響が胸の内を明かしてくれた。俺に近付いた理由も含め……。
初めこそ席が前後だから、その延長でずっと俺に懐いている。そう思っていたが、それも全部響の計算の上にあったことを聞かされた。
とはいえ、席が前後になったのは偶然。転校初日、担任の先生に謝罪されたそう。やさぐれてピリピリしている男の後ろしか空いてないからと。すぐに席替えするから近寄らなくて良いとまで言われたそうだ。
その理由を聞いた響は、獲物を見つけたと言わんばかりに俺に近付くことを決意した。響自身の存在意義を見出す為、俺に笑顔を取り戻すことが、この学校に来て第一のミッションとなったのだ。
結論から言うと、それは大成功だ。その笑顔は響にしか見せていないが、それは思春期ならではの照れだ。一年近く一匹狼を貫いていた俺が今更笑うなんて格好悪くて出来ない。けれど、笑おうと思えばいつでも笑えるくらい心は元気になった。それは、響も同様だったよう――。
俺の心が元気になるにつれ、響の心も満たされた。自分はこの世界に必要な存在なんだと思えるから。
加藤の件も、いわずもがな第二のミッションだ。ただ、俺でも気付き得なかったイジメの実態を暴いたのは、いくら計算高くても無理だ。これも偶然かと思いきや、響の心が弱っているからか、何となく心に闇を抱えている人のことはピンと来るらしい。引き寄せられるように持ち前のコミュニケーション能力で情報収集をした結果なんだそう。
しかし、これは転校して来て一ヶ月やそこらで起こった出来事。故に、第一と第二のミッションは同時進行で行われたということ。いや、早川のことも最初から介入していた。つまり、第三のミッションも同時進行で行われていたということだ。器用にもほどがある。
「でも、早川さんのは失敗しちゃった……」
「何言ってんだよ。成功してるよ」
「してないよ。だって早川さんは、僕のせいで計画を台無しにされたって……」
俯く響の頭を無理矢理上げる。
「見てみろ」
神様の悪戯とは凄いもので、今正に目の前で第三のミッションが成功したことを明らかにしてくれている。
テントの隙間から見えるのは、早川と雅、そして宇野の姿だ。早川はタコ焼きの入った袋を片手にクレープを持ち、縁日で当てたのか猫のようなカチューシャまでつけている。隣にいる宇野も同様に。雅は苦笑を浮かべながらも、無理矢理ひょっとこのお面を頭に乗せられた。
「失敗してたら、早川と宇野が一緒に笑ってるなんてあり得ねえだろ」
まるで昔から友達だったかのように雅で遊んでいる。
加藤曰く、今朝の文化祭の準備も二人は喧嘩をしていたそう。周りは二人を引き離そうとするも、絶対に離れないのだとか。互いの中で、離れたら負けみたいなところがあるらしい。その考えは理解し難いが、喧嘩するほど仲が良いとは、あの二人のことを指す言葉だと俺は思う。
「けど、雅には申し訳ないな。オモチャにされてる」
「そんなことないよ。雅も楽しそう」
「そうか? 困ってるようにしか見えないぞ」
そこに時倉も混ざったものだから、状況は悪化の一途を辿る。それでも、響は穏やかに雅の姿を眺める。
「すっごく楽しそうだよ。中学卒業してから、雅はずっと独りぼっちだったから。ううん、それより前から、雅は独りぼっちだったんだ」
「中学でも?」
「そう、病気の子って、周りから受け入れてもらいにくいんだよ。いくら説明しても、人には移らないって伝えても、偏見の目で見られる。ずっと敬遠されて生きてきた。僕の」
「響のせいじゃないだろ。むしろ、ずっと一緒にいてやったんだろ? どんな時でも隣に」
言いながら気が付いた。響がグレた本当の理由に。
「もしかして、雅に何か言ってくる奴がいたら黙らせる為か? その為に、わざわざヤクザに……」
「ヤクザには入ってないから。学校の番を張ってただけだから……あ」
うっかり発言をしてしまった響は、口元を押さえて俺を横目に見た。
「……嘘だよ?」
「嘘ってことにしといてやるよ」
否、嘘ってことにしないと、俺の決意が揺らぐ。これからも響と一緒にいるという決意が。
響がグレていた過去があるからと言って俺には関係ない。そう思っていたが、まさか本当に学校の番、トップオブザトップだとは……。恐ろしくて生意気な口を叩けない。隣を歩けない。これまでの非礼の数々を詫びた方が良いだろうか。そんな考えで頭がいっぱいだ。だから、ここは嘘として処理するのが一番だ。うん。
「で? 響のミッションの中の一つである俺は、これからポイされんの? 最後まで責任取ってくんないわけ?」
「金さん……それって……でも、僕は自分の欲求を満たすためだけに金さんを利用して……隣にいる資格なんて」
「これまで俺の隣に資格持ってる奴なんていたことないけど。てか、利用なんていくらでもすれば良いだろ。俺も響を利用してるし」
俺はポケットから小さく折りたたんだ文化祭のパンフレットを取り出し、広げてみる。
「祭りといったらポテトじゃん? でも、焼きそばも捨て難いし、カフェでパンケーキとかも食ってみたいし……だけど、俺一人じゃ全部は無理だから、響とシェアするつもりなんだけど」
「金さん……」
感極まって言葉を詰まらせる響。これで関係修復か……そう思ったのは爪が甘かった。響は想像を絶するほどのネガティブ思考だ。
「けど、金さんも雅が良いんでしょ? 雅といる時、凄く楽しそうだった……」
本日何度目だろうか。響の顔が下がったのは。そして、その度に俺は響の顔を上げる。物理的に。
「そりゃ楽しいに決まってんだろ。響は、雅といて楽しくないのか?」
「楽しい……けど、僕といる時より楽しそう」
「そう見えるだけだろ。それに、雅には申し訳ないけど、俺はまだ同情の方が優ってる。友達には成りきれてない」
俯くと、今度は響が俺の顔を上げた。
「友達の定義ってなんだと思う?」
「さぁ、一緒に笑って一緒に泣いたり?」
「金さんってば、ロマンティックだね」
クスリと笑われ、羞恥で顔が熱くなる。
「だ、だったら何なんだよ」
「互いに心を許し合い、対等な立場で親しく交わる人のことなんだって」
「へぇ。辞書に載ってたのか?」
「そう。つまりね、タメ口で話してる時点で友達ってこと」
「は? んな訳ないだろ」
タメ口で話せば皆友達なんて、世界中の大半が友達だ。その無理な解釈に反論しつつも、またもや俺の心は響に救われた。
「それなら俺、明日から時倉に敬語使お」
「僕には?」
「そんなの決まってんだろ」
俺は後ろを振り返って、フェンス越しに飛行機雲が浮かぶ真っ青な空を眺めた。
「最上級のタメ口使ってやる」
「やった」
その顔は、いつになく嬉しそうで、尊かった。
「ところで、金さん。最上級のタメ口ってなに?」
「せっかく良い感じに締め括ったのに、敢えて聞くなよ」
「へへへ」
改めて、へらりと笑うその顔に嘘偽りは無かった。
――過剰なまでの庇護欲を出す親から、雅を救い出す計画を響と二人で立てたのは、もう少し先のお話し。
おしまい。
初めこそ席が前後だから、その延長でずっと俺に懐いている。そう思っていたが、それも全部響の計算の上にあったことを聞かされた。
とはいえ、席が前後になったのは偶然。転校初日、担任の先生に謝罪されたそう。やさぐれてピリピリしている男の後ろしか空いてないからと。すぐに席替えするから近寄らなくて良いとまで言われたそうだ。
その理由を聞いた響は、獲物を見つけたと言わんばかりに俺に近付くことを決意した。響自身の存在意義を見出す為、俺に笑顔を取り戻すことが、この学校に来て第一のミッションとなったのだ。
結論から言うと、それは大成功だ。その笑顔は響にしか見せていないが、それは思春期ならではの照れだ。一年近く一匹狼を貫いていた俺が今更笑うなんて格好悪くて出来ない。けれど、笑おうと思えばいつでも笑えるくらい心は元気になった。それは、響も同様だったよう――。
俺の心が元気になるにつれ、響の心も満たされた。自分はこの世界に必要な存在なんだと思えるから。
加藤の件も、いわずもがな第二のミッションだ。ただ、俺でも気付き得なかったイジメの実態を暴いたのは、いくら計算高くても無理だ。これも偶然かと思いきや、響の心が弱っているからか、何となく心に闇を抱えている人のことはピンと来るらしい。引き寄せられるように持ち前のコミュニケーション能力で情報収集をした結果なんだそう。
しかし、これは転校して来て一ヶ月やそこらで起こった出来事。故に、第一と第二のミッションは同時進行で行われたということ。いや、早川のことも最初から介入していた。つまり、第三のミッションも同時進行で行われていたということだ。器用にもほどがある。
「でも、早川さんのは失敗しちゃった……」
「何言ってんだよ。成功してるよ」
「してないよ。だって早川さんは、僕のせいで計画を台無しにされたって……」
俯く響の頭を無理矢理上げる。
「見てみろ」
神様の悪戯とは凄いもので、今正に目の前で第三のミッションが成功したことを明らかにしてくれている。
テントの隙間から見えるのは、早川と雅、そして宇野の姿だ。早川はタコ焼きの入った袋を片手にクレープを持ち、縁日で当てたのか猫のようなカチューシャまでつけている。隣にいる宇野も同様に。雅は苦笑を浮かべながらも、無理矢理ひょっとこのお面を頭に乗せられた。
「失敗してたら、早川と宇野が一緒に笑ってるなんてあり得ねえだろ」
まるで昔から友達だったかのように雅で遊んでいる。
加藤曰く、今朝の文化祭の準備も二人は喧嘩をしていたそう。周りは二人を引き離そうとするも、絶対に離れないのだとか。互いの中で、離れたら負けみたいなところがあるらしい。その考えは理解し難いが、喧嘩するほど仲が良いとは、あの二人のことを指す言葉だと俺は思う。
「けど、雅には申し訳ないな。オモチャにされてる」
「そんなことないよ。雅も楽しそう」
「そうか? 困ってるようにしか見えないぞ」
そこに時倉も混ざったものだから、状況は悪化の一途を辿る。それでも、響は穏やかに雅の姿を眺める。
「すっごく楽しそうだよ。中学卒業してから、雅はずっと独りぼっちだったから。ううん、それより前から、雅は独りぼっちだったんだ」
「中学でも?」
「そう、病気の子って、周りから受け入れてもらいにくいんだよ。いくら説明しても、人には移らないって伝えても、偏見の目で見られる。ずっと敬遠されて生きてきた。僕の」
「響のせいじゃないだろ。むしろ、ずっと一緒にいてやったんだろ? どんな時でも隣に」
言いながら気が付いた。響がグレた本当の理由に。
「もしかして、雅に何か言ってくる奴がいたら黙らせる為か? その為に、わざわざヤクザに……」
「ヤクザには入ってないから。学校の番を張ってただけだから……あ」
うっかり発言をしてしまった響は、口元を押さえて俺を横目に見た。
「……嘘だよ?」
「嘘ってことにしといてやるよ」
否、嘘ってことにしないと、俺の決意が揺らぐ。これからも響と一緒にいるという決意が。
響がグレていた過去があるからと言って俺には関係ない。そう思っていたが、まさか本当に学校の番、トップオブザトップだとは……。恐ろしくて生意気な口を叩けない。隣を歩けない。これまでの非礼の数々を詫びた方が良いだろうか。そんな考えで頭がいっぱいだ。だから、ここは嘘として処理するのが一番だ。うん。
「で? 響のミッションの中の一つである俺は、これからポイされんの? 最後まで責任取ってくんないわけ?」
「金さん……それって……でも、僕は自分の欲求を満たすためだけに金さんを利用して……隣にいる資格なんて」
「これまで俺の隣に資格持ってる奴なんていたことないけど。てか、利用なんていくらでもすれば良いだろ。俺も響を利用してるし」
俺はポケットから小さく折りたたんだ文化祭のパンフレットを取り出し、広げてみる。
「祭りといったらポテトじゃん? でも、焼きそばも捨て難いし、カフェでパンケーキとかも食ってみたいし……だけど、俺一人じゃ全部は無理だから、響とシェアするつもりなんだけど」
「金さん……」
感極まって言葉を詰まらせる響。これで関係修復か……そう思ったのは爪が甘かった。響は想像を絶するほどのネガティブ思考だ。
「けど、金さんも雅が良いんでしょ? 雅といる時、凄く楽しそうだった……」
本日何度目だろうか。響の顔が下がったのは。そして、その度に俺は響の顔を上げる。物理的に。
「そりゃ楽しいに決まってんだろ。響は、雅といて楽しくないのか?」
「楽しい……けど、僕といる時より楽しそう」
「そう見えるだけだろ。それに、雅には申し訳ないけど、俺はまだ同情の方が優ってる。友達には成りきれてない」
俯くと、今度は響が俺の顔を上げた。
「友達の定義ってなんだと思う?」
「さぁ、一緒に笑って一緒に泣いたり?」
「金さんってば、ロマンティックだね」
クスリと笑われ、羞恥で顔が熱くなる。
「だ、だったら何なんだよ」
「互いに心を許し合い、対等な立場で親しく交わる人のことなんだって」
「へぇ。辞書に載ってたのか?」
「そう。つまりね、タメ口で話してる時点で友達ってこと」
「は? んな訳ないだろ」
タメ口で話せば皆友達なんて、世界中の大半が友達だ。その無理な解釈に反論しつつも、またもや俺の心は響に救われた。
「それなら俺、明日から時倉に敬語使お」
「僕には?」
「そんなの決まってんだろ」
俺は後ろを振り返って、フェンス越しに飛行機雲が浮かぶ真っ青な空を眺めた。
「最上級のタメ口使ってやる」
「やった」
その顔は、いつになく嬉しそうで、尊かった。
「ところで、金さん。最上級のタメ口ってなに?」
「せっかく良い感じに締め括ったのに、敢えて聞くなよ」
「へへへ」
改めて、へらりと笑うその顔に嘘偽りは無かった。
――過剰なまでの庇護欲を出す親から、雅を救い出す計画を響と二人で立てたのは、もう少し先のお話し。
おしまい。



