ゲームがしたいだけなのに…!

 帰ったら、まず何て送ろう。そんな事を考えながらエレベーターホールまで歩いた。
 ふと、視界の端を嫌な気配が掠めた。侑は思わず顔を上げた。見覚えのある男がエレベーター脇に、腕を組んで(もた)れ掛かっていた。
「成瀬くん、来たんだ?」
 悠貴の挑発的な視線が侑を捉えた。
 会いたくないヤツに会ってしまった。緊張で、侑の肩に力が入った。
「ちょっと良い?」
 悠貴は有無を言わさず、エレベーターに乗り込んだ。
 ドアが閉まると、完全に外から遮断され、二人だけの逃げ場のない密室になった。
「何の用?」
 不機嫌さを隠さず、侑は隣の悠貴をちらりと横目で睨んだ。
「二人だけで成瀬くんと話しておきたい事があってさ。カケちゃんの事。だからちょっと顔貸して」
「……分かった」
 桜井のことと言われて、侑は悠貴の誘いを断りきれなかった。何を言われるのか、嫌な想像ばかりが頭の中を巡る。
 相変わらず、悠貴は侑の事を値踏みするような目で見る。嫌な空気感のまま、エレベーターは降下していく。
「そう言えば、俺の名前知らないよね?」
「知らない」
 侑がぶっきらぼうに答えたのに対して、ふっと鼻で笑ったあと「西園 悠貴」と名乗った。

 入院患者がリハビリの散歩をする中庭の歩道を、悠貴の後ろを付いて歩く。
「昨日の夜、カケちゃん家に救急車が来てさ。びっくりした。真っ青な顔で、胸を抑えてて。担架で運ばれるカケちゃんを見て、怖くなった。昔は体調悪くなると泣いてたのに、今はあんなになるまで何も言わないんだもん」
 悠貴は歩きながら、独り言のように話している。
 桜井は「違う」と言ったけれど、やはり侑が自分を責める気持ちは消えない。
「……俺は、桜井が倒れる前に一緒にいたのに、何も出来なかった」
「それは俺も同じ」
 悠貴の肩が落ちた。
 黙ったまま中庭の歩道を半分ほど進むと、色褪せた青いベンチがあった。悠貴は座ろうと言って、先に腰掛けた。侑は悠貴と距離を置いて横に座った。
「なんだよ、そんな離れてちゃ話しが出来ないだろ」 
 悠貴は距離を詰めてきた。ベンチの端はもう逃げ場がない。侑は身を捩らせたが、悠貴はお構いなしにぐっと上半身を近づける。目的が分からないから、侑は不気味に思った。 
「誰かが側にいてやらないと、またこんなことを繰り返すって思ったんだ。俺なら昔からずっと一緒だったから、カケちゃんのことは、よく分かってる。好きなものも嫌いなものも。身体の何処に黒子があるかまでね」
 自分の知らない桜井の話をされてマウントを取られているような気がした。それに、悠貴の回りくどい話し方に侑は苛ついた。
「何が言いたいんだ?」
 侑は、悠貴を睨みつけた。
「じゃあ、単刀直入に言う」
 悠貴は、侑から目を逸らさずに言った。

「成瀬くんは、カケちゃんのこと好き?」

「……え? それはどういう……」
「どういう意味かって? Likeじゃない方だよ。友達じゃなく。わかるだろ?」
「急にそんな話されても……」
 さんざん井口や貴生に“それは恋だ”と言われてきた。でも、侑自身はまだ自分の気持ちを認めていない。桜井は男だ、と自分に言い聞かせてきた。けれど、悠貴が“友達とかじゃなく”と言ったとき、侑の心がぐらりと傾いた。
「カケちゃんに変なあだ名をつけるし、ゲームの話で意気投合したみたいだし? だから成瀬くんはカケちゃんの事が好きなのかなーって」
「……好きとかそういうのは……」
「はっきりしないなぁ」
 悠貴は呆れた目で侑を見た。
「はっきりって言われても……俺と桜井は帰宅部で……」
「じゃあ、部活の仲間ってことでいいのかな?」
 悠貴の射抜くような視線と念押しの言葉に、侑は頷いてしまった。それを見た悠貴は、ぱっと明るい表情になった。
「良かった。じゃあ俺は安心してカケちゃんに告白できる」
「……え?」
「成瀬くんは“友達”なんでしょ? だったら別にかまわないよね」
「……友達……だけど……」
「俺とカケちゃんが付き合ったとしても、成瀬くんはカケちゃんとは“友達のまま”でいられるよ? だから僕が告白したって別にかまわないでしょ?」
 悠貴は薄笑いを浮かべ、余裕たっぷりに言った。
「友達だけど、でも」
「でも? 俺にカケちゃんを取られると思ったら急に惜しくなった?」
「いや、惜しいとかそういんじゃなくて……!」
 悠貴に反論したいのに、上手く言語化できない。侑が、自分の気持ちを直視せずに無視してきたせいだ。

 ──なんで好きとか告白とか、こんな話になってんだよ。

 井口の「自覚ないの?」という言葉が侑の脳裏を過る。
 侑は、膝の上の両手をぐっと握った。

 悠貴は舌打ちした。
「煮え切らないヤツだなぁ」
 悠貴の言葉と舌打ちは、火花を散らして侑の燻っていた心に火を点けた。
「お前みたいなヤツに、桜井を渡してたまるか!」
 侑は勢い良くベンチから立ち上がった。
 悠貴を睨みつけながら見下ろす。けれど、悠貴は全く意に介さない様子で、すっと立ち上がり、侑の顔を無遠慮に見た。
「あれ? さっきは友達だって言ってなかったっけ? おかしいなぁ」
「……お前……!」
 侑の、握った拳が震える。悠貴の人を食ったような言動に、益々腹の底が熱くなった。
「さっきからいい加減にしろよ。幼馴染だかなんだか知らねぇけど性格悪いぞ!」
「そう? 僕はちゃんとフェアにしてるつもりだけど? “友達だよね”って確認しただけだよ?」 
「……っ!」
 言葉に詰まる侑を見て、悠貴は大袈裟に溜め息をついた。それから蛇のようにするっと侑の耳元に顔を寄せた。
「俺はね、半端な覚悟のヤツにカケちゃんを任せらんないの。俺とカケちゃんの間には、他人には分からない長い積み重ねの時間がある。お前みたいな新参者で中途半端なヤツには触れさせないから」
 悠貴は、低く、釘を差すように言って侑から離れた。
 さっきまでのピリピリした空気など無かったかのように、悠貴は突然にこやかに笑った。その唐突過ぎる変化に、侑は毒気を抜かれてしまった。
「そういうことだから。じゃあね、成瀬くん」
 ひらひらと手を振って、悠貴は去って行った。
 悠貴の言葉に心を抉られ、侑は追いかけることも言い返すこともできずに、その場から動けなかった。