お化け屋敷というのは学生が作ったものだとしても、暗くて狭くて迷路のようで、それはもう背筋が凍る思いをした。しかし、雅は違ったようだ。
「やっぱ、学生が作るものだから全然だったね」
「そ、そうだな。全部子供騙しだ」
なんて強がってはみるが、今も心臓がバクバクだ。
「金さんも怖いの好きなら、僕の書いたのも観てみる?」
「雅が書いたのって?」
「ちょっと前に上映は終わっちゃったんだけど……」
上映、その言葉を聞いて思い出した。響と観たミステリーホラー映画の脚本家。十七歳だと聞いて、あの後俺も調べた。
そこには、名前と年齢、この度脚本の大賞に受賞し、それが映画化されたことが書き記されていた。今思い返すと、その名前が『清水雅』だった。響と何となく似ているなという感想を抱いたので良く覚えている。
「え、あれって、雅が脚本書いたのか!?」
「もしかして、観に行ってくれたの?」
「それはもう、あれのおかげで夜道を一人で……」
なるほど。響があの映画を観た後に複雑な表情を浮かべていたのは、雅のことを考えていたからか。それを書いたのが雅張本人だから。
それにしても、目の前に映画の脚本家がいると思うと、感情を抑えることが出来なくなる。文化祭の喧騒も相まって、やや大きな声で興奮気味に話していると、響の姿がこちらをじっと見ていることに気が付いた。
「響!」
手を振って見る。僅か五メートル足らずの場所でしっかりと目が合っているにも関わらず、響は無表情のまま動かない。
「響……?」
振っていた手を下ろして一歩近付けば、響は猫のようにフイッと回れ右して人混みに紛れて消えた。
「ちょ、待てって」
喧騒の中を掻き分け追いかけると、雅も足早に付いてくる。
「やっぱ、僕が金さんを独占しちゃって怒ってるよ」
「そんなこと……」
ないと言いたいが、今の響を見たら否定できない。
一方、響の歩幅が小さいのと同様に、雅もまた俺に付いてくるのに足を早く動かす必要がある。けれど、今は響を優先しないとダメな気がした。そうしなければ、響は俺のそばから離れて行く。そんな気がした。
しかし、響は小さい上に足が速い。人混みを難なく避けながら先々行く響に中々追いつけない。
階段を下り、下駄箱のある扉から外に出る響。縁日の模擬店と特設ステージが設置されているグラウンドの方に向かうつもりのようだ。
俺も下駄箱のある扉から出ようと急げば、髪の毛がベリーショートになった早川の姿を発見した。
「金山じゃん。さっきそこで清水に……」
「悪い、早川。雅を頼む!」
「は? え? てか、さっき清水はあっちに」
呆気に取られる早川に、雅をたくす。
「雅、こいつ早川。怒らすとウザいから気を付けろ!」
「金さん、僕も一緒に!」
「来ても良いけど、責任取れねぇ。早川、雅は方向音痴だから、絶対に一人にさせるなよ!」
言いたいことだけ言って、俺はグラウンドの方へと向かった。
面積が大きい分、中庭や校舎内よりバラけているが、それでも人は多い。方向音痴の雅を連れて行くとなると迷子にさせてしまうことこの上ない。雅には申し訳ないが、早川の相手をしてもらおう。
(いや、逆だから! 私が相手をしてあげるの!)
イマジナリー早川の声が聞こえて来たが、そこはスルーして今は響だ。
「響!」
声を大にして叫んだが、見ず知らずの人は沢山振り向いてくれたが、肝心の響は振り返らない。
「響!」
俺の手の届かないところへ行ってしまう響。せっかく少しだけ響に近付けたと思ったのに、すぐに何処かへ行ってしまう。
「チッ、本当なら響よりも俺の方が足速いんだからな」
俺は、誰もいないグラウンドの隅の方へと移動した。
直線上に人の姿はない。ここなら全速が出せる。先回りしてグラウンドのあちら側で待とう。そう思って、クラウチングスタートの姿勢を取った。
医者からは禁止されていたが、足よりも響だ。今、響を捕まえないと……。
「すぐに捕まえてやるからな。よーい……」
ドンッと走り出そうとした時だった。
「やめろ!!」
大きな声と共に、背後から腕を掴まれた。
勢いを付けていたところだったので、思い切り前につんのめった。
「ちょ、誰だよ!」
何とか体勢を整え後ろを振り返ると、そこにいたのは時倉だった。
「金山。お前、次走るとマジで足使えなくなるんだろ?」
「そんなこと言ってる場合じゃないんだよ。響が……」
「清水を連れてくれば良いのか? そんなの任せとけ。この先にいるんだな?」
「あっちに向かって行ったから……先回りすれば捕まえられるはず」
「分かった」
時倉はクラウチングスタートの姿勢を取り、一直線に走り始めた。
これまで嫌悪感しか抱かなかった相手が、俺の為に走ってくれている。不思議な気持ちでその背中を追う。
あまり移動すると、またすれ違う可能性が高い。今までは信じられなかった時倉を俺はその場で待つことにした――。
――待つこと十分弱。響は呆気なく時倉に捕まったようで、不貞腐れたように俺の元にやってきた。
「なに?」
「なに……って、響。一緒に回ろうって言っただろ?」
「約束破ったの金さんじゃん」
「それは、響を探しながら……」
ダメだ。今の響に何を言っても言い訳にしか聞こえない。それくらい本気で怒っている。
俺としたことが……両親に代わって響のことを気にかけてあげようと誓ったばかりだったのに。響の沸点を見誤っていた。
俺たちの様子が変なことに気付いた時倉は気まずくなったのか、苦笑を浮かべながら一歩後ずさる。
「えっと……俺は、お邪魔かな」
時倉は逃げるように……いや、一応恩人だし、ここは空気を読んだということにしておこう。空気を読んで活気のあるステージの方へと駆けて行った――。
暫しの沈黙が流れ、俺はポツリと謝罪した。
「響、ごめん……」
深く頭を下げれば、響はフッと笑った。
「ハハハ、金さんが騙された」
「は?」
呆気に取られて顔を上げる。響が笑っている。
「金さんが雅と楽しそうにしてて、嫉妬でもしてると思った?」
「……思った」
「自意識過剰なんじゃない?」
響は今も笑っている。しかし、心が泣いている。
「響、俺の前では本心を言えよ」
「え? 本心だよ」
「我慢してるのバレバレだから。嫌なことがあるなら嫌って言えよ。空気を読むな」
秋の冷たい空気が俺と響の間を流れる。
すぐ近くでは文化祭の賑わいが聞こえてくるのに、不思議なくらい聞こえてこない。まるで、この世界に俺と響だけのようだ。
「俺なんかに気ぃ遣う必要ないだろ? 響がいてくれたから、ウザいぐらいにお前が関わって来たから、この一年曇り空だった俺の心が晴れたんだ。俺は、お前に感謝してるんだよ」
「金さん……それ、本当?」
「なんで俺が嘘なんて吐かなきゃなんないんだよ。俺がいつお前に嘘吐いたんだよ」
自分で言って後悔だ。案の定、響がツッコミを入れてきた。
「怖いの苦手なのに、得意って嘘吐いてるじゃん」
「あれは……嘘じゃない」
「嘘、めっちゃ怖がりじゃん。それなのに、さっきも雅とお化け屋敷入ってさ」
「だから、あれは嘘じゃなくて強がり。そう、ただの強がり。強がりと嘘は違うだろ? 似て非なるものだ」
苦しすぎる。苦しすぎるが、先程の発言は本気なのだ。嘘じゃない。それを分かってもらわなければ。
「てか、嘘吐きは響だろ?」
「僕? 僕がいつ……」
「その笑顔だよ。それが嘘って言ってんだよ。泣きたい時には泣けって誰かが歌ってんだろ? 泣けよ。叫べよ。心の内をさらけ出しちゃえば良いじゃん」
そんな臭いセリフをこの俺が言う日が来るなんて……。
響が黙ってしまったものだから、自分で言ってじわじわ時間差で恥ずかしくなってきた。
「……おい、なんか言えよ」
「…………」
「はぁ……もう良い。そこまで俺は信用ないのかよ」
響が話したくないのなら無理強いするのも良くない。響が遠ざかっていく一方だ。
それに、よく考えると、まだ知り合って三か月足らず。そんなので信用しろという方がおかしな話だ。高校生活はまだまだ長い。その間に響の信頼を勝ち得よう。それが無理なら、俺たちはそこまでの関係だったということだ。
「雅は俺が責任持って家まで送り届けてくるから。んじゃ、また」
溜め息を吐きながら踵を返せば、響も動いたのが分かった。ただ、予想外なことに、響はこちらに向かって駆けてきた。
「……わッ、な、なんだ!?」
驚いたのは他でもない。響が抱き着いてきたからだ。
「響? もしかして、泣いてんのか?」
顔は胸に埋められて見えないが、ジャージがじわじわと湿ってきた。
「金さんが言ったんじゃん。泣きたいときには泣けって」
「言ったけど……いや、言ったな。言った。泣け、思い切り泣け」
後ろに手を回して頭をポンポンと撫でてやれば、嗚咽を漏らすように泣き始めた。
それからどれくらいの時間こうしていただろうか。何かを話すでもなく、響は涙が枯れるのではないかと思う程泣いていた。
この場所は、グラウンドの端も端。フェンスの向こうは道路になっているが、車の通りや歩行者も普段から少ない通りだ。
周囲の目もほとんどないここに、文化祭を楽しんでいる者がふらっとやってくることもあるが、見てはいけないものを見たような反応をされ、どこかへ行ってしまう。既に俺たちは噂になっているので、これ以上の噂はないだろう。別れ話をしているとでも思われているかもしれない。
俺のジャージの胸元がぐしょ濡れになった頃、響は息を一つ吐いてから口を開いた。
「これを話すと金さんは怒るかもしれないけど……」
「なんでも来い。全部受け止めてやる」
「なんでそんなに優しいの?」
「俺は基本優しいの。去年までの俺を知ってるやつに聞いてみろ」
また嘘吐き呼ばわりしてくるかと覚悟したが、響はクスリと笑って俺から離れた。そして、フェンスに寄りかかって言葉を紡いだ。
「去年までの金さんなんて知りたくないよ。僕が隣にいないのに、ニコニコ笑ってるんだよ? 僕はいらないんだなって実感しちゃうじゃん」
「どうしようも出来ない過去に嫉妬してどうする」
俺も響の隣で腰を屈めた。
「でもね、僕はそれくらい……存在意義を気にしちゃうんだ。金さんだって、もう気付いてるんでしょ?」
「まぁな。で? 怒らないから言ってみろ」
「実はね――――」
「やっぱ、学生が作るものだから全然だったね」
「そ、そうだな。全部子供騙しだ」
なんて強がってはみるが、今も心臓がバクバクだ。
「金さんも怖いの好きなら、僕の書いたのも観てみる?」
「雅が書いたのって?」
「ちょっと前に上映は終わっちゃったんだけど……」
上映、その言葉を聞いて思い出した。響と観たミステリーホラー映画の脚本家。十七歳だと聞いて、あの後俺も調べた。
そこには、名前と年齢、この度脚本の大賞に受賞し、それが映画化されたことが書き記されていた。今思い返すと、その名前が『清水雅』だった。響と何となく似ているなという感想を抱いたので良く覚えている。
「え、あれって、雅が脚本書いたのか!?」
「もしかして、観に行ってくれたの?」
「それはもう、あれのおかげで夜道を一人で……」
なるほど。響があの映画を観た後に複雑な表情を浮かべていたのは、雅のことを考えていたからか。それを書いたのが雅張本人だから。
それにしても、目の前に映画の脚本家がいると思うと、感情を抑えることが出来なくなる。文化祭の喧騒も相まって、やや大きな声で興奮気味に話していると、響の姿がこちらをじっと見ていることに気が付いた。
「響!」
手を振って見る。僅か五メートル足らずの場所でしっかりと目が合っているにも関わらず、響は無表情のまま動かない。
「響……?」
振っていた手を下ろして一歩近付けば、響は猫のようにフイッと回れ右して人混みに紛れて消えた。
「ちょ、待てって」
喧騒の中を掻き分け追いかけると、雅も足早に付いてくる。
「やっぱ、僕が金さんを独占しちゃって怒ってるよ」
「そんなこと……」
ないと言いたいが、今の響を見たら否定できない。
一方、響の歩幅が小さいのと同様に、雅もまた俺に付いてくるのに足を早く動かす必要がある。けれど、今は響を優先しないとダメな気がした。そうしなければ、響は俺のそばから離れて行く。そんな気がした。
しかし、響は小さい上に足が速い。人混みを難なく避けながら先々行く響に中々追いつけない。
階段を下り、下駄箱のある扉から外に出る響。縁日の模擬店と特設ステージが設置されているグラウンドの方に向かうつもりのようだ。
俺も下駄箱のある扉から出ようと急げば、髪の毛がベリーショートになった早川の姿を発見した。
「金山じゃん。さっきそこで清水に……」
「悪い、早川。雅を頼む!」
「は? え? てか、さっき清水はあっちに」
呆気に取られる早川に、雅をたくす。
「雅、こいつ早川。怒らすとウザいから気を付けろ!」
「金さん、僕も一緒に!」
「来ても良いけど、責任取れねぇ。早川、雅は方向音痴だから、絶対に一人にさせるなよ!」
言いたいことだけ言って、俺はグラウンドの方へと向かった。
面積が大きい分、中庭や校舎内よりバラけているが、それでも人は多い。方向音痴の雅を連れて行くとなると迷子にさせてしまうことこの上ない。雅には申し訳ないが、早川の相手をしてもらおう。
(いや、逆だから! 私が相手をしてあげるの!)
イマジナリー早川の声が聞こえて来たが、そこはスルーして今は響だ。
「響!」
声を大にして叫んだが、見ず知らずの人は沢山振り向いてくれたが、肝心の響は振り返らない。
「響!」
俺の手の届かないところへ行ってしまう響。せっかく少しだけ響に近付けたと思ったのに、すぐに何処かへ行ってしまう。
「チッ、本当なら響よりも俺の方が足速いんだからな」
俺は、誰もいないグラウンドの隅の方へと移動した。
直線上に人の姿はない。ここなら全速が出せる。先回りしてグラウンドのあちら側で待とう。そう思って、クラウチングスタートの姿勢を取った。
医者からは禁止されていたが、足よりも響だ。今、響を捕まえないと……。
「すぐに捕まえてやるからな。よーい……」
ドンッと走り出そうとした時だった。
「やめろ!!」
大きな声と共に、背後から腕を掴まれた。
勢いを付けていたところだったので、思い切り前につんのめった。
「ちょ、誰だよ!」
何とか体勢を整え後ろを振り返ると、そこにいたのは時倉だった。
「金山。お前、次走るとマジで足使えなくなるんだろ?」
「そんなこと言ってる場合じゃないんだよ。響が……」
「清水を連れてくれば良いのか? そんなの任せとけ。この先にいるんだな?」
「あっちに向かって行ったから……先回りすれば捕まえられるはず」
「分かった」
時倉はクラウチングスタートの姿勢を取り、一直線に走り始めた。
これまで嫌悪感しか抱かなかった相手が、俺の為に走ってくれている。不思議な気持ちでその背中を追う。
あまり移動すると、またすれ違う可能性が高い。今までは信じられなかった時倉を俺はその場で待つことにした――。
――待つこと十分弱。響は呆気なく時倉に捕まったようで、不貞腐れたように俺の元にやってきた。
「なに?」
「なに……って、響。一緒に回ろうって言っただろ?」
「約束破ったの金さんじゃん」
「それは、響を探しながら……」
ダメだ。今の響に何を言っても言い訳にしか聞こえない。それくらい本気で怒っている。
俺としたことが……両親に代わって響のことを気にかけてあげようと誓ったばかりだったのに。響の沸点を見誤っていた。
俺たちの様子が変なことに気付いた時倉は気まずくなったのか、苦笑を浮かべながら一歩後ずさる。
「えっと……俺は、お邪魔かな」
時倉は逃げるように……いや、一応恩人だし、ここは空気を読んだということにしておこう。空気を読んで活気のあるステージの方へと駆けて行った――。
暫しの沈黙が流れ、俺はポツリと謝罪した。
「響、ごめん……」
深く頭を下げれば、響はフッと笑った。
「ハハハ、金さんが騙された」
「は?」
呆気に取られて顔を上げる。響が笑っている。
「金さんが雅と楽しそうにしてて、嫉妬でもしてると思った?」
「……思った」
「自意識過剰なんじゃない?」
響は今も笑っている。しかし、心が泣いている。
「響、俺の前では本心を言えよ」
「え? 本心だよ」
「我慢してるのバレバレだから。嫌なことがあるなら嫌って言えよ。空気を読むな」
秋の冷たい空気が俺と響の間を流れる。
すぐ近くでは文化祭の賑わいが聞こえてくるのに、不思議なくらい聞こえてこない。まるで、この世界に俺と響だけのようだ。
「俺なんかに気ぃ遣う必要ないだろ? 響がいてくれたから、ウザいぐらいにお前が関わって来たから、この一年曇り空だった俺の心が晴れたんだ。俺は、お前に感謝してるんだよ」
「金さん……それ、本当?」
「なんで俺が嘘なんて吐かなきゃなんないんだよ。俺がいつお前に嘘吐いたんだよ」
自分で言って後悔だ。案の定、響がツッコミを入れてきた。
「怖いの苦手なのに、得意って嘘吐いてるじゃん」
「あれは……嘘じゃない」
「嘘、めっちゃ怖がりじゃん。それなのに、さっきも雅とお化け屋敷入ってさ」
「だから、あれは嘘じゃなくて強がり。そう、ただの強がり。強がりと嘘は違うだろ? 似て非なるものだ」
苦しすぎる。苦しすぎるが、先程の発言は本気なのだ。嘘じゃない。それを分かってもらわなければ。
「てか、嘘吐きは響だろ?」
「僕? 僕がいつ……」
「その笑顔だよ。それが嘘って言ってんだよ。泣きたい時には泣けって誰かが歌ってんだろ? 泣けよ。叫べよ。心の内をさらけ出しちゃえば良いじゃん」
そんな臭いセリフをこの俺が言う日が来るなんて……。
響が黙ってしまったものだから、自分で言ってじわじわ時間差で恥ずかしくなってきた。
「……おい、なんか言えよ」
「…………」
「はぁ……もう良い。そこまで俺は信用ないのかよ」
響が話したくないのなら無理強いするのも良くない。響が遠ざかっていく一方だ。
それに、よく考えると、まだ知り合って三か月足らず。そんなので信用しろという方がおかしな話だ。高校生活はまだまだ長い。その間に響の信頼を勝ち得よう。それが無理なら、俺たちはそこまでの関係だったということだ。
「雅は俺が責任持って家まで送り届けてくるから。んじゃ、また」
溜め息を吐きながら踵を返せば、響も動いたのが分かった。ただ、予想外なことに、響はこちらに向かって駆けてきた。
「……わッ、な、なんだ!?」
驚いたのは他でもない。響が抱き着いてきたからだ。
「響? もしかして、泣いてんのか?」
顔は胸に埋められて見えないが、ジャージがじわじわと湿ってきた。
「金さんが言ったんじゃん。泣きたいときには泣けって」
「言ったけど……いや、言ったな。言った。泣け、思い切り泣け」
後ろに手を回して頭をポンポンと撫でてやれば、嗚咽を漏らすように泣き始めた。
それからどれくらいの時間こうしていただろうか。何かを話すでもなく、響は涙が枯れるのではないかと思う程泣いていた。
この場所は、グラウンドの端も端。フェンスの向こうは道路になっているが、車の通りや歩行者も普段から少ない通りだ。
周囲の目もほとんどないここに、文化祭を楽しんでいる者がふらっとやってくることもあるが、見てはいけないものを見たような反応をされ、どこかへ行ってしまう。既に俺たちは噂になっているので、これ以上の噂はないだろう。別れ話をしているとでも思われているかもしれない。
俺のジャージの胸元がぐしょ濡れになった頃、響は息を一つ吐いてから口を開いた。
「これを話すと金さんは怒るかもしれないけど……」
「なんでも来い。全部受け止めてやる」
「なんでそんなに優しいの?」
「俺は基本優しいの。去年までの俺を知ってるやつに聞いてみろ」
また嘘吐き呼ばわりしてくるかと覚悟したが、響はクスリと笑って俺から離れた。そして、フェンスに寄りかかって言葉を紡いだ。
「去年までの金さんなんて知りたくないよ。僕が隣にいないのに、ニコニコ笑ってるんだよ? 僕はいらないんだなって実感しちゃうじゃん」
「どうしようも出来ない過去に嫉妬してどうする」
俺も響の隣で腰を屈めた。
「でもね、僕はそれくらい……存在意義を気にしちゃうんだ。金さんだって、もう気付いてるんでしょ?」
「まぁな。で? 怒らないから言ってみろ」
「実はね――――」



