あなただけが教えてくれた

「こんばんは。本日で5本目の動画になります。ずいぶん暑くなってきましたね。毎回、俺のお悩み相談みたいになってしまい、すみません。でもそれも、今回で最後にしますので、お聞き下さい」
 時刻は午後11時を回っていた。遅い時間に投稿すると見てくれる人は格段に減るが、それで構わなかった。
 言葉にすることで、何か見えてくることがある。
「俺には、好きな人が二人います。一人は、SNS上の人で、もう一人は、リアルで知り合った家庭教師の先生です。二人とも真逆の性格なんですけど、ある時、その先生は俺に、SNS上のその人は自分ですと言いました。俺は信じられなくてずっと否定してしまっていたんですが、そのせいで喧嘩みたいになったので、ちょっと推理していこうと思います」
 言葉を区切り、ボイスレコーダーを止めた。
 頭の中で考えをまとめないと、動画の縮尺が長くなりすぎる。
 まず、宇宙が言った妬いたという言葉。

ーーやっぱり、矢島さんは宇宙さんとは違います。別人です。だって、メッセージで、俺は矢島さんの話を宇宙さんにした時、妬いたと言われたんです。そんなこと、自分に対しては普通言いません。別の存在に対して言う台詞です。

ーー違います。それは普通はそうですけど。

 矢島は否定した。普通ではないということだ。
 普通ではないとはどういう意味だろう。
 その時、ふっと蘇る言葉があった。

ーーこれでも、気づかないか。でもその方が。

 矢島が映画の後に呟いた台詞。もし、あの映画に関連することなら。
「主人公が役者で、本当の自分とは違う人間を演じ続けることにジレンマを抱き、苦悩していた……」
 映画のストーリーを思い出しながら呟いた時、そこに関連して時々感じていた違和感の正体に気がついた。
「あ……」

ーー俺は子供のころから、愛想のない子でした。それは、自分で言うのもなんですけど、無駄に容姿が良かったせいで、両親が俺を人形扱いしたせいもあります。口を開こうとすれば、あなたは黙っていればいい、黙っていた方が綺麗だからと言われました。でもそれも、俺が相手を気遣ったり、そういう優しさを振り撒けない人間だったから、両親はそう言ったのでしょう。

 その後、矢島は俺の言った言葉で涙を流した。俺が本当の矢島を褒めたからだ。
 もし、矢島が本当の自分を偽って、理想の自分を演じていた姿が宇宙だったのなら。
「俺は、何てことを」
 矢島と宇宙が、互いのことをまるでよく知っている相手のように正確に理解していたのも、当然だ。
 自分自身のことだからだ。
 それなのに俺は、矢島が宇宙であることを信じなかった。
 それどころか、演じている理想の姿である宇宙が一番だと言ってしまったのだ。
 それが矢島の偽りの姿と知らなかったとはいえ、とても残酷なことだ。
「それなら」
 俺はボイスレコーダーに撮った音声を削除し、friendsを開いた。
 宇宙に最後に送ったメッセージは、自分でも見るのが嫌になるくらい未練がましいものだった。
 俺は、馬鹿だ。
 こんなに好きなのに、気づいてあげられなかったなんて。
 自分で自分を殴りつけたい気持ちになりながら、俺はあえて矢島ではなく、宇宙にメッセージを打ち始めた。
 こちらでないと意味がない。なぜかそう思った。
「宇宙さん、前回送ったメッセージは忘れて下さい。俺はようやく、気づくことができました。あなたが、矢島さんの理想の姿だということ。偽って生きないといけないほど、あなたは、自分が嫌いだということ。俺はずっと、それに気づかないまま、理想の姿である宇宙さんに惹かれて、あなたの本当の姿を見ようとしていませんでした。俺の方こそ、幻想ばかり見ていたんです。本当に、ごめんなさい。今からでも、やり直せませんか?俺は今度こそちゃんと、本当のあなたを見ます。どちらのあなたも好きだから」
 既読はすぐについた。
 メッセージを待っていたのだと分かった。
 けれど、返信は予想を裏切るものだった。
「紫悠さん、何の話ですか?誤解です。俺は、その矢島という人とは別の人間です」
 俺は嘘をついている、と直感で思った。
 矢島はこの茶番をすることで、気持ちを量っているのだ。
「嘘ですね。俺には分かります。欲深いあなたは、俺に、言わせたいんでしょう。矢島さんが一番だと。宇宙さんのことは忘れたと」
 既読がついたまま、返信に間が空いた。
 俺はそれで確信を得たが、矢島はそれでも粘った。
「言ってる意味が分かりません」
「矢島さん、でもあなたにも問題があったんです。ずっと、まるで別の人間が存在しているように言っていました。もっと早く、俺に説明してくれたら、こんなに時間がかからなかったんです」
 わざと矢島が反論したくなるように仕向けると、そこでようやく内容が変わり始めた。
「そんなに簡単に説明できません。だって鷺澤さんは、俺が作り上げた宇宙に心酔していたんです。ようやく覚悟を決めて俺が宇宙だと言っても信じなかった。鷺澤さんにも問題があります」
「ようやく、認めてくれましたね。やっぱり別の人間というのは嘘だったんですね」
 俺が想わず口元に笑みを浮かべると、画面越しの矢島がはっと息を飲む気配を感じた。
「そうですね、すみません」
「矢島さん、これを言い合っても不毛です。もともと、ネットから知り合ったんですから、お互いに相手に理想を描いてしまうのは普通のことではないですか?」
「でも、俺にとっての鷺澤さんは、そのままでした」
「いつ、俺が紫悠だと気がついたんですか?」
 答えに間が空いた。
 そんなに答えづらい質問だっただろうかと首を傾げた時、別のメッセージアプリから電話がかかってきた。
 矢島だ。
「こういうことは、メッセージじゃなくて言葉で伝えるべきだと思ったんです」
 急いで着信に出ると、矢島はどこか固い口調で言った。
「緊張してますか?」
 矢島はそれには答えなかった。
 しばらく、沈黙が落ちる。電話の向こうで、矢島がじっとこちらを見ている姿がはっきりと浮かんだ。
「前にも、言ったかもしれないですけど、俺は、ボイスメッセージを最初に鷺澤さんが上げた時、それを聞いてから、あ、この人いいなって思ったんです」
「どうしてですか?ただ、日々の出来事を話していただけだったのに」
「声が、まず好きだったんですけど、それ以上に、俺はキャラ作りしてネットを利用しているのに対して、鷺澤さんはそのままの姿で、本当にありのままで存在していて、曝け出しているのが、すごくいいなと思いました。言ってみれば、俺にとっても鷺澤さんは憧れだったのかもしれません。だから、そんな鷺澤さんが困っていたり、苦しんでいると知った時は手を差し伸べたいと思いました」
「矢島さん……」
「そんな時に、俺はいつの間にか、引力に引き寄せられるように、鷺澤さんが好きになりましたけど、鷺澤さんが接しているのは素の自分じゃないことが引っかかっていて、ずっと変な態度を取ってしまっていました」
「矢島さんが家庭教師に来たのは、偶然だったんですか?」
「はい。声でもしかしたら、と思ったんですが、家庭環境を見て確信しました。見えなかったでしょうけど、内心は……」
 矢島が言い淀む。ここまで言っておきながら、照れてしまったのかもしれない。
 俺は笑みを浮かべながら、あの映画のシーンを思い出した。
 今なら、あの女性が口にした台詞が分かる。
「矢島さん、気づいてましたか?最初に俺と会った時から、どんどん矢島さんはその理想の宇宙に近づいていっているんです。俺はずっと、全く別人だと否定していましたけど、よく考えてみたらそう思ってきました」
「それは……でもきっと、鷺澤さんに対してだけですよ。学校では相変わらず、みんな怖がって近寄ってくれません」
 それはすごくもったいないことのように思えた。
 最初に宇宙が俺を明るい未来へ導いてくれたなら、今度は俺が導く方だと思い、一つの案が浮かぶ。
「矢島さん。一つ提案があります」
 そうやって切り出した俺の提案に、矢島が息を飲んだのが分かった。
「鷺澤さん、本気ですか?」
「本気です。いろいろ事前に打ち合わせしましょう」
 俺がきっぱりと言い切ると、矢島が笑うのが分かった。
「では、俺にも考えがあります」
「それは何ですか?」
「秘密です。でもきっと、いえこれ以上はやめておきましょう」
 矢島が何をしようとしているかは分からなかったが、彼のことだ。悪いようにはならないと信じて、通話を切る。
「よし」
 俺は気合を入れると、friendsを開き、呟きを投稿し始めた。