翡翠の歌姫は後宮で声を隠す

 翠蓮(スイレン)絢麗(ケンレイ)は、正楽師の香蘭(コウラン)に呼ばれる。
 
 翠蓮が絢麗と近距離で顔を合わせるのは、歌人の二次試験以来だった。


「次の舞台は地方貴族をもてなす饗宴の場よ。
 二人をメインとして舞台を作るわ。」

 二人で歌う二重唱。きれいに歌えれば、一人ではできない和声(ハーモニー)が生まれる。


「なぜこの人となんですか?」

 名前すら呼びたくないのか、翠蓮を"この人"呼びする絢麗。

「なぜって、あなたたちお互いに学びあうことがあるからよ」
 
「学び……"合う"?」

「そうよ」

 香蘭は、はーっとため息をつく。


「あのね、絢麗。あなた技術は確かだけど……表現力や調和することを、翠蓮から学んでほしいの。
そして翠蓮、あなたは絢麗から技術を盗みなさい。」

「はい!」「はい……」

 絢麗は"納得できない"と、ありありと顔に書いてある。
 翠蓮は肩身が狭かった。


「はい、これが楽譜よ」

 香蘭から楽譜を渡される。
 
(読めるようになってきたとは言え、しっかり勉強しなくちゃ……)

「翠蓮は、楽譜は勉強中ね。聴いてもらったほうが早いわ。
紫雲(シーユン)、ちょっといい?」


 香蘭に呼ばれた女性は、元後宮の歌人だった。
 豊満な体つきと、下ろした流れるような髪が、妖艶な雰囲気を醸し出している。

 彼女はちらっと翠蓮を見る。


(なんだろう)
 なんとなく、紫雲の視線に嫌なものを感じる。


「紫雲は余計なことは考えなくていいわ。私が合わせるから。」
 香蘭の合図で二人が歌い出す。
 

「すごい……」
 翠蓮は感嘆の声を漏らす。
 紫雲の声を支えるように、香蘭の声がピタリとはまっていく。
 初めてとは思えないほど、二人の歌声は見事に調和していた。
 
 歌い終わった二人に、翠蓮は指導中ということを忘れ、夢中で拍手を送っていた。
 自分もこんな風に歌いたい。そんな思いで胸がいっぱいだった。

「気づいたことは?」と問う香蘭に、絢麗は完璧な音楽理論で回答した。
 翠蓮は、正直言って半分も理解できなかった。

 この後に答えるのかと思うと胃が痛いが、翠蓮は拙いながらも口を開く。

「えっと……香蘭先生の歌い方が、楽譜と異なっていましたよね。
紫雲さんの声の良さを、活かすためなのかなと」


 絢麗はぴくっと反応する。
 香蘭はそれを横目で見ながら、微笑んだ。

「よく本質に気づいたわね。完璧に歌い、技巧を押し出すだけではいけないの。
二重唱は支え合い、補い合うのよ」

 香蘭の言葉に、何か響くものがあったのだろうか。絢麗は黙って聞いていた。

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