俺の願い、水澄の願い…
それが同じであれば良いのに。
冬休みの始まりは、二人で初めてクリスマスを過ごした。
それからは、アプリで連絡を取りつつお互いそれぞれに家族と年末年始を過ごした。
そして始まる三学期。
俺たち三年生は、二月の中旬頃にはほとんど登校しなくなる。
ともなれば、水澄と過ごせるのもあと僅かとなってしまっていることを自覚する。
もっと一緒に過ごしたい。
どんな時間も水澄と一緒が良い。
もっと高校生活が続けば良いのに...なんて。
言葉に出すのは簡単そうで、そう思っているのは自分だけかもしれないという不安が常に付きまとう。
水澄の気持ちを確かめてはいないのだから。
高校生活が終わるからといって、俺たちの関係が終わる訳ではない。
会えない時間が増えても、身を置く環境が変わったとしても、お互いに想い合っているなら変わらずにいられる。
…どちらかの心が離れない限りは……
誰もいない空き教室で過ごす昼休み。
温もりを分け合うように、水澄を背中から抱きすくめる。
首筋に顔を埋めればいつも、わたあめのような匂いが鼻をくすぐる。
こんなふうに過ごす昼休みもあとどれだけなのだろう。
考えるほどに、水澄を抱き締める腕に力がこもってしまう。
「…嵐さん…?」
俺の様子に気付いた水澄の声に、ハッと我に返る。
「悪い…
なんか、水澄と過ごせる時間があと少し…なんて考えたら思わず、な……」
そんな俺の手に、水澄は自分の手を重ねた。
…温かい……
この手を、いつまでも離さずにいられたら…
卒業した後も、その先もずっと、俺の隣には水澄がいてほしい。
…その願いを口に出してしまったら、一瞬にしてこの冷たい空気に溶けて消えてしまいそうな気がして、それ以上の会話が続かなかった。
三年生の三学期は、どことなく慌ただしい。
共通試験に一般入試と、受験の山場を迎える時期でもある。
一方、一足先に進路が決まった俺は、先を見据えて動き出す時でもあった。
まずは休み期間を利用して、自動車教習所に通い始めた。
整備士の職に就くともなれば必ず必要になってくる。
…そしてあわよくば…いつか水澄を助手席に乗せてドライブデート…なんて想像も、しないはずはなかった。
教習所に通い始めて数日、ふと目にしたカレンダーで大切な日を忘れていたことに気付いた。
それは水澄の誕生日。
二月二十二日なんて、非常に覚えやすい日を忘れていたとは。
慌てて誕生日のプランを考えた。
運良く今年は日曜日。
これはまたとないチャンスだ。
どこかに出掛けようか…それともうちに招待しようか……
二人きりの時間も欲しい。
プレゼントはどうしようか、できればケーキも買いに行きたい。
考え始めると止まらない。
迎えた二月二十二日。
いつものように最寄りの駅で待ち合わせる。
そこから電車に乗って県外へと向かった。
県外とはいえ電車で四駅、時間にして十分そこそこ。
そして着いた駅から少し歩いて着いたのは、アートミュージアム。
美術館のようで遊園地のようでもある、様々な体感型のアートを楽しめる施設だ。
美術部に入っている水澄ならば、きっと気に入ってくれるはず……
俺の手を掴んだまま、いつになくはしゃぐ水澄の姿が新鮮だった。
そのうちに、俺の方まで引き込まれていく。
俺達の動きに合わせて変化する空間には、お互いまるで子供のように夢中になった。
時間を忘れてし楽しみ、駅ビル内のカフェで遅めのランチを軽く済ませた。
「今日のミュージアム、前にテレビで紹介されてて、行ってみたいと思ってたんです。
…だから、一緒に行けて嬉しかったしとっても楽しかったです」
「そっか…
俺も水澄と行けて良かった。
多分、水澄と付き合ってなかったら、行こうとすら思わなかったかも」
「え…そんな、僕のために……」
そんな言葉が聞きたい訳じゃない。
「そんな顔すんなって。
水澄とだから、色んなものに興味持てて楽しみたいって思えるんだよ」
「嵐さん…」
「なぁ、この後うちに来ないか?
ケーキ買って一緒に食べたりとか…」
「良いんですか?
…じゃあ、お言葉に甘えて…」
「決まり、じゃあ行くか」
俺の部屋のローテーブル、ケーキを乗せた皿を二つ並べた。
「改めて…水澄、誕生日おめでとう」
「あ…ありがとうございます。
僕、こんなに楽しい誕生日は初めてです」
「初めてなんて大袈裟だろ?」
「そんなことないです。
今日、ホントに楽しくて…その、僕、もう長いこと誕生日なんて家族以外に祝ってもらうことなんてなくて……」
伏し目がちに視線を落とした水澄に、自分の発言を後悔するも、空気を変えるべく水澄の髪を撫でる。
「でも、これからは俺がいるだろ?」
俺の言葉に、ハッと顔を上げた水澄と目が合う。
「そう…ですね…」
「だろ?
じゃあ、早く食べよう」
「はい、いただきます」
フォークで一口運ぶ水澄の顔が、みるみる笑顔になる。
「美味しい…」
「だろ?ここの店のケーキ、俺も家族も気に入ってるんだよな」
「そのお気に入りを味わえるなんて、なんだかお気に入りを共有できてるみたいで嬉しいです」
その笑顔を見て、俺も気持ちが軽くなった。
「あと、これ…
誕生日プレゼント」
「え⁉プレゼントまで…もらって良いのですか?
僕、嵐さんの時は全然何もできてないのに……」
「そんなこと、気にすることなんてねーよ。
あの時は知らなかったってのもあるし、なにより俺がしたくてしていることなんだ。
…だから、受け取ってくれるだけで嬉しい」
「あ、ありがとうございます。
すごく嬉しいです」
恐縮しつつもプレゼントを受け取ってくれた。
「あの…開けても良いですか?」
「もちろん。…気に入るといいけど……」
丁寧に包みを開けて取り出す仕草が、なんとも水澄らしくて表情が緩む。
同時に不安も多少は過る。
何が良いかと、それなりに悩んで決めたのだから。
「わぁ…綺麗……」
宝物ものを手にするように両手の平に乗せて目を輝かせていた。
「こんなに綺麗なスマホリング…良いのですか?」
「当たり前だろ。
…ちなみに、俺のとオソロ」
そう言って俺のスマホを見せると、更にキラキラした目で微笑んだ。
…やっぱり水澄は妖精だ。
「…ホントに嬉しいです。
行きたかったミュージアムにも行けて、ランチにお気に入りのケーキ…
そしてこんなに素敵なプレゼントまでもらってしまって…
僕、絶対に大切にしますね」
二つ並んだのスマホには、お揃いのスマホリングが光る。
その光景を眺めながら、お互いに手を握り合った。
…やっぱり、この先もずっと水澄と隣に居られたら……
この気持ちを伝えないまま卒業してしまう方がもっと恐かった。
