欠落華嫁は神域から出れない


「やっぱり私、お姉ちゃんと仲直りしたい。」

そう言って未練があるからと言う己の番に折れて、現世に戻してしまった。

結果、すぐにまたこちらへ還ってきてしまった時、決めたのだ。

ーーもうこいつを現世には戻さない。一生俺の領域で暮らさせようと。



ーーー





帝都の空は澄み渡るような青いが、にわかに雨が降っている。
西都の大通りの濡れた道には、漆黒の傘を差した集団が列をなして荘厳と歩いていた。都に住む人々は辟易と頭を下げて、その列に道を開ける。

(御母様の通り、西砥屋の月光氷を溶かしに来たんだ。)

私、西宮 千春(にしみや ちはる)は大通りからのびる細い脇道からその風格のある列をこっそり見ていた。先頭の人物の傘の下の頭から狐耳が生えているのを確認する。

「お狐様の参列だ!お狐様が来てくださった!」

「お願いします。この月光氷(げっこうひょう)を溶かして下さい。」

西邸屋の看板が掛かった木造の店は、軒下から木札に至るまで全てが氷に覆われていた。氷はその先大通りの中央まで侵食している。

大昔からこの國は、月の光によって凍らされてしまうことでできる、"月光氷"(げっこうひょう)からの被害を受けてきた。突如として発生し、触れるだけで人間の身体すら凍らさせてしまう、まさしく天の災害を人々畏怖してきた。

西邸屋を見た先頭の男は傘を閉じる。現れた顔は、まるで神が自ら作ったかのような端正で美しい顔をしていた。その頭からは二つの長い耳がついている。

「あれが三大お狐様である、暁月様……」

「噂通り、いや噂以上ね。なんて美丈夫なの。」

周りからは、うっとりとする声が上がり、その姿を一目みようと頭を少しあげる者もいた。男はその手から青い炎を出し、それを月光氷を溶かしていく。わずかな時間で、建物を覆うその塊だけをなくし、元の綺麗な店へと戻した。

「ああ、ありがとうございます!さすがはお狐様の狐火。この國の救いだ!」

店主と思われる男が膝付き、仰々しく感謝の言葉を述べ続ける。
どんなに熱い炎でもこの月光氷溶かすことのできないが、狐の妖が出す狐火は可能にするのだ。
この狐の妖たちは守護狐と呼ばれる地位でこの國で強い地位を得ているのだ。

道ゆく人がその参列を見ては頭を下げる。この参列はお狐様が恩恵を与えたという象徴とその力の強さの現れでもあるのだ。

  
私は事が終わったのを確認すると、雨に濡れるのを構わずに飛び出した。普段より派手に引かれた化粧をし、羽織も赤と金が散りばめられた豪華な物を羽織っていることから人の惹く。また、この狐参列の際に、誰も前出るような真似はしないからでもある。

「誰だ、あの娘?」
「知らないのか、お前あいつは"欠落華嫁"だ。危ないから近づくなよ。」

その奇怪な行動に怪訝な顔をし、一部の人間は顔を顰めた。

列をなしてまた来た道を戻るために大通りを引き返す。一人の侍女が現れた私の顔を見て、一瞬、化け物を見た顔をして驚き、その後すぐに般若のような顔をして叫ぶ。

「千春、お待ちなさい!」

後ろから侍女が追いかけてくる。肩でも掴まれたら、立ち止まってしまいたくなるから、踏みしめるように濡れた道を進んだそのまま、流れるように先頭の狐の前に立ち、跪く。

「暁月様。」

足を止めてくれたが、死んだように冷たい表情をしている。瞳だけがゆっくりと動いてこちらを向けられた。

「本日は天候が悪くて、三大お狐様であり、この國の第一の力を持つ貴方様といえども、大変でしたでしょう。」

反応はない。それに気づいていないかのように話を続けた。

「お疲れ様でした。妖封師として、この国に住まう人間として、感謝致します。」

無言の気まずさに目線を外せば、散り散りに焦げた袖口から覗く太い腕に小節程度の火傷が目についた。

「腕に火傷があります。治さないのですか?」

1000年も前から、狐妖はこの地の月光氷を代々溶かし続けていた。時にその強大な力を持つ炎に自らが焼かれるもある。
暁月様はその唇を結んだまま動かずに、目線もこちらに向けてくれない。緊張を感じながら、その腕に触れた。

「解封師である、私が治しましょう。」

解封師とは、狐妖の傷を治すことはできる特別な能力を持つ人間のことだ。
傷ついた腕に向けて、その力を放とうとした時、上から鋭い手刀が降ろされて弾かれた。

遅れた痛みを感じたと同時に氷のような鋭い声がした。

「若桜やめなさい。」

「…お姉様。」

私と同じ漆黒の髪は艶めいている。その下の美しくも可憐な顔を歪ませていた。私の実姉である美鈴(みすず)が立っていた。

「まさかいらっしゃっていたとは。気づきませんでしたを」

「また暁月様に擦り寄るなんて。貴方は"花衣の華嫁"ではなかった。それをまだ理解していないのかしら。」

「それは…」

言葉を続けようとすると、口の中で痺れるような痛みが走って舌を噛む。黙り込む私を見て姉は睨みつけた。

「18年前の生まれた日、私たち双子のうちどちらかが、三大狐の誰かの番である、"花衣の華嫁"であるとう天命が空から降った。」

私も姉も自分達が花衣の華嫁であるという可能性をを受けて周りに期待されて生きていた。しかし、私がそれを光栄に思えたのは、6年前までだ。

「私はこうして東のお狐様である暁月様に番として選ばれた。」

花衣の華嫁が12歳になった誕生日のこと、東の地のお狐様が迎えに来た。花衣の華嫁は姉であったのだ。

先ほどの侍女が前に出て、私の腕を掴み引きずるように姉から離れさせる。

「貴方も、一緒に暮らしていた頃はそんな性格ではなかった。花衣の華嫁であろうと、なかろうと。どちらでも良いと言っていたというのに。一体どうしたというの?」

背を向け、控えめながらも淡く高価な袖を翻す。それ以上話したくないとでも言いたげだった。暁月様は慰めるようにその腕を取り、何かを話している。
そのまま、何ごともなかったかのように、列はゆっくりと進み出した。

「千春様。」

ずっと腕を掴んでいた侍女が振り下ろすように離した。心底私が嫌いだと伝えるようなその雰囲気に少し気圧されそうになり、すぐに取り繕って来た時と同じ笑みを浮かべた。

「なんでしょうか?」

「あのお方が、美鈴様が、どんな表情をしていたか、貴方に分かりますか?」

口を開こうとしてまた痺れが走り、痛みで顔を顰めてしまった。それに腹が立ったのか、捲し立てるように言った。

「美鈴様は、貴方の実姉でしょう!その夫を籠絡しようとしているんですよ!やってること分かっているんですか!気持ち悪い!」

事前に用意された言葉を述べる。

「運命を感じたんですよ。暁月様に。」

「そんなわけない!花衣の華嫁は貴方ではなかったのですから。この欠落華嫁!」

興奮のあまり目に涙を浮かべ、歯を食いしばっている。心から姉を想っているのだろう。
欠落花嫁。それは私が花衣の華嫁ではないとわかった際につけられた名であり、不名誉の証であった。

「暁月様は、美鈴様を運命だとおっしゃったんです。花衣の華嫁は双子のうち、どちらか一人。美鈴様だったんです!自分でなかったとはいえあんまりです。」

そのまま着物が汚れるのも躊躇わずに足元に崩れ落ちた。

「美鈴様だって辛いのです……貴方にわかりますか、運命のお狐様に選ばれて幸せだったとしても、実質的には母を殺した苦しみが。」

花衣の華嫁を産んだことによりその身体は力に耐えられず、私達が8歳の頃に亡くなってしまった。花衣の華嫁は間接的に自らの殺してしまったのだ。

その後、私達はそれぞれ別の家に引きとらることになる。姉は、東家に。私は西のお狐様の専属解封師に代々就任している西宮家へと。

「しかも、恐ろしい力を持つあなたは、それを暁月様に使用しようとしましたね。」

泣いた赤い目のその言葉に、心臓が跳ねる。

「聞きましたよ。貴方の解封術は、使用すると稀に月光氷が発生すると。」

侍女が告げた瞬間こちらの様子を伺っていた周りがざわめきだした。それに耐えられなくなった私は走り出していた。
後ろから叫ぶ侍女の声がする。その声に怖くなって、息が苦しくなっても足を止めなかった。

帰路に着く時はいつも憂鬱で怖かった。その気持ちは今日も変わらない。
西宮家の黒塗りの大門をくぐり抜けて待っている屋敷は柱や所々に金があしらわれており、この西宮家の繁栄の象徴である。
毎度、重い気持ちになりながら下足を脱ぎ、居間に上がる。
薄暗い室内だが、確かに灯がついていた。

「ただいま戻りました。」 

「今日も暁月様には相手にされなかったみたいね。ダメだったみたいね。この落ちぶれ者。」

椅子に腰掛け、つんとした狐のような表情をしているのは、西宮 蘭(にしみや 蘭)だ。この西宮家に引き取られてからの私の新しい姉である。今日はお稽古も早く終わったらしく、機嫌が良い。

「見ていらっしゃったんですね。」

「少し視界は低かったけど、声は聞こえるからねぇ。」

暁月様と接触する際には監視の意味も含めて、身につけるように義母に言われている。
蘭から贈られたこの耳飾りは蘭の力が込められて作られている。彼女の力を使えば、この耳飾りから様子を透視できるのだ。

「腕を触るところまではいったみたいだけれども会話にもなっていなぁい。」

着物を汚さないようにかけて、いつもの古着に着替える。

「押しかけたところもちょっと強引すぎ。まあ、この前贈り物を持ってきた時は警戒されちゃったもんねえ。」

くすくすと笑い、背にもたれてそのまま首を後ろに下げる。

「もうこんなやつの、花衣の華嫁の運命を当てにするより私がした方が良いわよ。時間の無駄よ、ねえ、お母様?」

その言葉に、心の底が冷たくなってどっと汗が出る。
まさか義母がこんなに早く帰ってきているだなんて気づかなかった。蘭の視線の先の部屋の奥に影が揺れていた。私は持っていた着物を落とし、その場にうずくまるよ 。

「申し訳ありませんでした。」

その場で頭を地面に擦り付けた。

「それはどちらへの謝罪かしら?」

かつんと音がして、近づいてくる。その音のたびに心臓が大きく跳ねて泣きたくなった。

「私に気づかなかったこと?また貴方の運命のはず、である暁月様に相手にされなかったこと?」

「…どちらもです。」

「何度同じことを繰り返すつもり?」

また、殴られる、打たれるかもしれない。自然と身体に力が入って、畳についたままの手を握りしめた。

「貴方と暁月"が"運命のはずよね?そのために、貴方の母が死んでから引き取って今まで育ててきたんだから。」

その目は爛々と光を宿して、こちらを見ていた。出来ない子を叱るように、何でこんなことも出来ないのかと言いたげだ。

「その通りでございます。」

「言ったものねえ?」

肩に脚を乗せられて骨ね軋む音がする。そのまま蹴られて身体が後ろに飛んだ。

「すみません。申し訳ありません。頑張ります。」

「ああっ、貴方が三大お狐様の誰かの番であれば、私は今頃!もっと大金を得ていたのよ!幸せになっていた!」

叫ぶような声で私を怒鳴りつける。今日の地獄が始まってしまったと血の味がする唇を噛み締めた。


目が覚めた時には、日差しはなくて、外は真っ暗だった。貧相な私がいる。入るけれど、こんな夜更けだしよく見えないだろう。

御母様の躾により、卓から落ちた硝子の破片が飛び散っている。

「金魚が……」

金魚は割れて小さくなった硝子水槽の中で苦しそうにしていた。時々尾鰭が出て空気に触れる。私に金魚鉢を飼う金はない。お母様に全て金は管理されているからだ。それならば外の世界に帰してやりたかった。

薄暗い外を歩きながら近くの河原に向かう。先ほどの参列を見ていたのだろうか。通りすぎる人々が私の顔を見ては逃げ、互いに話し始める。

「最近、この欠落華嫁は暁月様へ媚びを売っているみたい。」

「この化け物が…西邸屋の月光氷もあいつのせいなんじゃないか?」

この世界には誰も私の味方はいない。

運だって悪い。河原に降りて、川に流すように金魚を放ってたが、勢いよく跳ねてしまった。

「あっ」

石の上で金魚が跳ねて、このままでは死んでしまうと思った。慌ててその掴んだと思って、空を切っていた。

「一か八か……」

私の解封術を使用した際に月光氷ができるのはおよそ4分の1。弱っていくそれに妖華を当てる。だが、その瞬間、凍ってしまった。

「…死にたい。」

何もうまくいかない。
唐突に、頭がすっきりしたように自分はこの世には必要がないということを理解してしまった。
自分に解封術を当てる。氷ができて、自分の身が凍って、心臓が冷たくなって息が苦しくなっきた。

ーー最後に、姉と仲直りがしたかった。

「え…」

春の陽気のような暖かさが身体を包みこんで、目を開ける。
目の前には大きな鳥居があって、その両脇には桜が咲き乱れている。快晴の下で花びらが舞っていてまるで雨のようだった。

「綺麗……死んだの?あの世?」

「前と同じ発言だな。」

「ひっ」

後ろから声が出て振り向くと美しくて白いお狐様がこちらをじとりと見つめていた。溜め息をついてこちらを見下ろしている。
引っかかる言葉があった。

「前?」

お狐様は7つの尻尾をゆらしながら、こちらへ歩み寄ってくる。またたくまに尾に囲まれてしまって、逃げ道はなくす。

「だから前も言ったんだ。もう辛い思いをするのなら、現世になど戻らなくていい。永遠にこの領域で暮らせば良い。そうすれば、ずっと可愛がってやれる。」

質問には答えない代わりにそう言って一つ口付けを施す。

「は……」

「だが、お前は拒んだ。姉と仲直りしたいと言い出した。そんなに姉が好きか?」

何の話をしているのか分からない。それでも不思議と私の心の核心をついていた。

「俺としてはもう姉の記憶ごと消してやりたいぐらいだが。」

「それはだめ!」

反射的に出た言葉に自分でも驚きながら、目の前にある彼の胸元を押す。硬い胸板を感じてしまい、慌てて手を離した。

「誰なの?貴方様は…白い毛並みってことは三大お狐様の血縁ではなさそうね。」

守護職についていない狐妖も存在する。その類いの狐妖は人に化けたりして悪さをすることもあるのだ。そうなると、この景色も狐妖による幻覚なのかもしれない。

「俺は狐神だ。」

眉を下げ、何故か少し寂しそうな顔でさもなさげに告げる。

「え……」

一方、私は絶句した。"狐神"この國に生まれて、幼な子でもその存在を知らぬ者はいない。   

「この國の守護する狐の妖の神様が…なんで、そのようなお方が私なんかの前に?」

「お前は俺の番だからだ。」

状況についていけない私をよそに、狐神は私の手を取り、その頬に甘えるように擦り付ける。

そして口を開いた際、狐神は思いもよらぬことを言ったのだ。

「もう現世には戻らずに、ずっと俺と二人でいよう。」