虎倉井ブリーズワールドの思い出を募集しています

 私は虎倉井ブリーズワールドの建設当時、現場に入っていた元作業員です。昔のことは、正直あまり思い出したくはない。恐ろしくて恐ろしくて、今でも時々夢に見る。老い先短い身ですし、あの現場での話は墓場まで持っていくつもりでした。

 ですが、あの遊園地を巡る連日の報道を目にし、心境に変化が生まれました。末端とはいえ、遊園地建設に関わった人間の一人として、このまま沈黙を続けることはあまりにも無責任ではないかと。ずっと心に抱えていた重い荷物を下ろしたいという思いもある。

 建設当時、現場では事故が相次ぎ、作業員に死者が出ることもありました。労働基準監督署から三度の改善勧告が出され、当時の新聞記事などでも取り上げられています。

 事故の多くは高所からの転落や、落下してきた資材に巻き込まれるといったもので、時にはパニックを起こした作業員が資材搬入のトラックの前に飛び出し、ひかれてしまったという惨事が起きたこともありました。会社側は作業員の事故について、個人の不注意によるところが大きいとの声明を出しましたが、実態は異なります。ただ、会社側を擁護する気など毛頭ありませんが、実際に起きた出来事をそのまま発表できなかった気持ちは、分からないでもありません。あの頃、現場で起きていた異常は、あまりにも現実離れしていましたから。

 結論から申し上げますと、被害に遭った作業員は謎の怪物の襲撃を受け、その結果死傷したのです。高所作業中に目の前に現れた怪物に襲われて転落死。怪物が高所から資材を落下させ、それに巻き込まれて圧死。怪物に襲われてパニックを起こし、トラックの前に飛び出してしまい、跳ねられて即死。個々人の不注意ではなく、実際には現場ではそういうことが起きていたのです。

 私は一度、遠目に姿を見ただけですが、怪物はまるで、実体を持った影のように真っ黒で、二足歩行で人間に似た形をしていましたが、頭部が異様に大きかった。他の作業員たちの目撃情報も合わせると、目が怪しく赤く光っていて、口が異様に大きく、鋭利な牙がたくさん生えている。体毛がないのか、卵型の頭部はツルっとしていたそうです。背丈は160センチ前後とする証言が多かった。

 怪物の正体は不明ですが、こうして並べた特徴だけでも、既存の生物の特徴に当てはまらないことは明白かと思います。
 個々人の不注意による作業中の事故とされたものの多くには、この怪物が関わっています。また同時期、作業員の中には多数の行方不明者が出ていますが、そのほとんどは怪物の存在に怯え、作業現場から逃走したというのが真相です。ただ中には、逃走の兆候が無かったにも関わらず、突然姿を消してしまった作業員もいましたし、もしかしたら怪物に襲撃され、山の中に引きずり込まれてしまった者もいたのかもしれません。

 工期が大幅に遅れることを恐れ、会社側は未知の怪物が出現し、現場を荒らしているという事実を隠し、現場の作業員にも緘口令(かんこうれい)を敷き、工事を続行させました。口止め料の一環として報酬は上がりましたが、我々現場の人間からすれば、いつ怪物に襲われるかもわからない状況下で工事を続けるなんてたまったものじゃない。現場はもう爆発寸前でしたが、転機はある日突然訪れました。

 当時の開発プロジェクトの責任者が現場へやってきて、こう告げたんです。

「先方と話はついた。もう作業員が襲われることはない。工期の遅れを取り戻すために、より一層の奮起を期待したい」

 現場の誰もが半信半疑でしたよ。「先方と話はついた」なんて、人間相手の交渉じゃないんだから。

 だけど不思議なことに、その日から本当に怪物の襲撃は起こらなくなりました。「先方と話はついた」というのは便宜上そう表現しただけで、実際にはハンターでも雇って怪物を処理したのかもしれない。最初はそう考えていました。

 だけど、工事を続けている中で気づいてしまいました。森の中から常にこちらに視線が向けられていることに。私の気のせいではありません。遠目に赤く光る双眸を目撃した作業員も何人もいます。怪物は駆除なんてされていない。襲ってこないだけで、変わらず近くにはいたのです。

 その時、思いました。先方と話はついたというのは、比喩でもなんでもなく、事実なんだなと。怪物とどうやって交渉したのか。どんな交渉内容だったのかは分かりませんが。交渉は成功したのでしょう。

 危害を加えてくることはなくなったとはいえ、怪物が近くにいるという状況はあまりにも恐ろしい。いつ気が変わるかなんて分かりませんから。我々は工事完了を急ぎました。工期のためじゃない。一日でも早く工事を終わらせて、現場を離れたかったからです。そういった作業員の意識もあり、一時期の混乱が嘘のように、現場は工期の遅れを取り戻し、虎倉井ブリーズワールドは当初の計画通りに完成を迎えました。

 達成感なんて何もなかった。早く現場を離れたかった。私はそのまま当時の建設会社を辞め、他県の別の建設会社へと転職しました。それ以来、あの現場での恐怖の記憶は封印し、今日まで生きてまいりました。

 建設開始当初、地元住民の激しい反対運動が起きましたが、彼らは山を切り開き、開発することを恐れていました。「祟り」や「罰当たり」を口にする住民もいたましたが、その通りだったのかもしれません。開発をきっかけに、何か良くないものが目覚めてしまった。

 あれから、あの怪物は一体どうなったのでしょうか?

 あまりにも現実離れしたお話です。年寄りの戯言と聞こえるかもしれませんが、全ては真実です。私は恐ろしい記憶と向き合い、必死に筆を走らせました。どうかそのことはだけご理解ください。