コトリカゴ

 程なくして朝ご飯を食べ終えた頃、机の上にお弁当箱が置かれる。

「お弁当、置いとくわよ」

「うん。ありがとう」

 空になった食器をシンクに置いて、袋の中に作ってもらったお弁当箱を入れる。小さめの300㎖のボトルに麦茶を入れて、トートバッグにしまった。

「じゃあ行ってきます」

「気を付けてね」

 通学用のリュックを背負い、靴箱の上に置いてあった自転車の鍵を取る。玄関まで見送りに来てくれていた母親に、1週間ぶりの質問を投げ掛けた。

「父さんは。まだ帰って来ないの?」

 それまでにこやかだった母親の顔が途端に曇る。

「えぇ。まだ目処は立ってないみたい」

「そっか」

 聞き分けよく答えて、玄関の引き戸を引く。ガラガラと閉めていくと、母親の困った顔が見えなくなった。

「行くか」

 自分に納得させるように呟いて、自転車に跨る。広い庭のある敷地を出て、細く1本しかない田舎道を走り出した。


 自分が住む場所は、田舎も田舎。周りは木々に囲まれ、その昔山の中を切り開いて作られたような集落だった。鹿や猿、猪なんかの害獣対策が必要なところであり、夜道は危なかったりする。
 自分の家の周辺に他の家はないので、どれだけ大声で叫んでも苦情を言われる心配はない、と言うのは、田舎ならではの特権だろう。

 また場所が場所なだけに自然は豊かであり、道の脇には小川が流れている。道の両脇には広大な畑や田んぼが数多くあり、幼い頃は遊びの宝庫だった。

 田植えが始まるまでの田んぼで泥遊びが出来たし、山の中によくカブト虫や蝉を捕まえに行ったりもした。川に魚を釣りに出掛けたり、雪がそれなりに積もるので、毎年冬がやって来るのも楽しみだった。
 田舎であることから空気が澄んでいて、星が綺麗に見えることは魅力的だし、初夏の頃たくさんの蛍が飛ぶ光景は、今でも心を奪われる。

 と、良い部分を挙げてきたが、この村最大の不便さは何と言っても、交通インフラがないこと。
 近くに電車が止まる駅がなければ、当然市バスも通っていない。コミュニティバスすらなくて、住人の移動手段は車、バイク、自転車しかなかった。

 それには色々な理由があった。俺のような若い住人もいるが、両手の指で数えられる程。ほとんどが高齢者である過疎化した村に、交通インフラが伸びてこなかったこと。


 そして一番の理由は――

 この村が、村の住人が。
 よそ者を。村の外からの人間の訪れを、酷く嫌っているからだった。