ー冷たい隙間風が真知の頬を掠める。目を開けるとそこは見慣れない天井が視界に飛びこむ。
「…ここは」
「気がついたか」
まだ不安定な意識の聞き慣れぬ男の声が聞こえる。少しずつはっきりとしてきてようやく、その人物が誰か分かってきた。
「鬼神様…?」
「君は倒れたんだ。覚えていないか?」
(そうだったわ。あの時、お父様たちと口論になってそれから…)
あの時、雪華祭の舞台で倒れた真知を鬼神が介抱し、医局まで運ばれた。窓の外はすっかり日が沈み真っ暗になっていた。
起き上がった真知に鬼神は水を差し出した。
「まずは水分を取るんだ」
「ありがとうございます」
「霊力の消耗が激しいな。今まであまり力を使ったことがなかったのか?」
「はい。お父様たちに見つからないように、力は最低限しか使っておりません。…はっ!鬼神様、真鈴は!?真鈴は無事ですか」
安否を確認する際に吉武が舞台に上がってきて、それどころではなかった。鬼神は取り乱す真知の肩に触れ、落ち着かせる。
「心配ない。君の隣で眠っている」
そう言われて振り向くと真知の手を握りながら眠る、真鈴の姿があった。
「真鈴…!」
真鈴の無事に、大きく安堵する。落ち着いて眠っている妹の頭を優しく撫でて愛おしそうに眺める。
「舞台の端で倒れていた。霊力を使い果たし、長年の心労が祟ったのだろう。真知、それは君もだ。さぞ辛かったのだろう」
(…辛いなんて、真鈴の苦しみに比べたら私なんて大したことない。私がもっと早く力のことを話していれば真鈴が背負い込むことなんてなかったのに)
あの日のことを後悔しても遅い。どれだけ悔やんでも帰ってこない十四年の時は今になってズッシリとした重みが真知に重しをかける。
「ごめんね真鈴。私が不甲斐ないばかりにあなたに辛い思いをたくさんさせてしまって…。お父様の言う通り、私は無能だわ。妹を守れない姉など、いっその事この世から消えてしまえばよかったのよ」
崩れ落ちた真知は大粒の涙を流した。たくさんの後悔と押し潰していた感情が線が切れたかのように溢れ出した。
「真鈴ごめんね…ごめんね。うぅ…」
「…お姉様は守ってくれたじゃありませんか」
「真鈴!?目を覚ましたのね。良かった…」
目を覚ました真鈴は涙を流す姉の顔をじっと見つめる。握られた手を握り返すと真鈴の目にも涙が浮かび上がってきた。
「神具に施された温かくて優しい霊力をいつも感じておりました。お姉様は無能ではありません。ずっとわたしを守ってくれた誇り高きお人です」
「気づいていたの…!?でも私は、ずっと霊力を隠してきたのよ。私はあなたを裏切ったことには変わりないわ」
「裏切りなんて思っていません。お願い、ずっとここに居て。わたしの傍から離れないでください。もう、独りは嫌。お姉様が出ていくならわたしも共に家を出ます。この手は死んでも離しません!!」
起き上がった真鈴は真知を抱きしめた。寂しく孤独だったあの日から、ずっと触れたかった姉の温もりを腕いっぱいに感じる。
鬼神は姉妹の時間を尊重すべく、静かに部屋を出る。気持ちが落ち着く頃に戻ってきて、食事を届けてくれた。久々に二人で食べる食事は今までの中で一番美味しく、幸せな時間となった。
しばらくは鬼神が用意した宿で休養をとり、疲労回復に努める。真鈴がぐっすりと眠りにつく中、真知は寝付けないでいた。
外に出て月の光の下、夜風にあたる。一切音を感じないシンとした冬の肌寒い空気。白い息が夜空にふわりと飛び、一瞬で消えていく。
(久々の外の世界は、私が知らなかったことがたくさんあったわ。伊澄家はこれからどうなるのかしら?ずっと離れていた分、今度は私が真鈴を支えなくては)
「まだ起きていたのか」
「鬼神様…!」
足音なく現れた鬼神。真夜中でも面をしっかりと付けており、どんな相手にも隙を見せない姿勢だ。
「寒くないか?」
「少し。けど今日の夜風は今までで一番心地よく感じます。鬼神様、改めてお礼申し上げます」
「やるべき事をしたまでだ。頬が赤くなっている。冷えてきたか」
鬼神の手が真知の頬にあたる。着ていた羽織を真知の肩にかけられた。ドキッと胸が高鳴ると、冷えた頬に熱を帯び始めた。
「ありがとうございます」
「ふっ、礼などよい。真知、君はこれからどうする」
「真鈴と共に屋敷へ戻ります。少しでも一族の力になりたいのです。お父様たちとは折り合いがつかないと思いますが、私なりに前に進んでいきたい」
「そうか。君がそうしたいならそれでいい。だが俺は諦めが悪い」
「諦め?」
「真知。君を我が花嫁に迎えたい」
「は、はなよめ…?!」
驚いた拍子にかけられていた羽織がパサっと落ちる。拾おうとすると鬼神に肩を寄せられる。その距離は耳元まで近づき、あたる吐息がこそばゆく、ほんのり紅色に染まりだす。
「返事は急がなくていい。だが、これだけは覚えていてほしい。俺は君に心から惹かれているということを」
冷たい風が強く吹くと鬼神は真知の前から姿を消す。残るのは落ちた羽織と頬を紅色に染めた真知だけ。
部屋に戻るも高鳴る鼓動と火照った熱が邪魔をしてあまり寝付けなかった。
早朝になると屋敷から梢がやってきて、朝食を用意してくれた。真知と真鈴は梢と共に食事を交わす。食事を終えた梢から屋敷での様子を聞かされる。
鬼神の命令で吉武と文代は真知と真鈴をおいて屋敷に帰宅した。屋敷には帝から解雇通知の手紙が届いていた。手紙の内容は吉武たちはこれから鬼族の監視下になり、近いうちに遠い村に追放となった。
そして今朝から屋敷に鬼族がやって来て、真知たちにしてきた仕打ちについて尋問が行われ始めたという。犯した罪は重く、今後は祓い屋家業に関わることは禁じられるという。
親族や分家は今後も家業を続けられるが、伊澄家は世間から信用を失った一族は肩身の狭い思いをするだろう。
「…ここは」
「気がついたか」
まだ不安定な意識の聞き慣れぬ男の声が聞こえる。少しずつはっきりとしてきてようやく、その人物が誰か分かってきた。
「鬼神様…?」
「君は倒れたんだ。覚えていないか?」
(そうだったわ。あの時、お父様たちと口論になってそれから…)
あの時、雪華祭の舞台で倒れた真知を鬼神が介抱し、医局まで運ばれた。窓の外はすっかり日が沈み真っ暗になっていた。
起き上がった真知に鬼神は水を差し出した。
「まずは水分を取るんだ」
「ありがとうございます」
「霊力の消耗が激しいな。今まであまり力を使ったことがなかったのか?」
「はい。お父様たちに見つからないように、力は最低限しか使っておりません。…はっ!鬼神様、真鈴は!?真鈴は無事ですか」
安否を確認する際に吉武が舞台に上がってきて、それどころではなかった。鬼神は取り乱す真知の肩に触れ、落ち着かせる。
「心配ない。君の隣で眠っている」
そう言われて振り向くと真知の手を握りながら眠る、真鈴の姿があった。
「真鈴…!」
真鈴の無事に、大きく安堵する。落ち着いて眠っている妹の頭を優しく撫でて愛おしそうに眺める。
「舞台の端で倒れていた。霊力を使い果たし、長年の心労が祟ったのだろう。真知、それは君もだ。さぞ辛かったのだろう」
(…辛いなんて、真鈴の苦しみに比べたら私なんて大したことない。私がもっと早く力のことを話していれば真鈴が背負い込むことなんてなかったのに)
あの日のことを後悔しても遅い。どれだけ悔やんでも帰ってこない十四年の時は今になってズッシリとした重みが真知に重しをかける。
「ごめんね真鈴。私が不甲斐ないばかりにあなたに辛い思いをたくさんさせてしまって…。お父様の言う通り、私は無能だわ。妹を守れない姉など、いっその事この世から消えてしまえばよかったのよ」
崩れ落ちた真知は大粒の涙を流した。たくさんの後悔と押し潰していた感情が線が切れたかのように溢れ出した。
「真鈴ごめんね…ごめんね。うぅ…」
「…お姉様は守ってくれたじゃありませんか」
「真鈴!?目を覚ましたのね。良かった…」
目を覚ました真鈴は涙を流す姉の顔をじっと見つめる。握られた手を握り返すと真鈴の目にも涙が浮かび上がってきた。
「神具に施された温かくて優しい霊力をいつも感じておりました。お姉様は無能ではありません。ずっとわたしを守ってくれた誇り高きお人です」
「気づいていたの…!?でも私は、ずっと霊力を隠してきたのよ。私はあなたを裏切ったことには変わりないわ」
「裏切りなんて思っていません。お願い、ずっとここに居て。わたしの傍から離れないでください。もう、独りは嫌。お姉様が出ていくならわたしも共に家を出ます。この手は死んでも離しません!!」
起き上がった真鈴は真知を抱きしめた。寂しく孤独だったあの日から、ずっと触れたかった姉の温もりを腕いっぱいに感じる。
鬼神は姉妹の時間を尊重すべく、静かに部屋を出る。気持ちが落ち着く頃に戻ってきて、食事を届けてくれた。久々に二人で食べる食事は今までの中で一番美味しく、幸せな時間となった。
しばらくは鬼神が用意した宿で休養をとり、疲労回復に努める。真鈴がぐっすりと眠りにつく中、真知は寝付けないでいた。
外に出て月の光の下、夜風にあたる。一切音を感じないシンとした冬の肌寒い空気。白い息が夜空にふわりと飛び、一瞬で消えていく。
(久々の外の世界は、私が知らなかったことがたくさんあったわ。伊澄家はこれからどうなるのかしら?ずっと離れていた分、今度は私が真鈴を支えなくては)
「まだ起きていたのか」
「鬼神様…!」
足音なく現れた鬼神。真夜中でも面をしっかりと付けており、どんな相手にも隙を見せない姿勢だ。
「寒くないか?」
「少し。けど今日の夜風は今までで一番心地よく感じます。鬼神様、改めてお礼申し上げます」
「やるべき事をしたまでだ。頬が赤くなっている。冷えてきたか」
鬼神の手が真知の頬にあたる。着ていた羽織を真知の肩にかけられた。ドキッと胸が高鳴ると、冷えた頬に熱を帯び始めた。
「ありがとうございます」
「ふっ、礼などよい。真知、君はこれからどうする」
「真鈴と共に屋敷へ戻ります。少しでも一族の力になりたいのです。お父様たちとは折り合いがつかないと思いますが、私なりに前に進んでいきたい」
「そうか。君がそうしたいならそれでいい。だが俺は諦めが悪い」
「諦め?」
「真知。君を我が花嫁に迎えたい」
「は、はなよめ…?!」
驚いた拍子にかけられていた羽織がパサっと落ちる。拾おうとすると鬼神に肩を寄せられる。その距離は耳元まで近づき、あたる吐息がこそばゆく、ほんのり紅色に染まりだす。
「返事は急がなくていい。だが、これだけは覚えていてほしい。俺は君に心から惹かれているということを」
冷たい風が強く吹くと鬼神は真知の前から姿を消す。残るのは落ちた羽織と頬を紅色に染めた真知だけ。
部屋に戻るも高鳴る鼓動と火照った熱が邪魔をしてあまり寝付けなかった。
早朝になると屋敷から梢がやってきて、朝食を用意してくれた。真知と真鈴は梢と共に食事を交わす。食事を終えた梢から屋敷での様子を聞かされる。
鬼神の命令で吉武と文代は真知と真鈴をおいて屋敷に帰宅した。屋敷には帝から解雇通知の手紙が届いていた。手紙の内容は吉武たちはこれから鬼族の監視下になり、近いうちに遠い村に追放となった。
そして今朝から屋敷に鬼族がやって来て、真知たちにしてきた仕打ちについて尋問が行われ始めたという。犯した罪は重く、今後は祓い屋家業に関わることは禁じられるという。
親族や分家は今後も家業を続けられるが、伊澄家は世間から信用を失った一族は肩身の狭い思いをするだろう。



