一匹狼と妖精さん

 
 こんな状況を望んでいたわけなんて無かった。
むしろ、こんな展開を想像すらしていなかった。

 言えなかった。
僕がミスコンに出るだなんて。
だけど半分は、嵐さんを驚かせたいと思っていた自分がいたのも事実。
嵐さんは僕の姿をどんな感情で見ていたのだろう。
 文化祭二日目が終わり、ホームルームを終え教室を出た僕はポケットのスマホを確認した。
嵐さんからのメッセージは無い。
昇降口のガラス扉の前、嵐さんの姿は無かった。
そしてそれを、心のどこかで安堵している自分がいた。
なぜなら、どんな顔をして嵐さんに会えば良いのかわからなかったから。

 季節はすっかり秋めいて、爽やかな風が肌に気持ち良い。
こんな時期こそ、屋上で過ごすには最高なのだろうけど。
 文化祭の日以来、嵐さんとは合うことはおろか連絡すら取っていない。
当然、昼休みに屋上に行く事すら叶わないでいた。
けれど教室で過ごす昼休みは、時折誰かしらが話しかけてくれるし、一部の女子からは『みすミン』なんて呼ばれるようになって、ぼっちの高校生活は少しずつクラスに溶け込みつつあった。
これも、件のミスコンに出て以来の変化なのだろう。
きっかけはともあれ、こんな高校生活も悪くないとさえ思い始めていた。
 それでも、心から今を楽しいと感じることができないのは、ただひとつ。
嵐さんのことを考えない日はないからなのだ。
このまま…すれ違ったまま僕らの関係は終わってしまうのだろうか。

 部休日の放課後。
今日も昇降口のガラス扉の前に嵐さんの姿は無かった。
ポケットから取り出したスマホにもメッセージの表示は無い。
僕の方から連絡を…とアプリ画面を開くも、その手が止まる。
こうして日にちが経ってしまうと、気まずさだけが増幅する。
今さら何て話せば良いのだろう……
 
 「あれ、船木君?」

背後からの声に振り返ると、そこにいたのは同じクラスの…ミスコンで一緒に舞台に立った石山君だった。

「あ…えっと、石山君。
今から部活…だよね?」

そんなこと石山君の服装を見たらすぐ判るのに、咄嗟に出る言葉はいつも間が抜けている。

「そうだよ。船木君は今から帰り?」
「…うん。」

この先の言葉が続かない僕は、やっぱりコミュ力が無いのだと自覚する。

「ねぇ船木君、少しだけ…いいかな?」
「え?…うん、でも…石山君、部活は…大丈夫?」
「ま、少しくらいなら大丈夫だから」

 石山君の意図もわからずに、手を引かれて促されるままに校舎裏までついて来てしまった。
まさかそれを後悔する事態になろう事など、全く予想などしないで。

「船木君ってさ、あの国分って三年生と仲良いの?」
「え…?」
「うーん…だってさ、たまに見かけてたんだよね。
船木君があの人と一緒にいるところ。」

まさか誰かに見られていたとは…
しかし考えてみれば、周りを気にする余裕すらない状況で一緒に過ごしていることも多々あった。
当然、誰かに見られていたっておかしくなかったんだ。

「あー…うん、何かと出会すことがあるうちに…なんとなく話すようになって、…そんな感じで……」
「へぇー…、何か意外。
船木君、ああいう感じの人は苦手なんだと思ってた」
「あー…うん。
そもそも…あんまり人と関わるのが得意じゃないんだけどね…」
「だよね、わかる。なんか、そんな感じしてたし」

この手の話は、自覚していることではあるけど、改めて言われるとなかなかにダメージが大きい。

「だから尚更意外だと思ってさ。
あっ…でも前に、そんな怖い人でも無いって言ってたんだっけ?」
「そ、そうだったよね。
案外…見た目よりは……」
「ふーん…なんか、それも意外……」
「そう…なのかな……」

まさか、僕達の関係に勘づかれているのだろうか。
別にそれが悪いことではないはずなのに、何故だかわからない後ろめたさが、この先の会話を拒むように押し黙ってしまう。

「…ってかさ、もしかして…付き合ってる?」
「はっ?!えっ?…えっと……」
「あー、いきなり訊かれても困るよね。
大丈夫、他言するつもりとか無いし。
そもそも俺、どっちもイケる系だから」
「そ、そうなんだ……」

 どうにかこの話を曖昧に濁して終わらせたかったのに、石山君は詰め寄るように核心を突いてきた。

「で、どうなの?付き合ってるの?」
「う...うん、えっと…そう、付き合ってる……」
「やっぱり、そっか。
じゃあ、もしかして今日も待ち合わせしてたとか?
ごめんね、邪魔しちゃったかな?」
「ううん、えっと…
今日は待ち合わせはしてない、かな」
「あれ、そうなの?
ふーん…なんで?」

その反応もどことなく白々しい。
ホントは全部お見通しなんじゃないかって、そんなふうにすら思えてくる。

「なんか、ちょっと拗らせちゃった…っていうか…
や、僕が一方的に気まずくなっちゃってるだけ…かも、なんだけど……」
「どうして?」
「その…文化祭でミスコンに出ること、国分さんに話して無かったから…」
「そうなの?」
「えっと、サプライズになるかと思ってたんだけど…何っていうか…だんだん、どう思われたかなとか…なんか色々考えたら…
なんとなく顔も合わせ辛くなって、連絡もできてなくて……」
「もしかして、ミスコン出るの嫌だった?
俺が船木君を推薦したの、迷惑だった…かな?」
「そ、そんなこと無いよ!
なんだかんだ、あれがきっかけでクラスの皆とも話せるようになったし……」
「なら…良かった、のかな?」
「うん。だから石山君は何も悪くないし、これは僕の問題だから…」

 その場に訪れた沈黙に、なんとなく居心地の悪さを感じる。
できれば早くこの場から逃げたしたい。

「ねぇ、そんなことで拗れちゃう彼氏なんてやめてさ…
俺にしときなよ?」
「え…でも……」
「俺なら何だって受け入れるし、こんなふうに悩ませたりしないから…」
僕が返事もできないでいる間に、腕の中に抱き寄せられた。
僕の顔を覗き込むように、石山君の整った顔が近づいてくる。

「…ヤだ、怖い……」

無意識に声に出ていた。
そして自分の声にハッとした。
間近にまで寄せられた顔が離れていく。

「ごめんね、ヤだった?」
「あ、あの…ごめんなさい、僕…やっぱり……」
「なんで船木君が謝るの?
今のは俺が調子に乗っちゃっただけでしょ?」
「…でも……
僕、やっぱり…石山君のことは……」
「うん。それ以上は言わないで。
これでもまぁまぁ傷心だから。」
「うん。ごめんね…」
「謝るのも無し、ね」
「…うん……」
「正直…船木君、流されやすそうな感じするからイケるかなと思ったんだけどな……」
「そんなことは……」

一体僕はどんな風に見られてたというのだろうか。
やはり、ミスコンを断りきれなかったのもあって、流されやすいイメージを持たれてるのだろうか。

「そうだよね。
俺もデリカシー無かった。
でも…こう見えて俺、船木君のこと本気だったんだよ?
だから…すぐに諦めることはできないし、俺の気持ちに整理がつくまでは片想いでいさせてほしいな。」
「…うん……」
「ここで気まずくなったりしないで…これからも今までみたいに友達でいてね?」
「…僕がそんな風に言ってもらえるなんて、…いいのかな?」
「何言ってるの?当たり前じゃないか!」
「…ありがとう、石山君。
僕も、友達でいられなくなるのは嫌だよ。
…だから、ありがとう……」

いっそ嫌いになってくれたなら、こんな気持ちになることもなかったかもしれないのに。
石山君のその優しさが、一番に僕の罪悪感を抉った。
『じゃ、また明日ね』と笑顔を見せてその場を去った石山君が、人知れず唇を噛んで感情を圧し殺していたのを、僕は知る由もなかった。