烈火の鬼神〜凍てつく人形の花嫁に愛をそそぐ〜

ー療養のために屋敷で暮らしを始めた真知は少しずつ、生活に溶け込むようになる。

緋乃理や他の使用人たちと庭の手入れをしたり、食事をしたりと今まで出来がなかったことを通して、己を取り戻し始めた。

一つ疑問がある。焔が持っていた御札は真知が真鈴に使う前提で霊力を込めたものだ。しかしこれは、梢が回収してからすぐに真鈴のもとへは運ばれない。

伊澄家の祓い人が不備が無いか厳重に目視で確認した後、真鈴の手に渡る。それが何らかの原因で神具を依頼した焔の屋敷に届けられてしまったのだろう。

(偶然とはいえ、焔様のところに運ばれたのは不幸中の幸いね)

「雪華祭から今日まで、少しずつだが微笑むようになったな」

焔の大きな手が真知の頭を優しく撫でる。触れられることにまだ慣れない真知だが、どこから安心する気持ちになっていた。

「焔様と屋敷の皆さんのおかげです。招待状のことは驚きましたが、こうしてお話出来ることに感謝しています」

「自分を犠牲しても、大切な人を守りたいという君の心を救ったまでだ。あの時から変わらないな」

「あの時とは…?」

「そうか。まだ幼かったから覚えていないか。俺は昔一度、真知に会って話したことがある」

「えぇ!?」


ーそれは真知が3歳の頃。両親が出席する会合で使用人の梢と妹の真鈴と共に終わるのを待っていた。

梢の膝を枕に眠る真鈴と真知は足をバタつかせながら退屈そうにしていた。外に出たいと思い、梢が油断している隙にその場を離れた。

すぐに戻ろうとしたが、会場が広くて迷子になってしまった。

そこへ声をかけたのが焔だった。小さい手を繋ぎながら梢のもとへ戻りながら、焔に話しかけた。

「あのね、わたしはおねぇさんだからね、いもうとを守らなきゃいけないの。ごさいになって、レイリョクのおめめがさめたらコワイマモノからまりをまもるんだ」

「魔物は君が想像しているよりも怖いものだ」

「ぜったいまもるの!まりが泣いていたらまちがまもってあげるの!だって、おねぇさんだもん!」

「ふっ、優しいお姉さんだな」

すると真知は満面の笑みで「うん!」と答えた。幼いながら、妹を守ろうとする強い信念が焔の記憶にずっと残っていた。

そして十四年後、大人になった真知が再び焔の前に現れた。昔と変わらず、妹を大切に思う心優しい娘のまま育ったことに嬉しく思う焔。

「幼い頃とはいえ、覚えていないのは何だか悔しいですね」

「悔しがることはない。些細な記憶よりも、大切な人を想う心が残す事の方が難しいものだ」

「ですが、焔様はそんな些細な記憶を覚えて下さりました。私は何も覚えていないのに。嬉しいです」

ほんのり温かい記憶の灯火は大人になった真知の心に深く溶け込む。

「真知を花嫁に迎えたいと言ったのは、単にその時のことを覚えていただけじゃない。ずっと責任を感じていた」

「責任…」

霊力のみを重視に人間を見てきた焔は真っ正面から人と向き合うことなど、考えていなかった。それが仇となって、結果、真知たち姉妹を苦しめることになったことをずっと後悔していた。

責任を償うために姉妹を助けることを選んだ。妹と真鈴は一族を立て直すために立ち上がったが、真知は違った。

頭では一族のために尽くそうとしていたが、心を限界まで壊され、感情を失っていた。真知の心を取り戻したい。己の手で幸せにしたいと思うようになった。

助けられた日の夜、花嫁に迎えたいと言ったのは後ろめたい気持ちを少しでも償うために咄嗟に出た言葉だった。

嘘でも、ただの口実でもいい。真知が虐げられてきた十四年の間に注がれることのなかった愛情を与えたかった。

頭の片隅で眠っていた記憶が蘇り、幼い頃の真知の言葉を思い出して、昔と変わらない妹を守りたいという強く優しい心が焔の心を灯した。

「純粋に妹を守ろうとする姿に俺はこれからの未来を見た気がする。真知、俺はこの命にかえても君を護るとここに誓おう」

小さかったあの少女に今度は溢れんばかりの愛をそそぎ、幸せにしたい。真知を見つめる焔の目に炎のように燃える強い覚悟があった。

「焔様…!」

「俺はこれからの未来を君と共に歩んでいきたい。改めて真知、君をこの焔の花嫁に迎えたい」

長い間、ずっと願っていた。心から愛してほしい、出来ることなら未来を歩みたいと何度も思ったことか。

(決して抜け出せないと思っていた暗闇から、再び太陽の下を歩くことができたのは、私を見つけてくださった焔様のおかげです)

焔の手を取り、ギュッと包み込む。流れ落ちた涙は真珠のように美しく輝いていた。

「こんな私で宜しければ、焔様の花嫁としてこれからの未来を生きたいです」

凍てついた心は炎によって解かされ、春の温もりのような笑顔が咲き誇る。