住み込みバイト

住み込みバイト募集
報酬 200,000〜
内容 指定物件にて短期滞在・簡易清掃
条件 誓約書同意(口外禁止)
期間 1ヵ月(延長あり)
交通費別途支給
年齢、経験不問
身分証提示不要

どう考えても怪しい。だが、俺には選択肢がなかった。
何故なら家賃滞納でアパートを追い出されたからだ。
家族にも見放され、友達とは疎遠。
このまま野垂れ死ぬくらいなら怪しいバイトに手を出して死ぬほうがマシだと思ってた。
深夜2時。公園のベンチに腰を下ろし、
ネットに書かれた電話番号にメッセージを送る。
返事はすぐだった。
まるで、誰かが待っていたかのように。
いつから入れるかという質問にいつでも大丈夫だと返す。
さっそく明日から始まるようだ。
ここに来てくれと住所が送られてくる。
同時に交通費も振り込まれた。
入金額を確認すると5万も送金されていた。
こんなにもらっても良いのだろうか。
喜びと不安が入り混じり押し寄せてくる。
ところで肝心な場所だが、少し離れた県の辺鄙な片田舎だった。
まだ電車は走っていない。
なら、始発が来るまでにコンビニで何か買って食べておこう。
ここ最近ちゃんとした食事を摂っていない身体は、とにかく甘いものを欲していた。
甘いものを食べると今度はしょっぱいものが欲しくなる。
気づいたときにはカゴいっぱいの食べものをレジへ運んでいた。
店員とは一度も目を合わせず、その場を後にした。
空は白み始めている。
明日からの生活が、ほんの少しだけマシになる気がした。
すっかり夜は明け、人通りも多くなってきた。
始発に乗るため切符を購入し、ホームに足を向ける。
昨日は空が明るくなるまでコンビニ近くのベンチに座って待っていた。
寝ていたのか起きていたのかは俺にはわからない。
気がついたら、もう始発の時間。
大きな音を立てながら電車が到着する。
眩しい外とは裏腹に暗い雰囲気に包まれた車内で、席につくとやっと実感が湧いてきた。
これから俺は何を経験するのだろう。
今ならまだ辞めれるのではないかという思考が脳内を駆け巡る。
いや、もう後戻りはできない。
ここで最初の乗り換え。
この駅は初めてではないはずなのに、今までとは違う景色に見える。
心なしか足取りも重く感じた。
揺られるたび、人がまばらになっていく。
いつのまにか最寄り駅近くまで来ている。
緊張しているせいか電車内での記憶が曖昧だ。
オーナー曰く、ここからは車に乗って例の物件まで行くようだ。
早く来てほしい思いと来ないでくれという願いが喧嘩している。
数分待っていると白い軽バンがこちらに向かってくる。
こんな田舎なんだ、間違いなくオーナーだろう。
目の前に停車し、1人の男が降りてきた。
中肉中背、服は目立たない無地のジャケット。
顔を見ても、特に覚えられる特徴は何もない。
「君か」とだけ言って、挨拶も交わさない。
車に乗せられ、シートベルトをする。
いよいよ逃げられない。
まぁ逃げる気はなかったが。
男はハンドルに肘を置いたまま静かに運転を始めた。
話し方は単調で、笑うときは必ず一拍遅れる。
この時に気づいていたらと後から思う。
窓の外はだんだんと人の気配を失っていく。
標識がぽつんと佇んでいる。
黄色のひし形にびっくりマークが描かれただけ。
なにを警告しているのかわからないが、この標識だけ他より綺麗だった。
長いような短いような時間が過ぎ、建物が見えた。
よくある古いアパートだった。
ここが例の物件らしい。
一部屋だけ立ち入り禁止のテープが貼ってある。
何かあったのかオーナーに聞いても、はっきりとした答えは返ってこなかった。
これから暮らす部屋はその部屋の上だという。
階段を13段上がり、部屋の前。
気にしすぎかもしれないが部屋番号は、『204号室』。
この部屋だけなぜかインターホンが新しい。
誓約上、電子機器は全て預かるようだ。
スマホと引き換えに鍵を渡すとオーナーはすぐ仕事へ向かった。
誓約書は後ほどサインするらしい。
もらった鍵を開け、ドアに手をかける。
正直、怖い。
今更だが、清掃だけでこんな高額な報酬が貰えるなんておかしい。
ボロボロな部屋で奴隷のような生活が待っているんじゃないか。
今は自由にさせて、油断させようとしているのではないか。
不安と恐怖でおかしくなりそうだ。
恐る恐るドアを開く。
すると、誰かに荒らされた形跡が部屋中に残されていた。
家具も移動した跡があり、外見からは想像できないほどだ。
すごく不気味。
思っていたより過酷なバイトかもしれない。
それより、腹が減った。
昨日は菓子パンを食べただけだったのもあり今にも倒れそう。
とりあえずコンビニで買った弁当を温める。
家具は一通り揃っているが、どれも傷だらけ。
でも、長年使い込まれた感じもない。
数年前にまとめて買い替えたような、妙に中途半端な古さだった。
ある日を境に人の気配だけが消えたみたいに。
温まった弁当をテーブルに置く。
木製のシンプルな低めのテーブル。
結構傷が付いているせいで、文字を書くときはガタガタだが特に気にするほどではない。
蓋を開けると白い湯気が立つ。
割り箸を割ってご飯を口へ運ぶ。
こんな温かいものを食べたのはいつぶりだろうか。
最近は菓子パンだけ食べていたのもあって、米のおいしさが身に沁みる。
食べ終わり、ゴミを袋に捨て部屋を見渡す。
一ヶ所だけ壁の色が少し違う気がするが、まぁ気のせいだと思う。
それに、引っ掻き傷が至る所に付いている。
血のようなものも付いているが本物なのだろうか。
素人の俺は一体どうすればいいというのか。
疑問が次々と湧いてくる。
スマホもなく、近くにコンビニなどもない。
まぁしばらくはコンビニで買ったパンで凌げるから大丈夫だろう。
特にすることもなく暇。
とりあえず、持ってきた原稿用紙に何か書くとする。
ここからはその日あったことを日記で書いていこうと思う。