昇降口で靴紐を結ぶ。以前なら、チェストベルトを留めて走り出していた。そして、一番に正門を駆け抜けた。いつの日か、桜井が追い抜いていくようになって——。でも今日は、その正門で桜井が待っている。
五月半ばの、日差しが眩しい。桜井と出会った頃の、少し肌寒い季節よりも時間が進んでいることを実感しながら校庭をゆっくりと歩く。
校庭の真ん中まで進んだとき、ふっとシトラスの香りがした。
気づいたら、桜井が隣に並んでいた。
「正門でって言ったくせに」
侑はむくれた。
「そのつもりだったんだけど」
桜井は少し気まずそうに、でも柔らかく笑った。
「改めて、退院おめでとう」
「ありがと」
侑はそれきり、何を話して良いのか分からなくなった。オンラインでゲームをしながら沢山話したのに、いざ本人を目の前にすると言葉が一つも出てこない。桜井は、どうなんだろう——。ふと横に並ぶ桜井の顔を見上げた。
真っ直ぐに正門を見ていた桜井が、侑の視線に気づき、侑をちらりと見た。一瞬だけ目が合ったけれど、すぐにまた前を向いてしまった。
——もしかして、桜井も緊張してる?
黙ったまま、二人揃って正門を抜けた。
いつもの帰り道を、恋を自覚してから初めて並んで歩く。侑も桜井も、なかなかお互いの顔を見ることができないままだった。侑は自分の足元ばかり見ていた。
——こんなとこに花。
普段は走り抜けるだけだった道に、ツツジがピンク色の花を咲かせていた。
「小さい頃ツツジの蜜、吸った?」
侑は生垣を見ながら言った。
「めっちゃ吸った。懐かしい」
ふっと桜井が笑った。侑も少しだけ口元が緩んだ。
「小さい頃って何して遊んだ? 俺は鬼ごっことかケイドロ」
「走るのばっか。でも侑らしいね」
また桜井が笑った。
「駆は?」
「僕? キックベースとかドッヂかな」
「球技ばっかだな」
「ケイドロもやったよ。ただ、周りがドッヂとかの方が好きだっただけ。あとはやっぱゲーム。星のチャッピーとか、メルダの伝説とか」
「うわ、懐かしい! メルダが主人公じゃなかったって知ったときの衝撃、半端なかった」
「それな」
会話は弾んでいるのに、お互いに顔を見ることができないまま、公園まで歩いた。
昼下がりの公園は、穏やかな空気だった。奥の広場から、子供達のはしゃぐ声がしていた。
侑は少し緊張して手に提げた紙袋をちらりと見た。駆にいつ渡そうかとタイミングを計っていた。
桜井の口数が、少しずつ減っていた。
「駆?」
深く息を吐いたあと、桜井の足が覚束なくなり、歩みがゆっくりになっていった。
「……待って……侑……ちょっと、歩くのきついかも」
「えっ!? だ、大丈夫かよ!?」
侑は焦って桜井の顔を見ようとした。けれどその前に、桜井は侑の腕を取って頭をもたせ掛けた。
「わっ、ちょっ……歩きにくっ……ちょっと離れないと……駆っ……デカいから無理っ……」
そう言いながらも、共倒れにならないように、侑はしっかりと両足で地面を踏み締めた。
「……だって、しんどいから寄りかかりたい」
桜井が喋るたびに、首筋に息がかかって擽ったい。侑は顔も耳も首筋も、熱くなっていくのを自覚した。今すぐ桜井と離れないと自分の感情がどうにかなってしまいそうだった。
──心臓が保たん……!
てか、桜井が調子悪いのに何考えてんだ、バカか俺!
数メートル先のベンチが目に入った。
「あそこのベンチ行こう。行けるか? とりあえずそこで休んで……」
桜井は、侑の腕をギュっと抱え、べったりと頭をくっつけた。
「杖になってくれるんだよね?」
「そうだよ! だから、あそこまで頑張れ!」
侑は自分よりも背が高い桜井を懸命に支えながらゆっくり歩いた。
「苦しくないか? 親とか呼んだ方がいい?」
「ううん……大丈夫」
「駆の“大丈夫”は信用できねえんだよ!」
侑は桜井の背中を支えながらベンチに腰掛けさせた。
「大丈夫かよ……?」
桜井の顔を覗き込むと、桜井は眉を下げて少しだけ笑っていた。それに、顔色も悪くなかった。
「おい、駆!」
僅かに、桜井の表情に罪悪感が滲んでいた。侑はその顔を見て、全身の力が抜け、ベンチにドッと腰を落とした。
「だーーーっ! もう! マジで焦った! ……でも……良かった……」
桜井は侑の肩に頭をもたせ掛けた。桜井のシャンプーの匂いがする。きめ細かい髪が、サラサラと頬に当たって擽ったい。
「ごめん。でも凄く疲れたのは本当。体力落ちたし久しぶりに登校したから」
「いいよ、別に」
侑は桜井の肩を掴んで押し返した。そして、そのまま真剣な目で、真っ直ぐに桜井を見た。
「いいよ。駆が俺を頼ってくれるなら。倒れられるくらいなら、こうやって嘘でも何でもいいから俺に寄りかかってくれる方がいい」
桜井の肩を掴む手に、力が入った。
「俺が……ずっと側で支えるから」
侑の言葉を聞いて、桜井は目を見開いていた。唇が、僅かに震えていた。侑の真っ直ぐすぎる視線から逃げるように、ふっと目をそらして横を向いた。
「……待って、胸が苦しい……」
桜井は両手で制服の胸の辺りをギュッと掴んだ。
「だ、大丈夫か!?」
桜井は、黙って頷いた。
色白だから、分かりやすい。桜井は耳から首筋まで真っ赤に染まっていた。
「桜井!?」
「……やっぱだめかも……」
「人呼んだ方が良いか?」
「……っ……違う……」
侑の真っすぐ過ぎる視線からどうにか逃げようと、桜井は横を向いたまま目を閉じていた。長い睫毛が震えている。浅く、短い呼吸で桜井の肩が揺れた。
目を開けて、深く息を吸い込んだ。それから、桜井は視線だけを侑に向けた。ほんの少し目尻が朱に染まり、潤んでいた。
「本当に、大丈夫かよ?」
侑は桜井の様子がいつもと違うから、心配でじっと顔を見つめた。桜井はまた、耐えきれずにふっと目を逸らしてしまった。
「……さっきの、ずっと側で支えるから……って……どういう意味……?」
ぼそぼそと小さな声で桜井は言った。
「どういうっ……て……え?」
──うわ、何言ったんだ俺!
やっちまった……!
……これじゃまるで、告白じゃん……!
侑はゴクリと唾を飲み込んだ。
遠くではしゃぐ子供たちの声も、もう耳に入らない。聞こえるのは、どうしようもなく大きく跳ねる自分の心臓と、桜井の呼吸する音だけだ。
桜井の唇が動いた。
「……教えて……くれよ……」
目を逸らしたまま、桜井は消え入りそうな声で言った。
──ここで言わなきゃ、ずっとビビリなままだ……。
「……言うから、こっち向けよ」
侑は深く息を吸った。桜井は、ゆっくりと首を動かした。侑にはなぜか、桜井が怯えた草食動物みたいに見えた。あんなに軽やかに走り抜けたガゼルのような姿が嘘のようだった。
「ちゃんと見て」
桜井は、侑と視線を合わせようとせず、目を伏せたままだった。
「駆、こっち見て」
侑は桜井の顎をそっと持ち上げた。
「そんなの、駆のことが好きだからに決まってるだろ」
──言っちまった……。
でも、駆の返事が“そういう気持ちじゃない”んだとしても。
それでも俺は──。
「駆が好きだよ。だから、側で支えたい。それだけ」
駆の顔が、益々赤く染まった。
駆は顎に添えられていた侑の手首を掴んで、また顔を背けてしまった。
「……僕が先に言おうと思ってたのに……なんか悔しい」
駆が呟いた。
侑の中で、少しだけ意地悪心が湧いた。
「それって、どういう意味?」
カタルシスだとか、半分嘘の体調が悪いふりだとか、そういう態度への仕返しのつもりだった。
駆は、何も言わないまま俯いた。侑の手首を握った指先に、ほんの少し力がこもった。
「……僕も……侑が……好き」
絞り出すように言ったあと、駆は両手で顔を覆った。
「ああー! もうっ! カッコよく告白したかったのに、これじゃ侑の方がカッコいいじゃん! でも絶対、僕の方が先に侑のことが好きだったから!」
駆は、負け惜しみのように言った。あの、クールに侑を抜き去っていった姿は何処へやら、だ。
──駆って、ただの負けず嫌いじゃなくて、実は子供っぽいとこある……?
そう思うと、今までの駆の余裕ありげな姿や侑を翻弄していた態度全てが、ただカッコ良いところを見せたかっただけなのか、と何となく理解できた。
──小学生男子かよ……。
掴みどころがなくてミステリアスだった駆が、何だか急に可愛く見えてきて、侑は小さく笑った。
駆は指の間から、侑の顔をちらりと見た。
「なんでそんな余裕そうな顔してるんだよ。まじで悔しい……でも好き……」
「俺も好き」
駆の耳元で、そっと囁いた。
侑は、自分の行動の大胆さに驚いていた。今まで臆病だった自分は何だったんだろう、と少し可笑しくなった。
告白の熱は未だ冷めきらないままだったが、侑はもう一つの目的を思い出した。
「これ、渡そうと思ってたのにすっかり忘れてた」
侑はベンチの上に置いてあった紙袋を駆に差し出した。
「退院祝い」
まだ赤い顔のままの駆は、おずおずと紙袋を受け取った。
「見てもいい?」
「うん」
「これ、レェテネーヴのマグカップ……欲しかったやつだ。ありがとう」
次に、気泡緩衝材に厳重に包まれたレェテネーヴのアクリルスタンドを取り出した。
「でっか! でも凄く綺麗だ……」
アクリルの縁に太陽が当たって、プリズムのように光を散らした。
「部屋に飾るよ。一番目立つとこ」
駆は、最後の品物を取り出した。
「待って、これ」
包み紙を剥がした駆は、思わず吹き出した。
「夜啼き鴉の目玉グミ!?」
うわぁ、と言いながらも、駆は壷型のボトルを色々な角度から眺めた。
「めっちゃリアルじゃん。これチョイスするとか分かってるなぁ」
「だろ?」
前日まで、駆が喜んでくれるか不安で仕方なかったのに、一つ一つを楽しそうに開封していく様子を見て、侑は胸を撫で下ろした。
「食べてみる?」
駆は目玉グミの蓋を開けた。そして、グミを一つ摘んで侑の口元へと運んだ。
「あーん」
「えっ!?」
侑は思わず仰け反った。
「一緒に人間性を失おう」
駆は悪戯っぽく微笑んだ。
「ほら」
侑にじり寄り、駆はグミを侑の唇に押し当てた。
震える唇を少し開き、グミを口に含んだ。駆の指先が、ほんの一瞬、唇に触れてすぐ離れた。
グミを噛んだら、喉を焼くほど甘酸っぱいブラッドオレンジソースが流れ出した。その味と、触れた指先のせいで胸が熱い。
目を細めて自分のことを見ている駆にも、同じ思いをさせてやりたい。余裕ぶった仮面を、もっと剥がしたい——。
「駆も」
侑もグミを一つ摘んで、駆の口元へ運んだ。
駆はゴクリと唾を飲み込んだ。そして、顔を背けてしまった。
「駆、ほら食べて」
侑が囁くと、駆は真っ赤な顔を侑に向けた。
駆は侑に余裕ありげにグミを食べさせたのに、いざやられる側になると恥ずかしくて堪らないのだ。
駆は目を閉じ、唇を半分開いた。長い睫毛が震えている。
一瞬、指先に駆の柔らかな唇が触れた。駆は顔を背けてグミを噛んだ。眉を寄せて黙って咀嚼している駆を見て、侑は薄っすらと微笑んだ。
「……どう?」
駆から目が離せない。グミを飲み込んで、駆の喉仏が大きく動いた。
「……甘い……」
侑は、そう呟いた駆の表情に釘付けになってしまった。
「なんて顔してるんだよ……」
「え……?」
「可愛い」
「……は? ……かっ……可愛い!?」
「うん」
完全に立場が逆転してしまった。そして侑は、すっかり駆のギャップに心を奪われてしまった。
「……可愛くない……。カッコいい方がいいのに……」
駆は赤い顔のまま、拗ねたように呟く。
「カッコよくて可愛いよ」
「……誂ってる?」
「ううん。駆の知らなかった一面が見れて嬉しい。好き」
納得いかないと、駆はまた両手で顔を覆った。
五月半ばの、日差しが眩しい。桜井と出会った頃の、少し肌寒い季節よりも時間が進んでいることを実感しながら校庭をゆっくりと歩く。
校庭の真ん中まで進んだとき、ふっとシトラスの香りがした。
気づいたら、桜井が隣に並んでいた。
「正門でって言ったくせに」
侑はむくれた。
「そのつもりだったんだけど」
桜井は少し気まずそうに、でも柔らかく笑った。
「改めて、退院おめでとう」
「ありがと」
侑はそれきり、何を話して良いのか分からなくなった。オンラインでゲームをしながら沢山話したのに、いざ本人を目の前にすると言葉が一つも出てこない。桜井は、どうなんだろう——。ふと横に並ぶ桜井の顔を見上げた。
真っ直ぐに正門を見ていた桜井が、侑の視線に気づき、侑をちらりと見た。一瞬だけ目が合ったけれど、すぐにまた前を向いてしまった。
——もしかして、桜井も緊張してる?
黙ったまま、二人揃って正門を抜けた。
いつもの帰り道を、恋を自覚してから初めて並んで歩く。侑も桜井も、なかなかお互いの顔を見ることができないままだった。侑は自分の足元ばかり見ていた。
——こんなとこに花。
普段は走り抜けるだけだった道に、ツツジがピンク色の花を咲かせていた。
「小さい頃ツツジの蜜、吸った?」
侑は生垣を見ながら言った。
「めっちゃ吸った。懐かしい」
ふっと桜井が笑った。侑も少しだけ口元が緩んだ。
「小さい頃って何して遊んだ? 俺は鬼ごっことかケイドロ」
「走るのばっか。でも侑らしいね」
また桜井が笑った。
「駆は?」
「僕? キックベースとかドッヂかな」
「球技ばっかだな」
「ケイドロもやったよ。ただ、周りがドッヂとかの方が好きだっただけ。あとはやっぱゲーム。星のチャッピーとか、メルダの伝説とか」
「うわ、懐かしい! メルダが主人公じゃなかったって知ったときの衝撃、半端なかった」
「それな」
会話は弾んでいるのに、お互いに顔を見ることができないまま、公園まで歩いた。
昼下がりの公園は、穏やかな空気だった。奥の広場から、子供達のはしゃぐ声がしていた。
侑は少し緊張して手に提げた紙袋をちらりと見た。駆にいつ渡そうかとタイミングを計っていた。
桜井の口数が、少しずつ減っていた。
「駆?」
深く息を吐いたあと、桜井の足が覚束なくなり、歩みがゆっくりになっていった。
「……待って……侑……ちょっと、歩くのきついかも」
「えっ!? だ、大丈夫かよ!?」
侑は焦って桜井の顔を見ようとした。けれどその前に、桜井は侑の腕を取って頭をもたせ掛けた。
「わっ、ちょっ……歩きにくっ……ちょっと離れないと……駆っ……デカいから無理っ……」
そう言いながらも、共倒れにならないように、侑はしっかりと両足で地面を踏み締めた。
「……だって、しんどいから寄りかかりたい」
桜井が喋るたびに、首筋に息がかかって擽ったい。侑は顔も耳も首筋も、熱くなっていくのを自覚した。今すぐ桜井と離れないと自分の感情がどうにかなってしまいそうだった。
──心臓が保たん……!
てか、桜井が調子悪いのに何考えてんだ、バカか俺!
数メートル先のベンチが目に入った。
「あそこのベンチ行こう。行けるか? とりあえずそこで休んで……」
桜井は、侑の腕をギュっと抱え、べったりと頭をくっつけた。
「杖になってくれるんだよね?」
「そうだよ! だから、あそこまで頑張れ!」
侑は自分よりも背が高い桜井を懸命に支えながらゆっくり歩いた。
「苦しくないか? 親とか呼んだ方がいい?」
「ううん……大丈夫」
「駆の“大丈夫”は信用できねえんだよ!」
侑は桜井の背中を支えながらベンチに腰掛けさせた。
「大丈夫かよ……?」
桜井の顔を覗き込むと、桜井は眉を下げて少しだけ笑っていた。それに、顔色も悪くなかった。
「おい、駆!」
僅かに、桜井の表情に罪悪感が滲んでいた。侑はその顔を見て、全身の力が抜け、ベンチにドッと腰を落とした。
「だーーーっ! もう! マジで焦った! ……でも……良かった……」
桜井は侑の肩に頭をもたせ掛けた。桜井のシャンプーの匂いがする。きめ細かい髪が、サラサラと頬に当たって擽ったい。
「ごめん。でも凄く疲れたのは本当。体力落ちたし久しぶりに登校したから」
「いいよ、別に」
侑は桜井の肩を掴んで押し返した。そして、そのまま真剣な目で、真っ直ぐに桜井を見た。
「いいよ。駆が俺を頼ってくれるなら。倒れられるくらいなら、こうやって嘘でも何でもいいから俺に寄りかかってくれる方がいい」
桜井の肩を掴む手に、力が入った。
「俺が……ずっと側で支えるから」
侑の言葉を聞いて、桜井は目を見開いていた。唇が、僅かに震えていた。侑の真っ直ぐすぎる視線から逃げるように、ふっと目をそらして横を向いた。
「……待って、胸が苦しい……」
桜井は両手で制服の胸の辺りをギュッと掴んだ。
「だ、大丈夫か!?」
桜井は、黙って頷いた。
色白だから、分かりやすい。桜井は耳から首筋まで真っ赤に染まっていた。
「桜井!?」
「……やっぱだめかも……」
「人呼んだ方が良いか?」
「……っ……違う……」
侑の真っすぐ過ぎる視線からどうにか逃げようと、桜井は横を向いたまま目を閉じていた。長い睫毛が震えている。浅く、短い呼吸で桜井の肩が揺れた。
目を開けて、深く息を吸い込んだ。それから、桜井は視線だけを侑に向けた。ほんの少し目尻が朱に染まり、潤んでいた。
「本当に、大丈夫かよ?」
侑は桜井の様子がいつもと違うから、心配でじっと顔を見つめた。桜井はまた、耐えきれずにふっと目を逸らしてしまった。
「……さっきの、ずっと側で支えるから……って……どういう意味……?」
ぼそぼそと小さな声で桜井は言った。
「どういうっ……て……え?」
──うわ、何言ったんだ俺!
やっちまった……!
……これじゃまるで、告白じゃん……!
侑はゴクリと唾を飲み込んだ。
遠くではしゃぐ子供たちの声も、もう耳に入らない。聞こえるのは、どうしようもなく大きく跳ねる自分の心臓と、桜井の呼吸する音だけだ。
桜井の唇が動いた。
「……教えて……くれよ……」
目を逸らしたまま、桜井は消え入りそうな声で言った。
──ここで言わなきゃ、ずっとビビリなままだ……。
「……言うから、こっち向けよ」
侑は深く息を吸った。桜井は、ゆっくりと首を動かした。侑にはなぜか、桜井が怯えた草食動物みたいに見えた。あんなに軽やかに走り抜けたガゼルのような姿が嘘のようだった。
「ちゃんと見て」
桜井は、侑と視線を合わせようとせず、目を伏せたままだった。
「駆、こっち見て」
侑は桜井の顎をそっと持ち上げた。
「そんなの、駆のことが好きだからに決まってるだろ」
──言っちまった……。
でも、駆の返事が“そういう気持ちじゃない”んだとしても。
それでも俺は──。
「駆が好きだよ。だから、側で支えたい。それだけ」
駆の顔が、益々赤く染まった。
駆は顎に添えられていた侑の手首を掴んで、また顔を背けてしまった。
「……僕が先に言おうと思ってたのに……なんか悔しい」
駆が呟いた。
侑の中で、少しだけ意地悪心が湧いた。
「それって、どういう意味?」
カタルシスだとか、半分嘘の体調が悪いふりだとか、そういう態度への仕返しのつもりだった。
駆は、何も言わないまま俯いた。侑の手首を握った指先に、ほんの少し力がこもった。
「……僕も……侑が……好き」
絞り出すように言ったあと、駆は両手で顔を覆った。
「ああー! もうっ! カッコよく告白したかったのに、これじゃ侑の方がカッコいいじゃん! でも絶対、僕の方が先に侑のことが好きだったから!」
駆は、負け惜しみのように言った。あの、クールに侑を抜き去っていった姿は何処へやら、だ。
──駆って、ただの負けず嫌いじゃなくて、実は子供っぽいとこある……?
そう思うと、今までの駆の余裕ありげな姿や侑を翻弄していた態度全てが、ただカッコ良いところを見せたかっただけなのか、と何となく理解できた。
──小学生男子かよ……。
掴みどころがなくてミステリアスだった駆が、何だか急に可愛く見えてきて、侑は小さく笑った。
駆は指の間から、侑の顔をちらりと見た。
「なんでそんな余裕そうな顔してるんだよ。まじで悔しい……でも好き……」
「俺も好き」
駆の耳元で、そっと囁いた。
侑は、自分の行動の大胆さに驚いていた。今まで臆病だった自分は何だったんだろう、と少し可笑しくなった。
告白の熱は未だ冷めきらないままだったが、侑はもう一つの目的を思い出した。
「これ、渡そうと思ってたのにすっかり忘れてた」
侑はベンチの上に置いてあった紙袋を駆に差し出した。
「退院祝い」
まだ赤い顔のままの駆は、おずおずと紙袋を受け取った。
「見てもいい?」
「うん」
「これ、レェテネーヴのマグカップ……欲しかったやつだ。ありがとう」
次に、気泡緩衝材に厳重に包まれたレェテネーヴのアクリルスタンドを取り出した。
「でっか! でも凄く綺麗だ……」
アクリルの縁に太陽が当たって、プリズムのように光を散らした。
「部屋に飾るよ。一番目立つとこ」
駆は、最後の品物を取り出した。
「待って、これ」
包み紙を剥がした駆は、思わず吹き出した。
「夜啼き鴉の目玉グミ!?」
うわぁ、と言いながらも、駆は壷型のボトルを色々な角度から眺めた。
「めっちゃリアルじゃん。これチョイスするとか分かってるなぁ」
「だろ?」
前日まで、駆が喜んでくれるか不安で仕方なかったのに、一つ一つを楽しそうに開封していく様子を見て、侑は胸を撫で下ろした。
「食べてみる?」
駆は目玉グミの蓋を開けた。そして、グミを一つ摘んで侑の口元へと運んだ。
「あーん」
「えっ!?」
侑は思わず仰け反った。
「一緒に人間性を失おう」
駆は悪戯っぽく微笑んだ。
「ほら」
侑にじり寄り、駆はグミを侑の唇に押し当てた。
震える唇を少し開き、グミを口に含んだ。駆の指先が、ほんの一瞬、唇に触れてすぐ離れた。
グミを噛んだら、喉を焼くほど甘酸っぱいブラッドオレンジソースが流れ出した。その味と、触れた指先のせいで胸が熱い。
目を細めて自分のことを見ている駆にも、同じ思いをさせてやりたい。余裕ぶった仮面を、もっと剥がしたい——。
「駆も」
侑もグミを一つ摘んで、駆の口元へ運んだ。
駆はゴクリと唾を飲み込んだ。そして、顔を背けてしまった。
「駆、ほら食べて」
侑が囁くと、駆は真っ赤な顔を侑に向けた。
駆は侑に余裕ありげにグミを食べさせたのに、いざやられる側になると恥ずかしくて堪らないのだ。
駆は目を閉じ、唇を半分開いた。長い睫毛が震えている。
一瞬、指先に駆の柔らかな唇が触れた。駆は顔を背けてグミを噛んだ。眉を寄せて黙って咀嚼している駆を見て、侑は薄っすらと微笑んだ。
「……どう?」
駆から目が離せない。グミを飲み込んで、駆の喉仏が大きく動いた。
「……甘い……」
侑は、そう呟いた駆の表情に釘付けになってしまった。
「なんて顔してるんだよ……」
「え……?」
「可愛い」
「……は? ……かっ……可愛い!?」
「うん」
完全に立場が逆転してしまった。そして侑は、すっかり駆のギャップに心を奪われてしまった。
「……可愛くない……。カッコいい方がいいのに……」
駆は赤い顔のまま、拗ねたように呟く。
「カッコよくて可愛いよ」
「……誂ってる?」
「ううん。駆の知らなかった一面が見れて嬉しい。好き」
納得いかないと、駆はまた両手で顔を覆った。
