転校生の響君は、陽キャ男子。

 響に余計なことを言ったバチでも当たったのか、響と観たミステリーのようなホラー映画は、それはもう失禁しそうなほどに恐怖を感じた。ただ、恐怖だけにとどまらないそれは、謎が多い分続きが気になって、目と耳を塞ぐに塞げない。
 シアタールームを出て流れるように人々が出口に向かう。そこを俺と響も水に流されるように歩き、途中にある大きな専用のゴミ箱にポップコーンとジュースの空容器を分別していく。
「金さん、やっぱ怖いの得意なんだね! 僕なんて、思わず叫んじゃったよ」
「だから言っただろ。俺に怖いものなんてないの」
 恐怖で、逆に声が出なかったとは言えない。隣に座る響の手を何度握りかけたことやら。シェアしたポップコーンを取る手が響のと重なった時なんて、それはもうギュッと強く握ろかと思ってしまった。
 そして、ホラー映画なんて観てしまった後は、何かと後ろが気になってしょうがない。警戒するように、チラチラと何度も後ろを振り返っては、後ろを歩く人と目があってしまう。
「ねぇ、金さん。聞いてる?」
「んあ?」
「欲しい物ってなに? 買ってから帰ろ」
「ああ」
 映画を観る前に、そんな話をしたっけ。しかし、あれは少しでも映画を観る時間を遅らす為の口実。買いたい物など特にない。
「やっぱ良い。日が暮れる前に帰ろうぜ」
「良いの?」
「もう十六時半だしな」
 窓がないので分からないが、そろそろ外は暗くなり始める頃だ。幸いなことに、響が俺の家を経由して帰宅するので安心ではある。それでも、ホラー映画を観た直後に暗い夜道を歩く勇気はない。
 映画館の入場ゲートを出て劇場のグッズ売り場を横目に、下りのエスカレーターに乗る。足元がゆっくりと下がって行くと、先程の映画の感想を言い合う女子二人の声が後ろから聞こえてきた。
「知ってた? あの脚本書いたの十七歳の男の子なんだって」
「マジ!? あたしらと変わんないじゃん」
「十七であんなの書けるの凄いよね」
 それを聞いて、俺も一歩前に立っている響に声をかける。
「今の聞いた? 俺らと同い年だって。凄いな……響?」
 響が珍しく人の話を聞いてない。いや、いつも聞かないが、わざとスルーしたり茶化したりの聞かないではなくて、本当に耳に入っていないようだ。
「響、響、おい、響!」
 三回目で、ようやく我に返ったようにこちらを向いた。
「あ、ごめん。何?」
「大丈夫か? 調子悪いんなら言えよ?」
「はは、大丈夫大丈夫」
 苦笑を浮かべる響はエスカレーターから踊り場に出て、更に三階、そして二階へと降りた。そのまま一階に降りるのかと思いきや、響は二階の踊り場からフロアへと向かった。ここは、先程見て回ったメンズショップや雑貨屋が並ぶフロアだ。
「響、何か買うのか?」
「え? 金さんが何か欲しいものあるんでしょ? 映画観る前に言ってたじゃん」
「だから、それは……」
 やはり、響がおかしい。
「響、熱でもあるんじゃ……」
 響の額に手を当てると、温かいが、激熱という程でもない。人肌程度。
「熱は、なさそう」
「な、何すんの?」
 照れながら俺の手を払う響は新鮮だが、こういう場面はいつも逆のことが多かった。故に、能天気で明るい響以外の反応をされると、俺としては困惑してしまう。
「調子悪くないなら良いけど……帰るぞ」
「買い物は?」
「今日は良い。それより、家まで送る」
 踵を返して下りのエスカレーターに乗れば、響も足早に付いてくる。
「待って。家まで送るって、金さん遠回りになるよ」
「良いから、今日は送る」
 様子のおかしい友人を途中から一人で帰すのは、おそらく後悔してしまう。明日も学校は休みで会わないので、明後日学校で元気な顔を見るまで、ずっと響のことを考えそうだ。
(あ、友人って……俺、無意識の内に、響を友達だと思ってたのか)
 どこかむず痒い気持ちになりながら、俺たちは店を後にした――。
 
 ◇◇◇◇
 
 電車の中でも徒歩で移動している最中も、道中ずっと『送らなくて大丈夫』と言ってくる響だが、俺はそれを全てスルーした。
 十月の十八時前というのは、思ったよりも陽が傾くのが早く肌寒い。
 達筆な字で力強く書かれた『清水』という表札は、重量感がある。
 そんな響の家は、俺の家からさほど遠くないところにあった。距離としては、一キロメートルくらいだろうか。歩いても十五分程度。ただ、問題はその規模だ。
(うわぁ、エグ。超金持ちじゃん)
 百坪はありそうな程大きな豪邸は、外観から見ると純和風な創りをしている。というのも、門がしっかりと閉じられており、中の様子が見えない。門や塀の上からは、松の木がチラリと見えるだけ。監視カメラが設置してあるので、あまり中を覗くと警備の者がかけつけて来そうだ。
「もしかして、響んちって……」
 響は気まずそうに目を逸らす。そんな響に、俺は小声で耳打ちする。
「極道だったりすんの?」
「は?」
「だって、こんな立派な家って、漫画とかだと大抵極道の家じゃん? この扉が開いたらさ、出迎えされんの? 『お勤め、御苦労様です!』みたいなさ」
 興味津々に聞けば、響は残念な子を見る目で俺を見てきた。どうやら、俺の予想は違うらしい。
「じゃあ、中には使用人とかがいて……」
「いないから。興味あるなら、入る?」
「え、良いのか!?」
 目をキラキラさせて言ったのは良いものの、日は既に傾いている。数十分もすれば外は真っ暗だろう。
「オホンッ、今日のところは帰るよ」
「そう? 遠慮しなくて良いよ。僕と金さんの仲でしょ?」
「いや、大丈夫。こんな時間に行くなんて、迷惑だからな」
 本心は暗い夜道を一人で歩いて帰りたくないだけだが、良識ある人を装ってみる。すると、響も僅かだがホッとしたような顔を見せた。
「じゃ、また月曜日にね」
「おう、またな」
 響に見送られながら、俺は帰路についた。
「はぁ……」
 曲がり角を曲がれば、溜め息が漏れた。理由は良く分からない。豪邸を目の当たりにして緊張してしまったからかもしれないし、久々の友人と過ごす休日に疲れたのかもしれない。はたまた、響を無事に家まで送り届けた達成感かもしれない。ただ、一つ言えるのは、このシンと静まり返った住宅街を一人で歩いて帰るのかと思うと、不安でいっぱいだということ。

 ――バサバサッ。

 塀の上に乗っていたカラスが羽ばたいた。
 俺の体は、その小さな音にピクリと反応し、固まった。
「カラス。今のは、カラス。それ以上でも、それ以下でもない。幽霊なんているはずない。殺人鬼なんて、そうそう歩いているわけない」
 ぶつぶつと呟きながら、俺は辺りを警戒するように歩いた。
 冷や汗を流しながら、二つ目の路地を右に曲がろうとしたところで、背後から足音が近づいているのに気が付いた。
 人が歩いているのなら安心ではある。しかし、先程の映画では、こういう閑散とした通りで背後から包丁を持った男が――――。
 何者かに、肩をトンと叩かれた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
 俺が悲鳴を上げたからか、肩を叩いた相手も同時に悲鳴を上げる。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
 恐怖に慄いて尻もちを付いた俺は、もう一人の悲鳴の相手の正体が分かって安堵する。
「な、なんだ。響か」
「『なんだ』って、なんだと思ったの? すっごいビックリしたんだけど」
「それは、こっちのセリフだよ。もうちょっとマシな声のかけ方ってのがあるだろ」
「普通だと思うけどな」
 響に手を差し出され、それを不機嫌そうに取る。
「で? なに?」
「いや、ちょっと、不安になって……」
「不安?」
「金さんが、どこか行っちゃいそうな気がして……」
 初めて見るその沈痛な面持ちに、ドキリとする。
「怖いこと言うなよ」
 そんなこと言われた日には、夜に一人でトイレに行けそうにないんだが。それなのに、響は笑いながら『ははは、そんなことないよね』と言って帰っていくのだ。俺に一抹の不安だけを残して。
 そう思っていたら、響は笑うことなく深刻そうな顔で見上げてきた。
「そんなこと……ないよね?」
 疑問形で聞き返して来るものだから、俺も憂いが募る一方だ。
「響。今日、お前、本当にどうしたんだよ。変だぞ」
「……ごめん」
 本気でどうしたのだろうか。元々響のことは良く知らないが、いつもと違うことは確かだ。そして、俺の不安感や恐怖心が最高潮に達しているのも確かだ。
「響。明日、用事ある?」
「特には……」
「んじゃ、うち、泊まる?」
 いや、泊まってくれ。絶対に泊まってくれ。暇なら泊まってくれ。そうでないと、俺が困る。俺は、一人っ子なんだ。今更、幽霊が怖くて両親の間で眠るなんて出来ない。頼む、泊まってくれ!
 念を送れば、響は呆気に取られた顔をした後、にっこりと笑った。
「泊まる」
 俺は、心底安堵した。
「じゃ、お泊りセットでも取りに行くか」
「金さんの貸して」
「良いけど、親御さんとかにも言って行った方が良いだろ?」
「大丈夫。どうせ僕なんて、いてもいなくても誰も気づかないから。さ、行こう」
 響は上機嫌に歩き出したが、突然ぶっ込まれた気がするのだが。触れて良いのか悪いのか判断に困るような微妙な言葉をさらりと……。
 ひとまず、聞かなかったことにしておこう。
「とにかく、連絡だけは入れとけよ」
「うん。楽しみだなぁ」
「……だな」