一匹狼と妖精さん

 「水澄、気をつけてな」
俺より一足先に玄関を出る水澄を見送る。
朝食を終えた食器を片付けて、洗濯物を干し終えると、俺もずっしり重い鞄を手に仕事に向かう。
 高校を卒業した俺は、専門学校で自動車整備を学び、卒業後は父親の店で働きながら整備士2級の資格を取った。
高校時代は、卒業後すぐに就職を考えていたが、父親の勧めもあって進学を選んだことは正解だったと思える。
資格取得にも最短ルートだったし、専門学校で学びながら父親の店で実際の整備士の仕事を間近で見ることもできたことは大きな糧となっていた。
 整備士として働き始めて数年、まだまだ一人前と言えるには遠く、学ぶことも多いが毎日充実している。
自分の働きが店の客にとっても、店ひいては家族にとっても…そして大切な人にとっても役に立っているのだと思えるのだから。
そんな俺に対して父親も、丁寧に向き合って仕事を教えてくれる。
働く以上は苦労もあるが、それすらもまた糧と思えるのだ。
何より、疲れて帰った家には大切な人の顔が見られる幸せがある。
 水澄の勤務先が、かつて俺の弟のいおりが通っていた幼稚園に決まったことをきっかけに、賃貸マンションでルームシェアという形で同居を始めた。
同居の話を二人で家族に話した時のことは今でも覚えている。
両親は心配よりも先に応援してくれた。
多分、俺たちの関係に薄々気付いていたのだろう。
それもそのはず、俺自身に特段浮いた話もなく、出掛けるのも遊びに来るのも、出てくる名前はほとんど水澄だったのだから。
いおりに至っては、『ここまでくるのに時間かかりすぎ』ときた。
 家事も何もかも初めての俺たちだけれど、二人で協力すればなんとかやっていける。
できるだけお互いに負担とならないように分担やルールを決めて…と考えていたが、二人の性格的にどちらも自分ができることは動きたいと考えている分、今のところ負担と感じる事は無い。
二人の生活なのだから、二人で支え合えば良い。
苦労といえば、お互いに料理の経験があまり無いことくらい。
朝食はそれぞれにパンとコーヒーを用意するし、昼もそれぞれに簡単な弁当を自分で詰める。
ただ夕飯ともなると食卓にスーパーの惣菜が並んだり、カレーが数日続いたり…それすらも可笑しくて楽しいと思えるのだから、きっと理想的な同居生活を送れているのだと、俺自身は思っている。
 そして今日も汗と油にまみれながら、『ありがとう』と『お疲れ様』に力をもらって働くのだ。

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 「嵐さん、お帰りなさい」
夕食の準備が整った頃、嵐さんが帰宅した。
着替えと手洗いを済ませた嵐さんが僕の向かいに座る。
そしてお互いに顔を見合わせて微笑み合うと、二人で手を合わせた。
「いただきます」
 高校を卒業した僕は、短大で幼児教育を学び、卒業後は保育士として働いている。
数年後、僕の勤務先がかつて嵐さんの弟のいおり君が通っていた幼稚園に異動となったことをきっかけに、二人での同居生活を始めた。
僕が就職した頃から、二人で暮らしたいという話は何度もしていたので、それが現実となった今は二人で協力しながら暮らしていけている。
出勤時間や帰宅時間の違い、土日祝日が休みの僕に対して嵐さんは水曜と日曜が休みだったりと、多少のすれ違いこそあれ、それをうまく利用して家事をこなせていると思う。
 夕食を終えると、嵐さんが洗い物をしてくれている間に僕は取り込んでおいた洗濯物を片付けた。
それが終わると、お風呂ジャンケンが始まる。
勝った方が先に入れるが、湯を張る前にお風呂掃除をしなければならないので、どちらが良いとも言えないのだ。
本当は入浴後すぐに浴槽を掃除する方が良いのだろうけど、残り湯を翌朝の洗濯に使う上に朝はバタバタするので、どうしてもこのタイミングになってしまうのだ。
 そしてようやく二人の慌ただしい一日が終わる。
並んで布団に入ると、温かくて一番幸せな時間となる。
嵐さんの胸に潜り込むと、優しく背中を撫でてくれる。
そのまま寝落ちる嵐さんの腕の重みが心地好い。
 この幸せにたどり着くまでには、決して平坦な道のりではなかった。
僕たちの同居について二人で家族に伝えた時の事は今でも忘れない。
案の定、両親は反対した。
通勤の利便性や経験としての一人暮らし、彼女と同居したいと言い出すのならまだしも、男同士で付き合っていてしかも同居ということに理解を得られなかった。
この関係性に未来はない、結婚もできなければ子供だって望めない。
多様性の時代とはいえ、まだまだ世間の目も冷ややかなのが現実。
それが両親の言い分だった。
そしてこれが今の世の中の現実なのだということを痛感させられた。
そんな中、姉は僕たちの味方をしてくれた。
「二人ともさ、水澄が中学の時…一番辛い思いをしてるとき、見て見ぬふりしてたよね?あの時は私も荒れてたし、何もしてあげられなかったのも事実だけど。
せめてあの時、水澄の話くらいは聞いてあげていればって…だからこそ私、今回は水澄の味方をしたい。
高校入って彼と知り合って、どれほど水澄が水澄らしさを取り戻せたか…
それも知らずに一方的に自分たちの常識ばっかり振りかざして、水澄の意思で決めたことに反対なんてできるの?私は…水澄が決めた道を、今度こそちゃんと見てあげてほしいって思う」
黙り込んだ両親と、その場を漂う重い沈黙。
思わず僕も俯いてしまう。
僕の隣で嵐さんは、感情を押し殺すように膝の上で強く手を握りしめていた。
 沈黙を破ったのは、それまで黙っていた祖父だった。
「水澄も璃湖も、嵐くんも。親ってのはな、心配するもんなんだよ。でもな、心配と反対は違う。
水澄も自分の足で立って歩いている。その隣には嵐くんがいて、二人で支え合って生きるなら、水澄が彼のおかげで笑顔になれて、幸せだと思えるならば、それを見守ってやるのも親の努めだとは思わんか?
まぁ、たまには帰ってきて元気な顔を見せてほしいところだがな」
あの時の真剣な姉の顔も、祖父の穏やかで静かな言葉も、決して忘れることはない。
 嵐さんの温かい腕が僕の体を抱き寄せる。
僕は前よりも厚くなった嵐さんの胸に顔を埋めて目を閉じる。
出会えて良かった。
傍にいられて、今とても幸せ。
これから先も、嵐さんとならどんな困難も乗り越えていける。
「おやすみなさい、嵐さん。…ずっと大好き……」

                         fin.