秋風が吹き抜ける中庭には、ソースの香ばしい香りや甘い匂いが漂っている。
タコ焼き、焼きそば、クレープの模擬店が並ぶその横に、ポップな字で描かれた『りんご飴』の看板。そこには、真っ赤な宝石のような飴がコーティングされたリンゴが発泡スチロールに大中小と刺さっている。
「リンゴ飴、小さいの一つ下さい」
「ぼく中くらいの」
「ぼくは大きいの」
リンゴ飴は子供に人気で、朝から親子連れの行列が出来ている。「帰りに買って帰りなさい」という声も聞こえるが、駄々をこねる子供に負ける親も複数いて、売る側としては苦笑いが出る。
そんな子供たちの接客をするのが響で、俺は隣でお金の管理をしている。
「好きなの取って良いよ」
ニコニコ笑顔の響は子供受けもよくて、それで客が寄ってきているのもあると思う。まぁ、売れるに越したことはない。
「けど、俺、午前中はリンゴ飴の残りを作る予定だったんだけどな」
飴をコーティングする作業をしてみたいと思ったのは口に出さず、あくまでも店番を押し付けられたことが不服だと気だるそうにぼやく。
「ごめんね、僕が寝坊したせいで」
響が営業スマイルを客に見せながら謝罪してくるが、寝坊をしたことは何とも思っていない。俺が自らの意思で響の家に行き、雅と長話してしまったのは紛れもない事実だから。ただ、謝罪して欲しいことも一つある。それは、寝起きの悪さ。
自ら起きた時は何ともないのに、何故無理やり起こすとこうも人格が変わるのか。ガンを飛ばされる方の身にもなって欲しい。
「なぁ、響。中学ん時にやんちゃしてたって聞いたけど、よく更生出来たな」
「もう、雅ったらそんなことまで金さんに話したの?」
「まぁ、それは不可抗力ではあるけどな……」
ちなみに、響自身は寝起きに人格が変わることを覚えていない。だから、余計に質が悪い。俺が何も知らないと思って、響は俺に嘘を吐いた。
「でも、金さんが思ってるのと違うと思うよ。脅迫的な感じに無理やりそっちのグループに入らされてさ、ペコペコ媚びへつらうようなゴマする系の立ち位置だったし」
「ゴマする系ねぇ」
疑いの目で見ずにはいられない。俺が見たのは、どちらかというとリーダー格。それくらいの迫力があった。リーダー格を知らんけど。
とはいえ、響がヤンキーの仲間入りしたのも、自分の気持ちを上手く処理しきれなかったのが背景にあるのだろう。
双子の弟が、分身が、片割れが生まれながらに難病を患い、自分は至って健康。そんなの、自分のせいだと責めずにはいられないだろう。自分が健康な部分を全て持って行ってしまった。自分がいなければ……そう思うのも無理はない。俺が響の立場なら、そう思う。
しかし、響が死んだからといって雅の病気が治るわけでもなく、どうしようもない気持ちでこれまで生きてきたのだろう。
更には、両親は雅を過剰なまでに庇護している。いくら響のことを気にしていると言っても、響の目に映る両親はそうではないのだろう。そうでなければ、響の口から『どうせ、僕なんて、いてもいなくても誰も気づかないから』そんな自虐的な発言が出るはずがない。それに、俺からしても、気にしていると言うのなら、体育祭くらい見に行けば良いのにと思う。雅の入院と重なったのはあるかもしれないが、あれは夕方だ。早朝にお弁当だけでも作れたはず。それが出来ないのであれば、響を心配しているなんて言葉は発さないで頂きたい。まぁ、本人らの口から聞いたものではないのだが……。
だからというのも変かもしれないが、両親が響のことを気にかけないのであれば、俺がそれに代わって響を気にかけてあげようと思う。俺が響に救われたように、今度は俺が響を救いたい。
「そんな恰好良いこと言ってみてぇ」
「どんなこと言ってみたいの?」
「え、俺、口に出てた?」
心の声が漏れていたことに羞恥を覚える。それを誤魔化すように、道行く学生や一般人を見る。
「それにしても、雅のやつ遅いな。気が変わったかな」
「まぁ、雅は方向音痴だからねぇ」
「え、ガチで?」
「うん、ガチだよ。中学の時なんて、僕が熱出して休んだんだけど、学校から雅が登校してませんって電話かかってきたんだ。捜索して、ようやく三時間後に見つかったよ」
「それは、ただサボりたかっただけとかじゃ……?」
そうであって欲しい。そうでなかったら困る。しかし、響の苦笑は、それが迷子のものだと物語っている。
「で、でもさ、響だって了承したじゃん。後から雅が来ることに」
そう、俺は雅を文化祭に招待したのだ。初めこそ、双子あるあるである雅と響を入れ替えることを提案しようとした。
しかし、そうすると雅は響としてクラスメイトらに慕われ、羨望や嫉妬、妬みが出てくる可能性が出る。反対に、響は響で雅の孤独さに触れ、自責の念が増す一方な気がする。良かれと思ってやったことが裏目に出るあれだ。
それならいっそ、鬼の居ぬ間に……両親が仕事の今こそがチャンス。単純に文化祭に招待しようと思った。
雅は雅として、響と共に文化祭を回る。そして、引っ越してきてから友人のいない雅に友人を紹介する。お節介なのは分かっているが、文化祭を回るのは自由なのだ。リンゴ飴を買って行った子供たちだって高校に来ているのだから、雅が参加して悪いわけがない。
だから、迷子になんてなられたら困るのだ。このまま学校に辿り着くこともできず、警察に保護なんてされて両親を呼ばれて……俺が怒られるのは仕方がないが、雅や響……特に響が怒られるのではないかと思う。余計なことをして、と。
不安ばかりが募っていると、響が売れた端から新しいリンゴ飴を補充しながら言った。
「今日は地図アプリ使ってるから大丈夫だと思うよ。中学ん時は携帯持っていくの禁止だったし、まさか慣れてる道で迷子になるなんて思ってもなかったからさ」
「そっか、なら大丈夫か」
ホッと胸を撫で下ろす反面、疑問が浮上した。
「学校には来られても、校内は? 地図アプリは意味ないし、パンフレットの校内マップ読めるのか?」
「読めると思う?」
つまりは、読めないということか。
「でも、大丈夫だよ。僕がいるから、雅は……」
気持ちが焦りすぎて、響の言うことは耳に入って来ない。響が最後まで言い切る前に、俺はガチャンと音を鳴らしながらパイプ椅子から立ち上がった。
「金さん?」
「ちょっと、俺、雅探してくる。すぐ戻って来るから」
俺は店番を響に任せ、校内を探すことにした――――。
◇◇◇◇
祭り気分で賑わう校内を探し回るのは、意外にも苦戦した。というより、そもそも学校に着いているのかも疑わしい。
まだ探し始めて二十分ではあるが、そろそろ店番も交代の時間になって来た。一旦響の元に戻ってから一緒に探そう。
「てか、響なら雅の連絡先知ってるんじゃ……?」
文化祭中に携帯の使用は禁止されているので教室に置いてあるだろうが、取りに戻れば一発だ。何故それに気付かなかったのか。
響の元に戻るため、リンゴ飴の模擬店のある中庭に続く道を歩こうとすれば、校舎の前に人だかりが出来ていることに気が付いた。
「なんだろ……」
気にはなるが、今は雅だ。そのまま横を通り過ぎようとした時、聞き覚えのある声がした。
「何度も言ってるけど、僕は響じゃなくて……」
雅の声だ。響よりも声色が若干低い……ような気がする。否、自慢じゃないが、俺が響と雅を見分けられるはずがない。本人が違うと言っていたからそう思うだけだ。
そして、どうやら雅は演劇部の女子らに響と間違われて無理強いされているようだ。
「お願い! 主役の子が熱出しちゃって、響君がちょうど良いの!」
「立ってるだけで良いから!」
「一生のお願い! 他にいないの!」
「そんなこと言われても……」
困り果てている雅を助けるため、俺は女子らを掻き分けるようにして輪の中心に向かった。
仔犬のように縮こまっている雅は、ふた回りほど大きなブラウンのトップスに黒いボトムスパンツを履いて、休日に見る響と服装が似ている。
「雅、迎えに来たぞ」
「金さん!」
俺の顔を見た雅は、まるで救世主が来たと言わんばかりに表情をパアッと明るくした。やや照れる。
そして、俺の後ろにちょこんと隠れる雅は、庇護欲をそそられる。響も同じ行動をとることが良くあるが、響の場合計算してやっている節がある。それに対し、雅の場合は素でやっていそうなので可愛さ増し増しだ。いや、萌え袖をしている辺り、雅もわざとあざと可愛いを目指してやっているのだろうか。チラリと雅を見れば、ぷるぷると肩が小さく震えている。これは素だ。間違いない。
「おい、困ってんだろ? 他を当たれ。てか、本人に当たれよ」
睨みを利かせて言えば、演劇部の女子らが今度は黄色い声を出し始めた。
「きゃー、リアルBL、やっぱ良いわぁ」
「ビジュも良くて、マジてぇてぇ……」
うっとりと見てくる彼女らに、雅は更に怯えた様子を見せた。
「金さん、あの人たち何言ってるの?」
「あー……分かんねぇ」
俺と響が付き合っているという噂はクラスメイトだけにとどまらず、学校中に知れ渡っていると言っても過言ではない。しかし、それを雅に一から説明するには長くなりそうだ。
「分かんねぇけど、今がチャンスだ。雅、行くぞ」
はぐれないように雅の手を握れば、雅もまた強く握り返してきた。
女子らを掻き分けるようにしてその場から逃げ出していると、またもや黄色い声が飛んでくる。しかし、それも人助けだと思い始めてからは、勇姿にさえ思えるので不思議だ。全くといって良いほど羞恥の欠片もない。
とはいえ、早川としては良い迷惑だったようなので、誰得もしていない。いや、俺が非行に走っていないので俺得か?
――中庭に着いた俺は、すぐさまタコ焼きの模擬店の裏側に雅と息をひそめて隠れる。タコ焼きを焼いていた男子生徒が「なんだ?」という怪訝な声を出したが、人差し指を口に当ててシーとすれば、首を傾げたまま前に向き直った。その直後に数十人の演劇部の女子らが「響君!」と呼んで、店の前を通り過ぎた。
そのまま真っすぐに行ったら俺たちのクラスの模擬店もあるので、響本人がいるはず。元々響への頼みでもあるし、響なら上手いこと立ち回るだろう。それを期待しながら、握っていた手を離しつつ裏を通って自分のクラスの模擬店の場所まで移動する。
しかし、リンゴ飴の店番をしていたはずの響の姿がそこにはなかった。そして、演劇部の女子らの姿は遥か向こうに見える。彼女らはどうでも良いが、響の代わりに店番をしていたのは、加藤と長谷川。そして、長谷川の取り巻きが四人。
「響は?」
キョロキョロしながら問えば、加藤と長谷川が同時に雅を指差して言った。
「「いるじゃん」」
ハモったので、二人は目を見合わせてはにかんだ。
俺からしたら、この二人の方が付き合っているのではないかと思う程だ。そんな野暮なことは聞かないけれど。
「紹介するよ。これ、響の双子の弟で雅。よろしく」
軽く自己紹介をすれば、またもや「え!? そうなの!?」と加藤と長谷川が同時に驚いた。ただ、それは取り巻き四人も同じ。それなのに、何故か加藤と長谷川の間だけポワポワと柔らかい空気が流れている。
「雅にも紹介しとく。こっちが加藤で、こっちが長谷川」
「そっちにいる人たちは?」
「あれは、長谷川の子分」
面倒で自己紹介を端折っていると「誰が子分だ」と苦情が飛んできたが、「響の靴を……」と濁しながら言えば、彼らは苦笑しながら押し黙った。同時に加藤と長谷川も申し訳なさそうな表情で見てきた。話が蒸し返されそうな予感がしたので、俺は一旦話を戻すことに……。
「で? 響は? 加藤たちが来てからどっか行ったんだろ?」
「うん。金山君探しに行くって」
「すれ違いか……」
響らの母親が仕事を終えて帰って来るのが十六時頃。遅くともここを十五時には出ないと間に合わない。残り四時間しか雅には残されていない。
「響を探しつつ、どっか見て回るか」
「僕が金さん独占したら、お兄ちゃん怒るかも」
「そんなことで怒らんだろ。雅、何かしたいことは?」
聞けば、雅は受付でもらったであろうパンフレットを広げて一通り目を通す。
「じゃあ……お化け屋敷」
「さすが双子と言うべきか……」
「金さん怖いの苦手?」
ここで苦手と正直にいうのが最善なのだろうが、雅にそれを言えば自ずと響にバレてしまう。既にバレている可能性は高いが、意地を張っている真っ最中の俺は、それを押し通すことにした。
「この俺様に怖いもんなんてあるわけないだろ」
「そっか。えっと、お化け屋敷は三年二組の教室だから……こっちだね」
雅は校舎に向かって歩き出すのかと思いきや、裏門に続く道を指さして歩き出した。丁寧に『コチラ校舎入り口』と矢印で書かれているにも関わらずだ。しかも、さっき来た道を戻れば良いだけだ。
「雅、こっち」
歩き出した雅の服を背中の方から摘んで教えてやると、誤魔化すように進路を変えた。
「ハハハ、そうだと思ったんだよね」
「何を見てあっちって確信したんだよ。明らかに校舎そこに見えるだろ」
「これ」
雅は自信満々にパンフレットに描かれた校内マップを見せてきた。その純真無垢な顔に何も言えなくなった。そして、病気を理由に高校に通わせない云々の前に、両親がいない間に外出禁止令が出ている理由が何となく分かった。これは、一人で外に出したら危険すぎる。
「ほら、行くぞ」
お化け屋敷は大変不本意ではあるものの、中々外に出られない雅の為に、俺は三年二組の教室へと向かうことにした――。
タコ焼き、焼きそば、クレープの模擬店が並ぶその横に、ポップな字で描かれた『りんご飴』の看板。そこには、真っ赤な宝石のような飴がコーティングされたリンゴが発泡スチロールに大中小と刺さっている。
「リンゴ飴、小さいの一つ下さい」
「ぼく中くらいの」
「ぼくは大きいの」
リンゴ飴は子供に人気で、朝から親子連れの行列が出来ている。「帰りに買って帰りなさい」という声も聞こえるが、駄々をこねる子供に負ける親も複数いて、売る側としては苦笑いが出る。
そんな子供たちの接客をするのが響で、俺は隣でお金の管理をしている。
「好きなの取って良いよ」
ニコニコ笑顔の響は子供受けもよくて、それで客が寄ってきているのもあると思う。まぁ、売れるに越したことはない。
「けど、俺、午前中はリンゴ飴の残りを作る予定だったんだけどな」
飴をコーティングする作業をしてみたいと思ったのは口に出さず、あくまでも店番を押し付けられたことが不服だと気だるそうにぼやく。
「ごめんね、僕が寝坊したせいで」
響が営業スマイルを客に見せながら謝罪してくるが、寝坊をしたことは何とも思っていない。俺が自らの意思で響の家に行き、雅と長話してしまったのは紛れもない事実だから。ただ、謝罪して欲しいことも一つある。それは、寝起きの悪さ。
自ら起きた時は何ともないのに、何故無理やり起こすとこうも人格が変わるのか。ガンを飛ばされる方の身にもなって欲しい。
「なぁ、響。中学ん時にやんちゃしてたって聞いたけど、よく更生出来たな」
「もう、雅ったらそんなことまで金さんに話したの?」
「まぁ、それは不可抗力ではあるけどな……」
ちなみに、響自身は寝起きに人格が変わることを覚えていない。だから、余計に質が悪い。俺が何も知らないと思って、響は俺に嘘を吐いた。
「でも、金さんが思ってるのと違うと思うよ。脅迫的な感じに無理やりそっちのグループに入らされてさ、ペコペコ媚びへつらうようなゴマする系の立ち位置だったし」
「ゴマする系ねぇ」
疑いの目で見ずにはいられない。俺が見たのは、どちらかというとリーダー格。それくらいの迫力があった。リーダー格を知らんけど。
とはいえ、響がヤンキーの仲間入りしたのも、自分の気持ちを上手く処理しきれなかったのが背景にあるのだろう。
双子の弟が、分身が、片割れが生まれながらに難病を患い、自分は至って健康。そんなの、自分のせいだと責めずにはいられないだろう。自分が健康な部分を全て持って行ってしまった。自分がいなければ……そう思うのも無理はない。俺が響の立場なら、そう思う。
しかし、響が死んだからといって雅の病気が治るわけでもなく、どうしようもない気持ちでこれまで生きてきたのだろう。
更には、両親は雅を過剰なまでに庇護している。いくら響のことを気にしていると言っても、響の目に映る両親はそうではないのだろう。そうでなければ、響の口から『どうせ、僕なんて、いてもいなくても誰も気づかないから』そんな自虐的な発言が出るはずがない。それに、俺からしても、気にしていると言うのなら、体育祭くらい見に行けば良いのにと思う。雅の入院と重なったのはあるかもしれないが、あれは夕方だ。早朝にお弁当だけでも作れたはず。それが出来ないのであれば、響を心配しているなんて言葉は発さないで頂きたい。まぁ、本人らの口から聞いたものではないのだが……。
だからというのも変かもしれないが、両親が響のことを気にかけないのであれば、俺がそれに代わって響を気にかけてあげようと思う。俺が響に救われたように、今度は俺が響を救いたい。
「そんな恰好良いこと言ってみてぇ」
「どんなこと言ってみたいの?」
「え、俺、口に出てた?」
心の声が漏れていたことに羞恥を覚える。それを誤魔化すように、道行く学生や一般人を見る。
「それにしても、雅のやつ遅いな。気が変わったかな」
「まぁ、雅は方向音痴だからねぇ」
「え、ガチで?」
「うん、ガチだよ。中学の時なんて、僕が熱出して休んだんだけど、学校から雅が登校してませんって電話かかってきたんだ。捜索して、ようやく三時間後に見つかったよ」
「それは、ただサボりたかっただけとかじゃ……?」
そうであって欲しい。そうでなかったら困る。しかし、響の苦笑は、それが迷子のものだと物語っている。
「で、でもさ、響だって了承したじゃん。後から雅が来ることに」
そう、俺は雅を文化祭に招待したのだ。初めこそ、双子あるあるである雅と響を入れ替えることを提案しようとした。
しかし、そうすると雅は響としてクラスメイトらに慕われ、羨望や嫉妬、妬みが出てくる可能性が出る。反対に、響は響で雅の孤独さに触れ、自責の念が増す一方な気がする。良かれと思ってやったことが裏目に出るあれだ。
それならいっそ、鬼の居ぬ間に……両親が仕事の今こそがチャンス。単純に文化祭に招待しようと思った。
雅は雅として、響と共に文化祭を回る。そして、引っ越してきてから友人のいない雅に友人を紹介する。お節介なのは分かっているが、文化祭を回るのは自由なのだ。リンゴ飴を買って行った子供たちだって高校に来ているのだから、雅が参加して悪いわけがない。
だから、迷子になんてなられたら困るのだ。このまま学校に辿り着くこともできず、警察に保護なんてされて両親を呼ばれて……俺が怒られるのは仕方がないが、雅や響……特に響が怒られるのではないかと思う。余計なことをして、と。
不安ばかりが募っていると、響が売れた端から新しいリンゴ飴を補充しながら言った。
「今日は地図アプリ使ってるから大丈夫だと思うよ。中学ん時は携帯持っていくの禁止だったし、まさか慣れてる道で迷子になるなんて思ってもなかったからさ」
「そっか、なら大丈夫か」
ホッと胸を撫で下ろす反面、疑問が浮上した。
「学校には来られても、校内は? 地図アプリは意味ないし、パンフレットの校内マップ読めるのか?」
「読めると思う?」
つまりは、読めないということか。
「でも、大丈夫だよ。僕がいるから、雅は……」
気持ちが焦りすぎて、響の言うことは耳に入って来ない。響が最後まで言い切る前に、俺はガチャンと音を鳴らしながらパイプ椅子から立ち上がった。
「金さん?」
「ちょっと、俺、雅探してくる。すぐ戻って来るから」
俺は店番を響に任せ、校内を探すことにした――――。
◇◇◇◇
祭り気分で賑わう校内を探し回るのは、意外にも苦戦した。というより、そもそも学校に着いているのかも疑わしい。
まだ探し始めて二十分ではあるが、そろそろ店番も交代の時間になって来た。一旦響の元に戻ってから一緒に探そう。
「てか、響なら雅の連絡先知ってるんじゃ……?」
文化祭中に携帯の使用は禁止されているので教室に置いてあるだろうが、取りに戻れば一発だ。何故それに気付かなかったのか。
響の元に戻るため、リンゴ飴の模擬店のある中庭に続く道を歩こうとすれば、校舎の前に人だかりが出来ていることに気が付いた。
「なんだろ……」
気にはなるが、今は雅だ。そのまま横を通り過ぎようとした時、聞き覚えのある声がした。
「何度も言ってるけど、僕は響じゃなくて……」
雅の声だ。響よりも声色が若干低い……ような気がする。否、自慢じゃないが、俺が響と雅を見分けられるはずがない。本人が違うと言っていたからそう思うだけだ。
そして、どうやら雅は演劇部の女子らに響と間違われて無理強いされているようだ。
「お願い! 主役の子が熱出しちゃって、響君がちょうど良いの!」
「立ってるだけで良いから!」
「一生のお願い! 他にいないの!」
「そんなこと言われても……」
困り果てている雅を助けるため、俺は女子らを掻き分けるようにして輪の中心に向かった。
仔犬のように縮こまっている雅は、ふた回りほど大きなブラウンのトップスに黒いボトムスパンツを履いて、休日に見る響と服装が似ている。
「雅、迎えに来たぞ」
「金さん!」
俺の顔を見た雅は、まるで救世主が来たと言わんばかりに表情をパアッと明るくした。やや照れる。
そして、俺の後ろにちょこんと隠れる雅は、庇護欲をそそられる。響も同じ行動をとることが良くあるが、響の場合計算してやっている節がある。それに対し、雅の場合は素でやっていそうなので可愛さ増し増しだ。いや、萌え袖をしている辺り、雅もわざとあざと可愛いを目指してやっているのだろうか。チラリと雅を見れば、ぷるぷると肩が小さく震えている。これは素だ。間違いない。
「おい、困ってんだろ? 他を当たれ。てか、本人に当たれよ」
睨みを利かせて言えば、演劇部の女子らが今度は黄色い声を出し始めた。
「きゃー、リアルBL、やっぱ良いわぁ」
「ビジュも良くて、マジてぇてぇ……」
うっとりと見てくる彼女らに、雅は更に怯えた様子を見せた。
「金さん、あの人たち何言ってるの?」
「あー……分かんねぇ」
俺と響が付き合っているという噂はクラスメイトだけにとどまらず、学校中に知れ渡っていると言っても過言ではない。しかし、それを雅に一から説明するには長くなりそうだ。
「分かんねぇけど、今がチャンスだ。雅、行くぞ」
はぐれないように雅の手を握れば、雅もまた強く握り返してきた。
女子らを掻き分けるようにしてその場から逃げ出していると、またもや黄色い声が飛んでくる。しかし、それも人助けだと思い始めてからは、勇姿にさえ思えるので不思議だ。全くといって良いほど羞恥の欠片もない。
とはいえ、早川としては良い迷惑だったようなので、誰得もしていない。いや、俺が非行に走っていないので俺得か?
――中庭に着いた俺は、すぐさまタコ焼きの模擬店の裏側に雅と息をひそめて隠れる。タコ焼きを焼いていた男子生徒が「なんだ?」という怪訝な声を出したが、人差し指を口に当ててシーとすれば、首を傾げたまま前に向き直った。その直後に数十人の演劇部の女子らが「響君!」と呼んで、店の前を通り過ぎた。
そのまま真っすぐに行ったら俺たちのクラスの模擬店もあるので、響本人がいるはず。元々響への頼みでもあるし、響なら上手いこと立ち回るだろう。それを期待しながら、握っていた手を離しつつ裏を通って自分のクラスの模擬店の場所まで移動する。
しかし、リンゴ飴の店番をしていたはずの響の姿がそこにはなかった。そして、演劇部の女子らの姿は遥か向こうに見える。彼女らはどうでも良いが、響の代わりに店番をしていたのは、加藤と長谷川。そして、長谷川の取り巻きが四人。
「響は?」
キョロキョロしながら問えば、加藤と長谷川が同時に雅を指差して言った。
「「いるじゃん」」
ハモったので、二人は目を見合わせてはにかんだ。
俺からしたら、この二人の方が付き合っているのではないかと思う程だ。そんな野暮なことは聞かないけれど。
「紹介するよ。これ、響の双子の弟で雅。よろしく」
軽く自己紹介をすれば、またもや「え!? そうなの!?」と加藤と長谷川が同時に驚いた。ただ、それは取り巻き四人も同じ。それなのに、何故か加藤と長谷川の間だけポワポワと柔らかい空気が流れている。
「雅にも紹介しとく。こっちが加藤で、こっちが長谷川」
「そっちにいる人たちは?」
「あれは、長谷川の子分」
面倒で自己紹介を端折っていると「誰が子分だ」と苦情が飛んできたが、「響の靴を……」と濁しながら言えば、彼らは苦笑しながら押し黙った。同時に加藤と長谷川も申し訳なさそうな表情で見てきた。話が蒸し返されそうな予感がしたので、俺は一旦話を戻すことに……。
「で? 響は? 加藤たちが来てからどっか行ったんだろ?」
「うん。金山君探しに行くって」
「すれ違いか……」
響らの母親が仕事を終えて帰って来るのが十六時頃。遅くともここを十五時には出ないと間に合わない。残り四時間しか雅には残されていない。
「響を探しつつ、どっか見て回るか」
「僕が金さん独占したら、お兄ちゃん怒るかも」
「そんなことで怒らんだろ。雅、何かしたいことは?」
聞けば、雅は受付でもらったであろうパンフレットを広げて一通り目を通す。
「じゃあ……お化け屋敷」
「さすが双子と言うべきか……」
「金さん怖いの苦手?」
ここで苦手と正直にいうのが最善なのだろうが、雅にそれを言えば自ずと響にバレてしまう。既にバレている可能性は高いが、意地を張っている真っ最中の俺は、それを押し通すことにした。
「この俺様に怖いもんなんてあるわけないだろ」
「そっか。えっと、お化け屋敷は三年二組の教室だから……こっちだね」
雅は校舎に向かって歩き出すのかと思いきや、裏門に続く道を指さして歩き出した。丁寧に『コチラ校舎入り口』と矢印で書かれているにも関わらずだ。しかも、さっき来た道を戻れば良いだけだ。
「雅、こっち」
歩き出した雅の服を背中の方から摘んで教えてやると、誤魔化すように進路を変えた。
「ハハハ、そうだと思ったんだよね」
「何を見てあっちって確信したんだよ。明らかに校舎そこに見えるだろ」
「これ」
雅は自信満々にパンフレットに描かれた校内マップを見せてきた。その純真無垢な顔に何も言えなくなった。そして、病気を理由に高校に通わせない云々の前に、両親がいない間に外出禁止令が出ている理由が何となく分かった。これは、一人で外に出したら危険すぎる。
「ほら、行くぞ」
お化け屋敷は大変不本意ではあるものの、中々外に出られない雅の為に、俺は三年二組の教室へと向かうことにした――。



