と頭を下げる。

 ……まいったな。

 私は冒険者稼業についてはズブの素人。

 むしろ彼らより情報は疎いと思われる。

 だが、彼らの目にはそう映っていないらしい。

「たとえ冒険者稼業に疎くても、あなたの指示は的確でした」

「つーか、普通に戦闘力が段違いだからその辺も教えてもらいたい――っす」

 あのウェインが丁寧に話そうと心がけるなんて。

 それだけで彼らの本気度が伝わってくる。

 ……とはいえ、今の私はメイジーの師匠だ。まずは彼女を一人前にしなくてはならない。

 なので、【青い流星】には仮弟子入りという形をとってもらうことにした。ダンジョン探索におけるアドバイザーというポジションだ。

 あと、タイミングが合えば、私もダンジョン探索に同行すると約束。個人的な興味もあるにはあるからな。

 というわけで、私は【青い流星】のアドバイザーに就任……どんどん肩書が増えていくなぁ。





 その後、【青い流星】の面々とともにまずは村長へ相談した。

 領主様へ会えるのは基本的に村長のみらしく、彼を通して許可を得れば他の村人でも会うことが許されるのだという。

 とりあえず、すぐに村長へと知らせ、後日連絡を取ってくれる運びとなった。

 それが終わると工房へ移動。

 メイジーにも彼らを紹介しておきたいと思ったし、リーダーであるクーパーに頼まなくても、武器屋防具で気になる点があればいつでも自由に訪ねてきてよいと伝えるためだ。

 到着すると、早速メイジーが出迎えてくれた。

「アダムさん!」

 彼女はずっと心配してくれていたようで、私の顔を見るや否や少し涙を浮かべながら帰還を喜んでくれた。

 そんなメイジーの反応を見ていると、次にダンジョンへ探索しに行く時はどうなってしまうのか……私は彼女に平気だったことをアピールし、なんとか不安を払拭しようとする。

 必死の説得もあり、メイジーはダンジョンへの認識を少し改めてくれたようだ。

「でも危険なことだけはやめてくださいよ?」

「肝に銘じておこう」

 私としても、メイジーを一人前にしないまま死ぬわけにはいかないからな。

 ちなみに、彼女はここでようやく私の背後に【青い流星】の面々がいるとわかったらしい。

「わ、私ったら……もう! どうして気づかなかったかなぁ!」

 さっきとは別の意味で涙目になるメイジー。

 そんな彼女の「らしい」言動が【青い流星】のメンバーたちを和ませた。

「ご、ごめんなさい、お恥ずかしいところをお見せしてしまって……あっ、私はメイジー・ティペッツと言います」

 まずは彼女が名乗り、それからパーティーメンバーが交代で自己紹介。

 それが終わると、メイジーは女子ふたりに話しかけ、それからものの数分で笑い合いながら会話ができるほど打ち解けていた。

 相手の懐に入るのがうまいというか、人懐っこいというか……メイジーのコミュニケーション能力の高さは見事なものだ。

 ライソン師匠はそういうの苦手だったから、きっと母方の血だろうな。

 ともかく、こうして私に新たな弟子(仮)が四人も一気に増えたのだった。