カメラの映像は旧虎倉井ブリーズワールドの駐車場から始まっている。到着したことと、これが自分の車であることを示すためだろう。撮影者の風祭竜也は駐車場に止めたSUV車の姿とナンバープレートを撮影した。
「風祭竜也です。私は現在、旧虎倉井ブリーズワールドの前へと来ています」
セルフでリポートをしながら、カメラは旧虎倉井ブリーズワールドの、錆びた正面ゲートの姿を映していた。事件発覚からすでに二カ月が経過しており、遺体は全て運び出され、鑑識作業も完了。警察はすでに完全撤収しているため、規制線や警備の警察官の姿などはすでにない。
「これから、虎倉井ブリーズワールドの中へ入っていこうと思います。これが不法侵入であることは重々承知しております。無事に戻れたならその時は素直に罰を受ける所存です……無事に戻ることが出来ればの話ですが」
死をも覚悟しているその声は、緊張感で微かに震えている。大きく息を吐き出すと、カメラは錆びた入場ゲートを潜った。
カメラは入場してすぐの、エントランス広場を映している。風祭の足が止まり、カメラの映像が一点に集中する。エントランス広場に佇む、キトラ君の記念撮影パネルだ。金属製のパネルで経年劣化によってボロボロになっており、キトラくんの姿も全身が錆びつき、グロテスクな姿になってしまっている。時の流れを感じると同時にその正体について、現代になって本質を現しているかのようでもある。
カメラを回したまま、風祭は営業当時一番人気のアトラクションだった、タイガーホールの前を訪れた。アトラクションの入場口は施錠されており、安全のためにすでに。車両やレールも撤去されているようだ。錆びた看板と、乗り場までの通路以外に、当時の面影は残されていない。
カメラは次に、園内中央の噴水広場へと向かった。当然ながら噴水の水は止められており、枯れたオアシスになっている。木製のベンチは撤去されずにそのまま残されているが、経年劣化で割れたり、完全に崩れてしまったベンチも少なくない。時の流れによって、ここはもう憩いの場として足りえなくなっている。否、マスコットキャラクターに擬態した怪物が出没していた以上、当時から憩いの場ではなかったのかもしれない。
カメラはしばらく園内の様子を映し続ける。人気がなく、錆びた建物だらけになったこの園内は、さながら荒廃した終末世界のようでもある。
園内に点在していた軽食を販売しているワゴンは全て撤去されており、もはやどこに存在していたのかも分からない。
様々なグッズを販売していたタイガーマーケットは入り口のシャッターが閉められ、内部の様子は不明だ。大勢がレジに列を作っていた面影は微塵も残されてはいない。
レストラン、タイガーキッチンもシャッターが閉め切られており、もう料理の匂いが香ってくることも、料理の味に舌鼓を打つ人々の笑顔を見ることも出来ない。
かつてショーを行っていたタイガーステージは元々のつくり的に経年劣化などの影響は少ないが、二度と演者が経つことがないという事実が哀愁を漂わせ、ある意味では一番寂れた印象を受ける。
少し移動し、カメラは巨大な建造物を見上げる。森の風車をイメージした観覧車、タイガーウインドだ。安全のために、ゴンドラはすでに撤去されており、外観はより風車感が増している。閉園と同時にお客様という名の風を失った風車は、その回転を永遠に止めてしまった。
カメラは躊躇するようにしばらく、タイガーウインドの前から動かなかった。次のエリアに向かう踏ん切りがなかなかつかないでいるのだろう。
「……行こう」
短くそう言うと、カメラは移動を開始。迷路型アトラクション、タイガーフォレストの前まで到着した。「鬼虎」の棲みかであり、風祭の弟を含む多くの子供たちが犠牲となった惨劇の地へと繋がる入り口。そのアトラクション名に違わずここは、凶悪な肉食獣が潜む迷いの森だった。
「開いている?」
他のアトラクションとは異なり、タイガーフォレストの入場口の扉は施錠されておらず、簡単に中へと入ることが出来た。警察が頻繁に捜査に入っていた影響だろうか? 入り口の前で30秒ほど悩みながらも、風祭はカメラを構え、意を決して迷宮の中へと飛び込んだ。
僅かに日光が入り込んでいるが、電気が通っておらず、明かりがつかないので施設の中は薄暗い。風祭は用意していたライトを点けて、光源を確保。右手を壁につきながら、ゆっくりと迷路の中を進んでいく。
一部週刊誌の報道に出ていた情報を頼りに、迷路の脇にあるスタッフ用の通路からバックヤードへと入り、そのまま突き当りにある、備品倉庫へと到達。その先に園長しか知らなかった隠し扉があり、そこから地下空間へと降りられるはずなのだが。
「流石に、ここは立ち入り禁止か」
カメラに映る地下へと続く扉は、しっかりと施錠されており、中に入ることはできなかった。立ち入り禁止の黄色い規制線も扉の前に張られているので、遺体発見現場を荒らされないよう、この扉は警察関係者がしっかりと施錠していったようだ。
カメラのマイクが風祭のため息を拾う。「鬼虎」の棲みかを目にしておきたかった気持ちと、弟の遺体が発見された現場など見たくないという気持ちが、複雑に絡み合っているのだろう。
元来た道を引き返そうと、カメラが振り返ると。
「……何の音だ?」
突然、迷路の方からガタンと、何かが倒れたような音が聞こえた。他に誰もいるはずがないのに。
「まさか、奴がいるのか?」
カメラは恐る恐る、迷路の方へと戻っていく。「鬼虎」がここにいるのなら、その姿を絶対にカメラに収めなければいけない。その使命感が風祭を突き動かしている。
迷路へと戻り、映像は浅いクッションの川の上にかかった橋を映している。あれから物音は聞こえていないが、油断はできない。居場所を悟られないようにライトも消している。
ゆっくりと迷路を進み、T字に分かれた道に差し掛かった瞬間、突然風祭が足を止めた。カメラのマイクが静寂の中に、一定のリズムで動く、ずっしりとした足音のような音を拾っている。足音はT字の右方向から近づいてくる。風祭が意を決し、足音が近づいてくる方向にカメラを向けると。
「あいつは……」
まだ距離はあるがカメラは、こちら側へと近づいてくる、二足歩行で歩くデフォルメされた二頭身の虎、キトラくんの着ぐるみの姿を捉えていた。閉園した遊園地で、キャストが着ぐるみを着てファンサービスをしているはずもない。だとすればその正体は。
「マズイ! 気づかれた」
カメラ越しに、キトラ君の着ぐるみと目が合ってしまった。それまでゆっくりと、ずっしりと歩いていたキトラくんの足が、途端に早くなった。風祭はカメラを持ったまま慌てて身をひるがえし、走ってその場から逃げ出した。無我夢中で逃げたことで、カメラの映像はしばらくの間乱れ、あらぬ方向を向き続けていた。
「くそっ! 行き止まりか!」
薄暗い迷路の中を、方角も分からぬまま逃げ続けた結果、風祭は熊のますことっキャラクターが通せんぼする行き止まりに突き当たってしまった。ここまではほぼ一本道だった。キトラくんが途中で見失っていない限り、確実に追いつかれてしまう。
ボスっと、背後から足音が聞こえた。走って乱れた呼吸を、深呼吸で落ち着かせようとする風祭の息遣いが聞こえている。
「私の名前は風祭竜也。私はこれから、弟たちの命を奪った怪物の姿をこのカメラに収めてみせる」
後で身元不明の遺体で発見されても、この映像が無事ならそれでいい。風祭はカメラを自身に向けて、名前と目的を告げた。
「刺し違えてでも、その顔を見せてもらうぞ!」
気合いを入れるように、風祭が自分で頬を張る音が響いた直後、カメラは勢いよく後方へと振り返った。
「風祭竜也です。私は現在、旧虎倉井ブリーズワールドの前へと来ています」
セルフでリポートをしながら、カメラは旧虎倉井ブリーズワールドの、錆びた正面ゲートの姿を映していた。事件発覚からすでに二カ月が経過しており、遺体は全て運び出され、鑑識作業も完了。警察はすでに完全撤収しているため、規制線や警備の警察官の姿などはすでにない。
「これから、虎倉井ブリーズワールドの中へ入っていこうと思います。これが不法侵入であることは重々承知しております。無事に戻れたならその時は素直に罰を受ける所存です……無事に戻ることが出来ればの話ですが」
死をも覚悟しているその声は、緊張感で微かに震えている。大きく息を吐き出すと、カメラは錆びた入場ゲートを潜った。
カメラは入場してすぐの、エントランス広場を映している。風祭の足が止まり、カメラの映像が一点に集中する。エントランス広場に佇む、キトラ君の記念撮影パネルだ。金属製のパネルで経年劣化によってボロボロになっており、キトラくんの姿も全身が錆びつき、グロテスクな姿になってしまっている。時の流れを感じると同時にその正体について、現代になって本質を現しているかのようでもある。
カメラを回したまま、風祭は営業当時一番人気のアトラクションだった、タイガーホールの前を訪れた。アトラクションの入場口は施錠されており、安全のためにすでに。車両やレールも撤去されているようだ。錆びた看板と、乗り場までの通路以外に、当時の面影は残されていない。
カメラは次に、園内中央の噴水広場へと向かった。当然ながら噴水の水は止められており、枯れたオアシスになっている。木製のベンチは撤去されずにそのまま残されているが、経年劣化で割れたり、完全に崩れてしまったベンチも少なくない。時の流れによって、ここはもう憩いの場として足りえなくなっている。否、マスコットキャラクターに擬態した怪物が出没していた以上、当時から憩いの場ではなかったのかもしれない。
カメラはしばらく園内の様子を映し続ける。人気がなく、錆びた建物だらけになったこの園内は、さながら荒廃した終末世界のようでもある。
園内に点在していた軽食を販売しているワゴンは全て撤去されており、もはやどこに存在していたのかも分からない。
様々なグッズを販売していたタイガーマーケットは入り口のシャッターが閉められ、内部の様子は不明だ。大勢がレジに列を作っていた面影は微塵も残されてはいない。
レストラン、タイガーキッチンもシャッターが閉め切られており、もう料理の匂いが香ってくることも、料理の味に舌鼓を打つ人々の笑顔を見ることも出来ない。
かつてショーを行っていたタイガーステージは元々のつくり的に経年劣化などの影響は少ないが、二度と演者が経つことがないという事実が哀愁を漂わせ、ある意味では一番寂れた印象を受ける。
少し移動し、カメラは巨大な建造物を見上げる。森の風車をイメージした観覧車、タイガーウインドだ。安全のために、ゴンドラはすでに撤去されており、外観はより風車感が増している。閉園と同時にお客様という名の風を失った風車は、その回転を永遠に止めてしまった。
カメラは躊躇するようにしばらく、タイガーウインドの前から動かなかった。次のエリアに向かう踏ん切りがなかなかつかないでいるのだろう。
「……行こう」
短くそう言うと、カメラは移動を開始。迷路型アトラクション、タイガーフォレストの前まで到着した。「鬼虎」の棲みかであり、風祭の弟を含む多くの子供たちが犠牲となった惨劇の地へと繋がる入り口。そのアトラクション名に違わずここは、凶悪な肉食獣が潜む迷いの森だった。
「開いている?」
他のアトラクションとは異なり、タイガーフォレストの入場口の扉は施錠されておらず、簡単に中へと入ることが出来た。警察が頻繁に捜査に入っていた影響だろうか? 入り口の前で30秒ほど悩みながらも、風祭はカメラを構え、意を決して迷宮の中へと飛び込んだ。
僅かに日光が入り込んでいるが、電気が通っておらず、明かりがつかないので施設の中は薄暗い。風祭は用意していたライトを点けて、光源を確保。右手を壁につきながら、ゆっくりと迷路の中を進んでいく。
一部週刊誌の報道に出ていた情報を頼りに、迷路の脇にあるスタッフ用の通路からバックヤードへと入り、そのまま突き当りにある、備品倉庫へと到達。その先に園長しか知らなかった隠し扉があり、そこから地下空間へと降りられるはずなのだが。
「流石に、ここは立ち入り禁止か」
カメラに映る地下へと続く扉は、しっかりと施錠されており、中に入ることはできなかった。立ち入り禁止の黄色い規制線も扉の前に張られているので、遺体発見現場を荒らされないよう、この扉は警察関係者がしっかりと施錠していったようだ。
カメラのマイクが風祭のため息を拾う。「鬼虎」の棲みかを目にしておきたかった気持ちと、弟の遺体が発見された現場など見たくないという気持ちが、複雑に絡み合っているのだろう。
元来た道を引き返そうと、カメラが振り返ると。
「……何の音だ?」
突然、迷路の方からガタンと、何かが倒れたような音が聞こえた。他に誰もいるはずがないのに。
「まさか、奴がいるのか?」
カメラは恐る恐る、迷路の方へと戻っていく。「鬼虎」がここにいるのなら、その姿を絶対にカメラに収めなければいけない。その使命感が風祭を突き動かしている。
迷路へと戻り、映像は浅いクッションの川の上にかかった橋を映している。あれから物音は聞こえていないが、油断はできない。居場所を悟られないようにライトも消している。
ゆっくりと迷路を進み、T字に分かれた道に差し掛かった瞬間、突然風祭が足を止めた。カメラのマイクが静寂の中に、一定のリズムで動く、ずっしりとした足音のような音を拾っている。足音はT字の右方向から近づいてくる。風祭が意を決し、足音が近づいてくる方向にカメラを向けると。
「あいつは……」
まだ距離はあるがカメラは、こちら側へと近づいてくる、二足歩行で歩くデフォルメされた二頭身の虎、キトラくんの着ぐるみの姿を捉えていた。閉園した遊園地で、キャストが着ぐるみを着てファンサービスをしているはずもない。だとすればその正体は。
「マズイ! 気づかれた」
カメラ越しに、キトラ君の着ぐるみと目が合ってしまった。それまでゆっくりと、ずっしりと歩いていたキトラくんの足が、途端に早くなった。風祭はカメラを持ったまま慌てて身をひるがえし、走ってその場から逃げ出した。無我夢中で逃げたことで、カメラの映像はしばらくの間乱れ、あらぬ方向を向き続けていた。
「くそっ! 行き止まりか!」
薄暗い迷路の中を、方角も分からぬまま逃げ続けた結果、風祭は熊のますことっキャラクターが通せんぼする行き止まりに突き当たってしまった。ここまではほぼ一本道だった。キトラくんが途中で見失っていない限り、確実に追いつかれてしまう。
ボスっと、背後から足音が聞こえた。走って乱れた呼吸を、深呼吸で落ち着かせようとする風祭の息遣いが聞こえている。
「私の名前は風祭竜也。私はこれから、弟たちの命を奪った怪物の姿をこのカメラに収めてみせる」
後で身元不明の遺体で発見されても、この映像が無事ならそれでいい。風祭はカメラを自身に向けて、名前と目的を告げた。
「刺し違えてでも、その顔を見せてもらうぞ!」
気合いを入れるように、風祭が自分で頬を張る音が響いた直後、カメラは勢いよく後方へと振り返った。



