ゲームがしたいだけなのに…!

 手の中のスマホを見つめたまま、侑はゆっくり深く息を吐いた。桜井との通話が終わっただけで、どうしてこうも胸が締め付けられるような気持ちになるのか、考えれば考えるほど、認めたくない答えに辿り着いてしまう。 
 
「成瀬くん?」

 突然声をかけられて、意識が現実に引き戻された。侑の肩がビクッと跳ね、スマホを落としそうになった。
「何してるの? こんな所で。黄昏れてんの?」
 目の前で侑を見下ろしているのは、悠貴だった。侑は、悠貴が近づいていたことにも気づかないほど考え事に深く沈み込んでいた。
 会いたくない相手が突然現れ、侑はさっきまでの桜井との暖かいやり取りが台無しになったような気がした。
「別に。休んでただけ」
「へぇ」
 悠貴は、侑の隣にドカッと腰を下ろした。
「帰る」
 不快感を隠そうともせずに、侑は立ち上がった。けれど、悠貴に腕を掴まれてしまった。
「まあまあ、ちょっと話そうよ。ね?」
 悠貴は口元に薄笑いを浮かべ、上目遣いで舐めるように侑を見ている。
「俺は話すこと無いよ」
「俺は話したいことがあるんだよなぁ。カケちゃんのこと」
「……なんだよ」
 掴まれた腕を振りほどき、侑はベンチに腰を下ろした。

「今日、カケちゃんのお見舞いに行った。寂しそうだったから、塾の時間ギリギリまで側にいたんだ」

 悠貴の言葉に、殴られたような気がした。自分はバイトでお見舞いに行けなかった。それに、通話を切る直前の、桜井の寂しそうな声を思い出す。
「カケちゃんが寂しがりなのは昔からなんだ。今は病気だから余計に心細いんだろうな。背はデカくなってるけど、中身は昔から変わってない。幼稚園の頃も僕が側にいないといつも不安そうな顔してたっけ」
 悠貴は、ちらりと侑の横顔を見た。侑は唇を固く結んだまま、手に握ったスマホに視線を落としていた。 
「だから、俺は毎日お見舞いに行く。成瀬くんは、一度来ただけだよね」
「……バイトあるから」
「ふーん」
「何が言いたいんだよ」
「いや別に」
 悠貴の含みのある言い方が気に入らない。けれど、バイトを理由にお見舞いに行かない選択をしたのは自分だ。自分で決めたことなのに、侑は後悔しそうになる。
「バイト休むのは無責任だろ」
「こんな時でも?」
「……桜井は回復してきてるから。もうすぐ退院だし」
「まあね。もう病院の中を歩き回れるくらいになったから」
 悠貴はそう言ったあと、少し黙った。そして「ほんとに良かった」と小さく呟いた。

「退院したら話があるって、カケちゃんに言ってきた。ちょっと先の、体調が安定した頃に……だけどさ。前に言ったでしょ。告白するって。その予告をしたんだよ」
 侑はバッと顔を上げた。悠貴と視線がぶつかった。悠貴の目は、真剣だった。ふざけた様子も、侑を挑発している様子もない。悠貴は、真っすぐに侑を見据えていた。
「成瀬くんは“お前みたいなヤツに桜井を渡してたまるか”って言ったよね」
「……言った」  
「カケちゃんのことは、ただの友達だと思ってる? それとも違う?」
 悠貴は少しだけ首を傾げた。
 侑はその問いに、すぐに答えられなかった。
 でも、通話を切る前の桜井の言葉を思い出した。
「……桜井は、退院したら俺に話したいことがあるって言ってた」
 侑の言葉を聞いて、悠貴は目を見開いた。
「俺は……桜井が話したいことが何なのか分かんないけど」
「でも、俺……俺は、桜井が好き……かも……」
 言った後で、侑は自分の発言に驚いた。みるみる顔が真っ赤になり、手で口元を押さえた。纏まらない考えがそのまま口から飛び出したような言葉の後から、自分の恋心を自覚してしまった。
「……そっか」
 悠貴は、深く息を吐いた。
「じゃあ、俺らはライバルだね」
 悠貴は、口角をつり上げた。けれど、目は笑っていない。
「でも、条件は対等じゃないよ」
「……何が」
「俺は生まれたときからカケちゃんと一緒にいる」
 悠貴は少し目を細めた。
「俺とカケちゃんの間には、成瀬くんが知らない二人だけの時間が今も続いてる」
「幼馴染だから、だろ」
「……だから“好きかも”程度の成瀬くんに負ける気はしない」

 ──勝ち負けって言うか、桜井の気持ちは?

 俺は桜井のことが好き……でも、桜井はどうなのか分かんねぇ……。

 俺は男で、桜井も男で。
 悠貴だって、同じはずなのに。
 なんで、こんなに簡単に「好き」なんて言えるんだよ。

 ……怖くないのかよ……?

 見透かすような悠貴の視線が痛い。

 ──悠貴は真剣なんだ……。
 俺は……ずっと自分の気持ちから逃げてきた。桜井が男だっていう理由で……。
 でも、悠貴は……。

 侑は、もう目を逸らしたくなかった。だから、悠貴を真っ直ぐに見ながら言った。
「……俺も負けたくない……!」
 勢いよくベンチから立ち上がり、侑は拳を握った。その拳は、僅かに震えていた。
「幼馴染が過ごしてきた時間には叶わないかもしれないけど! でも、俺は桜井と一緒にいたい!」
 そう言いながら、心の中で桜井への気持ちが固まっていくのが分かった。
「新しい思い出を増やしたい……上書きできるなんて思わないけど、でも!」
「分かった」
 悠貴は、静かに言った。
「成瀬くんの気持ちは分かったよ」 
 悠貴はベンチからスッと立ち上がり、侑の想いを真正面から受け止めるように立ちはだかった。しかし、悠貴の表情には、今までと違って少しだけ焦りのようなものが滲んでいた。
「でも、そんなんで勝てると思わないでよね」
 そう言い捨てて、悠貴は背を向けた。
 そして、一度も振り返らず、そのまま夜の中へ歩いて行った。

 悠貴が去ったあと、侑はベンチにへたり込んだ。顔が熱くて、心臓がまだ跳ねている。ついに自分の気持ちを認めてしまった。今まで、桜井に対するモヤモヤの答えが恋だったと気づいてしまった。悠貴のライバル宣言で、自分の独占欲にも気づいた。
 自分のことも、世界も、今までとはまるで違って見えた。公園の暗闇を薄っすらと照らす街灯さえ眩しく見えた。
 冷たい風が吹き抜け、熱い体に当たる。それでも冷めない熱が侑の中に灯っていた。
   
 おもむろにポケットの中からワイヤレスイヤホンを取り出し、耳に差し込む。
 プレイリストから、最近よく聴いている曲を再生した。ポップなのに少しトリッキーでテクニカルなピアノのイントロが流れ出す。その弾けるようなリズムに乗るように、侑は走り出した。