ゲームがしたいだけなのに…!

 ——弱気なままじゃダメだ。昼休みには絶対に行く。
 長い休み時間に捕まえた方が、ちゃんと話しができるはずだから。

 早く昼休みになって欲しいような、なって欲しくないような、複雑な心境の一日が始まった。HR中、侑の頭の中を巡っていたのは、桜井のことばかりだった。

 侑は教室で昼食の卵サンドをかき込むように食べ、威勢よく立ち上がった。
「行ってくる」
「おう、頑張れ」
 井口は侑の尻をバシっと叩いた。痛かったが、気合いが入った。
 
 人波を縫って、1組に向かう。
 長い廊下を進み、1組に近づくほど心拍数が跳ね上がる。
 クラスプレートが目に入った瞬間、一際心臓が大きく波打った。
 侑は無意識に立ち止まり、深呼吸した。
 教室の入り口から、1組の中を見回した。
「桜井くんに用事?」
 突然、一番後ろの席の女子に声をかけられた。以前、傘を返しにきた時もこの子が桜井を探してくれたっけ、と思いながら頷いた。
「あのね、桜井くん、今日来てないの……って言うか、暫くお休みすると思う」
 彼女の言葉は、妙に歯切れが悪い。侑を見上げる表情が、曇っている。
「な、何?」
 侑は、激しい胸騒ぎを覚えた。
「昨日——、あ、あのね、うーん……これ、言って良いのかな」
「え……桜井どうしたの? 何があった? 教えてくれ!」
 侑の勢いに気圧されて、彼女は半歩後ずさりした。
「……昨日の夜、桜井くん家に救急車が来て……」
「え……?」
「それで、桜井くんが運ばれていったって」
「……っ」
 一瞬、息が止まった。思考も停止した。
 視線が定まらず、ぐらぐらと揺れる。

 ──嘘だろ? 

「え、待って、救急車? 桜井が?」
 侑の声は、震えていた。
「……うん。うち、桜井くん家と近所だから、おばあちゃんが運ばれていく桜井くんを見てたの……かなり苦しそうだったみたいで……」
「病院どこ!?」
「あ、えっとね、中央病院って言ってた」
 侑は、中央病院と聞いた瞬間、考えるよりも先に駆け出していた。

「井口!」
 教室の入り口で、侑が叫ぶ。何事かと井口は立ち上がった。
「早退って言っといて!」 
「おい、侑!」
 呼び止めようと声をかけたときにはもう、侑の姿は無かった。
 侑はリュックも持たずに、脱兎の勢いで行ってしまった。何がなんだか分からないまま、井口は取り残された。

* * *

 ——じゃあ、昨日のあれは……。
 ポテトぜんぜん食べてなかったのって、もうあのとき、かなりヤバかったのか?
 
 靴紐を結ぶ。手が震えて焦る。それでもどうにか、ギュッと引き絞る。
「成瀬! 3on3入って!」
 昇降口で、バスケットボールを持った同級生が侑を呼んだ。
「すまん!」
 とだけ叫び、侑は校庭に飛び出した。
「おい、どこ行くんだよ!」という声が追いかけてきたが、侑は止まらなかった。

 走り出したら、もう震えを感じなかった。一秒でも早く、という気持ちが侑を前へ前へと進める。景色が、ぐんぐん後ろに流れる。道行く人が、制服姿で全力疾走する侑を怪訝そうな顔で見る。けれど、それを気にする余裕は欠片もなく、侑には喧騒が遠くのことのように感じた。
 桜井が自分を拒絶したときのあの表情や、刺々しい声が心に刺さっているから苦しいのか、走っているせいなのか、分からない。分からなくても、脚は中央病院へと向かう。

 足止めを食らい、赤信号を睨む。
 自分の荒く激しい呼吸の音しか聞こえない。
 手の甲で、雑に汗を拭う。

 ——桜井……! あのときもっと強引に引き留めてたら……! 
 俺の馬鹿! 
 
  ファミレスに来たときの、桜井の青白い顔が思い浮かぶ。
 
 ——自分で自分を殴りてぇ!

 後悔の念が、侑の背中を押す。
 青に変わった瞬間、爆発的に駆け出す。
 速く、もっと速くと必死になればなるほど、振り上げる腕も脚も重くなる。肺が焼けるように苦しくて、喉がヒリヒリする。
 手足がバラバラになってもいいから、桜井の側に行きたい。目指す先は桜井。ただそれだけだった。