提供者:ドラゴンさん。
撮影時期:1998年10月25日。
撮影者との関係:父が撮影。
映像に関するエピソード
この映像に私は映っていません。私は部活動の合宿で不在でしたが、この日は弟の五歳の誕生日で、お祝いに両親が弟を虎倉井ブリーズワールドへ連れて行った際に撮影されたホームビデオです。家族は別の日にしてお兄ちゃんも一緒に行こうと言ってくれていましたが、私の方が遠慮して、三人で楽しんできてと送り出しました。弟にとっては初めての虎倉井ブリーズワールドでしたから、誕生日の良い思い出になればと思ったのです。まさかそれが、あんなことになるだなんて。
もしも私が一緒に居たのなら、弟が迷子になることはなかったかもしれない。別の日だったなら、そもそも事件は起こらなかったかもしれない。弟の最後の姿であるこの映像を見る度に、二十八年が経った今でも、慚愧の念は絶えません。
【ビデオ映像本編】
「着いたよヒロくん。ここが虎倉井ブリーズワールドです!」
「すごーい! キトラくんだ!」
「これは絵だけど、中には本物のキトラくんもいるよ。後で一緒に写真を撮ってもらおうね」
映像は虎倉井ブリーズワールドに入場してすぐの、エントランス広場から始まっている。父親が撮影しているのだろう。パーカーにデニムを合わせた母親と手を繋いだ小さな男の子が、キトラくんのパネルをまじまじと見上げている。ヒロくんと呼ばれた男の子は、アニメのキャラクターがプリントされたグレーのスウェットと、黒いズボンを着用していた。
「お母さん、あれに乗りたい!」
ヒロくんの目に真っ先に飛び込んできたアトラクションは、園内で最も主張の激しいタイガーホールだ。目を輝かせて遥か頭上を指さしているが、カメラは父親は「ははっ」と苦笑する父親の声を拾っていた。
「ごめんね。ヒロくんはまだ小さいから、あれには乗れないんだ。これぐらい大きくならないと危ないからね」
母親がアトラクション前にある身長を測るボードの前にヒロくんを立たせる。五歳のヒロくんでは残念ながら、身長制限である130センチにはまだまだ届かない。
「いつになったら乗れるの?」
「そうだな。あと四年ぐらいしたら乗れるかな」
成長には個人差があるが、130センチというのは男の子だとだいたい、九歳の平均身長付近だ。優しくヒロくんの頭を撫でる母親は、きっと九歳になったヒロくんの姿を想像していたに違いない。その未来を疑いもしなかったに違いない。
「ヒロくん見て。キトラくんだよ」
「本当だ。おーい、キトラくん」
場面は変わり、カメラは中央広場でキトラくんの着ぐるみに対して手を振るヒロくんの小さな背中を捉えている。中央広場でファンサービスを行っていたキトラくんがヒロくんの呼びかけに答え、トレードマークのマントをなびかせて颯爽と登場すると、姿勢を低くしてヒロくんとハイタッチをした。キトラくんはとてもサービス精神旺盛だ。
「このこと一緒に写真を撮ってもらってもいいですか?」
母親に呼びかけにコクコクと頷くと、キトラくんはヒロくんの肩を抱き寄せた。そんな二人を母親が「ハイチーズ」とカメラで撮影する姿を、父親のビデオカメラが撮影していた。
「ばいばいキトラくん。また会おうね」
記念撮影を終え、別のお客さんの元へと向かうキトラくんを、ヒロくんは両手を振って見送っていた。
「ここならヒロくんでも楽しめるよ」
家族は迷路型アトラクション、タイガーフォレストを訪れた。身長制限などはないので、五歳のヒロくんでも利用可能だ。
大人の目線だとどうしても作り物っぽさを感じてしまうが、小さな男の子にとってはそこはまさしく森の迷宮。時に興味津々、時に不安げにキョロキョロするヒロくんの姿を、手を繋ぐ母親が微笑ましく見守っている。
「やっぱり竜也も連れてきてあげたら良かったわね。あの子、ジェットコースターとか好きだし」
「大会が終わればあいつも時間に余裕が出来るだろうし、近いうちに今度は四人で遊びに来るか」
母親がカメラの方に視線を向けると、父親が穏やかにそう返した。次の瞬間。
「あっ、キトラくんだ!」
「ちょっと、ヒロくん」
ヒロくんが突然母親の手を振りほどき、迷路の奥へと走っていくと、T字に分かれた道を右側に曲がった。迷子になってはいけないと、慌てて母親が追いかけるが。
「ヒロくん。どこに行ったの?」
何か様子がおかしい。カメラを持った父親も慌てて追いかけ、カメラが激しく揺れる。T字路を曲がると、母親が呆然と立ち尽くしていた。
「あなた、ヒロくんがいないの」
「大丈夫。子供の足でそう遠くまではいけないし、迷路の中にはいるさ」
妻の肩に優しく触れる父親の声色は、まだどこか楽観的だった。
ヒロくんを探すのに専念するためだろう。ビデオカメラの映像はそこで終わっている。ヒロくんが見つかれば撮影を再開する予定だったのかもしれないが、撮影が再開されることは終ぞなかった。
以上がドラゴンさんから提供された、虎倉井ブリーズワールドの映像記録である。
撮影時期:1998年10月25日。
撮影者との関係:父が撮影。
映像に関するエピソード
この映像に私は映っていません。私は部活動の合宿で不在でしたが、この日は弟の五歳の誕生日で、お祝いに両親が弟を虎倉井ブリーズワールドへ連れて行った際に撮影されたホームビデオです。家族は別の日にしてお兄ちゃんも一緒に行こうと言ってくれていましたが、私の方が遠慮して、三人で楽しんできてと送り出しました。弟にとっては初めての虎倉井ブリーズワールドでしたから、誕生日の良い思い出になればと思ったのです。まさかそれが、あんなことになるだなんて。
もしも私が一緒に居たのなら、弟が迷子になることはなかったかもしれない。別の日だったなら、そもそも事件は起こらなかったかもしれない。弟の最後の姿であるこの映像を見る度に、二十八年が経った今でも、慚愧の念は絶えません。
【ビデオ映像本編】
「着いたよヒロくん。ここが虎倉井ブリーズワールドです!」
「すごーい! キトラくんだ!」
「これは絵だけど、中には本物のキトラくんもいるよ。後で一緒に写真を撮ってもらおうね」
映像は虎倉井ブリーズワールドに入場してすぐの、エントランス広場から始まっている。父親が撮影しているのだろう。パーカーにデニムを合わせた母親と手を繋いだ小さな男の子が、キトラくんのパネルをまじまじと見上げている。ヒロくんと呼ばれた男の子は、アニメのキャラクターがプリントされたグレーのスウェットと、黒いズボンを着用していた。
「お母さん、あれに乗りたい!」
ヒロくんの目に真っ先に飛び込んできたアトラクションは、園内で最も主張の激しいタイガーホールだ。目を輝かせて遥か頭上を指さしているが、カメラは父親は「ははっ」と苦笑する父親の声を拾っていた。
「ごめんね。ヒロくんはまだ小さいから、あれには乗れないんだ。これぐらい大きくならないと危ないからね」
母親がアトラクション前にある身長を測るボードの前にヒロくんを立たせる。五歳のヒロくんでは残念ながら、身長制限である130センチにはまだまだ届かない。
「いつになったら乗れるの?」
「そうだな。あと四年ぐらいしたら乗れるかな」
成長には個人差があるが、130センチというのは男の子だとだいたい、九歳の平均身長付近だ。優しくヒロくんの頭を撫でる母親は、きっと九歳になったヒロくんの姿を想像していたに違いない。その未来を疑いもしなかったに違いない。
「ヒロくん見て。キトラくんだよ」
「本当だ。おーい、キトラくん」
場面は変わり、カメラは中央広場でキトラくんの着ぐるみに対して手を振るヒロくんの小さな背中を捉えている。中央広場でファンサービスを行っていたキトラくんがヒロくんの呼びかけに答え、トレードマークのマントをなびかせて颯爽と登場すると、姿勢を低くしてヒロくんとハイタッチをした。キトラくんはとてもサービス精神旺盛だ。
「このこと一緒に写真を撮ってもらってもいいですか?」
母親に呼びかけにコクコクと頷くと、キトラくんはヒロくんの肩を抱き寄せた。そんな二人を母親が「ハイチーズ」とカメラで撮影する姿を、父親のビデオカメラが撮影していた。
「ばいばいキトラくん。また会おうね」
記念撮影を終え、別のお客さんの元へと向かうキトラくんを、ヒロくんは両手を振って見送っていた。
「ここならヒロくんでも楽しめるよ」
家族は迷路型アトラクション、タイガーフォレストを訪れた。身長制限などはないので、五歳のヒロくんでも利用可能だ。
大人の目線だとどうしても作り物っぽさを感じてしまうが、小さな男の子にとってはそこはまさしく森の迷宮。時に興味津々、時に不安げにキョロキョロするヒロくんの姿を、手を繋ぐ母親が微笑ましく見守っている。
「やっぱり竜也も連れてきてあげたら良かったわね。あの子、ジェットコースターとか好きだし」
「大会が終わればあいつも時間に余裕が出来るだろうし、近いうちに今度は四人で遊びに来るか」
母親がカメラの方に視線を向けると、父親が穏やかにそう返した。次の瞬間。
「あっ、キトラくんだ!」
「ちょっと、ヒロくん」
ヒロくんが突然母親の手を振りほどき、迷路の奥へと走っていくと、T字に分かれた道を右側に曲がった。迷子になってはいけないと、慌てて母親が追いかけるが。
「ヒロくん。どこに行ったの?」
何か様子がおかしい。カメラを持った父親も慌てて追いかけ、カメラが激しく揺れる。T字路を曲がると、母親が呆然と立ち尽くしていた。
「あなた、ヒロくんがいないの」
「大丈夫。子供の足でそう遠くまではいけないし、迷路の中にはいるさ」
妻の肩に優しく触れる父親の声色は、まだどこか楽観的だった。
ヒロくんを探すのに専念するためだろう。ビデオカメラの映像はそこで終わっている。ヒロくんが見つかれば撮影を再開する予定だったのかもしれないが、撮影が再開されることは終ぞなかった。
以上がドラゴンさんから提供された、虎倉井ブリーズワールドの映像記録である。



