「ったく、侑のやつ……」
井口は、侑からのLINEを見て溜め息をついた。侑が教室を飛び出してから数時間後、やっと連絡がついたのだ。
正門まで行くと、門柱の影に侑がしゃがみ込んでいた。肩を落として、しょぼくれている。それに気づいてはいたが、井口は気づかないふりをした。
「ほれ」
井口は、雑にリュックを押し付けた。
「すまん」
侑はリュックを受け取ると、膝に抱えて俯いた。
「すまんですむかよ。先生への言い訳、大変だったんだぞ。後で何か奢れよな」
「……うん、まじでごめん」
「で? 何があった?」
「……なんか色々、ショックだったっつうか……」
侑は両手で頭を抱えて、ぐしゃぐしゃと自分の髪を掻き乱し、深く息を吐いた。
「今日、バイト休みだし、井口が時間あったら……」
「かまわないけど、大丈夫か?」
侑が髪を掴んだまま俯いているのを見て、井口は心配そうに言った。
「……大丈夫」
侑は俯いたまま、答えた。
「そうか」
ハンバーガーショップに寄ってセットを二つテイクアウトし、侑の家に向かった。約束通り、侑の奢りで。
「侑の家ってすげぇ久しぶり」
井口は歩きながら、周囲を見回した。
「2年になって俺がバイト始めてからオンラインばっかだったもんな」
「うん」
「たまにはいいな」
「だな」
並んで歩く侑の表情は、相変わらず沈んでいるし、口数も少ない。
少し前までは、放課後にどちらかの家に入り浸ってゲームをしながら、他愛もない話で笑い合う日々だった。そんなに昔のことではないのに、何だか懐かしい。井口は元々、他人といることが苦手だったから、今の距離感がそれほど淋しいとは思っていない。でも、侑と直接話せる時間は好きだった。それが少し重い話でも。井口は、ボッチだった自分を変えてくれた侑が困っているなら話を聞きたいと思うし、幸せになって欲しいと思っている。
侑はリュックのポケットから鍵を出し、ドアを開けた。
「おじゃましまーす」
井口は靴を揃えて上がった。
二階に上がり、侑の部屋で二人は向かい合って胡座をかいて座った。ハンバーガーとポテトが入ったビニール袋を広げると、油と酸味のあるトマトソースの匂いが広がった。
「サンキュ」
井口は袋からポテト、ドリンクのカップ、バーガーを順番に出し、それぞれの前に並べた。
侑は、湿気て萎びたポテトを摘んでじっと見ていた。
「どうした?」
侑の様子が気になって、井口は声をかけた。
「いや、ちょっと思い出しちまった。桜井が入院する前のこと。バイト先に来てさ、特盛りポテトをオーダーしたのに一本も食べずに帰ったんだ。相当無理してたんだろうな。あのときちゃんと引き止めてたらなって」
「それは成瀬のせいじゃないだろ」
「桜井もそう言ってくれたけどね」
井口は、ハンバーガーの包み紙をガサガサと開いた。
「桜井ってプライド高そ」
そう言って、井口はハンバーガーに齧り付いた。もぐもぐと咀嚼して飲み込んでから「いつも通りに見せたかったんだろ、たぶん」と付け加えた。
「そう言えば、こんな姿、見られたくなかったって言ってた……」
侑は、沢山の管に繋がれた桜井の、弱った姿を思い出した。
「なら侑が気に病むことはないよ」
「でも」
「桜井の自縄自縛だろ。侑は優しすぎるんだよ。そこが良いところでもあるけど」
井口はコーラを飲み、またハンバーガーを齧る。
「ま、桜井の気持ちも分からんでもないけど。とにかく、侑が悩む必要は無いってこと。これからは桜井が無理してると思ったら強引に引っ張っていけばいいじゃん」
「……うん。絶対そうする」
侑は、萎びたポテトを口に放り込んだ。噛むと、昨夜の冷めきった特盛りポテトをまた思い出した。でも、今後どういう関わり方であれ、もう二度とこんなことはさせないと心に決めた。
──でも、それで良いのか?
友達のままで。
桜井が悠貴と付き合ったら──。
俺が入る隙は無くなる。悠貴はきっと屁理屈を捏ねて、俺を桜井から遠ざける。
けど、悠貴が側にいれば、桜井のことを全部分かってるし……。
黙々とポテトを食べながらも、頭の中では、桜井と悠貴のことがぐるぐると回っていた。
どう話して良いか分からないから、井口に悠貴と対峙したことを話せなかった。
床に放り出していた侑のスマホがポコンと鳴った。侑は素早くスマホを取り上げた。
『家着いた?』
たった一言だけの、桜井からのメッセージだった。
──うわ、ほんとに来た……!
「どうした?」
スマホを見つめたまま、動かない侑に井口が声をかけた。
「桜井から、LINE来た。どうしよう。なんて返せば……」
「お、ついに? やったじゃん!」
井口はニンマリと笑った。
「とりあえず、今すぐスタンプの一つでも返せよ」
「あ、うん」
侑は、猫がドアを開けて「ただいま」と言っているスタンプを送った。
すぐに桜井から『よかった』と返ってくる。
井口は「フレンドコード聞けよ」とうるさい。
『水しか飲めない 早く特盛りポテト食いたい』
続けて、ストロー付きのペットボトルの写真を送ってきた。それを見て、侑は胸がギュっと締め付けられた。桜井がどれだけ弱っているかわかるし、でも強がって「特盛ポテトを食いたい」などと言っているのが、今なら分かるからだ。
でももし、その強がりが桜井の回復への力になるのなら──。
『退院したら お祝いに特盛ポテトドリンクバーセットを奢る』
震える指先で、応えた。
『まじで?』
『だから、早く元気になれ』
桜井は、猫がサムズアップしているスタンプを送ってきた。
また一つ、桜井との約束が増えた。
顔が熱くなって、とても冷静ではいられなかった。
* * *
「ま、何はともあれ、良かったな」
井口は玄関で靴を履きながら言った。
その間にも、侑のスマホに通知が届く。
「ごゆっくり」
ニヤニヤ笑い、冷やかすように言って、井口は玄関を出た。
「また明日」
侑は手を振った。井口はちらりと振り返り、右手を上げて去って行った。
自室に戻り、ベッドに仰向けに寝転がった。
桜井から『暇すぎる』と一言だけ届いていた。
侑は素早くフリックする。
『病院にはゲーム無いもんな』
送信すると、一瞬で既読がつく。
『さっき会ったばっかだけど、もう成瀬に会いたい』
そのメッセージを読んで、侑は目を見開いた。顔も首も耳も熱くなって、心臓が激しく鳴る。
「……え、なん……え? なに……?」
語彙力を失った侑の、纏まりのない独り言がぶつぶつと続く。
「……こんな姿、見られたくなかったって言ってなかったっけ!?」
あれは何だったんだ? と考えれば考えるほど、侑の脳内は混乱していく。
「あ、いや、まあ入院中って話し相手いないしな」
どうにか自分を納得させ、考えた末に『安静にしとけ』とだけ送信した。
またすぐに既読がつき、返事が来た。
『明日は?』
──明日!? 明日か……バイトあるんだよなぁ!
休む? どうする!?
侑はベッドの上で悶えた。
──俺が会えない間、悠貴はきっとお見舞いに行って……。
病院での宣戦布告以来、どうしても悠貴の顔がチラついてしまう。
“──お前みたいなヤツに桜井を取られてたまるか!”
そう叫んだことを思い出す。
──取られて? 何で?
……友達なんだし別に……。
なぜか気持ちが焦って、胸の奥に重たいものが落ちてきたような感覚に陥る。
悠貴と桜井の距離を思うと、変な焦りが募る。
侑はファミレスの電話番号を表示した。事情を話せば、貴生はシフトを代わってくれるだろう。店長に「風邪をひきました」と言う手もある。
──でも、桜井に会うのに後ろめたいのは嫌だ。それに、もうこれ以上、誰かに迷惑をかけたくない。ただでさえ井口に迷惑をかけちまったし……。
侑は思い留まった。
でも会いに行けないとなると、急に淋しくなった。文字だけのやり取りでは物足りなくなり、もっと桜井の顔を見たいと欲が出る。
ふと顔を横に向けると、自分のリュックのレェテネーヴのキーホルダーが目に入る。
──そう言えば、DLCのグッズが出るんだっけ。バイトで稼いだぶん、桜井の退院祝いを少し豪華にできるかも。
会えない時間に、バイトを頑張る理由が出来た。
結局侑は『明日はバイト』と送信した。
桜井はまた、しょぼくれた猫のスタンプ、ふて寝する猫のスタンプを連続で送ってきた。
侑の中で、桜井のイメージが変わりつつあった。帰宅部のときの、あのガゼルのような走りとは違う、少し甘えたような一面を見た気がした。
侑は『明々後日ならバイト無い』と返信したが、明々後日はもう退院らしい。
桜井の消灯時間の21時を少し過ぎるまでLINEのやり取りが続いた。
井口は、侑からのLINEを見て溜め息をついた。侑が教室を飛び出してから数時間後、やっと連絡がついたのだ。
正門まで行くと、門柱の影に侑がしゃがみ込んでいた。肩を落として、しょぼくれている。それに気づいてはいたが、井口は気づかないふりをした。
「ほれ」
井口は、雑にリュックを押し付けた。
「すまん」
侑はリュックを受け取ると、膝に抱えて俯いた。
「すまんですむかよ。先生への言い訳、大変だったんだぞ。後で何か奢れよな」
「……うん、まじでごめん」
「で? 何があった?」
「……なんか色々、ショックだったっつうか……」
侑は両手で頭を抱えて、ぐしゃぐしゃと自分の髪を掻き乱し、深く息を吐いた。
「今日、バイト休みだし、井口が時間あったら……」
「かまわないけど、大丈夫か?」
侑が髪を掴んだまま俯いているのを見て、井口は心配そうに言った。
「……大丈夫」
侑は俯いたまま、答えた。
「そうか」
ハンバーガーショップに寄ってセットを二つテイクアウトし、侑の家に向かった。約束通り、侑の奢りで。
「侑の家ってすげぇ久しぶり」
井口は歩きながら、周囲を見回した。
「2年になって俺がバイト始めてからオンラインばっかだったもんな」
「うん」
「たまにはいいな」
「だな」
並んで歩く侑の表情は、相変わらず沈んでいるし、口数も少ない。
少し前までは、放課後にどちらかの家に入り浸ってゲームをしながら、他愛もない話で笑い合う日々だった。そんなに昔のことではないのに、何だか懐かしい。井口は元々、他人といることが苦手だったから、今の距離感がそれほど淋しいとは思っていない。でも、侑と直接話せる時間は好きだった。それが少し重い話でも。井口は、ボッチだった自分を変えてくれた侑が困っているなら話を聞きたいと思うし、幸せになって欲しいと思っている。
侑はリュックのポケットから鍵を出し、ドアを開けた。
「おじゃましまーす」
井口は靴を揃えて上がった。
二階に上がり、侑の部屋で二人は向かい合って胡座をかいて座った。ハンバーガーとポテトが入ったビニール袋を広げると、油と酸味のあるトマトソースの匂いが広がった。
「サンキュ」
井口は袋からポテト、ドリンクのカップ、バーガーを順番に出し、それぞれの前に並べた。
侑は、湿気て萎びたポテトを摘んでじっと見ていた。
「どうした?」
侑の様子が気になって、井口は声をかけた。
「いや、ちょっと思い出しちまった。桜井が入院する前のこと。バイト先に来てさ、特盛りポテトをオーダーしたのに一本も食べずに帰ったんだ。相当無理してたんだろうな。あのときちゃんと引き止めてたらなって」
「それは成瀬のせいじゃないだろ」
「桜井もそう言ってくれたけどね」
井口は、ハンバーガーの包み紙をガサガサと開いた。
「桜井ってプライド高そ」
そう言って、井口はハンバーガーに齧り付いた。もぐもぐと咀嚼して飲み込んでから「いつも通りに見せたかったんだろ、たぶん」と付け加えた。
「そう言えば、こんな姿、見られたくなかったって言ってた……」
侑は、沢山の管に繋がれた桜井の、弱った姿を思い出した。
「なら侑が気に病むことはないよ」
「でも」
「桜井の自縄自縛だろ。侑は優しすぎるんだよ。そこが良いところでもあるけど」
井口はコーラを飲み、またハンバーガーを齧る。
「ま、桜井の気持ちも分からんでもないけど。とにかく、侑が悩む必要は無いってこと。これからは桜井が無理してると思ったら強引に引っ張っていけばいいじゃん」
「……うん。絶対そうする」
侑は、萎びたポテトを口に放り込んだ。噛むと、昨夜の冷めきった特盛りポテトをまた思い出した。でも、今後どういう関わり方であれ、もう二度とこんなことはさせないと心に決めた。
──でも、それで良いのか?
友達のままで。
桜井が悠貴と付き合ったら──。
俺が入る隙は無くなる。悠貴はきっと屁理屈を捏ねて、俺を桜井から遠ざける。
けど、悠貴が側にいれば、桜井のことを全部分かってるし……。
黙々とポテトを食べながらも、頭の中では、桜井と悠貴のことがぐるぐると回っていた。
どう話して良いか分からないから、井口に悠貴と対峙したことを話せなかった。
床に放り出していた侑のスマホがポコンと鳴った。侑は素早くスマホを取り上げた。
『家着いた?』
たった一言だけの、桜井からのメッセージだった。
──うわ、ほんとに来た……!
「どうした?」
スマホを見つめたまま、動かない侑に井口が声をかけた。
「桜井から、LINE来た。どうしよう。なんて返せば……」
「お、ついに? やったじゃん!」
井口はニンマリと笑った。
「とりあえず、今すぐスタンプの一つでも返せよ」
「あ、うん」
侑は、猫がドアを開けて「ただいま」と言っているスタンプを送った。
すぐに桜井から『よかった』と返ってくる。
井口は「フレンドコード聞けよ」とうるさい。
『水しか飲めない 早く特盛りポテト食いたい』
続けて、ストロー付きのペットボトルの写真を送ってきた。それを見て、侑は胸がギュっと締め付けられた。桜井がどれだけ弱っているかわかるし、でも強がって「特盛ポテトを食いたい」などと言っているのが、今なら分かるからだ。
でももし、その強がりが桜井の回復への力になるのなら──。
『退院したら お祝いに特盛ポテトドリンクバーセットを奢る』
震える指先で、応えた。
『まじで?』
『だから、早く元気になれ』
桜井は、猫がサムズアップしているスタンプを送ってきた。
また一つ、桜井との約束が増えた。
顔が熱くなって、とても冷静ではいられなかった。
* * *
「ま、何はともあれ、良かったな」
井口は玄関で靴を履きながら言った。
その間にも、侑のスマホに通知が届く。
「ごゆっくり」
ニヤニヤ笑い、冷やかすように言って、井口は玄関を出た。
「また明日」
侑は手を振った。井口はちらりと振り返り、右手を上げて去って行った。
自室に戻り、ベッドに仰向けに寝転がった。
桜井から『暇すぎる』と一言だけ届いていた。
侑は素早くフリックする。
『病院にはゲーム無いもんな』
送信すると、一瞬で既読がつく。
『さっき会ったばっかだけど、もう成瀬に会いたい』
そのメッセージを読んで、侑は目を見開いた。顔も首も耳も熱くなって、心臓が激しく鳴る。
「……え、なん……え? なに……?」
語彙力を失った侑の、纏まりのない独り言がぶつぶつと続く。
「……こんな姿、見られたくなかったって言ってなかったっけ!?」
あれは何だったんだ? と考えれば考えるほど、侑の脳内は混乱していく。
「あ、いや、まあ入院中って話し相手いないしな」
どうにか自分を納得させ、考えた末に『安静にしとけ』とだけ送信した。
またすぐに既読がつき、返事が来た。
『明日は?』
──明日!? 明日か……バイトあるんだよなぁ!
休む? どうする!?
侑はベッドの上で悶えた。
──俺が会えない間、悠貴はきっとお見舞いに行って……。
病院での宣戦布告以来、どうしても悠貴の顔がチラついてしまう。
“──お前みたいなヤツに桜井を取られてたまるか!”
そう叫んだことを思い出す。
──取られて? 何で?
……友達なんだし別に……。
なぜか気持ちが焦って、胸の奥に重たいものが落ちてきたような感覚に陥る。
悠貴と桜井の距離を思うと、変な焦りが募る。
侑はファミレスの電話番号を表示した。事情を話せば、貴生はシフトを代わってくれるだろう。店長に「風邪をひきました」と言う手もある。
──でも、桜井に会うのに後ろめたいのは嫌だ。それに、もうこれ以上、誰かに迷惑をかけたくない。ただでさえ井口に迷惑をかけちまったし……。
侑は思い留まった。
でも会いに行けないとなると、急に淋しくなった。文字だけのやり取りでは物足りなくなり、もっと桜井の顔を見たいと欲が出る。
ふと顔を横に向けると、自分のリュックのレェテネーヴのキーホルダーが目に入る。
──そう言えば、DLCのグッズが出るんだっけ。バイトで稼いだぶん、桜井の退院祝いを少し豪華にできるかも。
会えない時間に、バイトを頑張る理由が出来た。
結局侑は『明日はバイト』と送信した。
桜井はまた、しょぼくれた猫のスタンプ、ふて寝する猫のスタンプを連続で送ってきた。
侑の中で、桜井のイメージが変わりつつあった。帰宅部のときの、あのガゼルのような走りとは違う、少し甘えたような一面を見た気がした。
侑は『明々後日ならバイト無い』と返信したが、明々後日はもう退院らしい。
桜井の消灯時間の21時を少し過ぎるまでLINEのやり取りが続いた。
