──ガラッ
「わり! 遅れた!」
思わず手を止める。
「あ、」
反応が遅れたのは静かな空間に慣れきっていたからかな。
入口の方に視線を向けると、息を切らした彼が慌てた様子で立っていた。
「宮前くん」
宮前 八尋。今日遅刻した、彼。
「あ、えと、淺井……くん」
ぎこちなく呟いた彼は困ったような表情に切り替わって室内に入ってくる。
相当急いで来てくれたんだろう。顳顬に薄く汗が滲み、前髪は少し乱れている。首元のネクタイは右肩にかかり、鞄の片紐がずり落ちていて。
いつもの彼からは見慣れない恰好だった。
「遅れてごめんな」
「いやいいよ。僕もさっき来たばかりだから」
僕の向かいの椅子に腰掛ける彼になるべくにこやかに言葉を返す。
「嘘。先に一人でやらせてごめんな」
眉を下げる宮前くんは、僕の発言を素直に聞き入れない。
別に大丈夫だったけどな、なんて内心思うけど。わざわざ口に出すまでもないし、そこまで砕けたカンケイではないから。
「じゃ、僕がプリント揃えるからホッチキス、やってくれる?」
「ああ、うん。わかった」
僕の手元にあったホッチキスを手渡すと、理解した様子で手を差し出された。5枚のプリントを机に落とし、端を揃える。次はその単純作業。
黙って受け取りホッチキスを押す音が響き、黙々と続ける。
ちら、と顔を上げると彼はこちらを見ていた。
「……僕の顔、何かついてる?」
首を傾げる。
「や、そういう訳じゃなくて」
歯切れの悪い宮前くんの様子はいつもと違う。
「あんま話したことねーからさ、ちょっと新鮮だなって思ってた」
爽やか、という形容詞が似合うほどの笑顔を向けられて、今度は僕が言葉に詰まりそうだった。
でも確かに。
一方的に彼を知っているだけで、まともに話したのは今日が初めてだ。

