優等生の僕が、問題児に「つまみ食い」されるまで

「そうか、止めて悪かったな。気をつけて帰れよ」
「はいっ、ありがとうございます」

 このままここにいると、ボロが出てしまう。そのため、急いで帰ろうとした。
 しかし横を通りすぎた時に、先生に声をかけられた。僕は急なことで、対応に困ってしまった。

 完全に疑いの目で見られてしまって、焦ってしまう。すると人懐っこい笑顔を浮かべた朔弥くんが、間に入ってくれた。
 そして嘘ではないが、誤魔化してくれた。ホッと胸を撫で下ろして、そそくさとその場を後にした。

「あっ……ヤバっ」
「どうし」
「しゃがんで、先生来てる」
「えっ……ヤバい」

 バイトをしていて、出来た料理をカウンターへと持って行った。すると先にそこにいた朔弥くんが、慌てていた。
 何かあったのかと、声をかけた。するとしゃがむように言われ、先生が来ていることを知った。

 カウンターからだと、見えるかもしれないから。暖簾はあるが、そこまで覆っていない。
 普段なら、顔出してもいい人に持って行ってもらっている。しかし今は忙しいため、自分たちで運んでいた。

 そのせいで、危うく見つかるところだった。朔弥くんに言われなかったら、危なかった。
 二人でしゃがみ込んで、カウンターからホールの様子を伺った。先生は家族と来ているらしく、楽しそうに団欒している。
 ホッと胸を撫で下ろして、そそくさと厨房へと戻った。無事に逃げられたようで、安心した。

「一応、お礼を言っておく」
「おうっ、ふう〜焦った〜」
「でもマジで、見つからなくてよかった」
「ああ、だな。反省文じゃ済まないだろうな」
「さっき、釘を刺されたばかりだしね」

 ピークが過ぎたため、十分間の休憩になった。そこでバックヤードで、朔弥くんと話していた。
 そこでさっきのお礼を、一応伝えておくことにした。ほんと、さっきはマジで焦ったからね。

 忙し過ぎて、声をかけることもできなかったし。僕の可愛くない言葉にも、優しい笑みを浮かべている。
 それにしても、あの先生に見つかったら怖いことになる。この前聞いたけど、先輩がバイトをあの先生に見つかった。
 反省文を鬼のように出されて、泣きながら書いたらしい。怖いことになるから、バレないようにしないと。

「……頭撫でるな。バイト中だぞ」
「じゃあ、バイト終わったらいい?」
「勝手にしろ」
「勝手にさせてもらうな〜」

 休憩が終わり、手を洗っていた。その時に頭を撫でられたため、軽く睨んだ。
 何故か、嬉しそうにヘラヘラしている。こいつ、手を洗う前とはいえやめろ。
 恥ずかしいし、反応に困るだろう。勝手にしろと言うと、ニヤニヤしていた。

「桑島さんって、本当にイケメンだよね」
「だよね。いつもテンション高いけど、優しいし」
「テンション高い人、苦手だけど。ふとした時に見せる真面目なとこが、カッコいいよね」
「あれ〜もしかして、惚れてんの〜」
「もうっ、やめてよ〜そんなんじゃないよ」
「その言い方は、もう確定っ」

 バイトが終わり、僕たちは帰ろうとした。すると朔弥くんは、シフトのことで店長に呼ばれた。
 バッグヤードに向かうことにして、ドアノブに手をかけた。朔弥くんに待っているように、言われたからだ。

 中からは、女子二人の声が聞こえてきた。盗み聞きするつもりはないが、聞こえてきた。
少し大きめの声で話しているため、不可抗力である。他校の二人だけど、朔弥くんに気があるようだ。

 彼が好きなのは、僕である。そんなラブコメ主人公が言いそうなことが、脳裏に過ってきた。
 だけど、僕にそんなことを言う資格はないのかもしれない。告白の答えも出さずに、放置している。
 仲良くしているけど、どっちつかずだ。なんか、僕って全てにおいて中途半端だな。

「のぞむん、帰ろう」
「あっ……うん」

 肩に手を置かれ、耳元で囁かれた。声と香水の香りで、朔弥くんだと分かった。
 手を繋がれて、下を向いたままその場を後にした。絶対に聞こえていたのに、いつも通りだった。

 この人にとっては、好意を持たれることはいつものことだ。入学してからと言うもの、僕が知っているだけで五人に告白されている。

 もしかしたら、もっといるのかもしれない。僕にとっては、告白されるのは非日常だ。
 だけど、きっと日常のことなのだろう。そりゃあ、こんなにカッコいい。

 気配りもできて、誰に対しても優しい。いつも周りを見ていて、困っている人を無視出来ない。
 好かれるのは当然のことで、好かれないはずがない。本人は別に意識しているわけじゃないから、尚更である。

 僕には勇気が必要なことも、サラッと行動している。そんな人に好かれて、嬉しいよ。
 だけど、なんかモヤモヤしてしまう。後もう少しで、この感情の意味を知れると思うんだけど。

「のぞむんっ! のぞ〜むんっ! 春木望〜お〜い」
「はっ、何」
「どうしたんだ? 何かあったのか」
「べ……別に」
「そっか〜何処か痛いのか、心配になっちゃって」

 声をかけられて、我に返った。いつの間にか、家に帰っていた。
 自分の部屋の座椅子に座って、ぼけーとしていた。話を聞くと、僕が何を話しかけても聞こえていない。

 その様子を見て、危ないため家に一緒に来てくれたらしい。僕は一体、何を考えているのだろうか。
 いつも通り、可愛くない返事をしてしまった。それでも、相変わらず笑顔を向けてくれた。

 胸が高鳴って、その後の会話も覚えていない。気がつくと、朔弥くんは帰っていた。
 夕飯を食べ、お風呂の入った。リビングで魂が抜けたみたいに、ソファにぐでぇーとしていた。

「望、あんた。何かあったの?」
「なんで」
「朔弥くんが」
「朔弥くんがっ! 何かあったの!」
「望が元気ないようなので、話を聞いてあげてくださいって」
「……あのさ……僕」

 お母さんは、僕の隣に座ってきた。ココアの入ったマグカップを置いてくれたから、静かに飲んだ。
 温かくて、優しい味だ。そこで朔弥くんの名前を出されて、激しく動揺してしまった。

 だって、今日は全部やってもらったから。僕がぼけーとしている間も、気にかけてくれた。
 普通なら、放置して帰るだろう。それはなくても、親に電話したりするだろう。

 だけど彼は、どちらもなく当たり前のように送ってくれた。ただ純粋に心配して、そこに下心はないだろう。
 だけど僕は、何も出来ない。心配ばかりかけて、迷惑をかけている。