満たされて、ひとりじめ

 俺の回りたいところも多数決で入れてもらえてよかった。

 何度目かの修学旅行の話し合いで、大まかな行き先は固まった。深見くんと中村くんのまとめ方がスムーズで、俺も山田くんも意見を出しやすい。

「じゃ、また明日ね」

 放課後になって、深見くんはそそくさと教室を先に出て行ってしまった。今日バイトだったのかな。

 俺が席を立ち上がる暇もなかった。返事すらできなかった。

 教室からだんだん人が減っていく。俺も帰るか。腰を上げると「みやしー!」と元気な声とともに机に身を乗り出してくる中村くん。

「怜央の告白現場、見に行く?」
「へ?」

 自分の喉から間抜けな声が漏れて、咳払いをする。

「深見くん誰かに告白するの?」
「違う、されんの。さっき呼び出されてんの見たからそうだろ。イベント近くなるとこれなんだよなー」

 中村くんはやれやれと呆れた笑みを浮かべた。

「何でイベント近くなると告白なの?」

 全然よくわからない。経験値が少ないせいかと思ったが、中村くんもさあ、と首をすくめた。

 どんな子が深見くんに告白するんだろう。他にもした人がいるってことか。そのうちの誰かと、付き合ったりするんだろうか。

「まあ、きっかけになりやすいんじゃね? みやしーも誰かに考えてたりすんの?」
「いや、まったく。深見くんは考えてるのかな」
「そこは中村くんは? じゃないんかい」

 おどけてみせる中村くんにハッとして「中村くんはどう?」と訊ねれば「冗談だよ」と返された。

「みやしーは怜央が気になるもんね」
「あ、いや……気になるってほどでもないんだけど。俺が深見くんの優しさにどんどん甘えてるから」
「甘えたらいいじゃん。何かだめなの?」
「たぶん、だめだと思う」

 俺が。期間限定の夢だと思ってたものは、だんだんとそうじゃないんだと思えるようになった。だけど、昼休みの時間がなくなってダメージを受けるのは俺だ。

 これまで、深見くんが好きになる人を考えたこともなかった。

「ふーん。何で?」
「え、何でって……何でだめなんだろう?」

 首を傾げても、答えが出てくるわけではなかった。自分の中に明確な答えを持ってない。

「昼、一緒に食べれる時間減ると残念だなーって」
「俺とでもそう思う?」
「え、うん。さみしくなるよ」
「そっか。俺でもさみしいって言ってくれるかー。嬉しいけど、俺から見ると同じじゃないよ」

 頬杖をついて、顔をのぞき込んできた中村くんは「てことで、見に行こう!」と笑った。いや、それは遠慮したい。

「宮氏、こいつのことはほっといていいから早く帰んなよ」

 やって来た山田くんは中村くんの頭を遠慮なくつかんだ。

「何でだよ。修平(しゅうへい)も怜央が告られるとこ見に行こうよ」
「見られたくないから、どっかに呼び出したんだろ。本気でもないのに悪趣味なこと言ってると、宮氏に本気に取られるよ」

 え、そうなの。すっかり本気にしていた。何だ、さすがに中村くんもそんなことするつもりなかったのか。

 申し訳ないことに中村くんならあるのかなぁと思ってしまった。山田くんが中村くんのつむじを押しながら「宮氏も一緒に帰る?」と訊いてくれた。

 見に行かないにしても深見くんの告白のことは気になって、誘いは丁寧に断った。2人を見送って、1人残された教室でぼんやり天井を仰ぐ。

 学校内で告白されてるのかな。もう深見くんは何か返したんだろうか。そわそわ落ち着かなくなって、今度こそ帰ろうと立ち上がった。

 昇降口で深見くんが立っていた。どこかどんよりした雰囲気が漂っていて、どきりとして立ち止まると、こちらに気づいた深見くんが「宮下くん!」と表情を明るくする。

「……何してるの?」

 もしかして、女の子と帰るために待ってるのかな。

 そっとあたりをうかがっても、他の生徒がいる様子はなかった。外で部活をやっている生徒のランニングをしているかけ声が聞こえる。

「さっき旭たちに会って、宮下くんまだいるって聞いたから待ってた」
「え、俺なの?」
「うん、そうだよ」

 そんな他に誰がいるの、みたいなきょとんとした顔をされても。深見くん、さっきまで告白されてたんじゃないの?

 リュックの紐をぎゅっと両手で握りしめて、唇を開く。何も言葉が出てこなかった。俺が訊いてどうする。

 告白を受けても断っても、俺に何か関係あるわけじゃないだろう。

「明日の弁当のリクエストって、まだしてもいい?」
「あ、うん。いけると思うよ」

 俺が何も言えずにいると、深見くんが隣に並んだ。歩き出したのに続いて、俺も歩いていく。

 夕暮れの日差しがまぶしくて目を細めて深見くんを見やると「急に食べたくなってさー」と、深見くんが静かに言った。

「ネギ塩チキン。さっき誰かが話してるの聞いて、いいなと思っちゃった」
「へー、そうなんだ」

 呼び出された人とどんな会話をしたんだろうか。とりあえず、今日の帰りに鶏肉を買って帰ろう。

「オレはもうすっかり宮下くん弁当に胃袋掴まれてるよ」
「別の人の手作りがいいなーとかならない?」

 探りを入れるみたいな言い方になっているかなぁと思いつつ、撤回はできなかった。気になって仕方がない。

「全然ねーわ。宮下くんが一番うまいし、好きな味」
「これからも毎日俺の弁当でいいってこと?」
「うん、宮下くんがいい。毎日食べれんのありがたいよ」

 ブレザーの下からはみ出すセーターを引っ張って、手を引っ込めてからパタパタ顔を扇ぐ。

 そっか、俺の弁当がいいのか。ってことはつまり、女のことからの告白は断ったのかな。

「明日も昼休みは4階のとこ?」
「そうだね。ちょっと寒くなってきたからブランケット持ってこうか」

 きらきらする横顔を見上げながら、そうだねとうなずいた。

 ◇◇◇

 次の日の昼休み。リクエスト通り、今日のメインおかずはネギ塩チキンだ。パカッと弁当を開けた深見くんは「わー、いっぱいだ!」と歓喜の声をあげた。

「ネギ塩そんな作ったことなかったけど、やってみたらおいしくできたと思うよ。他のにも使えそう」
「鶏じゃなくてもうまそう。いただきます!」

 パンと手を合わせる音が響いて、さっそく深見くんの口の中にチキンが消えていく。

「肉しっとりしてて、ネギ塩とすげー合う!」
「よかった。あれ、深見くんの卵焼きもネギ?」
「それはご飯のお供ランキングに入ったやつ。気になって買ったから入れてみた」
「へー、いいね。確かに、ちょっと辛いのがご飯に合いそう」

 卵焼きを咀嚼して、米をかき込む。

 廊下はまだ暖房が入っておらず、冷え冷えとしていた。深見くんが持ってきてくれたクッションと、ブランケットのおかげで寒くない。

 あったら良さそうだなとは思ったものの、自分の分はいいやと俺はブランケットを持ってこなかった。そんな俺を見越したように大きめのブランケットを持ってきてくれて、一緒に膝上にかけた。

「オレも自分で作った卵焼き食べたい」
「朝食べてこなかったの?」
「卵1個だったから、全部詰めてきた」

 あ、と口を開けて待っている深見くん。どうしてくれと言われなくてもわかる。

 こういうのは俺の役目じゃないだろう。それとも、友達だからいいのかな。箸でつかんだ卵焼きを深見くんの口まで運んだ。

 卵焼きにかじりつかれて、箸を離す。

「うん、結構ラー油っぽいのか」
「そうだね。牛丼とかにも良さそう」
「あー、いいね。やってみる」

 もごもごと口元を隠しながら、深見くんはこくこくうなずく。

 食べ終わって、ぼんやりした眼でブランケットをひざにかけ直した。

「コタツ入ってる気分だ。みかん食べたくなってきた」

 普段通りの昼休みのはずなのに、学校じゃない場所みたいに感じられる。

 じいちゃん家からおすそ分けしてもらったの、持ってくればよかったなぁ。昼にみかんを食べるのもありだった。

「オレに寄っかかってもいいよ」

 深見くんのお言葉に甘えて、こてんと肩に寄りかかる。壁の冷たさを少しだけ感じたが温もりのほうが勝っていた。

「うわー、これは寝そう」
「宮下くんはオレに心許しすぎじゃね?」
「そうかな? 信頼してるだけだよ」

 深見くんの指先が頬を撫でて、ぱちりと目を開く。熱を帯びたそれが優しく這うようで、背筋がぞくぞくした。思わず、瞬きを繰り返す。

「深見くん?」

 黙って見つめる深見くんに声をかけると、吸い寄せられるように近づいてきて鼻先がぶつかった。

 ぎゅっと、心臓が縮こまったかと思えば、暴れだす。深見くんの肩が動いて、俺がずり落ちそうになった。

「どこまで、許してくれんの?」
「……え?」

 支えてくれた手に力が入っていて、逃げられない。どうしよう。このままだとキスされる?

 え、何で? もしかして、深見くんって俺のこと好きなの!?

 息を吐いてぎゅっと目を閉じると、深見くんが動く気配がした。力が入りすぎて、震えているのがわかる。うわー、やばい。俺の行動ミスってない!?

 自分の呼吸音が響いていないか不安でいっぱいになった。

「……ちょっと、宮下くん。これオレじゃねーとキスされちゃう流れだから」

 ペチッといい音がして、おでこを弾かれた。目を開けば、さっきより距離を取った深見くんが苦笑している。

 途端に空気が抜けたように、力も抜けていく。

 あれ、何で? からかわれたのか、と襟足を触ってうつむく。そうだよね、深見くんが俺にそんなことするわけなかった。

 そんなわかりきったことも考えられずに、数秒前の俺は舞い上がった。

 じわりと視界が滲んで、セーターの裾で拭う。何で泣くんだろう。当たり前のことなのに。

「え、あー、ごめん。怖かったよね」

 慌てた様子でポケットからティッシュを取り出して、目に押し当ててくれる深見くん。俺はぶんぶん首を横に振る。

「怖くは……ないよ」

 別に、そうじゃない。だけど、キスされたかったと泣いてるとも知られたくなかった。

 俺は、深見くんからキスをされなかったことにショックなんだ。冗談でそうする相手ではあっても、本当にしたい相手ではないことが。

 深見くんのことが、好きなんだ。――ああ、だからか。これまでの自分にも納得がいく。

 こんな状況で気づくなんて最悪だ。喉の奥が震えて、止めれと願うのに反して出てくる涙がうっとうしい。

「宮下くんがオレに何でも許してくれるから、ちょっと期待……っていうか、意地悪した、っていうか。ほんとごめん。もうしないから」

 切なそうに眉を下げる深見くんに、笑いかけたかったのにうまく口の端が上がらなかった。

「……うん。ちょっと、びっくりしただけだから。俺もごめん、止まんなくて」

 胸が締め付けられて、息がしづらかった。もう何も見たくないし、聞きたくもない。

 失恋確定なら、せめて気づかず終わりたかったのに。

 深見くんが気を遣って先に教室へ戻ってくれた。

 春までこうだったんだなぁ。長く続く廊下を見て思った。もう深見くんのいない1日をどう過ごしていたのか、思い出せない。

 どうしよう、どうすればいいんだろう。好きだってわかったって、どうにもできない。

 明日からも昼休みは一緒に過ごしてくれるのかな。

 チャイムが鳴っても人が来る様子がなく、俺はその場を動けなかった。

 涙が乾いて、ようやくのそのそと腰を上げる。何もないのに授業をサボったのは初めてだった。

 深見くんが自分のせいだって思ってないといいなぁ。これは俺の問題だ。あ、ブランケットもクッションも借りたままだった。

 次の休み時間に戻ると、ざわついていて教室に入りやすかった。すぐに深見くんが「大丈夫?」と心配そうに声をかけてくれて、ぐっと奥歯を噛み締めた。

「うん、もたもたしてたら間に合わなくてサボっちゃった。先生は何か言ってた?」

 戻るときに顔を洗って、問題ないのを確認して来た。うまく笑えてるだろうか。せめて、さっきのことは全然気にしていないように振る舞えていればいい。

「大丈夫か心配してたよ。とりあえず、体調不良ってことにしといた」
「あー、ありがとう。これ返すね」

 折りたたんだクッションとブランケットを渡して、席に座る。深見くんが何かいいたそうにこちらを見ているのは気づいたけど、鈍感なふりをした。

 ◇◇◇

 まずい、修学旅行が近いんだった。

 弁当交換は相変わらず続けているものの、ここ何日かは俺から誘って4人での昼休みになっている。どうしたって、気まずさが残って2人きりになれない。

 というか、むしろ深見くんから避けられているのを感じて、俺からもそうしている。教室で話すことはあるし、4人でも会話はあるのに避けられているのはわかる。

 修学旅行で同じ班な以上、このままは良くない。

「今日は、俺が怜央と食べるから!」と、昼休みになった途端、俺の机にあった弁当を持って中村くんが深見くんを連れ去ってしまった。

 呆気にとられていると、山田くんから「移動して食べよ」と肩を叩かれた。

 久しぶりの屋上手前の階段で、弁当を広げる。ガタガタと扉が風で揺れていた。

 俺の弁当はいつもどおり持って行かれたので、勝手に深見くんの机にかかっていたものを持ってきてしまった。

「宮氏、深見クンと何かあったんだよね?」

 山田くんから切り出されると予想できず、げほっとむせて、胸のあたりを叩く。

 ふぅと息を吐いてから、顔を上げた。

「さすがにわかる……よね。ごめん、戻り方がわかんない最中で」
「喧嘩したの?」
「うーん、ケンカはしてなくて、深見くんからされたことに、俺がちょっと消化しきれなかった……みたいな」

 山田くんはぽかんとして「え?」と口を開ける。

「深見クンが何かしてきたの?」
「うん、まあ……そうだね」
「で、深見クンが避けてんの? 宮氏も避けてるかなって思うけど、確実に深見クンから避けてるよね」

 あれ、とはんぺんに箸を刺した手が止まる。そうだよ、深見くんから冗談でけしかけてきたくせに気まずくなって避けるって、よく考えたら失礼じゃない!?

 俺のこと何だと思ってんだよ。胃のあたりがむかっとしてきた。

「おかしいよね? 俺、何も悪いことしてない」
「うん、深見クンがおかしいと思う」

 山田くんが大きくうなずいて肯定してくれた。そうだよね、俺は何を遠慮してたんだろう。

「全然気づかず悩んでた! ありがとう、山田くんのおかげですっきりした」

 焦げを取った形跡のあるはんぺんを放り込んで、しっかり味わう。俺のための弁当は用意してくれるくせに、向き合うことからは逃げられている。

 俺だって逃げたけど、された側だし避けられたし、どうしていいかわからなくて当然だ。冗談だったなら、もうそれは許すから避けないでほしい。

 好きだって気持ちと、これはまた別の話だ。

「いいえー。もうすぐ修学旅行だもんね。楽しくいたいよね」
「そうだよね。楽しくいられるように、頑張るよ」
「よくわからんけど、がんばって。俺は宮氏を応援してる」
「え、俺も山田くんを応援するからね。何かあったら言ってね」

 ん、と微笑んだ山田くんが何も言わずに唐揚げを俺の弁当に置いてくれた。

 よし、ちゃんと深見くんを捕まえよう。心に決めたものの、その日は声をかけられなかった。見るからに落ち込んだ様子の深見くんに中村くんが「今日はほっといていいと思うよ」と言っていた。

 気を取り直して次の日。朝、教室へ入るなり深見くんの席まで歩いて、ドンとランチトートを置いた。

「今日はおにぎりにしたから、一緒に食べよう。はいか、イエスで答えて」

 前の深見くんを真似して拒否できない言い方で誘って、目を丸くする深見くんをのぞき込む。まるで降参を告げるみたいに両手を挙げた深見くんは「はいっ」と返事をした。

 今はもう腹を立てているわけじゃない。ただ、意味もなくすれ違っている状態は今日で終わりにしたかった。

 昼休みになって、教室を出るときに山田くんと中村くんから「いってらっしゃい」と言われた。俺はぐっと親指を立てて教室を出る。

 いつもの場所で深見くんと向き合う。おにぎりを渡して、ラップにくるんでいた海苔を取り出した。

「あのー、宮下くん」

 バツが悪そうな声。ラップを開けて、海苔を差し出した。慌てて受け取って、深見くんはもたもたとおにぎりに海苔を巻く。

「まずは食べてからにしよう」

 床の冷たさを感じながら、あぐらの上に弁当を載せる。黙って食べ進めると、深見くんもそっとおにぎりにかじりついた。

 うま、と小さくつぶやくのが聞こえて、頬が緩みそうになる。ここで笑っては、より深見くんをビビらせそうなのでどうにか耐えた。

「深見くん、何で俺のこと避けてたの? 普通は逆じゃない?」

 深見くんがお弁当箱を閉じるのと同時に言った。深見くんの目が大きく揺れる。

「……だよね。ほんと、ごめん。しかもオレからやっといて、最低だったよね」

 そうだね、と正直に答えると深見くんは、眉を下げた。

「何やってんだろって思ったら、自己嫌悪になったし、宮下くん俺のこと嫌いになったんじゃないかって確かめるのが怖くて……連絡もスルーだったから」

 ん? ちょっと待って。しおれた深見くんに「連絡もスルーって何のこと?」と訊ねる。深見くんから何か来ていた覚えがない。

「ごめんって、送って既読もついてたけど返事なかったよね?」

 ポケットに手を入れて、スマホを取り出す。深見くんとのトーク画面を確認すると、確かに《今日のこと、ほんとにごめん。やっていいことじゃなかった》と来ていた。

 この文面は見てないし、既読をつけた記憶がまるでない。思い当たるとすれば、俺から何か送ろうと画面を開いていたときか。気づかないまま閉じてしまった。

「全然気づいてなかった、ごめん。グループは動いてたから、個別は見ないようにしてて……送ってくれてたんだね」

 これは俺にも否がある。

「でも、冗談でもやっていいことと悪いことあると思う。それこそ、俺だから許すけど他の人にやったらだめだからね」
「絶対やんないよ。オレが言うことじゃねーけど、宮下くんは許したらだめだよ。自分のこと、もっと大事にして」

 ほんと、オレが言えたことじゃねーけど。自嘲気味に視線を床に落とす。

「言っとくけど、深見くんだから許すって言ってるんだよ。他の人だったら俺も許さないよ」
「……それはオレを調子に乗せるからだめだよ」
「いいよ。深見くんは調子に乗ってるくらいがちょうどいい。たまに暴走して困るけど」

 ふふっと俺が笑って見せると、深見くんは複雑そうな顔をした。

 俺が何もかも許すうちに線引きが曖昧になって、俺のこと好きになってくれないかな。邪な気持ちでいることだから、自分を大事にしてと心配してもらう必要なんかない。

 深見くんの手を取って「これで終わりってことで」とぶんぶん上下に振った。どうしたら、俺のことを好きになってくれるだろう。

 胃袋はつかめてるから、後はどうするか。修学旅行で今よりちょっとは近づけるのかなぁ。

「あ、修学旅行の日の弁当!」

 作る気満々でいたが、先生が駅弁を買ってもいいと言っていた。深見くんがどっちにするか確認しようと思ってたのに。

「行きの新幹線で食べるやつだよね。これって……深見くんにお願いしてもいいやつ?」
「もちろんいいよ。俺も深見くんに頼んでいい?」
「宮下くんは自分か駅弁のがいいかもよ。修学旅行くらい、豪華にしなよ」

 何言ってるの、と深見くんを小突く。

「俺は深見くんが作ってくれたやつが好きだよ」
「オレも宮下くんが作ってくれたのが好きだけどさー、オレのは違うでしょ」
「違わないよ。深見くんはおにぎり上手だよね。俺の今日作ったやつ、ちょっと握りすぎた」

 深見くんがピクニックのときに作ってくれたのを思い起こしてやったつもりだったのに。

「超頑張るね」
「うん、俺も張り切って作るよ」

 ぼんやりした温かさが広がる廊下の隅で、深見くんが照れたようにはにかんだ。