記録 - 2025年3月、川瀬家の83日間

【映像記録 #031】
日付:2025年3月10日 06:45
撮影者:川瀬誠
場所:ダイニングルーム
ファイル名:IMG_0031.MP4
[朝のダイニング。誠が一人でコーヒーを淹れている]
[カメラは三脚に固定されている]
誠の声(独り言):「また寝不足だ...」
[コーヒーメーカーの音]
[誠がダイニングテーブルに座る]
[カップを持ち上げようとして、動きが止まる]
誠:「...あれ?」
[テーブルの椅子を見つめる誠]
誠:「この椅子...引いたままだったっけ?」
[立ち上がり、椅子に近づく]
誠:「昨日の夜、片付けたはずなのに...」
[椅子を元の位置に戻す]
[そのとき、背後で物音]
誠:「!」
[振り返る]
[何もいない]
誠:「...気のせいか」
[再び座る]
[コーヒーを飲む]
[カップを置く音が、やけに大きく響く]
誠(独り言):「...おかしいな。なんか、家の雰囲気が...」
[階段を降りてくる足音]
美咲の声:「おはよう」
誠:「あ、おはよう」
[美咲が画面に入る。寝癖がついている]
美咲:「早いわね」
誠:「眠れなくて」
美咲:「また?」
誠:「...うん」
美咲(椅子を見て):「あら、この椅子...」
誠:「ん?」
美咲:「なんでもない。気のせい」
誠:「何が?」
美咲:「いや...この椅子、母が使ってた椅子に似てるなって思って」
誠:「お義母さんの?」
美咲:「ええ。でも、あの椅子は処分したはずだから...」
[美咲が椅子に近づく]
美咲:「...そっくりね」
誠:「同じ型の椅子だからじゃない?」
美咲:「そうね...」
[美咲の表情が曇る]
誠:「美咲?」
美咲:「...なんでもない。コーヒー淹れるわ」
[美咲がキッチンへ向かう]
[誠は椅子を見つめている]
誠(小声):「...お義母さんの椅子」
[映像終了 / 録画時間:4分52秒]


【スマートフォン映像 #001】
日付:2025年3月10日 12:30
撮影者:川瀬結衣
場所:高校の教室
ファイル名:VID_20250310_123045.mp4
[教室。昼休み。結衣が友人の美月と話している]
[スマホを机の上に置いて撮影している様子]
美月の声:「で、昨日の続きなんだけどさ」
結衣の声:「うん」
美月:「あの転校生、マジでイケメンじゃない?」
結衣:「まあね」
美月:「結衣、冷たくない?」
結衣:「だって受験生だし」
美月:「もう。真面目すぎ」
[二人が笑う]
[窓の外を見る結衣]
結衣:「...ねえ」
美月:「ん?」
結衣:「最近、家が変なんだよね」
美月:「お父さんのカメラのこと?」
結衣:「それもあるけど...なんか、雰囲気が」
美月:「雰囲気?」
結衣:「うまく言えないけど...誰かに見られてる感じ?」
美月:「怖っ」
結衣:「でしょ。夜とか特に」
美月:「お化け?」
結衣:「そんなわけないじゃん。でも...」
[結衣の携帯が震える。通知音]
結衣:「ん? メッセージ」
美月:「誰から?」
結衣:「...知らない番号」
美月:「え、見せて見せて」
[結衣が携帯の画面を美月に見せる]
[画面には表示されていないが、二人の表情が変わる]
美月:「...これ、なに?」
結衣:「わかんない...」
美月:「『みさき』って...結衣のお母さん?」
結衣:「うん...」
美月:「『ゆるさない』って...怖くない?」
結衣:「いたずらでしょ」
美月:「でも誰が?」
結衣:「...わかんない」
[沈黙]
美月:「返信するの?」
結衣:「しない。ブロックする」
美月:「そうだね...」
[チャイムが鳴る]
美月:「午後の授業始まる」
結衣:「...うん」
[二人が席に戻る]
[カメラはまだ回っている]
[窓の外]
[画面端に、誰かが立っている]
[白い服を着た老婆]
[しかし結衣は気づいていない]
[映像終了 / 録画時間:3分18秒]


【テキストメッセージ履歴】
受信者:川瀬結衣
送信者:不明(090-XXXX-XXXX)
日時:2025年3月10日 12:31
みさき
ゆるさない


【テキストメッセージ履歴】
受信者:川瀬結衣
送信者:不明(090-XXXX-XXXX)
日時:2025年3月10日 15:47
かえして
わたしのものを
かえして


【テキストメッセージ履歴】
受信者:川瀬結衣
送信者:不明(090-XXXX-XXXX)
日時:2025年3月10日 18:23
みさきは
わるいこ


【音声記録 #005】
日付:2025年3月10日 16:30
録音者:川瀬蓮
場所:自宅への帰り道
ファイル名:Voice_005.m4a
[自転車のペダルを漕ぐ音。風の音]
[友人との会話]
友人A:「で、明日の練習、何時から?」
蓮:「3時からって先輩が言ってた」
友人A:「マジか。早いな」
蓮:「だよね」
友人B:「蓮、最近疲れてない?」
蓮:「え?なんで?」
友人B:「なんか、ぼーっとしてることが多い気がして」
蓮:「そう? 気のせいじゃない?」
友人A:「でも俺も思った。授業中とか」
蓮:「...最近、ちゃんと寝れてないんだよね」
友人B:「なんで?」
蓮:「家が...なんか変で」
友人A:「変?」
蓮:「夜中に音がするんだよ。廊下を歩く音とか」
友人B:「家族じゃないの?」
蓮:「最初はそう思ったんだけど、みんな寝てるんだよ」
友人A:「怖っ」
蓮:「だろ?」
友人B:「それ、やばくない?」
蓮:「わかんない。気のせいかもしれないし」
[信号待ちの音]
友人A:「そういえば、お前の家って...」
蓮:「ん?」
友人A:「いや、なんでもない」
蓮:「言えよ」
友人A:「...前に誰か亡くなったとか?」
蓮:「は? なんでそんなこと知ってんの?」
友人A:「いや、噂で聞いたことあって」
蓮:「誰から?」
友人A:「覚えてない。でも...」
[信号が変わる音]
友人B:「行こうぜ」
[自転車を漕ぎ出す音]
[しばらく沈黙]
[00:05:47]
[かすかな音が混入する]
[声のような、ノイズのような]
「...れん...」
[蓮の名を呼ぶ声]
[しかし蓮は気づいていない]
[00:06:15]
「...おばあちゃん...いる...」
[老婆の声]
[友人たちの会話は続いている]
友人A:「じゃあ、また明日な」
蓮:「おう」
友人B:「バイバイ」
[二人が別れていく音]
[蓮が一人になる]
[自転車を漕ぐ音だけ]
[00:08:30]
[突然、蓮が急ブレーキをかける音]
蓮:「うわっ!」
[自転車が止まる]
蓮(息を切らして):「...今、何か...」
[沈黙]
蓮:「道に...誰か立ってた 」
[周囲を見回す気配]
蓮:「...いない」
[深呼吸]
蓮:「気のせいか...疲れてんのかな」
[再び漕ぎ出す]
[録音終了 / 録音時間:10分03秒]


【映像記録 #038】
日付:2025年3月10日 19:00
撮影者:川瀬誠
場所:ダイニングルーム
ファイル名:IMG_0038.MP4
[夕食の準備。美咲が料理を運んでいる]
[カメラは定位置に固定]
誠の声:「今日も撮るぞ」
結衣:「はいはい」
蓮:「お父さん、飽きないの?」
誠:「飽きないよ。大事な記録だから」
[四人が席につく]
[しかし、五脚の椅子がテーブルを囲んでいる]
誠:「...あれ?」
美咲:「どうしたの?」
誠:「椅子...五つあるぞ」
[全員が椅子を数える]
結衣:「本当だ...」
蓮:「いつからあったんだろ」
美咲:「...」
誠:「美咲?」
美咲(青ざめて):「この椅子...」
誠:「知ってるのか?」
美咲:「母の...椅子」
[沈黙]
結衣:「おばあちゃんの?」
美咲:「ええ。間違いない。この傷...ここの焦げ跡...」
蓮:「でも、おばあちゃんの椅子って、処分したんじゃ...」
美咲:「したのよ。3年前に。粗大ごみで」
誠:「じゃあ、なんで...」
美咲:「わからない...」
[美咲が椅子に触れる]
美咲:「...間違いない。これは母の椅子」
結衣:「気持ち悪い...」
蓮:「誰が持ってきたの?」
誠:「誰も持ってきてないぞ」
美咲:「だったら、どうして...」
[沈黙が続く]
誠:「...とりあえず、片付けよう」
美咲:「ええ...」
[誠が椅子を持ち上げようとする]
[そのとき]
[椅子が重い]
誠:「ん?」
美咲:「どうしたの?」
誠:「重い...すごく重い」
蓮:「椅子だよ? そんな重くないでしょ」
誠:「いや、持ち上がらない」
[結衣が手伝おうとする]
結衣:「私も...あれ?本当だ」
[二人でも椅子は動かない]
美咲:「...やめて」
誠:「美咲?」
美咲:「もう...触らないで」
誠:「でも」
美咲:「そのままにしておいて!」
[美咲が叫ぶ]
[全員が驚く]
美咲(涙声):「ごめんなさい...ごめんなさい...」
誠:「美咲、落ち着いて」
美咲:「母が...怒ってる...」
結衣:「お母さん、何言ってるの?」
美咲:「私が...私が殺したから...」
[一同、凍りつく]
誠:「美咲、何を言って...」
美咲:「本当のことよ!」
[美咲が泣き崩れる]
[映像終了 / 録画時間:7分28秒]


【映像記録 #039】
日付:2025年3月10日 19:15
撮影者:川瀬誠
場所:リビング
ファイル名:IMG_0039.MP4
[リビングのソファに座る美咲。目が赤く腫れている]
[誠、結衣、蓮が向かいに座っている]
[カメラは手持ちで、誠が片手で持っている]
誠の声:「美咲、話してくれるか?」
美咲:「...」
誠:「お義母さんのこと」
美咲(しばらく沈黙した後):「母は...3年前、この家で亡くなった」
結衣:「それは知ってる」
美咲:「心臓発作だって...そう言われた」
蓮:「違うの?」
美咲:「...わからない」
誠:「美咲」
美咲:「母は晩年、認知症だったの。最初は軽かったけど、だんだん酷くなって...」
[美咲が言葉を詰まらせる]
美咲:「私たちと一緒に住むようになってから、もっと悪化した。環境が変わったからかもしれない」
結衣:「...」
美咲:「母は...怒りっぽくなった。些細なことで怒鳴ったり、物を投げたり...」
蓮:「そうだったんだ...」
美咲:「あなたたちにも、酷いことを言ったわね。覚えてる?」
結衣:「少しだけ...」
美咲:「結衣には『出来損ない』って言ったり、蓮のことを『誰だ、この子は』って...」
蓮:「...」
美咲:「でも、それは病気のせいだった。母は本当は優しい人だったの」
誠:「わかってる」
美咲:「ある日...」
[美咲が震える]
美咲:「母が蓮を階段から突き落とそうとした」
蓮:「え?」
美咲:「覚えてない? あなたが小学4年生の時」
蓮:「...階段から落ちたことはあるけど」
美咲:「あれは、事故じゃなかった。母が...押したの」
[蓮が息を呑む]
美咲:「私は見てた。2階から。母があなたの背中に手をかけるのを」
結衣:「お母さん...」
美咲:「私は...頭に血が上った。大切な息子を殺そうとした母が、許せなかった」
誠:「それで?」
美咲:「母を2階の部屋に閉じ込めた。鍵をかけて」
[沈黙]
美咲:「一晩だけのつもりだった。少し頭を冷やせば、また優しい母に戻ってくれると思った」
美咲:「でも...翌朝、部屋に行ったら...母は床に倒れていた」
結衣:「...」
美咲:「冷たくなって。もう...息をしてなくて」
蓮:「それで心臓発作だって...」
美咲:「救急車を呼んで、警察も来て。でも、部屋に閉じ込めたことは言わなかった」
誠:「美咲...」
美咲:「医者は心臓発作だって言った。高齢だったし、持病もあったから」
美咲:「でも、私は知ってる。母は私に呼ばれたはずなの。ドアを叩いたはずなの」
美咲:「でも私は...無視した」
[美咲が嗚咽する]
美咲:「だから、私が殺したの。母を」
[長い沈黙]
結衣:「お母さんは...悪くないよ」
美咲:「悪いのよ。私は母を見捨てた」
誠:「美咲、それは...」
美咲:「だから、母が戻ってきたの。復讐しに」
蓮:「復讐って...」
美咲:「椅子も、音も、全部...母なのよ」
[美咲が顔を覆う]
美咲:「私を許さないんだわ...当然よね...」
[カメラが揺れる]
[映像終了 / 録画時間:12分36秒]


【映像記録 #040】
日付:2025年3月10日 21:30
撮影者:川瀬誠
場所:書斎
ファイル名:IMG_0040.MP4
[誠の書斎。誠が一人でパソコンに向かっている]
[カメラはデスクの隅に置かれている]
誠(独り言):「美咲の話...本当なのか?」
[マウスをクリックする音]
誠:「でも、椅子が戻ってくるなんて...」
[検索エンジンで何かを調べている様子]
誠:「心霊現象...ポルターガイスト...」
[ため息]
誠:「バカげてる。そんなもの、あるわけない」
[しばらくキーボードを打つ音]
誠:「でも...あの映像」
[ファイルを開く音]
[モニターに、以前撮影した深夜の映像が再生される]
誠:「やっぱり、何かいる...」
[映像を拡大する]
誠:「この影...人の形だ」
[何度も映像を巻き戻しては再生する]
誠:「誰だ?これは誰なんだ?」
[突然、背後で物音]
誠:「!」
[振り返る]
[誰もいない]
誠:「...気のせいか」
[再びモニターに向き直る]
[そのとき]
[モニターの画面が突然暗くなる]
誠:「え?」
[画面に文字が浮かび上がる]
[白い文字]
『みさき』
誠:「何だこれ...」
[文字が増える]
『みさき わるいこ』
誠:「これ...誰が?」
[さらに文字が]
『ゆるさない』
『かえして』
『わたしの じかんを』
『わたしの いのちを』
『かえして』
[画面が真っ白になる]
[誠が椅子から転げ落ちる音]
誠:「くそっ!」
[パソコンの電源を切る]
[荒い呼吸]
誠:「何なんだ...一体...」
[ドアをノックする音]
美咲の声:「誠さん? 大丈夫?」
誠:「あ、ああ...大丈夫」
美咲:「何か物音が...」
誠:「なんでもない。ちょっと物を落としただけ」
美咲:「...そう。あまり遅くまで起きてないで」
誠:「わかってる」
[足音が遠ざかる]
[誠が深呼吸する]
誠(独り言):「落ち着け...落ち着け...」
[カメラを見る]
誠:「これも...記録しないと...」
[映像終了 / 録画時間:8分44秒]


【スマートフォン映像 #003】
日付:2025年3月10日 23:15
撮影者:川瀬結衣
場所:自室
ファイル名:VID_20250310_231547.mp4
[結衣の部屋。ベッドに座っている結衣]
[スマホを自撮りモードで撮影]
結衣(カメラに向かって):「えっと...vlogってほどじゃないけど」
[ため息]
結衣:「今日、お母さんがおばあちゃんのこと話した」
[沈黙]
結衣:「正直、ショックだった。お母さんが...そんなこと考えてたなんて」
[窓の外を見る]
結衣:「でも、お母さんは悪くないと思う。おばあちゃんの認知症、本当に酷かったから」
[カメラを机の上に置く]
結衣:「私、覚えてるんだ。おばあちゃんに言われたこと」
結衣:「『お前なんか、生まれてこなければよかった』って」
[涙声]
結衣:「あの時、すごく傷ついた。まだ小学生だったし」
[涙を拭う]
結衣:「でも、お母さんはもっと辛かったんだよね」
[深呼吸]
結衣:「だから、幽霊とか...そんなのいるわけないよ」
[カメラを再び手に取る]
結衣:「お母さんの罪悪感が、そういう風に見せてるだけ」
[自分に言い聞かせるように]
結衣:「そうだよね...そうに決まってる」
[スマホの通知音]
結衣:「ん?」
[画面を見る]
[表情が凍る]
結衣:「...また」
[メッセージを読む]
結衣(読み上げる):「『ゆい、わたしを わすれたの』...」
[手が震える]
結衣:「誰なの...誰が送ってるの...」
[別の通知]
結衣:「『おばあちゃんだよ』...」
[スマホを放り投げる]
結衣:「やめて!」
[スマホが床に落ちる]
[カメラは天井を向いたまま]
[結衣の泣き声]
[00:03:47]
[突然、部屋の電気が消える]
結衣:「え?」
[暗闇]
[スマホの画面だけが光っている]
[その光で、部屋の一部が見える]
[窓際]
[誰かが立っている]
[白い服を着た老婆]
[じっとこちらを見ている]
結衣:「...あ...」
[悲鳴]
[映像が途切れる]
[映像終了 / 録画時間:4分02秒]


【音声記録 #007】
日付:2025年3月10日 23:18
録音者:川瀬蓮
場所:自室
ファイル名:Voice_007.m4a
[ベッドで横になっている音]
蓮(独り言):「おばあちゃんか...」
[寝返りを打つ音]
蓮:「俺、あんまり覚えてないんだよな」
[天井を見つめている気配]
蓮:「階段から落ちたことも...夢みたいに曖昧で」
[沈黙]
蓮:「でも、おばあちゃんの顔は覚えてる」
蓮:「しわしわで、でも笑うと優しくて...」
[ドンドンドンという音]
[遠くから聞こえる叩く音]
蓮:「ん?何の音?」
[音が続く]
[規則正しく、ドン、ドン、ドン]
蓮:「2階から? 誰か起きてるのかな」
[ベッドから出る音]
蓮:「お姉ちゃんかな...」
[ドアを開ける]
[廊下に出る]
蓮:「真っ暗だな...」
[足音]
[階段を上る]
蓮:「お姉ちゃん?」
[2階の廊下]
[叩く音が大きくなる]
蓮:「この音...どこから?」
[ある部屋の前で立ち止まる]
蓮:「この部屋...おばあちゃんの部屋?」
[ドアの向こうから、ドン、ドン、ドン]
蓮:「誰かいるの?」
[ノックする]
蓮:「誰?」
[音が止まる]
[完全な静寂]
蓮:「...気のせい?」
[ドアノブに手をかける]
蓮:「開けてみようかな...」
[そのとき]
[ドアの向こうから声]
「...れん...」
[老婆の声]
蓮:「!」
「...あけないで...」
蓮(震えた声):「お、おばあちゃん...?」
「...まだ...だめ...」
蓮:「何が...だめなの?」
「...みさきが...ごめんなさいって...いうまで...」
蓮:「お母さんが?」
「...それまで...ここに...いる...」
[蓮が後ずさる音]
蓮:「嘘だ...これ、夢だ...」
[階段を駆け下りる音]
[自室に飛び込む]
[ドアを閉める]
[荒い呼吸]
蓮:「夢...夢なんだ...」
[ベッドに倒れ込む音]
[しばらく荒い呼吸が続く]
[やがて静かになる]
[00:15:30]
[廊下から]
[ゆっくりとした足音]
[蓮の部屋のドアの前で止まる]
[ドアノブがゆっくり回る]
[しかし蓮は眠っている]
[録音終了 / 録音時間:18分42秒]


【映像記録 #042】
日付:2025年3月11日 02:47
撮影者:自動録画
場所:ダイニングルーム
ファイル名:AUTO_REC_005.MP4
[深夜のダイニング]
[街灯の光だけが差し込む]
[あの椅子が、テーブルの端に置かれている]
[02:00:00経過]
[何も起きない]
[02:15:30]
[椅子がわずかに動く]
[誰も触れていないのに]
[椅子が少しずつ、テーブルに近づいていく]
[02:20:00]
[椅子がテーブルにぴったりとつく]
[まるで誰かが座る準備をしているように]
[02:25:00]
[空気が揺らぐ]
[椅子に、何かが座る]
[見えない重さで、座面が沈む]
[02:30:00]
[テーブルの上]
[何もないはずの場所に]
[うっすらと]
[手の形をした影が現れる]
[老婆の手]
[しわだらけの、痩せた手]
[テーブルをゆっくりと撫でる]
[02:35:00]
[さらに濃くなる影]
[上半身のシルエット]
[白い服]
[長い白髪]
[02:40:00]
[顔が見える]
[老婆の顔]
[深い皺]
[悲しそうな目]
[口が動く]
[音は聞こえない]
[しかし唇の動きで分かる]
『みさき...』
『どうして...』
『どうして...』
[涙が頬を伝う]
[老婆の霊は泣いている]
[02:47:00]
[突然、姿が消える]
[椅子だけが残る]
[何事もなかったかのように]
[録画終了 / 録画時間:47分00秒]


【映像記録 #043】
日付:2025年3月11日 07:00
撮影者:川瀬誠
場所:リビング
ファイル名:IMG_0043.MP4
[朝のリビング。家族全員が集まっている]
[みな疲れた顔をしている]
誠の声:「...みんな、眠れなかったみたいだな」
結衣(目の下にクマ):「うん...」
蓮(ぼんやりと):「俺も...」
美咲:「私もよ」
誠:「昨夜、何かあったのか?」
[結衣と蓮が顔を見合わせる]
結衣:「...私、部屋で...誰かを見た」
美咲:「誰を?」
結衣:「おばあちゃん...だと思う」
蓮:「俺も...声を聞いた。2階の部屋から」
誠:「本当か?」
蓮:「うん。『まだだめ』って...『お母さんがごめんなさいって言うまで』って」
[美咲の顔が青ざめる]
美咲:「母が...そう言ったの?」
蓮:「うん...」
[沈黙]
誠:「...俺も、パソコンで変なメッセージを見た」
誠:「『みさき わるいこ』『ゆるさない』って」
[全員が震える]
美咲:「やっぱり...母は怒ってるのね」
結衣:「お母さん...」
美咲:「私が...ちゃんと謝らないと」
誠:「美咲、どうやって?」
美咲:「わからない...でも、このままじゃ...」
蓮:「みんな、おかしくなっちゃうよ」
結衣:「そうだよ。お母さん、どうすればいいの?」
美咲:「...」
[長い沈黙]
誠:「とりあえず...今日はみんな、学校と会社を休もう」
結衣:「え?」
誠:「この状態じゃ、まともに過ごせない。家族で、ちゃんと話し合おう」
美咲:「でも...」
誠:「大丈夫。俺が会社に連絡する」
[カメラがダイニングに向く]
[あの椅子が、いつもの位置に座っている]
[まるで家族の一員のように]
誠:「...そして、この椅子のことも」
[全員が椅子を見つめる]
[椅子は静かに、そこにある]
[しかし、その存在感は圧倒的だった]
[映像終了 / 録画時間:6分18秒]


【発見されたメモ】
発見日:2025年5月26日
発見場所:美咲のハンドバッグ
筆跡:川瀬美咲
3月11日 朝

母が戻ってきた。
もう、疑いようがない。

子供たちも見た。
聞いた。

母は怒っている。
私を許していない。

当然だ。
私は母を見捨てた。
娘として、最低のことをした。

どうすればいい?
どうすれば、母は許してくれる?

それとも...もう、許されることはないの?

だとしたら、私たちは...

いや、考えちゃだめだ。
家族を守らなきゃ。

でも、どうやって?


【映像記録 #045】
日付:2025年3月11日 14:30
撮影者:川瀬誠
場所:リビング
ファイル名:IMG_0045.MP4
[リビング。家族四人がソファに座っている]
[テーブルの上には、お茶とお菓子]
[しかし誰も手をつけていない]
誠の声:「じゃあ...これからどうするか、話し合おう」
結衣:「どうするって...」
誠:「このままじゃ、いられない。何か手を打たないと」
蓮:「引っ越しとか?」
美咲:「それで解決するかしら...」
誠:「どういうこと?」
美咲:「母が求めてるのは、場所じゃなくて...私の謝罪だから」
結衣:「じゃあ、謝ればいいじゃん」
美咲:「どうやって?母はもう...この世にいないのよ」
[沈黙]
蓮:「でも、いるんでしょ? この家に」
美咲:「...そうね」
誠:「だったら...話しかけてみるか?」
美咲:「話しかける...」
誠:「ああ。カメラで記録しながら」
結衣:「お父さん、まだカメラ?」
誠:「記録は大事だ。何が起きても、証拠が残る」
蓮:「証拠って...誰に見せるの?」
誠:「...わからない。でも、残さないといけない気がするんだ」
[美咲が立ち上がる]
美咲:「わかったわ。やってみる」
誠:「本当か?」
美咲:「ええ。これ以上、みんなを巻き込みたくない」
結衣:「お母さん...」
美咲:「2階の母の部屋に行くわ」
蓮:「一人で?」
美咲:「大丈夫。母は私に用があるんだから」
誠:「俺も一緒に...」
美咲:「いいえ。これは私がやらなきゃいけないこと」
[美咲が歩き出す]
[カメラが美咲を追う]
美咲(階段を上りながら):「母さん...聞こえてる?」
美咲:「今から、そっちに行くわ」
美咲:「ちゃんと...話したいの」
[2階に上がる]
[廊下を歩く]
[房江の部屋の前で立ち止まる]
美咲(深呼吸):「行くわよ...」
[ドアノブに手をかける]
[ゆっくりと開ける]
[部屋の中]
[何も変わっていない]
[しかし、空気が重い]
美咲:「母さん...」
[部屋に入る]
[カメラは廊下から撮影している]
美咲の声:「いるのね...感じるわ」
[沈黙]
美咲:「ごめんなさい...本当に、ごめんなさい」
[美咲の声が震える]
美咲:「あの時...私は間違ってた」
美咲:「母さんを閉じ込めて...助けを求める声を無視して...」
美咲:「娘として...人として...最低だったわ」
[嗚咽]
美咲:「許してもらえるとは思ってない」
美咲:「でも...お願い」
美咲:「子供たちには...何もしないで」
美咲:「悪いのは私だけだから」
[長い沈黙]
[突然]
[部屋の中で何かが倒れる音]
誠の声:「美咲!」
[誠がカメラを持って部屋に入る]
[美咲が床に座り込んでいる]
[目を見開いて、何かを見つめている]
誠:「美咲、大丈夫か!」
美咲(震える声で):「見えた...」
誠:「何が?」
美咲:「母が...そこに立ってた」
[カメラが美咲の視線の先を映す]
[誰もいない]
[しかし]
[壁に]
[文字が浮かび上がっている]
[血のような赤い文字]
『まだ ゆるさない』
『ほんとうの こと いえ』
[誠が息を呑む]
誠:「本当のこと...?」
美咲:「...」
誠:「美咲、他に何かあるのか?」
美咲:「...」
誠:「美咲!」
美咲(小さな声で):「...あなたが」
誠:「え?」
美咲:「あなたが...何かしたの?」
[誠の顔から血の気が引く]
誠:「...何を言って」
美咲:「母の死の夜...あなた、何をしたの?」
[カメラが揺れる]
[映像が乱れる]
[映像終了 / 録画時間:9分52秒]