転校生の響君は、陽キャ男子。

 近くのファミレスに入った俺と響、加藤は、ドリンクバーと山盛りポテトを注文し、小一時間程だべっている。
 ただ、その内容がエグすぎて、だべるというレベルではない。人生相談……いや、俺が半分以上尋問している状態だ。
「で? それ、いつから」
「二年の五月くらい。友達出来なくて、長谷川君に声かけられて……」
「まさか、嬉しくて気付かないフリしてた。みたいな?」
 こくりと頷く加藤は、慌てて付け足した。
「で、でも、長谷川君は悪くないんだよ」
「どうして、あんな陰湿な最低野郎庇うんだよ」
「最低なんかじゃないよ。悪いのは、僕……だからさ」
「意味分かんねぇ」
「だ、だよね……はは」
 終始愛想笑いを浮かべる加藤。それがまた俺を苛立たせる。

 ーー加藤疾風。友人もそれなりにおり、愛想笑いを浮かべてその場をやり過ごす、ただの大人しめの陰キャ男子。そんな彼こそが、クラスの優等生メンバー四人からイジメに遭っている生徒だった。
 イジメの内容としては、親の金を財布から抜いてこいだの、好きでもない子に告白してこいだの、酷い時には、本のとあるページの写真を撮ってこいといった、一歩間違えば犯罪まがいなことを命令されるのだとか。それも、度々加藤の不得意とするゲームを持ちかけ、嫌がらせを続けているらしい。万が一誰かに咎められても、ただの罰ゲームと言い逃れする為に。
 水をかけられたり、私物を隠されたりといった、長谷川らが自ら手を下すものではないのが厄介なところ。相手が優等生なだけあって、証拠も残していない。
 クラスの一軍メンバーに弄られている早川ばかりに目がいっていたこともあるが、イジメの内容が陰湿過ぎて、おそらくその事実に誰も気付いていない。それくらい、俺の中でノーマークな人物だった。
「てか、響。お前知ってたの?」
 長いポテトにケチャップとマヨネーズを絡めている響に聞けば、いつものようにヘラヘラと笑って応えた。
「金さん、知らないの? 僕が転校して来たの先月だよ」
「……だよな」
 しかし、どこか腑に落ちない。
 あの肉球のスクイーズの場所。位置的に太鼓のゲームをしているプレイヤーからは死角となるが、こちらからは覗けば後ろ姿が見えるところにあった。敢えて、あの場所で監視していたのでは……そんな風に疑ってしまう。
 ただ、響の言うように、一ヶ月前に転校してきた生徒にそんな陰湿なイジメを見抜くことが出来るのだろうか。自慢じゃないが、一匹狼を貫いていた俺は暇すぎて毎日人間観察をしていた。誰が誰に好意を抱いているかだって知っている。そんな俺が見抜けなかったのに、転入して間もない響に見抜けるはずがない。
 メロンソーダを飲みながら隣にいる響を横目に見ていると、タッチパネルでイチゴのパフェを注文し始めた。
「響、ポテト食ったら帰るって言っただろ」
「だって、食べたいんだもん。金さんもいる? 肉球のお礼」
「いらねぇよ。男がパフェなんて……」
 また化石とか言われるのだろう。
「じゃあ、そのチョコのやつ。奢りだかんな」
「チョコレートパフェね。加藤君は? 何か食べる?」
「僕は、大丈夫。それより、修学旅行のグループ……無理矢理入っちゃってごめんね。こんな僕となんて、嫌だよね」
 おそらく、修学旅行の班決めの彼の行動は、長谷川らから逃げる為に勇気を振り絞った結果なのだろう。それは認めるが、それでも自信なげな加藤に辟易してしまう。
 俺は思ったことがあればすぐに態度に出るし、すぐに口に出す。嫌なことなら尚更だ。だから、嫌なことを嫌と言えない早川も、結局逃げきれずにゲームをした加藤のことも理解出来ない。ただ、もっと理解出来ないのが一人いた――。
「修学旅行といえば、金さん聞いてよ。僕、転勤族でさ、小学校の五年生まで山口にいたのに、六年で京都に引っ越したら、まさかの修学旅行山口だよ。で、そこから中二でまた引っ越して、中学の修学旅行、どこ行ったと思う?」
「……京都?」
「正解!」
 正解して、なんとなく嬉しいのは顔に出さないように努力する。一匹狼は、喜ばない。
 それはさて置き、イジメの話を聞いたにも関わらず、それを憐れむでも一緒に対処法を考えるわけでもない響。何を考えているのかサッパリ分からない。
 そして、すぐに話が逸れるものだから、軌道修正が俺の役目になりつつある。
「けど、あいつら、マジヤバいな。中間試験のデータ盗めってさ。加藤、やるなよ」
「あー、うん……」
 これは、長谷川らに言われたらしてしまうやつだ。どうしたものか。
「この際、先に担任にでも相談するか?」
「しても意味ない……かも」
「なんでだよ。やって」
 やってみないと分からないと言いかけた所に、女店員が注文したパフェを持って来たので、一旦黙る。
「お待たせ致しました。イチゴパフェとチョコレートパフェになります」
 イチゴパフェとチョコレートパフェが、誰の前とも言えないポテトの横に並んだ。イチゴパフェを早々に取る響とは反対に、俺は店員が一礼して踵を返したのを確認してからチョコレートパフェを手に取った。
「思ったよりデカいんだな」
 初めて頼むパフェ。どうやって食べ進めるのが正解か分からず響を横目で見やる。パフェの上に乗っている市販のクッキーにイチゴのアイスと生クリームを付けたので、俺もクッキーにチョコレートアイスと生クリームを付けて一口食べる。
「あっま」
 想像以上の甘さに、バナナを細長いスプーンで掬って食べる。バナナもよく熟れて甘かった。
「響、ちょい交換」
「良いよ」
「食うの早ッ」
 交換した響のイチゴパフェは、既に半分なくなっていた。生のイチゴなんて、もはや一つもない。
 底のコンフレークとイチゴのムースを掬い取って食べてみる。程よい酸味と、味のないコンフレークが俺の舌には合った。
「次からは、イチゴにしよ」
「金さんも女子の仲間入りだねぇ」
「は? なんでそうなんだよ。今どき、化石なんだろ?」
「そうだけど、イチゴパフェは女子の人気ランク一位なんだって。つまり、金さんも可愛いオ・ト・メ」
 チョコレートパフェも半分以上食べ進める響の頭をはたきたい。思い切り、はたいてやりたい。
「その減らず口、叩けなくしてやろうか」
「きゃッ、金さんのえっち」
 響は、口元を可愛く両手で隠した。
「は? なんでえっち?」
「だって、金さん。キスして口を塞ぐ気でしょ?」
「なッ……」
 思わず想像してしまった。俺と響がキスをする様を。
 怒りと羞恥で顔を赤くさせ、わなわな震えていると、加藤がフッと笑った。
「はは、ごめん。二人とも、仲良いんだね」
「どこが!」
「それはもう、小学校からの仲だもんね。金さん」
 平気で嘘を吐く響だが、響の距離感がバグっているせいで、俺も最近それくらい前からの仲なのではないかと思う時がある。
「僕も、こんな友達が欲しかったな……」
「加藤……」
 胸に込み上げてくるものがあり何も言えないでいると、響が冗談とも言えない声色で平然と言った。
「金さんは、僕のだからあげないよ」
 初めて見るその冷ややかな目に、加藤も狼狽える。
「あ、いや、僕は……」
 響、その言い方は俺でも心を抉られるぞ。イジメられている奴が『僕も、こんな友達が欲しかったな……』そんなことを言ったら、普通は『僕らだって、もう友達だよ!』と返すのが常だろう。そして、イジメている奴らから遠ざけ、万事解決。それなのに、先程まで友好的だった相手が手のひらを返すのはイジメより酷い気がする。
 ほら、加藤が涙目になっている。
 それでも響は、とどめと言わんばかりに一撃を食らわす。
「僕は加藤君と違って、自分が一緒にいたい相手と一緒にいるだけだから」
「…………」
「響、言い過ぎ」
 小声で諭すが、響は俺にも同意を求めて来た。
「金さんだって、自分をしっかりもってない人、嫌いでしょ?」
「嫌いってわけじゃ……」
 加藤を見ると、完全に俯いている。
「まぁ、でも、嫌なことは嫌って言える奴の方が、好き……ではあるな」
 ーーそれから、加藤は愛想笑いをすることもなく、口を開くこともなかった。