春――それは、出会いと別れの季節。
三月頭、俺たちの高校でも卒業式が行われた。
淡い桃色のコサージュをつけた如月先輩たちは、俺たち調理部からの色紙とプレゼントを受け取ると涙を滲ませた。それを見て後輩の俺たちも泣いて、みんなでうるうるしながら別れの会話を交わした。
イケメン集団と呼ばれるほど校内で人気のあった芦屋先輩と八城先輩もまた、卒業証書を手にして瞳を潤ませていた。文化祭で俺と蓮梨先輩の恋を応援してくれたことへ改めて感謝を伝えていると、いつのまに陸上部の集まりが解散したのか、気づいたら蓮梨先輩が背後に立っており驚いた。
「ちなみにお二人は、その……進路は……」
「あ、言ってなかったっけ。俺たち同じ大学で、同棲もするんだ」
「こっから電車で一時間くらいだから、いつでも会おうねっ」
「ちょっと、俺に内緒で苺ちゃん呼び出したら怒りますよ」
先輩カップルのこれからのお話を聞いて胸が高鳴る。大学生になって、一歩ずつ大人に近づいたら、きっと二人でできることがどんどん増えていくのだろう。
でも、それは、この二人のように、手を離さずに卒業を迎えられた場合に限る。進路選択の段階でお別れしたら、その先なんてなくて……。
「苺ちゃん」
「っ、は、はい」
「……考え事してた?」
「……はい」
俺が首を縦に振ると、蓮梨先輩は「少し遠回りして教室に帰ろうか」と提案し、俺の手を握って歩き出す。
「苺ちゃんは、進路とか決まってるの?」
「俺は……やっぱり、パティシエになりたいです。だから、東京の有名な専門学校に行きたくて」
小さい頃からお菓子作りが大好きで、将来の夢を聞かれたときの答えはずっと「パティシエ」だった。でも、はっきりと意思が固まったのは、蓮梨先輩に出会えたからだと思う。
「いい夢だね、苺ちゃんにピッタリだ」
「蓮梨先輩は……決めてますか?」
「うん……俺は、せっかく陸上やってきたから、スポーツのこと学べる学部に行こうかなと思ってる。選手として続けられるほどの実力はないけど、支えることはできると思うから」
「っ、い、いいと思います! 蓮梨先輩は人に寄り添ったり、その人の長所を見つけたりするの、上手だと思うから……あ、な、なんか、偉そうに、ごめんなさい……」
「ふふ、なんで、すごく嬉しいのに」
蓮梨先輩が愛おしいものを見るような瞳で見つめてくれるから、胸が切なく締めつけられる。
「……お、俺たち、遠距離に、なっちゃうかも、ですか?」
「え? なんで?」
「ぁ、え、先輩は、どこの大学に……」
「苺ちゃんは東京の学校目指してるんだよね? じゃあ俺も東京の大学にするよ」
「えっ!? そ、そんな決め方でいいんですか?」
「気になってる大学、東京にあるし。それに俺、苺ちゃんと離れて暮らすとか無理だから」
両頬をそっと包まれ、優しくキスをされた。人通りの少ない廊下をわざわざ選んで唇を重ねているなんて、なんだかいけないことをしている気分だ。
「っ……蓮梨先輩、す、好きです」
「えっ!? い、いきなりはずるいな」
「せ、先輩だって、いつも、いきなりキスしてきます……!」
蓮梨先輩は「それは苺ちゃんが可愛いから仕方ないよね」なんて言って、もう一度唇を重ねてきた。
将来への不安が、静かに解けていくのを感じた。
◇
卒業式から約二週間後のホワイトデー。
俺は蓮梨先輩のおうちに遊びに来ていた。
バレンタインのお返しをすると言ってくれた先輩が俺に用意してくれたのは……懐かしいあのお菓子だった。
「て、手作り!?」
「俺なりに頑張って作ったんだけど……あ〜でも苺ちゃんに食べてもらうの緊張するなぁ」
俺たちのはじまりでもあるマフィンを、蓮梨先輩が作ってくれるなんて……!
「美味しそう……食べてもいいですか?」
「っ、う、うん……」
蓮梨先輩は険しい表情のまま頷いた。そんなに緊張しなくても大丈夫なのに……って思うけど、俺も最初の頃は同じくらいドキドキしてたかも。
いただきます、としっかり手を合わせてから、程よく焼けたマフィンを一口齧る。
「ん〜! ふわふわで美味しい!」
「ほんと!?」
「優しい甘さで重くないし、パクパク食べれちゃいます」
そう言うと、蓮梨先輩は安心したのか、胸に手を当てて大きく息を吐いた。
「良かったぁ……自分が作ったもの食べてもらうのって、こんなに緊張するんだね。苺ちゃんすごいよ」
「いえ……蓮梨先輩のおかげです。先輩が、緊張よりずっと大きな幸せをくれるから」
「ふふ、俺も今すっごい幸せ」
先輩が甘やかな瞳で見つめてくるから、マフィンも甘さを増したように感じる。もぐもぐ食べる姿をこのままじっと見られるのも恥ずかしくて熱が出そうだし……二個目に手を伸ばす前に、例の件について先輩に報告しよう。
「蓮梨先輩、あの、そういえば……ご報告がありまして」
「っ、え、な、なんだろう……」
バッグから一枚の紙を取り出して、蓮梨先輩へ差し出す。
「ん? なになに……表彰式のご案内……?」
「夏の青春スイーツコンテスト、大賞に選ばれました!」
「えーっ!? ほんとに!? すごい、おめでとう!」
「ありがとうございます……先輩と一緒に取った賞ですよ」
「そんなぁ……え〜ちょっとさ、おめでとうのハグさせて」
蓮梨先輩が席を立って大きく手を広げてくれたから、思いっきりその胸に飛び込んだ。大好きな先輩の香りに包まれながら、喜びを一緒に噛み締める。
「ふふ、おめでとう、苺ちゃん」
「先輩、ありがとうございます……大好きです」
「俺も。大好きだよ」
おめでとうのハグがあるのなら、おめでとうのキスもあるのだろうか。期待を込めて蓮梨先輩に視線を送ってみると――
「……可愛い誘い方するねぇ」
一秒後、唇が重なった。
それは、俺だけが知っているピュアな初恋の味。
三月頭、俺たちの高校でも卒業式が行われた。
淡い桃色のコサージュをつけた如月先輩たちは、俺たち調理部からの色紙とプレゼントを受け取ると涙を滲ませた。それを見て後輩の俺たちも泣いて、みんなでうるうるしながら別れの会話を交わした。
イケメン集団と呼ばれるほど校内で人気のあった芦屋先輩と八城先輩もまた、卒業証書を手にして瞳を潤ませていた。文化祭で俺と蓮梨先輩の恋を応援してくれたことへ改めて感謝を伝えていると、いつのまに陸上部の集まりが解散したのか、気づいたら蓮梨先輩が背後に立っており驚いた。
「ちなみにお二人は、その……進路は……」
「あ、言ってなかったっけ。俺たち同じ大学で、同棲もするんだ」
「こっから電車で一時間くらいだから、いつでも会おうねっ」
「ちょっと、俺に内緒で苺ちゃん呼び出したら怒りますよ」
先輩カップルのこれからのお話を聞いて胸が高鳴る。大学生になって、一歩ずつ大人に近づいたら、きっと二人でできることがどんどん増えていくのだろう。
でも、それは、この二人のように、手を離さずに卒業を迎えられた場合に限る。進路選択の段階でお別れしたら、その先なんてなくて……。
「苺ちゃん」
「っ、は、はい」
「……考え事してた?」
「……はい」
俺が首を縦に振ると、蓮梨先輩は「少し遠回りして教室に帰ろうか」と提案し、俺の手を握って歩き出す。
「苺ちゃんは、進路とか決まってるの?」
「俺は……やっぱり、パティシエになりたいです。だから、東京の有名な専門学校に行きたくて」
小さい頃からお菓子作りが大好きで、将来の夢を聞かれたときの答えはずっと「パティシエ」だった。でも、はっきりと意思が固まったのは、蓮梨先輩に出会えたからだと思う。
「いい夢だね、苺ちゃんにピッタリだ」
「蓮梨先輩は……決めてますか?」
「うん……俺は、せっかく陸上やってきたから、スポーツのこと学べる学部に行こうかなと思ってる。選手として続けられるほどの実力はないけど、支えることはできると思うから」
「っ、い、いいと思います! 蓮梨先輩は人に寄り添ったり、その人の長所を見つけたりするの、上手だと思うから……あ、な、なんか、偉そうに、ごめんなさい……」
「ふふ、なんで、すごく嬉しいのに」
蓮梨先輩が愛おしいものを見るような瞳で見つめてくれるから、胸が切なく締めつけられる。
「……お、俺たち、遠距離に、なっちゃうかも、ですか?」
「え? なんで?」
「ぁ、え、先輩は、どこの大学に……」
「苺ちゃんは東京の学校目指してるんだよね? じゃあ俺も東京の大学にするよ」
「えっ!? そ、そんな決め方でいいんですか?」
「気になってる大学、東京にあるし。それに俺、苺ちゃんと離れて暮らすとか無理だから」
両頬をそっと包まれ、優しくキスをされた。人通りの少ない廊下をわざわざ選んで唇を重ねているなんて、なんだかいけないことをしている気分だ。
「っ……蓮梨先輩、す、好きです」
「えっ!? い、いきなりはずるいな」
「せ、先輩だって、いつも、いきなりキスしてきます……!」
蓮梨先輩は「それは苺ちゃんが可愛いから仕方ないよね」なんて言って、もう一度唇を重ねてきた。
将来への不安が、静かに解けていくのを感じた。
◇
卒業式から約二週間後のホワイトデー。
俺は蓮梨先輩のおうちに遊びに来ていた。
バレンタインのお返しをすると言ってくれた先輩が俺に用意してくれたのは……懐かしいあのお菓子だった。
「て、手作り!?」
「俺なりに頑張って作ったんだけど……あ〜でも苺ちゃんに食べてもらうの緊張するなぁ」
俺たちのはじまりでもあるマフィンを、蓮梨先輩が作ってくれるなんて……!
「美味しそう……食べてもいいですか?」
「っ、う、うん……」
蓮梨先輩は険しい表情のまま頷いた。そんなに緊張しなくても大丈夫なのに……って思うけど、俺も最初の頃は同じくらいドキドキしてたかも。
いただきます、としっかり手を合わせてから、程よく焼けたマフィンを一口齧る。
「ん〜! ふわふわで美味しい!」
「ほんと!?」
「優しい甘さで重くないし、パクパク食べれちゃいます」
そう言うと、蓮梨先輩は安心したのか、胸に手を当てて大きく息を吐いた。
「良かったぁ……自分が作ったもの食べてもらうのって、こんなに緊張するんだね。苺ちゃんすごいよ」
「いえ……蓮梨先輩のおかげです。先輩が、緊張よりずっと大きな幸せをくれるから」
「ふふ、俺も今すっごい幸せ」
先輩が甘やかな瞳で見つめてくるから、マフィンも甘さを増したように感じる。もぐもぐ食べる姿をこのままじっと見られるのも恥ずかしくて熱が出そうだし……二個目に手を伸ばす前に、例の件について先輩に報告しよう。
「蓮梨先輩、あの、そういえば……ご報告がありまして」
「っ、え、な、なんだろう……」
バッグから一枚の紙を取り出して、蓮梨先輩へ差し出す。
「ん? なになに……表彰式のご案内……?」
「夏の青春スイーツコンテスト、大賞に選ばれました!」
「えーっ!? ほんとに!? すごい、おめでとう!」
「ありがとうございます……先輩と一緒に取った賞ですよ」
「そんなぁ……え〜ちょっとさ、おめでとうのハグさせて」
蓮梨先輩が席を立って大きく手を広げてくれたから、思いっきりその胸に飛び込んだ。大好きな先輩の香りに包まれながら、喜びを一緒に噛み締める。
「ふふ、おめでとう、苺ちゃん」
「先輩、ありがとうございます……大好きです」
「俺も。大好きだよ」
おめでとうのハグがあるのなら、おめでとうのキスもあるのだろうか。期待を込めて蓮梨先輩に視線を送ってみると――
「……可愛い誘い方するねぇ」
一秒後、唇が重なった。
それは、俺だけが知っているピュアな初恋の味。



