すっと背筋が冷えた気がした。
Kから送られてきたのは、朝日ヶ森の伝承が記載された資料と、雑誌の一部をPDF化したものである。
どちらも『笑い』の信仰について書かれている。
私はかすかに震え始めた指をなんとか宥めながら、Kの通話アイコンをタップした。
『読んだ?』
開口一番にKが尋ねてくる。
「読んだ……」
『朝日ヶ森は、やばい。まじで駄目だと思う。記事読んでもらったらわかると思うけど……あの中学校、もしかして』
スマホの向こうでKが言葉を飲み込んだ気配を感じた。
私もひとつの言葉が頭に浮かんだが、その言葉を口にしていいのかわからない。
口にしてしまったら、取り返しがつかないような気がした。
『……それでさ』
Kは奥歯に物が挟まったような言い方で言葉を重ねた。
『実は、見てもらいたいものがあるんだけど』
「うん」
『今、スマホの画面見れる? LINEに画像送った』
送られてきたのは、朝日ヶ森中学校の校章だ。
「校章がどうしたの?」
『よく見て。似てると思わん、これ……』
ひゅっと喉が詰まった。
この画像は、朝日ヶ森の伝承に記載があった、笑面だ。並べてみると、確かに……よく似ている。
『それだけじゃない。こっちも』
続けざまに画像が送られてくる。
『制服、白じゃん。白の制服ってすごく珍しいから……なんでかなって、パンフレットを見てたときにずっと頭に残ってたんだ。それで……調べてたら、雑誌に〝笑比古講〟って出てくるし。白の装束を着て……って、あって。それに、この、週に一度の祭って、笑顔ランキングの話に似てるなって……』
「ほ、んとうだ」
喉に痰が絡む。
『あとね』
Kはためらいがちに言葉を落とした。
『ハイケオ人形、笑顔、って、ググってみて』
雑誌:TOKYO趣味散歩 19(2025.11刊)
笑顔をかたちに──ハイケオ人形デザイナー・日向 彩(ひなた あや)
「笑顔は、おまじないのようなものなんです」
丸みのあるフォルムに、にっこり笑顔を浮かべたハイケオ人形。
奇妙さとキュートさが調和したその個性的なデザインは人々の心をつかんで離さない。
デザインを手がけたのは、朝日ヶ森出身のデザイナー・日向彩さんだ。
「子どもの頃、通っていた中学校の校歌に〝笑顔開いて 朝日にむかう〟っていう一節があって。
あれがずっと心に残っているんです。笑顔って、ただの表情じゃなくて、光に向かう力そのものだと思うんですよね」
ハイケオ人形は完成品ではなく、〝縫って仕上げるキット〟として作られている。
購入者自身が針と糸を手に取り、ひと針ずつ〝笑顔〟を縫い込んでいくのだ。
「私が全部を作るより、みんなの手のぬくもりが加わったほうが、きっと良い表情になると思って。
人それぞれの笑顔が生まれるのが、この人形のいちばんの魅力です」
「朝日ヶ森という土地には、〝祈り〟のような日常がある」
朝日ヶ森で育ったという日向さんは、幼い頃から笑顔が大切だと教わってきた。
「朝、家を出るときも〝笑って行っておいで〟って母に言われるんです。
誰かに会うとき、なにかを始めるとき、まず笑顔でいることがお守りみたいな感覚でした。
学校の先生も友だちもみんな笑顔がとても素敵で。
たとえうまく行かないことがあっても、笑っていればきっと大丈夫だって信じていて」
日向さんにとっての笑顔は、単なる表情ではなく、祈りの象徴でもあるのだという。
「ハイケオ人形の微笑みも、そんな笑顔の記憶から生まれました。人が笑うとき、心がすこし前を向く。
その瞬間を、布の上に残したかったんです」
ハイケオ人形の微笑みには、笑顔の記憶が宿っている。見つめていると、
どこか懐かしい安心感があるのは、そのせいかもしれない。
「笑顔でいることが、いちばん大切」
最後に、今大切にしていることを尋ねると、日向さんは少し照れたように笑った。
「笑顔でいること、ですね。どんなにデザインが難航しても、笑顔でいると不思議と糸口が見えるんです。私のデザインは、いつもそこから始まります。そして、できれば私のデザインでたくさんの方を笑顔にしたい。そう願っています」
ハイケオ人形は、ただの人形ではなく、朝日ヶ森の光と笑顔の記憶を受け継ぐ小さな祈りのかたち。
日向さんの言葉どおり、笑顔はきっと、時代を越えて人と人をつなぐデザインなのだろう。
「ハイケオ人形のデザイナーも、朝日ヶ森出身……」
『それでさ、私……パンフレットを読んでて、気づいたんだよね』
「……なに?」
聞くのが怖い。
じっとりと手に汗が滲んできて、服の裾で手を拭いた。
『いったん、スクショ送る。よく見てみて』
朝日ヶ森中学校校則十か条
一、笑顔を忘れずに、毎日を明るくすごしましょう。
二、人に優しく、思いやりをもって笑顔で行動しましょう。
三、心をこめて学び、仲間とともに笑顔で成長しましょう。
四、先立って行動し、行事やイベントに笑顔で積極的に参加しましょう。
五、毎日のあいさつを元気よく、笑顔で行いましょう。
六、人間関係を大切にし、緑に感謝して笑ってすごしましょう。
七、様々な困難にも前向きに笑顔で立ち向かいましょう。
八、最後まで笑って努力をつづけ、夢をかなえましょう。
九、元気に笑顔で体を鍛え、心も健やかに育てましょう。
十、喜びと感謝の心をもって、笑顔で学校生活を送りましょう。
朝日ヶ森中学校校歌(作詞:二〇〇一年度朝日ヶ森中在校生 作曲:崎原かず信)
笑顔開いて 朝日にむかう
瞳輝き 友とすすむ
心を合わせて 夢を描き
更なる未来 ともに築かん
毎日の学び 光に満ちて
賑わう学び舎に 声はひびき
桜の花も 笑顔にゆれて
里山に響く 希望の歌よ
元気な声を 空に届けて
喜び溢るる 朝日ヶ森よ
朝日ヶ森中学校の校則十か条と、校歌だ。
意図がつかめなくてしばらく画面を見つめていると、Kが一言だけ。
『頭文字』と言った。
一、え顔を忘れずに、毎日を明るくすごしましょう。
二、ひとに優しく、思いやりをもって行動しましょう。
三、こころをこめて学び、仲間とともに笑顔で成長しましょう。
四、さき立って行動し、行事やイベントに笑顔で積極的に参加しましょう。
五、まい日のあいさつを元気よく、笑顔で行いましょう。
六、にん間関係を大切にし、緑に感謝して笑ってすごしましょう。
七、さま々な困難にも前向きに笑顔で立ち向かいましょう。
八、さい後まで笑って努力をつづけ、夢をかなえましょう。
九、げん気に笑顔で体を鍛え、心も健やかに育てましょう。
十、よろこびと感謝の心をもって、笑顔で学校生活を送りましょう。
え顔開いて 朝日にむかう
ひとみ輝き 友とすすむ
こころを合わせて 夢を描き
さらなる未来 ともに築かん
まい日の学び 光に満ちて
にぎわう学び舎に 声はひびき
さくらの花も 笑顔にゆれて
さと山に響く 希望の歌よ
げん気な声を 空に届けて
よろこび溢るる 朝日ヶ森よ
え ひ こ さ ま に さ さ げ よ
全身から冷や汗が吹き出る。息がうまく吸えなくて、思わずえずいた。
『……大丈夫?』
Kの声が遠くに聞こえる。大丈夫なわけがなかった。こんなの、明らかに……。
「カルト……?」
口にしてはいけないと思っていた言葉が零れ出た。
生徒や先生たちに笑顔を強要し、笑っていない者を強制的に笑わせようとする姿勢。
週に一度行われるという笑顔ランキング。統率された生徒たちの動きや思考は、洗脳に近いものを感じる。
そして、校則と校歌に隠されていた言葉……。
朝日ヶ森中学校は……学校の皮を被った、カルト集団だ。
『だと、思う。これ、早く知らせたくて……』
「う……ん」
『ねえ、Aは……大丈夫なの?』
「それが……」
私はKに、Aが金曜の夜から帰っていないと妹さんから連絡があったことを伝えると、
スマホの向こう側で息を呑む小さな音が聞こえた。
『それって、行方不明ってこと?』
「わかんない。今日、学校で先生たちに聞いたんだけど、意味わからないことばっかり言われて……」
言葉がうまく出なかった。今までの情報が、頭の中をぐるぐると駆け巡る。
『……あのさ』
Kがなにかいいかけた、そのときである。
突然、スマホが震えた。SNSの通知だ。
「なに!?」
『どした!?』
「なにこれ、通知!?」
あわててSNSを開き、ぎょっとした。
「SNSが乗っ取られた」
『は!? なんで』
「わかんない、意味わかんない投稿がいっぱいされてる……! なにこれ!?」
先ほどの通知は、パスワード変更の通知だったようだ。
焦りが体を突き上げる。あわててアカウントを作りなおし、引用リポストで通報を呼びかけた。そのリポストにも瞬時に多数のリプライがつくが、そのすべてが同じ内容……すべてTikTokの、特定の投稿だった。
「これ、にっこりチャレンジ……!」
『なに、それ』
「朝日ヶ森中で流行ってるって、みんなやってるって言ってた動画……」
特急電車が通過する音がかすかに聞こえる。現実感がひどく乏しい。
けれどこれは現実だ。
私のアカウントが乗っ取られて、TikTokの『にっこりチャレンジ』が大量に投稿されているという事実。
これがなにを指すかは……すぐにわかった。
私は――朝日ヶ森中学校に……あのカルト集団に目をつけられてしまったのだ。
『……もう取材、やめたほうがいいよ』
「……うん」
あの学校に関わってはいけない。間違いなく、危険だとわかる。
出版社に連絡をしよう。謝って、モデルがだめになったことを伝えよう。
それで話が流れてしまったとしても……、身の安全のほうが大切だ。
しかし。
「……朝日ヶ森中に戻る」
『えっ!? 今から!?』
「学校に、小説のモデルにするのをやめるって断ってくる」
『やめなよ、話してわかる相手じゃないよ!』
Kが強く反対する。
確かに話のわかる相手ではないかもしれない。けれど、SNSに干渉してくるくらいなのだ。
無断で取材をやめたことが学校側にバレたらなにをしてくるかわからない。
それこそSNSで暴露されるかもしれないし、あることないこと吹聴されてしまう恐れもある。
筆名で仕事をしている身からすると、こうした風評被害につながるようなリスクは減らしておきたい。
なるべく穏便に、この度のことはなかったことに、という展開に持っていったほうが安心である。それに。
「Aのこともあるし」
先生たちの話や、匿名掲示板の記事が本当なのであれば、Aは今、カウンセリングを受けているということになりはしないだろうか。カウンセリングという名の……洗脳を。
「Aを見つけて、学校から連れ出してみようと思う」
『できるの?』
「わかんない。でも、本当に朝日ヶ森がカルトなら、見捨てられないよ」
Aの妹さんが言っていた。Aは私にDMを見るようにと伝えていたと。
その前にも、SNSちゃんと更新してよ、と言われたことも覚えている。
もしかしたら、DMに『えひこ』の画像を送ってきたのはAだったのではないか。
SNSを更新しろと言ったのも、私がそのDMに気づきやすくするためだったという可能性はないだろうか。
あの『えひこ』のDMは、AからのSOSだったのかもしれない。
私が、民俗学に準ずる話が好きだったことを踏まえて。
調べるだろう、そして笑比古神仰に行き着くだろう……と。そして、学校を告発してくれるだろうと、期待したのかもしれない。
「とにかく、一度戻る。大丈夫、やばいと思ったらすぐ逃げる」
『……わかった』
Kはしぶしぶと言った風情で言葉を落とした。
『じゃあ、これだけお願い』
「なに?」
『スマホで通話できる状態にしておいて。私、ずっとつないでる。なにかあったらすぐに動けるように待機してるから』
真剣な口調から、Kが心底私を心配してくれていることが伝わった。こんなときだけれど、私はほとんど泣きそうになった。
一人ではないという安心感。Kがいてくれなかったら、私はこれらの情報を抱えたまま、途方に暮れてしまっていただろう。
「わかった。それじゃ、行ってくる。学校の前に着いたら通話つなぐね」
『うん。気をつけて』
通話を切る。まだお昼前だ。今から学校に戻ったとしても、明るいうちに帰ってくることができる。
気合いを入れてベンチから立ち上がると反対側のホームへと行き、来た電車へと乗り込んだ。
Kから送られてきたのは、朝日ヶ森の伝承が記載された資料と、雑誌の一部をPDF化したものである。
どちらも『笑い』の信仰について書かれている。
私はかすかに震え始めた指をなんとか宥めながら、Kの通話アイコンをタップした。
『読んだ?』
開口一番にKが尋ねてくる。
「読んだ……」
『朝日ヶ森は、やばい。まじで駄目だと思う。記事読んでもらったらわかると思うけど……あの中学校、もしかして』
スマホの向こうでKが言葉を飲み込んだ気配を感じた。
私もひとつの言葉が頭に浮かんだが、その言葉を口にしていいのかわからない。
口にしてしまったら、取り返しがつかないような気がした。
『……それでさ』
Kは奥歯に物が挟まったような言い方で言葉を重ねた。
『実は、見てもらいたいものがあるんだけど』
「うん」
『今、スマホの画面見れる? LINEに画像送った』
送られてきたのは、朝日ヶ森中学校の校章だ。
「校章がどうしたの?」
『よく見て。似てると思わん、これ……』
ひゅっと喉が詰まった。
この画像は、朝日ヶ森の伝承に記載があった、笑面だ。並べてみると、確かに……よく似ている。
『それだけじゃない。こっちも』
続けざまに画像が送られてくる。
『制服、白じゃん。白の制服ってすごく珍しいから……なんでかなって、パンフレットを見てたときにずっと頭に残ってたんだ。それで……調べてたら、雑誌に〝笑比古講〟って出てくるし。白の装束を着て……って、あって。それに、この、週に一度の祭って、笑顔ランキングの話に似てるなって……』
「ほ、んとうだ」
喉に痰が絡む。
『あとね』
Kはためらいがちに言葉を落とした。
『ハイケオ人形、笑顔、って、ググってみて』
雑誌:TOKYO趣味散歩 19(2025.11刊)
笑顔をかたちに──ハイケオ人形デザイナー・日向 彩(ひなた あや)
「笑顔は、おまじないのようなものなんです」
丸みのあるフォルムに、にっこり笑顔を浮かべたハイケオ人形。
奇妙さとキュートさが調和したその個性的なデザインは人々の心をつかんで離さない。
デザインを手がけたのは、朝日ヶ森出身のデザイナー・日向彩さんだ。
「子どもの頃、通っていた中学校の校歌に〝笑顔開いて 朝日にむかう〟っていう一節があって。
あれがずっと心に残っているんです。笑顔って、ただの表情じゃなくて、光に向かう力そのものだと思うんですよね」
ハイケオ人形は完成品ではなく、〝縫って仕上げるキット〟として作られている。
購入者自身が針と糸を手に取り、ひと針ずつ〝笑顔〟を縫い込んでいくのだ。
「私が全部を作るより、みんなの手のぬくもりが加わったほうが、きっと良い表情になると思って。
人それぞれの笑顔が生まれるのが、この人形のいちばんの魅力です」
「朝日ヶ森という土地には、〝祈り〟のような日常がある」
朝日ヶ森で育ったという日向さんは、幼い頃から笑顔が大切だと教わってきた。
「朝、家を出るときも〝笑って行っておいで〟って母に言われるんです。
誰かに会うとき、なにかを始めるとき、まず笑顔でいることがお守りみたいな感覚でした。
学校の先生も友だちもみんな笑顔がとても素敵で。
たとえうまく行かないことがあっても、笑っていればきっと大丈夫だって信じていて」
日向さんにとっての笑顔は、単なる表情ではなく、祈りの象徴でもあるのだという。
「ハイケオ人形の微笑みも、そんな笑顔の記憶から生まれました。人が笑うとき、心がすこし前を向く。
その瞬間を、布の上に残したかったんです」
ハイケオ人形の微笑みには、笑顔の記憶が宿っている。見つめていると、
どこか懐かしい安心感があるのは、そのせいかもしれない。
「笑顔でいることが、いちばん大切」
最後に、今大切にしていることを尋ねると、日向さんは少し照れたように笑った。
「笑顔でいること、ですね。どんなにデザインが難航しても、笑顔でいると不思議と糸口が見えるんです。私のデザインは、いつもそこから始まります。そして、できれば私のデザインでたくさんの方を笑顔にしたい。そう願っています」
ハイケオ人形は、ただの人形ではなく、朝日ヶ森の光と笑顔の記憶を受け継ぐ小さな祈りのかたち。
日向さんの言葉どおり、笑顔はきっと、時代を越えて人と人をつなぐデザインなのだろう。
「ハイケオ人形のデザイナーも、朝日ヶ森出身……」
『それでさ、私……パンフレットを読んでて、気づいたんだよね』
「……なに?」
聞くのが怖い。
じっとりと手に汗が滲んできて、服の裾で手を拭いた。
『いったん、スクショ送る。よく見てみて』
朝日ヶ森中学校校則十か条
一、笑顔を忘れずに、毎日を明るくすごしましょう。
二、人に優しく、思いやりをもって笑顔で行動しましょう。
三、心をこめて学び、仲間とともに笑顔で成長しましょう。
四、先立って行動し、行事やイベントに笑顔で積極的に参加しましょう。
五、毎日のあいさつを元気よく、笑顔で行いましょう。
六、人間関係を大切にし、緑に感謝して笑ってすごしましょう。
七、様々な困難にも前向きに笑顔で立ち向かいましょう。
八、最後まで笑って努力をつづけ、夢をかなえましょう。
九、元気に笑顔で体を鍛え、心も健やかに育てましょう。
十、喜びと感謝の心をもって、笑顔で学校生活を送りましょう。
朝日ヶ森中学校校歌(作詞:二〇〇一年度朝日ヶ森中在校生 作曲:崎原かず信)
笑顔開いて 朝日にむかう
瞳輝き 友とすすむ
心を合わせて 夢を描き
更なる未来 ともに築かん
毎日の学び 光に満ちて
賑わう学び舎に 声はひびき
桜の花も 笑顔にゆれて
里山に響く 希望の歌よ
元気な声を 空に届けて
喜び溢るる 朝日ヶ森よ
朝日ヶ森中学校の校則十か条と、校歌だ。
意図がつかめなくてしばらく画面を見つめていると、Kが一言だけ。
『頭文字』と言った。
一、え顔を忘れずに、毎日を明るくすごしましょう。
二、ひとに優しく、思いやりをもって行動しましょう。
三、こころをこめて学び、仲間とともに笑顔で成長しましょう。
四、さき立って行動し、行事やイベントに笑顔で積極的に参加しましょう。
五、まい日のあいさつを元気よく、笑顔で行いましょう。
六、にん間関係を大切にし、緑に感謝して笑ってすごしましょう。
七、さま々な困難にも前向きに笑顔で立ち向かいましょう。
八、さい後まで笑って努力をつづけ、夢をかなえましょう。
九、げん気に笑顔で体を鍛え、心も健やかに育てましょう。
十、よろこびと感謝の心をもって、笑顔で学校生活を送りましょう。
え顔開いて 朝日にむかう
ひとみ輝き 友とすすむ
こころを合わせて 夢を描き
さらなる未来 ともに築かん
まい日の学び 光に満ちて
にぎわう学び舎に 声はひびき
さくらの花も 笑顔にゆれて
さと山に響く 希望の歌よ
げん気な声を 空に届けて
よろこび溢るる 朝日ヶ森よ
え ひ こ さ ま に さ さ げ よ
全身から冷や汗が吹き出る。息がうまく吸えなくて、思わずえずいた。
『……大丈夫?』
Kの声が遠くに聞こえる。大丈夫なわけがなかった。こんなの、明らかに……。
「カルト……?」
口にしてはいけないと思っていた言葉が零れ出た。
生徒や先生たちに笑顔を強要し、笑っていない者を強制的に笑わせようとする姿勢。
週に一度行われるという笑顔ランキング。統率された生徒たちの動きや思考は、洗脳に近いものを感じる。
そして、校則と校歌に隠されていた言葉……。
朝日ヶ森中学校は……学校の皮を被った、カルト集団だ。
『だと、思う。これ、早く知らせたくて……』
「う……ん」
『ねえ、Aは……大丈夫なの?』
「それが……」
私はKに、Aが金曜の夜から帰っていないと妹さんから連絡があったことを伝えると、
スマホの向こう側で息を呑む小さな音が聞こえた。
『それって、行方不明ってこと?』
「わかんない。今日、学校で先生たちに聞いたんだけど、意味わからないことばっかり言われて……」
言葉がうまく出なかった。今までの情報が、頭の中をぐるぐると駆け巡る。
『……あのさ』
Kがなにかいいかけた、そのときである。
突然、スマホが震えた。SNSの通知だ。
「なに!?」
『どした!?』
「なにこれ、通知!?」
あわててSNSを開き、ぎょっとした。
「SNSが乗っ取られた」
『は!? なんで』
「わかんない、意味わかんない投稿がいっぱいされてる……! なにこれ!?」
先ほどの通知は、パスワード変更の通知だったようだ。
焦りが体を突き上げる。あわててアカウントを作りなおし、引用リポストで通報を呼びかけた。そのリポストにも瞬時に多数のリプライがつくが、そのすべてが同じ内容……すべてTikTokの、特定の投稿だった。
「これ、にっこりチャレンジ……!」
『なに、それ』
「朝日ヶ森中で流行ってるって、みんなやってるって言ってた動画……」
特急電車が通過する音がかすかに聞こえる。現実感がひどく乏しい。
けれどこれは現実だ。
私のアカウントが乗っ取られて、TikTokの『にっこりチャレンジ』が大量に投稿されているという事実。
これがなにを指すかは……すぐにわかった。
私は――朝日ヶ森中学校に……あのカルト集団に目をつけられてしまったのだ。
『……もう取材、やめたほうがいいよ』
「……うん」
あの学校に関わってはいけない。間違いなく、危険だとわかる。
出版社に連絡をしよう。謝って、モデルがだめになったことを伝えよう。
それで話が流れてしまったとしても……、身の安全のほうが大切だ。
しかし。
「……朝日ヶ森中に戻る」
『えっ!? 今から!?』
「学校に、小説のモデルにするのをやめるって断ってくる」
『やめなよ、話してわかる相手じゃないよ!』
Kが強く反対する。
確かに話のわかる相手ではないかもしれない。けれど、SNSに干渉してくるくらいなのだ。
無断で取材をやめたことが学校側にバレたらなにをしてくるかわからない。
それこそSNSで暴露されるかもしれないし、あることないこと吹聴されてしまう恐れもある。
筆名で仕事をしている身からすると、こうした風評被害につながるようなリスクは減らしておきたい。
なるべく穏便に、この度のことはなかったことに、という展開に持っていったほうが安心である。それに。
「Aのこともあるし」
先生たちの話や、匿名掲示板の記事が本当なのであれば、Aは今、カウンセリングを受けているということになりはしないだろうか。カウンセリングという名の……洗脳を。
「Aを見つけて、学校から連れ出してみようと思う」
『できるの?』
「わかんない。でも、本当に朝日ヶ森がカルトなら、見捨てられないよ」
Aの妹さんが言っていた。Aは私にDMを見るようにと伝えていたと。
その前にも、SNSちゃんと更新してよ、と言われたことも覚えている。
もしかしたら、DMに『えひこ』の画像を送ってきたのはAだったのではないか。
SNSを更新しろと言ったのも、私がそのDMに気づきやすくするためだったという可能性はないだろうか。
あの『えひこ』のDMは、AからのSOSだったのかもしれない。
私が、民俗学に準ずる話が好きだったことを踏まえて。
調べるだろう、そして笑比古神仰に行き着くだろう……と。そして、学校を告発してくれるだろうと、期待したのかもしれない。
「とにかく、一度戻る。大丈夫、やばいと思ったらすぐ逃げる」
『……わかった』
Kはしぶしぶと言った風情で言葉を落とした。
『じゃあ、これだけお願い』
「なに?」
『スマホで通話できる状態にしておいて。私、ずっとつないでる。なにかあったらすぐに動けるように待機してるから』
真剣な口調から、Kが心底私を心配してくれていることが伝わった。こんなときだけれど、私はほとんど泣きそうになった。
一人ではないという安心感。Kがいてくれなかったら、私はこれらの情報を抱えたまま、途方に暮れてしまっていただろう。
「わかった。それじゃ、行ってくる。学校の前に着いたら通話つなぐね」
『うん。気をつけて』
通話を切る。まだお昼前だ。今から学校に戻ったとしても、明るいうちに帰ってくることができる。
気合いを入れてベンチから立ち上がると反対側のホームへと行き、来た電車へと乗り込んだ。



