一匹狼と妖精さん

 この身体の奥に燻る熱は冷めやらぬのに、『会いたい』ってただ一言を伝える理由を見つけられないでいた。
本当は理由なんて要らない。
ただ会いたい、それだけでいいはずなのに……
 あのとき、少しの期待はあった。
嵐さんが望むままに全て委ねたいと思っていた。
それなのにいざ押し倒されたら、鋭い瞳に射止められたら、身体が強ばって…
きっと、怯えた顔をしてしまっていたのだろう。
嵐さんはそれ以上何もしなかった。
額に、目蓋に、頬に、耳に、唇に…優しいキスを落として、『好きだよ』って囁いて離れていく……
本当はもっと僕に触って欲しい。
嵐さんの欲を僕に見せて欲しい。
僕の全部、嵐さんが奪い上げてほしい……
望むばかりで求めようとしない、結局僕は臆病なままなのだ。
 お泊まりの日以来、僕らは会えないままに夏休み最後の週を迎えていた。
お互いに家の用事があったり、嵐さんは進学に向けて学校見学に出ていたり、僕は新体制になった美術部で文化祭に向けてのミーティングがあったりした。
慌ただしかったけれど、嵐さんのことを想わない日なんて無かった。
 …会いたい。
この夏休みが終わる前に、もう一度二人きりで……
意を決してメッセージアプリを開いた。
 嵐さんの家のインターホンを押すと、すぐに迎え入れてくれた。
途中コンビニで買ってきたアイスを手渡し、少し溶け始めたそれを嵐さんは一旦冷凍庫に仕舞うと麦茶を用意して部屋へと案内された。
エアコンの効いた部屋は、先程までの汗が一気に引いていく。
「数学の対策…だな」
「はい、応用問題をもう少しやっておきたくて……」
 休み明けの課題テストの対策を…なんていうのは口実に過ぎなかった。
ただ会いたくて、でもそれだけじゃ理由にならない気がして。
今、すぐ隣に嵐さんがいるっていうこの状況だけで、胸がいっぱいになりそうだ。
しかも今日は、お店が休みで御両親といおり君は博物館に出掛けているというから、本当に二人きりっていう状況なのだ。
 口実とはいえ、課題テストの点数は成績にも影響するし、嵐さんが真面目に教えてくれている以上は、僕も集中せざるを得なかったし、実際やり始めたら自ずと集中できるものだ。
一通り応用問題を終えた頃には、ちょうど正午を過ぎた頃だった。
思いがけず僕のお腹が鳴る。
体というのは正直なもので、頭を使った分お腹も空いていたのだろう。
「昼メシ、どうする?コンビニに買いに行ってもいいし、素麺くらいなら用意できるけど。
確か、貰い物の素麺がまだかなり残っていたはずだから、消費の協力してもらえると助かるかも」
「じゃあ…素麺いただいても良いですか?僕も一緒に準備します」
 連れだってキッチンに向かうと、『確かここに…』と嵐さんが出してきた箱にはまだかなりの量の素麺が入っていた。
一人分の目安など知らない僕らは、それを六束ほど湯がいて冷水で冷やしてザルに盛る。
「…なんか、多いな……」
「思った以上に…増えましたね……」
これくらいなら余裕かなと湯がいてみて、いざ出来上がってみるとその量に驚く…なんてマンガみたいな話が現実で起こるなんて、可笑しくて笑ってしまった。
食べ切れなかった分は冷蔵庫に仕舞い、洗い物を済ませるとまた部屋へと戻った。
 お腹が満たされると、なんだか少し眠くなる。
「水澄、眠いんだろ?」
「お腹いっぱいになったら、なんだか少し……」
嵐さんが「子供みたいだな」なんて茶化すから、苦笑いしつつも少しシュンとしてしまう。
「嘘だって、かわいいなって思っただけ」
そう言って頭を撫でてくれるけど、それもなんか釈然としない。
「じゃあ、眠気覚ましな」
頬に手を添えて、ちゅ、とキスをしてくれた。
無自覚なのだろうけど、そんなの誘ってるんじゃないかって勘違いしてしまう。
「それじゃ足りないです」

頬に添えられていた手を掴むと、眼鏡を外して僕の方から口付けた。
離れないとばかりに腕にしがみついて。
そこからは勢いのまま、どちらともなく開いた唇から舌を絡ませ舐め合う。
甘くて熱くて、激しく脈打つ心臓が苦しいくらいだ。
そのままベッドに押し倒され、両手を縫い止められた。
あの日と同じ状況に一瞬怯みそうになる。
でも、あの時と同じなんて嫌だ。
 …このままこの腕の中に閉じ込めていて欲しい……
一瞬離れた唇は、お互い見つめ合ったかと思えばまた引き寄せられるように重ねられた。
 服の中に忍び込んでくる手が僕の胸を掠めた瞬間、意図せず身体が跳ねた。
「あ…ヤダ……」
「ヤダ…なことないだろ?」
「んっ……」
 嵐さんが触れるところ全部が気持ちよくて熱を帯びていく。
もっと触っていて欲しくて、背中をしならせ強請るように胸を突き出すような体勢になる。
そんな僕の様子に触発されたように嵐さんは首筋に唇で触れた。
ギュッと抱きしめられると、素肌同志が密着して擦れる感覚が更に気持ちいい。
「あ…嵐さんは…僕で良いんですか?」
「なんで?」
「だって…僕、胸も無いし…柔らかくもないし……」
「俺は水澄だから良いんだよ…。そもそも、女なんて知らねーし。水澄が初めてだし、水澄だけが欲しい」
胸を撫でていた手が脇腹を辿り、臍の下…ジーンズのボタンを外しジッパーを下げると下着の上から欲を撫でられる。
「水澄は…俺とこういうコトすんの、好きか?」
「ん…。嵐さんとだけ、いっぱいシたい……」
僕が口走った言葉に、一瞬にして嵐さんの瞳が情欲に揺れるのがわかった。
下着の中に手を入れ、直接欲に触れられる。
僕も恐る恐る触れると、下着越しでもわかる。
嵐さんが僕で興奮してくれてるってことに。
「こうしたら、もっと気持ちいいだろ?」
思わず大きな声か漏れてしまい、両手で口を押さえて声を我慢する。
けれど耳元で「声、聴かせて」なんて言われたら、口を押さえる手を取り払われたら、箍が外れたように何度もはしたない声を挙げてしまった。
次第に嵐さんも余裕無さげに息を荒げていく。
吐息と共に声が漏れる。
初めて知る快感。
「も…ダメ…、何か…クる…!」
こんなの、知らなかった……
 夏の終わりに僕らは果ての見えない情炎を知ってしまった。