投稿者:(名前は空欄になっている)
虎倉井ブリーズワールドには子供と一緒に何度も遊びに行きましたし、決して楽しい思い出がないわけではありません。ですがあんなことがあった以上、もう虎倉井ブリーズワールドの思い出で笑顔になることは難しいです。
忘れもしない1997年4月20日。虎倉井ブリーズワールドで、親友の娘が行方不明になりました。当時まだ6歳でした。警察にも相談し、園内はもちろん、周辺の森までくまなく捜索しましたが、発見には至らず。29年が経った今でも、親友の娘は帰ってきてはいません。
シングルマザーだった親友にとって、一人娘は世界の全てでした。どうしてあの時ほんの一瞬、目を離してしまったのだろうと、ずっと自分を責め続けていました。その事件以来、私や私の家族は一度も虎倉井ブリーズワールドには行っていません。すっかり憔悴しきっていた親友がいたたまれなかったことはもちろんですが、もしかしたらいつか、自分の子供も虎倉井ブリーズワールドで行方不明になってしまうのではないかという、漠然とした不安を感じたことを、今でもはっきりと覚えています。
その後も親友との交流は続き、彼女を支え続けてきましたが、事件から5年後、虎倉井ブリーズワールドが閉園した1年後に、親友は病気で亡くなりました。まだ若かったですし、娘も失ったことによる心労も、大きく影響していたと思います。
こんなことがあったものですから、私にとって虎倉井ブリーズワールドというのは、とても複雑な感情を覚える場所なのです。もちろん施設側も必死に探してくれたことは理解していますが、あの事件さえなければ、親友と娘さんは今でも、親子仲良く暮らしていたかもしれない。そんなもしもを想像せずにはいられないのです。
長々とすみません。この「虎倉井ブリーズワールドメモリープロジェクト」は楽しい思い出を募集するためのもの。私の投稿が不適切であることは重々承知していますが、それでもこの思いを語らずにはいられませんでした。この投稿は削除していただいても構いません。
投稿者:匿名希望さん
虎倉井ブリーズワールドの記憶を残そうとする活動を否定するつもりはない。あの遊園地がたくさんの子供たちを笑顔にしてきたことは事実だ。しかし記憶を残すというのなら、楽しい思い出ばかりに目を向けるというのは不誠実だろう。
虎倉井ブリーズワールドには恐ろしい噂があった。いや、あれは単なる噂ではなく、純然たる事実である。利用客の誰もが感じていたはずだ。虎倉井ブリーズワールドではやけに迷子の数が多くはないかと。もちろん、たまたま家族と逸れてしまっただけで、その後スタッフや他のお客さんに無事に発見され、家族の元へ帰されたケースがほとんどであるが、当時発見には至らず、今も行方不明のままになっている子供たちが少なからず存在する。
虎倉井ブリーズワールド側に悪意があったなどとは流石に考えていないが、迷子の発生件数および、それが行方不明に発展したケースが、遊園地の規模間に対してあまりにも多すぎるように思えてならない。何か園内に構造上の死角、犯罪者に付け入られるような隙があった可能性は否定できないのではないだろうか?
虎倉井ブリーズワールドで楽しい時間を過ごした方々の大半にとっては、何らか関わりのない話であろう。現在開催されているプロジェクトに対して、このような意見が異端であることも心得ている。だが、虎倉井ブリーズワールドが、多数の幼い子供が行方不明になってしまった、悲劇の舞台でもあるということを忘れてはならない。
皆さんは知っているだろうか? 虎倉井ブリーズワールドが一部からは、子供の行方不明が多いことを揶揄して、「人食い遊園地」と呼ばれていたことを。
虎倉井ブリーズワールドには子供と一緒に何度も遊びに行きましたし、決して楽しい思い出がないわけではありません。ですがあんなことがあった以上、もう虎倉井ブリーズワールドの思い出で笑顔になることは難しいです。
忘れもしない1997年4月20日。虎倉井ブリーズワールドで、親友の娘が行方不明になりました。当時まだ6歳でした。警察にも相談し、園内はもちろん、周辺の森までくまなく捜索しましたが、発見には至らず。29年が経った今でも、親友の娘は帰ってきてはいません。
シングルマザーだった親友にとって、一人娘は世界の全てでした。どうしてあの時ほんの一瞬、目を離してしまったのだろうと、ずっと自分を責め続けていました。その事件以来、私や私の家族は一度も虎倉井ブリーズワールドには行っていません。すっかり憔悴しきっていた親友がいたたまれなかったことはもちろんですが、もしかしたらいつか、自分の子供も虎倉井ブリーズワールドで行方不明になってしまうのではないかという、漠然とした不安を感じたことを、今でもはっきりと覚えています。
その後も親友との交流は続き、彼女を支え続けてきましたが、事件から5年後、虎倉井ブリーズワールドが閉園した1年後に、親友は病気で亡くなりました。まだ若かったですし、娘も失ったことによる心労も、大きく影響していたと思います。
こんなことがあったものですから、私にとって虎倉井ブリーズワールドというのは、とても複雑な感情を覚える場所なのです。もちろん施設側も必死に探してくれたことは理解していますが、あの事件さえなければ、親友と娘さんは今でも、親子仲良く暮らしていたかもしれない。そんなもしもを想像せずにはいられないのです。
長々とすみません。この「虎倉井ブリーズワールドメモリープロジェクト」は楽しい思い出を募集するためのもの。私の投稿が不適切であることは重々承知していますが、それでもこの思いを語らずにはいられませんでした。この投稿は削除していただいても構いません。
投稿者:匿名希望さん
虎倉井ブリーズワールドの記憶を残そうとする活動を否定するつもりはない。あの遊園地がたくさんの子供たちを笑顔にしてきたことは事実だ。しかし記憶を残すというのなら、楽しい思い出ばかりに目を向けるというのは不誠実だろう。
虎倉井ブリーズワールドには恐ろしい噂があった。いや、あれは単なる噂ではなく、純然たる事実である。利用客の誰もが感じていたはずだ。虎倉井ブリーズワールドではやけに迷子の数が多くはないかと。もちろん、たまたま家族と逸れてしまっただけで、その後スタッフや他のお客さんに無事に発見され、家族の元へ帰されたケースがほとんどであるが、当時発見には至らず、今も行方不明のままになっている子供たちが少なからず存在する。
虎倉井ブリーズワールド側に悪意があったなどとは流石に考えていないが、迷子の発生件数および、それが行方不明に発展したケースが、遊園地の規模間に対してあまりにも多すぎるように思えてならない。何か園内に構造上の死角、犯罪者に付け入られるような隙があった可能性は否定できないのではないだろうか?
虎倉井ブリーズワールドで楽しい時間を過ごした方々の大半にとっては、何らか関わりのない話であろう。現在開催されているプロジェクトに対して、このような意見が異端であることも心得ている。だが、虎倉井ブリーズワールドが、多数の幼い子供が行方不明になってしまった、悲劇の舞台でもあるということを忘れてはならない。
皆さんは知っているだろうか? 虎倉井ブリーズワールドが一部からは、子供の行方不明が多いことを揶揄して、「人食い遊園地」と呼ばれていたことを。



