体育祭と文化祭、修学旅行のあれこれが決まり、後は帰るだけ。スクールバックを肩にかけ、気だるそうにズボンのポケットに手を入れて教室から出れば、当たり前のように響が隣に並んで歩き出す。
「金さん、金さん。今日は、どこ寄って帰る?」
まるで、毎日寄り道をしているような言い草だが、一度として響と寄り道をして帰ったことはない。
「駅前のゲーセンに、肉球のスクイーズがあるんだけどさ、あれがどうしても取れなくって。金さんって、クレーンゲーム得意?」
「別に」
「じゃあ、僕の代わりに取ってよ。五百円くらいあったら取れる?」
「俺が、いつ得意って言ったんだよ」
「さっき」
財布の中身を確認する響は、相変わらず人の話を聞かない。クラスメイトらの揉め事の調整役になった時は、あんなにも頼り甲斐があるのに、二人だと何故こうなのか。
「響、お前わざとやってんの?」
「なにを?」
「その惚けた感じのやつ。本当は、頭良いだろ?」
「さぁ、まだ中間試験受けてないし。金さんよりは、上な気はするけどねー」
挑発的な笑みを浮かべる響にムッとした俺は、絶対に響にだけは負けないと、心の中で密かに闘志を燃やす。ついでに、クレーンゲームで響でも取れない物を取れたら、俺に対する態度を改めるだろうか。
「よし、俺がそのスクイーズ取ってやる」
「え、良いの?」
「その代わり、取れたら少し静かにしろよ」
いつもなら真っ直ぐ帰るところだが、本日は進路を変更し、ゲームセンターのある駅の方へと向かうことにした。
――向かうことにしたのは良いが、学校と駅の間にある公園が近付いてくるにつれ、足取りが重くなる。
まだ俺の足が言うことをきいていた頃、良くこの道を走っていた。
俺の専門は短距離だったが、体力づくりの為、学校を起点に滑り台とブランコ、タコのような遊具があるその公園の横を通り、駅に向かって線路沿いを走った。急勾配の坂も全速力で駆けた。それなのに、今は――――。
自分がもっと慎重にしていたら、準備運動をもっと念入りにしていたら、友人に妙なライバル意識を向けていなければ……後悔ばかりが押し寄せる。
もう忘れよう、そう思えば思う程、思い出し、考える。そして、自暴自棄になる。
公園の入り口に落ちている空き缶を思い切り蹴り飛ばしてやろうと思った時、それを響がヒョイっと拾った。
「もう、ゴミ箱すぐそこにあるのに、何でこういうことする人がいるかな」
プンスカ怒る響は、公園横の自動販売機に備え付けられている専用のゴミ箱にそれを捨てた。
この苛立ちを解消させる物が無くなり、俺はその場にポカンと立ち尽くす。なんだか、空き缶と一緒に俺のこの胸に秘めるモヤも一緒に捨てられたような感覚に陥った。
思考が停止した俺の耳には、響が手をパッパッと払う音だけが聞こえてくる。
「金さん、行こう」
「…………」
「金さん? 金さんってば。聞いてる?」
袖口をピッピと小さく引っ張られ我に返った俺は、右の頬を手の甲で擦った。
「金さん……泣いてるの?」
「な、泣いてねぇし」
俺は、何故泣いているのか。
何故俺がこんな目に……俺が何か悪いことをしたのか……そんな風に考えることはあった。それでも、今まで一度として泣いたことはなかった。
走れないくらいどうってことない。日常生活に支障はないのだ。そういって誤魔化して生きてきた。それなのに、俺は何故こんなヘラヘラ笑ってばかりの悩みのカケラもないような男の前で泣いているのか。今の気分は、どちらかというと晴れなのに……何故。
湿った手の甲を隠すようにして、去年まで走っていたそこを響と共に歩いた――。
「金さん、泣きたい時は、僕の胸で泣いて良いからね」
「だ、誰がお前の胸なんかで」
「じゃあ、背中? お腹でも良いよ」
お腹をさする響を見て、フッと笑いそうになるのを我慢する。
人間好かれていて悪い気もしないし、響といるとつい笑みが溢れそうになる。しかし、俺にもプライドや意地というものがある。何が言いたいかと言えば、一年弱ものあいだ一匹狼を貫いていた俺が、響とヘラヘラ笑い合うのは今更できないということだ。
「ッたく、お前といると、感傷に浸りたくても浸る暇さえねぇな」
「まさか金さん、センチになってたの? 乙女だねぇ」
「誰が乙女だ」
「金さん」
一発殴ってやりたい気分で拳を振り上げる仕草をすれば、目的のゲームセンターが見えてきた。
俺が小さい頃からあるそこは、リニューアルされたわけでもないのに綺麗な外装を保っている。駅から近いこともあり、フットワークも軽い。
俺たち以外に人がいないとは思っていなかったが、我が校の制服を着た男子生徒四人が自動ドアを通過したのを見て気分は下がる。
「はぁ、先約いんのか」
「知り合い?」
「さぁ。後ろからだし、分からん」
「じゃあ良いじゃん。肉球が取れたら帰るし」
「取れんかったら明日から良い笑いもんじゃん。しかも、肉球って……」
教室に入った途端、チラチラ見られ、ヒソヒソと話されるのだ。
『あの金山がゲーセンにいたんだって』
『マジ?』
『しかも、肉球のスクイーズ必死に取ってんの。ウケるよな』
そして、俺はキレて机を蹴飛ばす……そんな未来が見える。
「やっぱ帰ろう」
踵を返そうとするが、既に響は自動ドアの向こうに足を踏み入れてしまった。
「おい、響。俺、帰るぞ……」
その呟きは、響には聞こえていない。
「俺は、絶対に帰るぞ……」
口ではそう言いつつも、響を一人残して帰るほど残酷な男になり切れない。回れ右しかけた足を自動ドアの方に向ける。
中に入れば、クレーンゲームの機械がずらりと並び、大きなぬいぐるみやら、フィギュア、お菓子の類が景品としてその中に置いてある。
どれも取れそうにないと内心思いながら、二段重ねの小さなクレーンゲームの下の段、そこの前に響と並んでしゃがんだ。
「これか」
ピンクや黄色、白の肉球のスクイーズ。フニフニしたら気持ち良さそうだ。
さっき見た同じ高校の男子生徒は、奥の方にある太鼓のゲームをしているようだ。二人が鬼難コースで超高速に太鼓のバチを振っており、その後ろで残り二人が見ている。
(あいつらが終わるまでに肉球取って帰るか)
「響、金」
手を出せば、響が百円をその上に乗せてきた。
丁度その時、後ろに隣町の高校の制服を着た高校生カップルが通った。
「ねぇ、今の見た?」
「見た見た。今どき、カツアゲとかあるんだな」
「あの男の子、可哀想」
ヒソヒソと聞こえてくる声に怒鳴って反論したい気持ちを抑えつつ、俺はその百円玉を響に返した。
「金さん、約束は?」
「約束なんて、そもそもしてねぇだろ」
舌打ちしながら、俺は鞄から自分の財布を取り出す。その中から百円玉を選別し、コイン投入口に滑らせた。
いくら捻くれた男に成り下がっていたとしても、見ず知らずの男女に妙な言いがかりをつけられた状態でクレーンゲームなど出来るはずがない。
お金を響に返したところを見たからか、彼らはプリクラの機械の方へと歩いて行った――。
安堵しながら、アームを対象に合わせて左に移動させる。次は、奥へ。下に下がったアームは、それを掴んだ。
「やった」
響の歓喜の声と同時に、肉球はアームからコロンと零れ落ち、ほぼ最初の状態と変わらない位置で制止した。
「これ、無理だな。金の無駄。小遣い無くなるやつ」
「そんなこと言わずにさ。一生のお願い!」
立ち上がろうとしたのに、響が腕に絡みついてきて立ち上がれない。更には、うるうるした瞳でお願いポーズされる。
「あと一回だけな」
「ありがとう、金さん! お金は僕が出すからさ」
再び百円玉を出そうとする響だが、先程のように誰が見ているか分からない。俺は自分の財布から、もう百円取り出した。
「よし、見てろ。次こそは……」
同じく景品はアームで一番上まで持ち上がるが、そこからコロンと落ちた。ただ、それは先程よりも気持ち前に移動した。
「あー、惜しい。もう一回やったら取れそうじゃない?」
「今の感じで落ちればな」
もう一回と言っておきながら、俺も取れそうな気がして更に百円を投入する。
――それから、千五百円使った。
「クソッ、もう一回」
「金さん、もう良いよ。お金なくなっちゃう」
負けず嫌いな俺は、反対に響に諭されている。
「もう一回だけして、ダメなら帰る」
「そう言って、何回目だと思ってんの? 僕のお金ならまだしも……」
流石の響も、自分のお金でないから罪悪感を感じているようだ。
「あと、一回だけだから」
両替機で千円札を投入する。ジャラジャラと音を立てて落ちてくる硬貨。それが、十枚あるか手のひらの上で確認しつつ、九枚だけ財布に入れる。残り一枚を握りしめ、もう一度肉球のスクイーズのクレーンゲームの機械の前へ。
百円玉を投入し、アームを左に移動させる。何度もやっているので、行きすぎることも反対に届かないこともない。ピンポイントでピンクの肉球を狙い、次は奥。
「そこ!」
「へッ!?」
背後から響以外の声が邪魔をした。
「あー、もう! 狙いが狂った!」
アームは肉球のストラップ部分に引っ掛かり、そのまま景品の落とし口まで移動した。ストンと落ちたそれを響は急いで取り出し口から取り出した。
「やった! 取れた! 金さん、凄い! ありがとう!」
「ふん、俺にかかればこのくらい」
ドヤ顔をして立ち上がるが、誰が声をかけてきたのか。後ろを振り返ると、そこには加藤がいた。
「うわ……」
よりにもよってクラスメイトに見られるとは。俺のイメージが……。
言い訳を考えていると、響が嬉しそうに肉球をフニフニしながら加藤に話しかけた。
「加藤君、来てたんだ」
「うん。友達があっちで太鼓してて」
太鼓のゲームの方を見れば、まだ鬼難で二人が太鼓を叩いていた。いや、さっきの二人とは違うようで、別の二人が叩き、もう一人は後ろで見ている。つまり、残りの一人が加藤だったのか。
「加藤……お前、いつから見てたの?」
「金山君が、残り百円しかないって言った辺りかな」
「それ、結構序盤じゃん! 声かけろよ」
「かけて良かったの?」
「あー」
声をかけられていたら、確実に帰っていた。そして、肉球を幸せそうにフニフニしている響のこの笑顔もなくなっていた。
「ふんッ。俺、帰るわ」
そっぽを向いて出口に向かえば、響が加藤の背中を押しながら付いてきた。
「ちょ、清水君?」
「おい、響。なんで加藤も連れて来てんだよ。連れが困るだろ」
「良いじゃん。修学旅行同じグループになったんだから」
「いや、だから……」
マイペースな響に俺が何を言ってもダメなことは、この一ヶ月一緒にいて分かっている。
「あー、もう! 連れていくなら、一言言ってくるわ!」
「お人好しだねぇ。金さんは」
呑気な響に苛立ちを覚えながらも、俺は奥にある太鼓のゲームの方に向かった。
俺がそこに着いた時、丁度音楽が終わり、二人の結果の画面は虹色に輝いていた。
「すげぇ」
感嘆の声を漏らすが、二人とその横で携帯を弄っている一人は俺に気付いていないよう。気配を感じても加藤だと思っているのかもしれない。
太鼓をしていた一人がペットボトルのお茶を飲みながら話し出す。
「よし、これで賭けも僕らの勝ちだね。修学旅行のグループ抜けたからって、僕らから逃げられると思ってんの?」
「マジそれだから。んじゃ、明日、決行で。一ノ瀬の引き出しから、バレないように取ってこいよ。加藤」
後ろを振り返ったのは、加藤と仲良くしている長谷川と栗原だった。俺ともクラスメイト。そして、携帯を弄っている河原田も同様だ。長谷川と栗原は生徒会、河原田は風紀委員を務める見るからに優等生。加藤と仲良いのが確かもう一人いた気がするが、今は生憎一緒にいないようだ。
にしても、今の会話はどういうことだろうか。一ノ瀬とは、俺の知る限り英語担当の教師。それはもう難しいテストを作って、いつもクラスの半数以上が赤点になっている。
「まさか、お前ら。中間試験の……」
「な、なんで金山君がこんなところに」
「ははは、何の話かな」
「み、みんな、帰ろっか。じゃあね、金山君」
明らかに動揺した三人は、マイバチを鞄に押し込んで、逃げるようにその場から立ち去った――。
大きな犬のぬいぐるみのクレーンゲームの前で話をしている響と加藤の元まで向かい、怪訝な顔で加藤を見る。すると、バツが悪そうに苦笑を浮かべられた。
「もしかして、みんなの話……聞いちゃった?」
「ああ、バッチリな」
そして、響は未だ肉球をフニフニして至福の時にいるような顔をしている。
(もしかして、響がここに来た理由って……いや、まさかね)
「金さん、金さん。今日は、どこ寄って帰る?」
まるで、毎日寄り道をしているような言い草だが、一度として響と寄り道をして帰ったことはない。
「駅前のゲーセンに、肉球のスクイーズがあるんだけどさ、あれがどうしても取れなくって。金さんって、クレーンゲーム得意?」
「別に」
「じゃあ、僕の代わりに取ってよ。五百円くらいあったら取れる?」
「俺が、いつ得意って言ったんだよ」
「さっき」
財布の中身を確認する響は、相変わらず人の話を聞かない。クラスメイトらの揉め事の調整役になった時は、あんなにも頼り甲斐があるのに、二人だと何故こうなのか。
「響、お前わざとやってんの?」
「なにを?」
「その惚けた感じのやつ。本当は、頭良いだろ?」
「さぁ、まだ中間試験受けてないし。金さんよりは、上な気はするけどねー」
挑発的な笑みを浮かべる響にムッとした俺は、絶対に響にだけは負けないと、心の中で密かに闘志を燃やす。ついでに、クレーンゲームで響でも取れない物を取れたら、俺に対する態度を改めるだろうか。
「よし、俺がそのスクイーズ取ってやる」
「え、良いの?」
「その代わり、取れたら少し静かにしろよ」
いつもなら真っ直ぐ帰るところだが、本日は進路を変更し、ゲームセンターのある駅の方へと向かうことにした。
――向かうことにしたのは良いが、学校と駅の間にある公園が近付いてくるにつれ、足取りが重くなる。
まだ俺の足が言うことをきいていた頃、良くこの道を走っていた。
俺の専門は短距離だったが、体力づくりの為、学校を起点に滑り台とブランコ、タコのような遊具があるその公園の横を通り、駅に向かって線路沿いを走った。急勾配の坂も全速力で駆けた。それなのに、今は――――。
自分がもっと慎重にしていたら、準備運動をもっと念入りにしていたら、友人に妙なライバル意識を向けていなければ……後悔ばかりが押し寄せる。
もう忘れよう、そう思えば思う程、思い出し、考える。そして、自暴自棄になる。
公園の入り口に落ちている空き缶を思い切り蹴り飛ばしてやろうと思った時、それを響がヒョイっと拾った。
「もう、ゴミ箱すぐそこにあるのに、何でこういうことする人がいるかな」
プンスカ怒る響は、公園横の自動販売機に備え付けられている専用のゴミ箱にそれを捨てた。
この苛立ちを解消させる物が無くなり、俺はその場にポカンと立ち尽くす。なんだか、空き缶と一緒に俺のこの胸に秘めるモヤも一緒に捨てられたような感覚に陥った。
思考が停止した俺の耳には、響が手をパッパッと払う音だけが聞こえてくる。
「金さん、行こう」
「…………」
「金さん? 金さんってば。聞いてる?」
袖口をピッピと小さく引っ張られ我に返った俺は、右の頬を手の甲で擦った。
「金さん……泣いてるの?」
「な、泣いてねぇし」
俺は、何故泣いているのか。
何故俺がこんな目に……俺が何か悪いことをしたのか……そんな風に考えることはあった。それでも、今まで一度として泣いたことはなかった。
走れないくらいどうってことない。日常生活に支障はないのだ。そういって誤魔化して生きてきた。それなのに、俺は何故こんなヘラヘラ笑ってばかりの悩みのカケラもないような男の前で泣いているのか。今の気分は、どちらかというと晴れなのに……何故。
湿った手の甲を隠すようにして、去年まで走っていたそこを響と共に歩いた――。
「金さん、泣きたい時は、僕の胸で泣いて良いからね」
「だ、誰がお前の胸なんかで」
「じゃあ、背中? お腹でも良いよ」
お腹をさする響を見て、フッと笑いそうになるのを我慢する。
人間好かれていて悪い気もしないし、響といるとつい笑みが溢れそうになる。しかし、俺にもプライドや意地というものがある。何が言いたいかと言えば、一年弱ものあいだ一匹狼を貫いていた俺が、響とヘラヘラ笑い合うのは今更できないということだ。
「ッたく、お前といると、感傷に浸りたくても浸る暇さえねぇな」
「まさか金さん、センチになってたの? 乙女だねぇ」
「誰が乙女だ」
「金さん」
一発殴ってやりたい気分で拳を振り上げる仕草をすれば、目的のゲームセンターが見えてきた。
俺が小さい頃からあるそこは、リニューアルされたわけでもないのに綺麗な外装を保っている。駅から近いこともあり、フットワークも軽い。
俺たち以外に人がいないとは思っていなかったが、我が校の制服を着た男子生徒四人が自動ドアを通過したのを見て気分は下がる。
「はぁ、先約いんのか」
「知り合い?」
「さぁ。後ろからだし、分からん」
「じゃあ良いじゃん。肉球が取れたら帰るし」
「取れんかったら明日から良い笑いもんじゃん。しかも、肉球って……」
教室に入った途端、チラチラ見られ、ヒソヒソと話されるのだ。
『あの金山がゲーセンにいたんだって』
『マジ?』
『しかも、肉球のスクイーズ必死に取ってんの。ウケるよな』
そして、俺はキレて机を蹴飛ばす……そんな未来が見える。
「やっぱ帰ろう」
踵を返そうとするが、既に響は自動ドアの向こうに足を踏み入れてしまった。
「おい、響。俺、帰るぞ……」
その呟きは、響には聞こえていない。
「俺は、絶対に帰るぞ……」
口ではそう言いつつも、響を一人残して帰るほど残酷な男になり切れない。回れ右しかけた足を自動ドアの方に向ける。
中に入れば、クレーンゲームの機械がずらりと並び、大きなぬいぐるみやら、フィギュア、お菓子の類が景品としてその中に置いてある。
どれも取れそうにないと内心思いながら、二段重ねの小さなクレーンゲームの下の段、そこの前に響と並んでしゃがんだ。
「これか」
ピンクや黄色、白の肉球のスクイーズ。フニフニしたら気持ち良さそうだ。
さっき見た同じ高校の男子生徒は、奥の方にある太鼓のゲームをしているようだ。二人が鬼難コースで超高速に太鼓のバチを振っており、その後ろで残り二人が見ている。
(あいつらが終わるまでに肉球取って帰るか)
「響、金」
手を出せば、響が百円をその上に乗せてきた。
丁度その時、後ろに隣町の高校の制服を着た高校生カップルが通った。
「ねぇ、今の見た?」
「見た見た。今どき、カツアゲとかあるんだな」
「あの男の子、可哀想」
ヒソヒソと聞こえてくる声に怒鳴って反論したい気持ちを抑えつつ、俺はその百円玉を響に返した。
「金さん、約束は?」
「約束なんて、そもそもしてねぇだろ」
舌打ちしながら、俺は鞄から自分の財布を取り出す。その中から百円玉を選別し、コイン投入口に滑らせた。
いくら捻くれた男に成り下がっていたとしても、見ず知らずの男女に妙な言いがかりをつけられた状態でクレーンゲームなど出来るはずがない。
お金を響に返したところを見たからか、彼らはプリクラの機械の方へと歩いて行った――。
安堵しながら、アームを対象に合わせて左に移動させる。次は、奥へ。下に下がったアームは、それを掴んだ。
「やった」
響の歓喜の声と同時に、肉球はアームからコロンと零れ落ち、ほぼ最初の状態と変わらない位置で制止した。
「これ、無理だな。金の無駄。小遣い無くなるやつ」
「そんなこと言わずにさ。一生のお願い!」
立ち上がろうとしたのに、響が腕に絡みついてきて立ち上がれない。更には、うるうるした瞳でお願いポーズされる。
「あと一回だけな」
「ありがとう、金さん! お金は僕が出すからさ」
再び百円玉を出そうとする響だが、先程のように誰が見ているか分からない。俺は自分の財布から、もう百円取り出した。
「よし、見てろ。次こそは……」
同じく景品はアームで一番上まで持ち上がるが、そこからコロンと落ちた。ただ、それは先程よりも気持ち前に移動した。
「あー、惜しい。もう一回やったら取れそうじゃない?」
「今の感じで落ちればな」
もう一回と言っておきながら、俺も取れそうな気がして更に百円を投入する。
――それから、千五百円使った。
「クソッ、もう一回」
「金さん、もう良いよ。お金なくなっちゃう」
負けず嫌いな俺は、反対に響に諭されている。
「もう一回だけして、ダメなら帰る」
「そう言って、何回目だと思ってんの? 僕のお金ならまだしも……」
流石の響も、自分のお金でないから罪悪感を感じているようだ。
「あと、一回だけだから」
両替機で千円札を投入する。ジャラジャラと音を立てて落ちてくる硬貨。それが、十枚あるか手のひらの上で確認しつつ、九枚だけ財布に入れる。残り一枚を握りしめ、もう一度肉球のスクイーズのクレーンゲームの機械の前へ。
百円玉を投入し、アームを左に移動させる。何度もやっているので、行きすぎることも反対に届かないこともない。ピンポイントでピンクの肉球を狙い、次は奥。
「そこ!」
「へッ!?」
背後から響以外の声が邪魔をした。
「あー、もう! 狙いが狂った!」
アームは肉球のストラップ部分に引っ掛かり、そのまま景品の落とし口まで移動した。ストンと落ちたそれを響は急いで取り出し口から取り出した。
「やった! 取れた! 金さん、凄い! ありがとう!」
「ふん、俺にかかればこのくらい」
ドヤ顔をして立ち上がるが、誰が声をかけてきたのか。後ろを振り返ると、そこには加藤がいた。
「うわ……」
よりにもよってクラスメイトに見られるとは。俺のイメージが……。
言い訳を考えていると、響が嬉しそうに肉球をフニフニしながら加藤に話しかけた。
「加藤君、来てたんだ」
「うん。友達があっちで太鼓してて」
太鼓のゲームの方を見れば、まだ鬼難で二人が太鼓を叩いていた。いや、さっきの二人とは違うようで、別の二人が叩き、もう一人は後ろで見ている。つまり、残りの一人が加藤だったのか。
「加藤……お前、いつから見てたの?」
「金山君が、残り百円しかないって言った辺りかな」
「それ、結構序盤じゃん! 声かけろよ」
「かけて良かったの?」
「あー」
声をかけられていたら、確実に帰っていた。そして、肉球を幸せそうにフニフニしている響のこの笑顔もなくなっていた。
「ふんッ。俺、帰るわ」
そっぽを向いて出口に向かえば、響が加藤の背中を押しながら付いてきた。
「ちょ、清水君?」
「おい、響。なんで加藤も連れて来てんだよ。連れが困るだろ」
「良いじゃん。修学旅行同じグループになったんだから」
「いや、だから……」
マイペースな響に俺が何を言ってもダメなことは、この一ヶ月一緒にいて分かっている。
「あー、もう! 連れていくなら、一言言ってくるわ!」
「お人好しだねぇ。金さんは」
呑気な響に苛立ちを覚えながらも、俺は奥にある太鼓のゲームの方に向かった。
俺がそこに着いた時、丁度音楽が終わり、二人の結果の画面は虹色に輝いていた。
「すげぇ」
感嘆の声を漏らすが、二人とその横で携帯を弄っている一人は俺に気付いていないよう。気配を感じても加藤だと思っているのかもしれない。
太鼓をしていた一人がペットボトルのお茶を飲みながら話し出す。
「よし、これで賭けも僕らの勝ちだね。修学旅行のグループ抜けたからって、僕らから逃げられると思ってんの?」
「マジそれだから。んじゃ、明日、決行で。一ノ瀬の引き出しから、バレないように取ってこいよ。加藤」
後ろを振り返ったのは、加藤と仲良くしている長谷川と栗原だった。俺ともクラスメイト。そして、携帯を弄っている河原田も同様だ。長谷川と栗原は生徒会、河原田は風紀委員を務める見るからに優等生。加藤と仲良いのが確かもう一人いた気がするが、今は生憎一緒にいないようだ。
にしても、今の会話はどういうことだろうか。一ノ瀬とは、俺の知る限り英語担当の教師。それはもう難しいテストを作って、いつもクラスの半数以上が赤点になっている。
「まさか、お前ら。中間試験の……」
「な、なんで金山君がこんなところに」
「ははは、何の話かな」
「み、みんな、帰ろっか。じゃあね、金山君」
明らかに動揺した三人は、マイバチを鞄に押し込んで、逃げるようにその場から立ち去った――。
大きな犬のぬいぐるみのクレーンゲームの前で話をしている響と加藤の元まで向かい、怪訝な顔で加藤を見る。すると、バツが悪そうに苦笑を浮かべられた。
「もしかして、みんなの話……聞いちゃった?」
「ああ、バッチリな」
そして、響は未だ肉球をフニフニして至福の時にいるような顔をしている。
(もしかして、響がここに来た理由って……いや、まさかね)



