ゲームがしたいだけなのに…!

 放課後、何気なく窓の外を見下ろすと、まだ誰もいない校庭を猛ダッシュで突っ切っていくヤツがいた。
 翌日も、その翌日も。それを見るのが、毎日の楽しみになってた。

 校庭を走る彼が、気になった。どんなヤツなのか、どうして真っ先に走って行くのか、知りたくなった。
 だから、一緒に走ってみることにした。まだ話しかける勇気はなかったけど。
 
 和田先生が毎日「成瀬!」って叫んでいたから、名前は分かってた。
 ある日、僕は少し離れた1組の下駄箱でスタンバイした。成瀬が走り出したら、僕も昇降口から飛び出した。
 
 がむしゃらに走ってる背中を見て、そのひたむきさが、なんだか可愛いと思った。
 
 リュックに、レェテネーヴの紋章のキーホルダーが揺れてた。
 嬉しくなった。だって、Blood Moonが好きじゃなかったら、持ってないと思うから。
 僕は限定ものだからって、勿体なくて傷とかついたら嫌だったから飾ったままだった。でも成瀬みたいに、惜しげもなく好きなものを使うのって、なんかいいなって思ったんだ。

 僕が追い抜いたときの、あの驚いた表情は忘れられない。思わず、笑ってしまった。
 誰かが追いついてくるなんて、成瀬は全く考えてなかったんだろうな。その驚いた顔もなんだか魅力的に見えて──僕はその時から心を奪われていたんだと思う。表情がくるくる変わるから、ずっと見ていたくなった。

 僕が追い抜くたびに、僕の後ろで成瀬が熱くなってる気配がしてた。それが一番、成瀬の存在を感じられる瞬間だった。
 
 成瀬に影響されてレェテネーヴのキーホルダーをつけてすぐに失くして、ショックすぎた。帰り道も学校も散々探し回ったけど見つからなくて、やっぱやめときゃ良かったと思った。でも……成瀬が拾ってくれて、届けてくれた。あのときは運命だと思ったよ。レェテネーヴの紋章が、もっと大切なものに変わったんだ。
 
 成瀬の話ばかりして、悠貴にウザがられたな。

 帰宅部を結成したあの日は、幸せを噛み締めながら帰った。

 和田先生から隠れたときは、咄嗟に抱きしめちゃったけど……ずっとこのままでいたいと思った。だから「まだ」って小さな嘘をついた。

 成瀬に「桜井も好きなの? Blood Moon」と聞かれたとき、好きだよって答えた。めっちゃ好きって、成瀬の目をじっと見ながら。成瀬は気づいてないと思うけど。

 ……ああ、成瀬と一緒にBlood Moonをプレイしたかったな。
 結局、フレンドコードを聞けないままだった。ゲームの話ならいくらでもできたのに、たったひと言なのに、何で言えなかったんだろう。
 成瀬から誘ってくれないかな、なんて臆病になってた。
 LINEも交換してなかったな……。

 突然、刺すように胸が痛くなって、変な咳が出た。風邪かと思った。でも息が大きく吸えなくなって、胸の痛みが肩まで広がった。
 走れなくなるなんて、思ってもみなかった。

 ……成瀬と、もっと一緒に走りたかった。

 前にも似たような事があったけど、自然に治ったから大丈夫だと思ってた。でも、違った。 
 最後に成瀬に会いに行ったとき、もう限界が近かった。
 痛くて、苦しくて、視界がぐらぐらした。
 だけど、どうしても成瀬の顔を見たくなったんだ。

 ──これが最後になるのな
ら──。

 そう思ってた。