我が校の二学期、特に二年生は、それはもう多忙だ。十月には体育祭。そして、十一月は文化祭。それが終わると修学旅行が待っている。
本日は、一時間丸々ホームルームにして、体育祭で誰が何をするかの種目選びと、文化祭でクラスの出し物を何にするか。それから、修学旅行の班決めまで一気にしてしまうらしい。
まずは、体育祭の種目選びから――。
体育祭実行委員の沢井が、教団の前に立って指揮を執る。
「では、二種目は必ず参加して下さいね」
それに対し、口々に声が上がる。
「えー、めんどい。一つで良いじゃん」
「てか、二年ってフォークダンスって聞いたんだけど」
「マジ!? 早川さんと手ぇ繋げるチャンス!」
「うわ、男子、キモ。早川さん、気を付けてー」
注目を浴びているのは、もう一人の体育祭実行委員である早川渚。クラス一の美人……ではなく、陰キャ女子。今どきの爽やかなボブヘアではなく、肩にかかるかかからないかくらいのモッサリとした黒髪は、自分で切ったかのように毛先がガタガタで、前髪は目元まで隠れている。いつも肩を丸めている彼女は、クラスの一軍にいるような陽キャメンバーから、事あるごとに弄られている。
ただ、こうやって表立って揶揄われているだけで、物を隠されたり、陰口を叩かれたりなどの陰湿な虐めには至っていないからか、担任の先生も黙認している。
そして、当の本人である早川は、グッと堪えるように体の横で拳を震わせながら、黒板にお手本のように綺麗な字で、女子と男子それぞれの種目を書き出している。
(あー、うぜぇ)
見ている方が苛々してくる。早川も早川だ。嫌なら嫌と言えば良いのに、いつも愛想笑いを浮かべて誤魔化すから、皆付け上がるのだ。
とはいえ、それをどうこうしようと口出ししたことは一度だってない。だから、俺も彼らと一緒。虐めを知っていて、見て見ぬふりをするアレだ。
ただ、彼らの揶揄いがエスカレートするかと思われたその時に、唯一助けてくれるヒーローが、一ヶ月前からクラスメイトになった。それが、響だ。
響は、挙手をした。
「僕は、騎馬戦にしようかな。走るの苦手なんだよね」
「あ、俺もそれにしよ」
「じゃあ、俺も」
響に倣うかのようにチラホラと手が上がる中、ヒーローは更に先導していく。
「ほら、宇野さん達も。早く決めちゃわないと、修学旅行の班決め出来なくなって、勝手に先生に決められちゃうよ」
「それ困る。んじゃ、私、借り物競争」
「あたしは、五十メートル走と綱引き。ほら、手上げてない奴、早く上げなよ」
さすがコミュ力最強の響だ。自然と、早川弄りから体育祭の種目決めに戻った。
そう、ヘラヘラと笑う響は、彼らを注意して制裁するわけでも、早川を執拗に庇って寄り添うわけでもない。極自然と流れを変えるのだ。その場の空気を。
だから、虐めもそれ以上エスカレートしないし、揶揄いの対象が変わって次は響が……なんてことにもなっていない。むしろ、明るい響と仲良くなりたくて、響の周りにはいつも人が集まっている。
それ故、不思議でならない。響が俺に構う理由が。
俺のようにひねくれた陰キャ男子なんかよりも、クラスの一軍……は、腹立たしいから嫌かもしれないが、二軍にいるような彼らと仲良くしている方がお似合いだ。
そうこうしている内に、次々に黒板が名前で埋め尽くされていく。残ったのは、百メートル走と借り物競争が一枠ずつに、二人三脚が二枠。余り物で良いやと思っていた俺だが、足を故障してからというもの軽く走ることは可能でも、医者から全速力で走るのは禁止されている。自ずと参加種目は絞られる。
「んじゃ、俺は」
言いかけたところに、俺とはまた違ったタイプの、大人しめの陰キャ男子加藤疾風が口を開く。
「僕、二人三脚と、借り物……」
俺は、振り返って加藤を見た。他意はない。
百メートル走と騎馬戦を代わって欲しいが、加藤も足が遅そうだし、他の奴に代わってもらおう。内心そう思っているのだが、周りからは睨んでいるようにしか見えないのかもしれない。
「加藤、空気読めって」
「知ってんだろ。アイツの足」
コソコソと話すクラスメイトに苛立ちを覚え、舌打ちした。すると、加藤が自分にされたと勘違いしたようで、怯えた様子を見せた。
場の空気が早川弄りよりも悪くなったのを変えるのも、これまたヒーローの出番だ。
「やっぱ、僕、騎馬戦やめて百メートル走にしよ」
「え、響君。走るの苦手なんでしょ? 響君が気を遣うことないって」
その言葉に、うんうんと頷くクラスメイトらが数人。しかし、響は笑顔で応える。
「違うよ。敢えて遅く走って、注目浴びるのも悪くないじゃん? なんなら、最後転んだりなんてしたら、顔知ってもらえるかも」
「ははは。そんなことしなくっても、響君、もう学年中に顔広まっちゃってるよ」
「いやいや、学校中でしょ。転入生の響君は、可愛くて愛嬌あるって有名だよ」
「僕って有名人なの? 照れるな」
にへら顔で頭を掻く響に注目がいく中、加藤が二人三脚と騎馬戦を選択し、黒板の名前が全て埋まった。
響に助けられたことに感謝はするが、どこか腑に落ちなくて、胸にわだかまりを覚える。
――それからも、響が間に立つことで、スムーズに文化祭の出し物が決まった。ちなみに、りんご飴の模擬店だ。
ただ、最後の一つである修学旅行の班だけは、中々決まらない。
班は、四〜五人で一つ。男女問わず好きな者同士で組むことになっている。しかし、響の取り合い、そして俺と早川の押し付け合いで揉めている。
とはいえ、今回ばかりは、響も譲らないものがあるらしく、俺から頑として離れない。
「僕は、金さんと同じ班じゃなきゃ嫌だ」
「そうは言っても、金山も入れると六人になるしな。山田、あっちの班行けよ」
「え、なんで俺!? お前が行けよ」
「分かった。じゃあ、響君。じゃんけんで勝った方のグループに入ってよ」
何が分かったのか、響の意見も聞かぬまま複数の男女がじゃんけんを始めた。
それを横目に、俺の腕にしがみついている響を宥めるように言う。
「おい、響。どっか入ってやれよ。俺と一緒って言ったって、二人じゃ班になんねぇし」
「早川さんがいるじゃん」
「それでも三人。だから、こうやって揉めてんだろ」
皆、響は欲しいが、こっちの不揃いな果実のような三人のグループに飛び込んでくる勇気はないらしい。
そして、じゃんけんの決着は勝手についた。
「やったー! 私らんとこに響君ね」
「うわ、マジか。俺らんとこに金山だって」
「早川さん、仕方ないから入れてあげるわよ」
彼らの態度に一々腹が立つが、これは二年生に進級した時から覚悟はしていた。それもこれも、誰も寄せ付けないようにした俺のせい。何も反論はしない。早川も右に同じと言った様子で、席に着いて俯いている。
ただ、響だけは異議を唱えるようだ。
「こうなったら金さん、先生に直談判しに行こう」
「おい、そこまでしなくたって。俺は別に……」
マイペースにずけずけとパーソナルスペースに入ってくる響といると疲れるものの、この笑顔に救われるのも確か。一生モノの修学旅行を共にすることで、最悪の思い出から最高の思い出に塗り替えられるかもしれない。けれど、今回ばかりは人数が決められている為、どうしようも出来ない。
「諦めろ」
腕に絡みついている響の手を離そうとすれば、おずおずと加藤がやってきた。
「あ、あの……」
「なに?」
「えっと……その……」
体育祭の選択種目を決める際、睨みつけた形になってしまったことの文句でも言いにきたのだろうか。いや、大人しめな加藤は、そんなタイプではないか。
俺の方が背が高いから、結局見下す形になり萎縮してしまった加藤。しかし、勝手に後ろの黒板に班のメンバーが付け足されるのを見て、慌てて口を開いた。
「あ、えっと、僕も、同じ班に入れてもらっちゃダメかな?」
「……は?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。響も、キョトンとした顔で俺を見た。
加藤は大人しめではあるが、友人はそれなりにいる。類は友を呼ぶ方式で、似たような真面目キャラ五人でいつもつるんでいる。だから、彼は修学旅行のメンバーも既に決まっているのだ。
何故今声をかけられたのか全くもって理解できないでいると、加藤は俺の後ろにある黒板に向き直り、そこにいる女子から黒板消しを奪うようにして取った。
「ちょ、何よ。急に」
「ご、ごめん。貸して」
おどおどするなら、そんな奪い方しなければ良いのにと思いながらも、その姿を目で追った。俺だけでなく、クラスの全員が。
加藤が本日二度目の注目を浴びる中、黒板消しで響の名前を消した。
「ちょ、何消してんのよ」
そして、俺と早川の名前も消し、最後に五人グループの真ん中に書かれていた加藤自身の名前も消した。
「響、これって、もしかして……」
加藤は白いチョークに持ち変え、お世辞にも綺麗とは言えない字で、俺と響、早川、加藤の四人の名前を書き出した。
「金さん、やったね!」
終業のチャイムと同時に、修学旅行の班が決定した。
本日は、一時間丸々ホームルームにして、体育祭で誰が何をするかの種目選びと、文化祭でクラスの出し物を何にするか。それから、修学旅行の班決めまで一気にしてしまうらしい。
まずは、体育祭の種目選びから――。
体育祭実行委員の沢井が、教団の前に立って指揮を執る。
「では、二種目は必ず参加して下さいね」
それに対し、口々に声が上がる。
「えー、めんどい。一つで良いじゃん」
「てか、二年ってフォークダンスって聞いたんだけど」
「マジ!? 早川さんと手ぇ繋げるチャンス!」
「うわ、男子、キモ。早川さん、気を付けてー」
注目を浴びているのは、もう一人の体育祭実行委員である早川渚。クラス一の美人……ではなく、陰キャ女子。今どきの爽やかなボブヘアではなく、肩にかかるかかからないかくらいのモッサリとした黒髪は、自分で切ったかのように毛先がガタガタで、前髪は目元まで隠れている。いつも肩を丸めている彼女は、クラスの一軍にいるような陽キャメンバーから、事あるごとに弄られている。
ただ、こうやって表立って揶揄われているだけで、物を隠されたり、陰口を叩かれたりなどの陰湿な虐めには至っていないからか、担任の先生も黙認している。
そして、当の本人である早川は、グッと堪えるように体の横で拳を震わせながら、黒板にお手本のように綺麗な字で、女子と男子それぞれの種目を書き出している。
(あー、うぜぇ)
見ている方が苛々してくる。早川も早川だ。嫌なら嫌と言えば良いのに、いつも愛想笑いを浮かべて誤魔化すから、皆付け上がるのだ。
とはいえ、それをどうこうしようと口出ししたことは一度だってない。だから、俺も彼らと一緒。虐めを知っていて、見て見ぬふりをするアレだ。
ただ、彼らの揶揄いがエスカレートするかと思われたその時に、唯一助けてくれるヒーローが、一ヶ月前からクラスメイトになった。それが、響だ。
響は、挙手をした。
「僕は、騎馬戦にしようかな。走るの苦手なんだよね」
「あ、俺もそれにしよ」
「じゃあ、俺も」
響に倣うかのようにチラホラと手が上がる中、ヒーローは更に先導していく。
「ほら、宇野さん達も。早く決めちゃわないと、修学旅行の班決め出来なくなって、勝手に先生に決められちゃうよ」
「それ困る。んじゃ、私、借り物競争」
「あたしは、五十メートル走と綱引き。ほら、手上げてない奴、早く上げなよ」
さすがコミュ力最強の響だ。自然と、早川弄りから体育祭の種目決めに戻った。
そう、ヘラヘラと笑う響は、彼らを注意して制裁するわけでも、早川を執拗に庇って寄り添うわけでもない。極自然と流れを変えるのだ。その場の空気を。
だから、虐めもそれ以上エスカレートしないし、揶揄いの対象が変わって次は響が……なんてことにもなっていない。むしろ、明るい響と仲良くなりたくて、響の周りにはいつも人が集まっている。
それ故、不思議でならない。響が俺に構う理由が。
俺のようにひねくれた陰キャ男子なんかよりも、クラスの一軍……は、腹立たしいから嫌かもしれないが、二軍にいるような彼らと仲良くしている方がお似合いだ。
そうこうしている内に、次々に黒板が名前で埋め尽くされていく。残ったのは、百メートル走と借り物競争が一枠ずつに、二人三脚が二枠。余り物で良いやと思っていた俺だが、足を故障してからというもの軽く走ることは可能でも、医者から全速力で走るのは禁止されている。自ずと参加種目は絞られる。
「んじゃ、俺は」
言いかけたところに、俺とはまた違ったタイプの、大人しめの陰キャ男子加藤疾風が口を開く。
「僕、二人三脚と、借り物……」
俺は、振り返って加藤を見た。他意はない。
百メートル走と騎馬戦を代わって欲しいが、加藤も足が遅そうだし、他の奴に代わってもらおう。内心そう思っているのだが、周りからは睨んでいるようにしか見えないのかもしれない。
「加藤、空気読めって」
「知ってんだろ。アイツの足」
コソコソと話すクラスメイトに苛立ちを覚え、舌打ちした。すると、加藤が自分にされたと勘違いしたようで、怯えた様子を見せた。
場の空気が早川弄りよりも悪くなったのを変えるのも、これまたヒーローの出番だ。
「やっぱ、僕、騎馬戦やめて百メートル走にしよ」
「え、響君。走るの苦手なんでしょ? 響君が気を遣うことないって」
その言葉に、うんうんと頷くクラスメイトらが数人。しかし、響は笑顔で応える。
「違うよ。敢えて遅く走って、注目浴びるのも悪くないじゃん? なんなら、最後転んだりなんてしたら、顔知ってもらえるかも」
「ははは。そんなことしなくっても、響君、もう学年中に顔広まっちゃってるよ」
「いやいや、学校中でしょ。転入生の響君は、可愛くて愛嬌あるって有名だよ」
「僕って有名人なの? 照れるな」
にへら顔で頭を掻く響に注目がいく中、加藤が二人三脚と騎馬戦を選択し、黒板の名前が全て埋まった。
響に助けられたことに感謝はするが、どこか腑に落ちなくて、胸にわだかまりを覚える。
――それからも、響が間に立つことで、スムーズに文化祭の出し物が決まった。ちなみに、りんご飴の模擬店だ。
ただ、最後の一つである修学旅行の班だけは、中々決まらない。
班は、四〜五人で一つ。男女問わず好きな者同士で組むことになっている。しかし、響の取り合い、そして俺と早川の押し付け合いで揉めている。
とはいえ、今回ばかりは、響も譲らないものがあるらしく、俺から頑として離れない。
「僕は、金さんと同じ班じゃなきゃ嫌だ」
「そうは言っても、金山も入れると六人になるしな。山田、あっちの班行けよ」
「え、なんで俺!? お前が行けよ」
「分かった。じゃあ、響君。じゃんけんで勝った方のグループに入ってよ」
何が分かったのか、響の意見も聞かぬまま複数の男女がじゃんけんを始めた。
それを横目に、俺の腕にしがみついている響を宥めるように言う。
「おい、響。どっか入ってやれよ。俺と一緒って言ったって、二人じゃ班になんねぇし」
「早川さんがいるじゃん」
「それでも三人。だから、こうやって揉めてんだろ」
皆、響は欲しいが、こっちの不揃いな果実のような三人のグループに飛び込んでくる勇気はないらしい。
そして、じゃんけんの決着は勝手についた。
「やったー! 私らんとこに響君ね」
「うわ、マジか。俺らんとこに金山だって」
「早川さん、仕方ないから入れてあげるわよ」
彼らの態度に一々腹が立つが、これは二年生に進級した時から覚悟はしていた。それもこれも、誰も寄せ付けないようにした俺のせい。何も反論はしない。早川も右に同じと言った様子で、席に着いて俯いている。
ただ、響だけは異議を唱えるようだ。
「こうなったら金さん、先生に直談判しに行こう」
「おい、そこまでしなくたって。俺は別に……」
マイペースにずけずけとパーソナルスペースに入ってくる響といると疲れるものの、この笑顔に救われるのも確か。一生モノの修学旅行を共にすることで、最悪の思い出から最高の思い出に塗り替えられるかもしれない。けれど、今回ばかりは人数が決められている為、どうしようも出来ない。
「諦めろ」
腕に絡みついている響の手を離そうとすれば、おずおずと加藤がやってきた。
「あ、あの……」
「なに?」
「えっと……その……」
体育祭の選択種目を決める際、睨みつけた形になってしまったことの文句でも言いにきたのだろうか。いや、大人しめな加藤は、そんなタイプではないか。
俺の方が背が高いから、結局見下す形になり萎縮してしまった加藤。しかし、勝手に後ろの黒板に班のメンバーが付け足されるのを見て、慌てて口を開いた。
「あ、えっと、僕も、同じ班に入れてもらっちゃダメかな?」
「……は?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。響も、キョトンとした顔で俺を見た。
加藤は大人しめではあるが、友人はそれなりにいる。類は友を呼ぶ方式で、似たような真面目キャラ五人でいつもつるんでいる。だから、彼は修学旅行のメンバーも既に決まっているのだ。
何故今声をかけられたのか全くもって理解できないでいると、加藤は俺の後ろにある黒板に向き直り、そこにいる女子から黒板消しを奪うようにして取った。
「ちょ、何よ。急に」
「ご、ごめん。貸して」
おどおどするなら、そんな奪い方しなければ良いのにと思いながらも、その姿を目で追った。俺だけでなく、クラスの全員が。
加藤が本日二度目の注目を浴びる中、黒板消しで響の名前を消した。
「ちょ、何消してんのよ」
そして、俺と早川の名前も消し、最後に五人グループの真ん中に書かれていた加藤自身の名前も消した。
「響、これって、もしかして……」
加藤は白いチョークに持ち変え、お世辞にも綺麗とは言えない字で、俺と響、早川、加藤の四人の名前を書き出した。
「金さん、やったね!」
終業のチャイムと同時に、修学旅行の班が決定した。



