――とある休日の昼下がり、響と映画を観に行くことになった。というのも、賭けに負けたから。
加藤と長谷川がゲームセンター内で賭けをしている横で、暇だからと俺と響も賭けをした。その結果、俺が負けた。
負けた方は勝った方の言うことを何でも聞くという条件だった為、翌日の土曜日、つまり今日一緒に映画を観ようと誘われたのだ。
ただ、ここ一年近く友人と出かけることが無かった俺は私服に困り、結局制服姿で来てしまった。対して、響は清潔感のある真っ白なパーカーにダボッとしたパンツ姿で、制服の時より可愛さ満点だ。
「金さん、学校行ってたの?」
「ちょっとな」
軽く嘘を吐いてから、ショッピングモールの最上階に向かう為、エスカレーターに乗った。
食料品から衣類、雑貨、飲食店など、様々な店が入っている大型ショッピングモールに、且つ土曜日ということもあり、家族連れや学生、カップルなど、老若男女問わず賑わっている。
「はぁ……人の多いところ、俺、苦手なんだけどな」
まだ何もしていないのに、そこにいるだけで疲れてしまう。これからすることが映画鑑賞で良かったと、改めて思う。
「けど、加藤のやつ、せっかくゲームに勝ったのにあれで良かったんかな。俺には理解できん」
「加藤君が一緒にいたい相手が長谷川君なんだから、良かったんじゃない」
「まぁ、イジメられてないんなら良いけどさ」
――クレーンゲームで勝負をした加藤と長谷川。長谷川はゲームの類は全て得意なようで、それはもう自信満々に勝負を受けていた。
しかし、結果は加藤の勝利。
勝負に負けた長谷川は随分と苛立ってはいたが、負けは負け。光井や栗原らが隣で文句を言いつつも、リーダー格の長谷川の一言で加藤はイジメの対象から解放する運びとなった。ついでに、俺と響に飛んできた火の粉も加藤が勝利したことで消え、めでたしめでたし。
なんやかんや、今後は流れ者同士、加藤も俺たちと連んで、三人で過ごす生活が待っているのだろう。誰もが……俺は、そう思っていた。しかし、加藤は遠慮がちに言った。
『長谷川君。僕、ゲームに勝ったからさ……これからも、一緒にいて良い……ですか?』
皆が唖然とした。いや、響だけは分かっていたかのように、うんうんと和かに頷いていた。
『だけど、僕……これまでのようなゲームはしたくなくって……普通に、友達として、一緒にいたい。ダメ……かな?』
補足してもう一度言えば、長谷川はそっぽを向いて不貞腐れたように吐き捨てた。
『好きにすれば』
周りからは、『良いのかよ』『もう一回勝負したら良いじゃん』『さっきのは、まぐれだし』と、長谷川に考え直すよう説得する発言をするものの、これまた長谷川の一言は大きいようで……。
『負けは負けだから』
その一言で、皆が黙った。
本当にイジメがなくなったかは、今後の経過を見ていかなければ分からない。それでも、ひとまず今回はこれで決着がついた――。
俺としては納得のいかない結末で、映画館に着いた今もモヤモヤして映画自体を楽しめそうにない。
「で? 響は、何観たいの?」
上映スケジュールを眺めて聞いてみれば、響は大きなモニター映像を指さした。
「これこれ。予告編観て、一回来てみたかったんだよね」
「マジ……?」
「金さん、こういうの苦手だった?」
「そんなわけ……」
帰りたい。今すぐに。
だって、上映されている映画は、恋愛モノやアクションモノ、ほのぼの系からシリアス系まで多岐に渡るのに、よりにもよって、この男はホラーを選ぶのだ。可愛い顔して、ホラーが好物とは……。
だが、苦手なんて言えるはずもない。一匹狼を貫いている捻くれ男子が、ホラーが大の苦手なんて言えるはずがない。それでも、平常を装い抵抗はしてみる。
「けど、上映時間一時間後じゃん。他のにしよ」
「でも、二人分もう買っちゃってるよ」
「え、いつ、なんで!?」
響はスマホを操作してから、QRコードのついた画面を見せて来た。
「この間、肉球取ってくれたから、お詫びにと思って」
「あれは、パフェで、おあいこになったじゃん」
「パフェも結局僕がほとんど食べちゃったし」
「そういうのは、自覚あるんだな……」
しっかりと借りを返す様は偉いと思うが、今回ばかりは嫌がらせの何者でもない。せめて違う映画にして欲しかった。
「でも、金さんが言ったんだよ。怖いの好きって」
「は? 俺は、一言も……」
言ったかもしれない。あれは、響が転校して来て間もない頃――。
俺の周りをあまりにもちょこまかするものだから、冗談半分に言ったのだ。
『俺と一緒にいたら、霊が乗り移っても知らねぇから』
『え!? 金さん、霊に取り憑かれてるの!? 平気なの!? 怖くないの!?』
大袈裟にリアクションする響に、得意げに応えた。
『は? この俺に怖いモンなんてあるわけないだろ。むしろ、ホラーは好きだ。ウェルカムだ』
なんて、嘘八百を並べ立てたことがある。
とはいえ、そんな嘘を吐いても響は動じることも無かった。むしろ、こんなことになるなら普通に苦手と言っておけば良かった。
「ね、怖いの好きって言ってたでしょ?」
「ああ、言った。言ったわ」
訂正するなら今だ。今ならまだ間に合う。しかし、目の前で屈託のない笑みを浮かべている響に小馬鹿にされること間違いなし。今更言えない。
「よし、始まるまで服でも見るかな」
幸いここは大型のショッピングモールだ。特段買いたいものもないが、移動しているだけでも時間がすぎる。
出来るだけゆっくりとウィンドウショッピングを楽しみ、『いつの間にか映画始まっちゃったね』と、見始める時間を一分でも一秒でも遅くしよう。最後にトイレに籠るのも手かもしれない。
そんな俺の細やかな抵抗はバレていないようで、響も乗り気だ。
「良いね。僕が金さんのコーディネートしてあげるよ」
「任せた」
再びエスカレーターに乗っておりようとしたその時、見覚えのある二人がエスカレーターから上がって来るのが見えた。
「加藤……」
「長谷川君もいるね」
加藤と長谷川が、二人仲良さそうに笑っている。
「金さん、こっち」
「え」
響に引っ張られ、大きなパネルの裏に隠れた。
「なんで隠れる必要があるんだよ」
「だって、僕らがいたら、あんな笑顔は見れないよ」
パネルの端から、こっそりと二人の様子を窺った。
「……確かに。二人のあんな自然な笑顔、初めて見たかも」
普段教室で見せる加藤は愛想笑いばかり。対して、長谷川は優等生の作り笑い。ここまで自然な二人の笑顔は初めてだ。
「あの二人、幼馴染なんだって」
「へぇ、だからか……って、は? 幼馴染!?」
驚いている俺の横で、当たり前のように響は話す。
「長谷川君があまりにも優等生になっていくから、加藤君は隣にいるのは釣り合わないって一歩引いちゃったんだって」
「は? 加藤、そんなこと一言も」
「長谷川君が言ってたから」
「そっか、そっか。長谷川が……は?」
「二人とも素直になれなくて、繋ぎ止める方法があれだったんだろうね」
もう、意味が分からない。加藤と長谷川が幼馴染で、優等生で、一歩引いて、繋ぎ止める方法があれで……頭の中が整理できそうにないんだが。しかも、いつ響は長谷川からその情報を聞き出したのか。
「つまり……どういうことだ?」
「二人とも、本当は一緒にいたいんだけど、遠回りしちゃった感じかなぁ」
「実は、最初から仲良しだったってことか?」
「そういうこと」
「意味分かんねぇ……」
脱力してその場で項垂れていると、長谷川と加藤の声が近付いてきた。
「疾風。クレーンゲーム、いつの間にあんな上手くなってたの?」
「太志君の、いっつも見てたから」
「もう、下の名前で呼ばないでっていってんじゃん。疾風と違って、地味で格好悪いんだから」
「そんなことないけどな。学校では長谷川君って呼ぶようにするから、二人の時くらい良いでしょ?」
「だーめ」
これは、仲良しどころではない。超が付くほどの仲良しだ。
よくよく考えると、長谷川以外は『加藤』『加藤君』と苗字呼びだったのに対し、長谷川だけ『疾風』と名前呼びだった。それに、加藤は俺が長谷川を悪く言うと、庇った発言をしていた。そういうことだったのか……。
「俺達の苦労を返せ」
「まぁ、僕ら何もしてないんだけどね」
「確かに……てか、響。よく長谷川からその情報手に入れたな」
「手に入れたっていうか、半分は憶測。幼馴染ってことしか長谷川君は話してないよ」
「憶測で普通そこまで分かるか?」
やはり響は賢い。先の先まで読み尽くしている。
それを隠すように笑って誤魔化す響は、俺の手を取ってパネルから出た。
「平和なら、それで良いじゃん。さ、金さん。行こう」
「そうだな」
気を取り直して、俺は下りのエスカレーターに乗って下へ向かった――。
◇◇◇◇
待ちに待っていない時間というのは早く過ぎるもので、あっという間に四十分が経過した。
三店舗ほどメンズショップを周り、カジュアル、きれいめ、ストリートなど数着ほど試着したが、買いもしないのに何着も着るのも気が引ける。一旦休憩することにし、広い廊下の二人がけソファに響と腰を下ろした。
「少し休憩」
「じゃあ、五分くらいしたら、映画館行こっか」
そうだった……今、まさにベストな時間だ。上映開始二十分前なんて、トイレに行ってポップコーンだって買える。少しくらい行列が出来ていても、少し予告編を見逃す程度だ。
「あー、そういえば俺、欲しいものが……」
「後でまた来れば良いよ。先、映画行こ」
「……だな」
俺としたことが、計画が台無しだ。
渋々重たい腰を上げれば、隣で響がクスリと笑った気がした。その顔を見ると、クスリではなく、いつものヘラヘラした顔だ。
「楽しみだね」
その笑顔は、本物のようにも見えるが、どこか嘘っぽい。先程の加藤と長谷川ではないが、そんな違和感を覚える。俺は、響の心からの笑顔を見たことがあるのだろうか。
「響、お前……楽しい?」
「……え?」
「本心で、笑ってる?」
「笑ってる……よ」
その顔に一瞬動揺の色が見えたが、すぐにヘラリと笑ってみせた。
「金さんって、やっぱ面白いね。行こう」
「お、おう」
――それから映画が始まるまで、いつも以上に響がお喋りになったのは、俺のせいだろうか。俺のせいだろうな。
加藤と長谷川がゲームセンター内で賭けをしている横で、暇だからと俺と響も賭けをした。その結果、俺が負けた。
負けた方は勝った方の言うことを何でも聞くという条件だった為、翌日の土曜日、つまり今日一緒に映画を観ようと誘われたのだ。
ただ、ここ一年近く友人と出かけることが無かった俺は私服に困り、結局制服姿で来てしまった。対して、響は清潔感のある真っ白なパーカーにダボッとしたパンツ姿で、制服の時より可愛さ満点だ。
「金さん、学校行ってたの?」
「ちょっとな」
軽く嘘を吐いてから、ショッピングモールの最上階に向かう為、エスカレーターに乗った。
食料品から衣類、雑貨、飲食店など、様々な店が入っている大型ショッピングモールに、且つ土曜日ということもあり、家族連れや学生、カップルなど、老若男女問わず賑わっている。
「はぁ……人の多いところ、俺、苦手なんだけどな」
まだ何もしていないのに、そこにいるだけで疲れてしまう。これからすることが映画鑑賞で良かったと、改めて思う。
「けど、加藤のやつ、せっかくゲームに勝ったのにあれで良かったんかな。俺には理解できん」
「加藤君が一緒にいたい相手が長谷川君なんだから、良かったんじゃない」
「まぁ、イジメられてないんなら良いけどさ」
――クレーンゲームで勝負をした加藤と長谷川。長谷川はゲームの類は全て得意なようで、それはもう自信満々に勝負を受けていた。
しかし、結果は加藤の勝利。
勝負に負けた長谷川は随分と苛立ってはいたが、負けは負け。光井や栗原らが隣で文句を言いつつも、リーダー格の長谷川の一言で加藤はイジメの対象から解放する運びとなった。ついでに、俺と響に飛んできた火の粉も加藤が勝利したことで消え、めでたしめでたし。
なんやかんや、今後は流れ者同士、加藤も俺たちと連んで、三人で過ごす生活が待っているのだろう。誰もが……俺は、そう思っていた。しかし、加藤は遠慮がちに言った。
『長谷川君。僕、ゲームに勝ったからさ……これからも、一緒にいて良い……ですか?』
皆が唖然とした。いや、響だけは分かっていたかのように、うんうんと和かに頷いていた。
『だけど、僕……これまでのようなゲームはしたくなくって……普通に、友達として、一緒にいたい。ダメ……かな?』
補足してもう一度言えば、長谷川はそっぽを向いて不貞腐れたように吐き捨てた。
『好きにすれば』
周りからは、『良いのかよ』『もう一回勝負したら良いじゃん』『さっきのは、まぐれだし』と、長谷川に考え直すよう説得する発言をするものの、これまた長谷川の一言は大きいようで……。
『負けは負けだから』
その一言で、皆が黙った。
本当にイジメがなくなったかは、今後の経過を見ていかなければ分からない。それでも、ひとまず今回はこれで決着がついた――。
俺としては納得のいかない結末で、映画館に着いた今もモヤモヤして映画自体を楽しめそうにない。
「で? 響は、何観たいの?」
上映スケジュールを眺めて聞いてみれば、響は大きなモニター映像を指さした。
「これこれ。予告編観て、一回来てみたかったんだよね」
「マジ……?」
「金さん、こういうの苦手だった?」
「そんなわけ……」
帰りたい。今すぐに。
だって、上映されている映画は、恋愛モノやアクションモノ、ほのぼの系からシリアス系まで多岐に渡るのに、よりにもよって、この男はホラーを選ぶのだ。可愛い顔して、ホラーが好物とは……。
だが、苦手なんて言えるはずもない。一匹狼を貫いている捻くれ男子が、ホラーが大の苦手なんて言えるはずがない。それでも、平常を装い抵抗はしてみる。
「けど、上映時間一時間後じゃん。他のにしよ」
「でも、二人分もう買っちゃってるよ」
「え、いつ、なんで!?」
響はスマホを操作してから、QRコードのついた画面を見せて来た。
「この間、肉球取ってくれたから、お詫びにと思って」
「あれは、パフェで、おあいこになったじゃん」
「パフェも結局僕がほとんど食べちゃったし」
「そういうのは、自覚あるんだな……」
しっかりと借りを返す様は偉いと思うが、今回ばかりは嫌がらせの何者でもない。せめて違う映画にして欲しかった。
「でも、金さんが言ったんだよ。怖いの好きって」
「は? 俺は、一言も……」
言ったかもしれない。あれは、響が転校して来て間もない頃――。
俺の周りをあまりにもちょこまかするものだから、冗談半分に言ったのだ。
『俺と一緒にいたら、霊が乗り移っても知らねぇから』
『え!? 金さん、霊に取り憑かれてるの!? 平気なの!? 怖くないの!?』
大袈裟にリアクションする響に、得意げに応えた。
『は? この俺に怖いモンなんてあるわけないだろ。むしろ、ホラーは好きだ。ウェルカムだ』
なんて、嘘八百を並べ立てたことがある。
とはいえ、そんな嘘を吐いても響は動じることも無かった。むしろ、こんなことになるなら普通に苦手と言っておけば良かった。
「ね、怖いの好きって言ってたでしょ?」
「ああ、言った。言ったわ」
訂正するなら今だ。今ならまだ間に合う。しかし、目の前で屈託のない笑みを浮かべている響に小馬鹿にされること間違いなし。今更言えない。
「よし、始まるまで服でも見るかな」
幸いここは大型のショッピングモールだ。特段買いたいものもないが、移動しているだけでも時間がすぎる。
出来るだけゆっくりとウィンドウショッピングを楽しみ、『いつの間にか映画始まっちゃったね』と、見始める時間を一分でも一秒でも遅くしよう。最後にトイレに籠るのも手かもしれない。
そんな俺の細やかな抵抗はバレていないようで、響も乗り気だ。
「良いね。僕が金さんのコーディネートしてあげるよ」
「任せた」
再びエスカレーターに乗っておりようとしたその時、見覚えのある二人がエスカレーターから上がって来るのが見えた。
「加藤……」
「長谷川君もいるね」
加藤と長谷川が、二人仲良さそうに笑っている。
「金さん、こっち」
「え」
響に引っ張られ、大きなパネルの裏に隠れた。
「なんで隠れる必要があるんだよ」
「だって、僕らがいたら、あんな笑顔は見れないよ」
パネルの端から、こっそりと二人の様子を窺った。
「……確かに。二人のあんな自然な笑顔、初めて見たかも」
普段教室で見せる加藤は愛想笑いばかり。対して、長谷川は優等生の作り笑い。ここまで自然な二人の笑顔は初めてだ。
「あの二人、幼馴染なんだって」
「へぇ、だからか……って、は? 幼馴染!?」
驚いている俺の横で、当たり前のように響は話す。
「長谷川君があまりにも優等生になっていくから、加藤君は隣にいるのは釣り合わないって一歩引いちゃったんだって」
「は? 加藤、そんなこと一言も」
「長谷川君が言ってたから」
「そっか、そっか。長谷川が……は?」
「二人とも素直になれなくて、繋ぎ止める方法があれだったんだろうね」
もう、意味が分からない。加藤と長谷川が幼馴染で、優等生で、一歩引いて、繋ぎ止める方法があれで……頭の中が整理できそうにないんだが。しかも、いつ響は長谷川からその情報を聞き出したのか。
「つまり……どういうことだ?」
「二人とも、本当は一緒にいたいんだけど、遠回りしちゃった感じかなぁ」
「実は、最初から仲良しだったってことか?」
「そういうこと」
「意味分かんねぇ……」
脱力してその場で項垂れていると、長谷川と加藤の声が近付いてきた。
「疾風。クレーンゲーム、いつの間にあんな上手くなってたの?」
「太志君の、いっつも見てたから」
「もう、下の名前で呼ばないでっていってんじゃん。疾風と違って、地味で格好悪いんだから」
「そんなことないけどな。学校では長谷川君って呼ぶようにするから、二人の時くらい良いでしょ?」
「だーめ」
これは、仲良しどころではない。超が付くほどの仲良しだ。
よくよく考えると、長谷川以外は『加藤』『加藤君』と苗字呼びだったのに対し、長谷川だけ『疾風』と名前呼びだった。それに、加藤は俺が長谷川を悪く言うと、庇った発言をしていた。そういうことだったのか……。
「俺達の苦労を返せ」
「まぁ、僕ら何もしてないんだけどね」
「確かに……てか、響。よく長谷川からその情報手に入れたな」
「手に入れたっていうか、半分は憶測。幼馴染ってことしか長谷川君は話してないよ」
「憶測で普通そこまで分かるか?」
やはり響は賢い。先の先まで読み尽くしている。
それを隠すように笑って誤魔化す響は、俺の手を取ってパネルから出た。
「平和なら、それで良いじゃん。さ、金さん。行こう」
「そうだな」
気を取り直して、俺は下りのエスカレーターに乗って下へ向かった――。
◇◇◇◇
待ちに待っていない時間というのは早く過ぎるもので、あっという間に四十分が経過した。
三店舗ほどメンズショップを周り、カジュアル、きれいめ、ストリートなど数着ほど試着したが、買いもしないのに何着も着るのも気が引ける。一旦休憩することにし、広い廊下の二人がけソファに響と腰を下ろした。
「少し休憩」
「じゃあ、五分くらいしたら、映画館行こっか」
そうだった……今、まさにベストな時間だ。上映開始二十分前なんて、トイレに行ってポップコーンだって買える。少しくらい行列が出来ていても、少し予告編を見逃す程度だ。
「あー、そういえば俺、欲しいものが……」
「後でまた来れば良いよ。先、映画行こ」
「……だな」
俺としたことが、計画が台無しだ。
渋々重たい腰を上げれば、隣で響がクスリと笑った気がした。その顔を見ると、クスリではなく、いつものヘラヘラした顔だ。
「楽しみだね」
その笑顔は、本物のようにも見えるが、どこか嘘っぽい。先程の加藤と長谷川ではないが、そんな違和感を覚える。俺は、響の心からの笑顔を見たことがあるのだろうか。
「響、お前……楽しい?」
「……え?」
「本心で、笑ってる?」
「笑ってる……よ」
その顔に一瞬動揺の色が見えたが、すぐにヘラリと笑ってみせた。
「金さんって、やっぱ面白いね。行こう」
「お、おう」
――それから映画が始まるまで、いつも以上に響がお喋りになったのは、俺のせいだろうか。俺のせいだろうな。



