――小学五年生の夏、早川渚の友人・心は高い場所から落ちて亡くなった。打ちどころが悪く即死だったらしい。それもこれも、宇野と時倉が心を虐め、追い詰めたからだと言う。
先生に話しても、彼らは調子に乗る節はあるものの、誰かを死に追いやることまではないと、相手にさえして貰えなかった。むしろ、そんなことをいつまでも引きずる早川が悪いとまで言われた。
彼らが憎い早川は、どうにか二人の悪事を暴けないかと考え、今か今かとチャンスを伺っていた。受験する高校まで同じにして。
そして、チャンスは高校二年生の春に訪れた――。
早川は、彼らと初めて同じクラスになったのだ。
如何にも弄りがいのある陰キャ女子を演じる早川は、手始めにクラスが一緒になったことを喜び合う二人の前で敢えて鈍臭く転んだ。
『わッ、大丈夫!?』
宇野が近寄って背に手を回してきた。早川は長い前髪の隙間から宇野を見て、小さく『ごめんなさい』と呟くような謝罪をした。すると、宇野は驚いたような、それでいて嬉しそうな声を上げた。
『え、あなたってさ、もしかして早川さんじゃない!?』
『早川? 宇野の知り合い?』
『知り合いって言うか、時倉も覚えてない? クラスは別だったけど、小五の時にさ、私らのせいにされた奴あるじゃん?』
『あー、思い出した! てか、あの時の女子って、こんな根暗だったっけ?』
時倉はガタガタに切られた襟足を見ながら、懸命に過去の記憶を辿る。
『中学ん時は、もっとこう……もしかして、親の仕事が失敗して、みたいな? 髪切る金が無くなった的な?』
『マジ? ウケるんだけど。お金、貸したげよっか?』
それからと言うもの、早川の願いが叶ったかのように、二人から弄られるようになった――。
道端で立ち話も何なので、俺と響、加藤と早川の四人は、鉄棒と滑り台、ブランコに砂場のある公園へと赴いた。
ブランコに三歳くらいの男の子二人が並んで漕ぐ姿を横目に、リンゴの入った袋をベンチに置く。前髪をヘアピンで止めた早川は、一人その横に座って続きを話し始めた。
「このまま弄られて、虐めに発展して、学校中で大問題になれば良いと思った。停学でも退学でもなれば良い。けど……」
「そこまで陰湿な虐めに発展しなかったな」
そう言うと、早川は興奮気味に顔を上げた。
「そうなのよ! 虐めっちゃ虐めだけど、何とでも言い逃れできるようなことしかしてこない。いや、言ってこないのよ。それでも、宇野と時倉以外に三上と渡辺が加わったことで、その弄りがエスカレートしてきた。だから、夏休み明けからが勝負だったのよ。それなのに……」
早川は響を睨みつけた。
言わんとすることは分かる。響が、さりげなくそれを阻止してきた。しかし、それを恨むのは、お門違いというものだ。
「それでも、フォークダンスの練習の時、金山が庇ってくれたでしょ? あれで一変出来そうだったの。それなのに、何よ。自己犠牲払ってまで私の邪魔をしてきて。清水、あんた私に恨みでもあるの?」
「あるよ」
即答した響に、早川だけでなく俺と加藤も驚きだ。
目を丸くしている俺の腕に、響の腕が絡みついてきた。
「だって、僕の友達を巻き込もうとしたでしょ? 危うく、金さんが非行に走るところだったよ」
「非行って、響……」
確かに、あのまま早川と付き合っていると揶揄われ続ければ、捻くれ具合は最高潮に達していた。時倉らとやり合って、停学処分も十分に考えられる状況になっていたことだろう。つまり、響は早川を守ってBL発言をしていた訳ではなく、遠回しに俺を守っていたのか。胸が打たれる。
「フンッ、素敵な友情だこと。まぁ、良いわ。そういうことだから、もう私の邪魔しないで。分かった?」
「邪魔するなって言われても……なぁ、加藤?」
「え、僕!?」
「こんな話聞かされちゃ、どうにかしてあげたいなって思うだろ?」
「ま、まぁ……でも、復讐しても早川さんが虚しいだけな気もするし……清水君、どう思う?」
回りまわって振られた響は、ニコッと笑った。
「復讐、しちゃえば?」
「え、清水君!? 良いの!?」
「良いも悪いも、個人の自由だし。ただ、僕らのせいで早川さん弄りが無くなっちゃったからなぁ」
顎に人差し指を立てて考える響は、その仕草が可愛いと計算してやっているのだろうか。脱線したことを考えていると、響は閃いたように言った。
「そうだ。僕らが証人になるのは?」
「「「証人……?」」」
「早川さんの友達の心ちゃんを虐めたのは自分たちだって言わせちゃえば良いんでしょ?」
「それが出来たら苦労してないわよ」
響は絡めていた腕を解いて、初めに持っていた袋ではなく、俺が持っていたリンゴ八個入りの方の袋を手に取った。
「まぁ、任せてよ。さ、そろそろ戻らないと、みんな心配してるかも」
「そ、そうだね」
加藤も俺が持っていたリンゴ七個入りの袋を提げ、早川も不機嫌気味に立ち上がって五個入った袋を持った。自動的に、俺は五個入りと三個入りの袋を両手に提げる。
「響、それ重いだろ? これと交換」
リンゴ三個入りの袋を差し出せば、響は歩き出した加藤の横に並んだ。
「そうそう、加藤君。これ知ってる?」
「何々?」
「実はね――――」
響と加藤は俺を無視するように、他愛ない話を大袈裟に話しながら公園を出た。
その後ろを歩き出した早川は、辟易したように振り返った。
「誰も、あんたのお世話になりたくないって」
ぽかんと立ち尽くした俺は、改めて思った。それを本人の横に並んで素直に言った。
「早川、お前全然可愛くないな」
「安心して。金山に好かれたいなんて、一度も思ったことないから」
「はいはい、そうですか」
――猫被りの早川の本性は可愛げのないものだったが、この流れ者同士の修学旅行を存外楽しみに思ってしまうのは俺だけだろうか。
◇◇◇◇
学校に帰って来た俺たちは、普段は滅多に入ることのない調理実習室の扉を開けた。さっきまでここで試作用の商品を作っていたクラスがいたようで、ほのかに甘い香りやソースの匂いが漂っている。
「ラッキー、私らだけじゃん」
テンション高めに宇野がステンレスの机をひと撫でする。
怪我の巧妙か、リンゴの調達に時間を要したことで、調理室には俺たちのクラスだけのようだ。
荷台に乗せた段ボール箱三箱を調理室の中へと入れる。それを荷台ごと窓際の一番前の机の方へと持っていき、備え付けの流しの横に置く。
ざっと百個は集まった真っ赤な不揃いなリンゴ。それを俺と早川が洗浄し、加藤が受け取って布巾が敷かれたステンレスの机の上に置く。更に、響がそれを隣の机で待機する宇野と時倉が拭きやすいように並べるといった流れ作業を六人でしていく。一つの机でした方が響の立ち位置がいらないのだが、それをしないのは、宇野と時倉が俺達陰キャとは一緒に作業をしたくないという理由だ。こっちから願い下げである。
ちなみに、その他のクラスメイトは、模擬店の方の最終仕上げやら各部活の出し物の準備へと回った。
この下準備のメンバーを上手いこと調整したのは、言わずもがな響だ。巧みな話術で、それとなく全体を動かしていた。
響がいくら陽キャで計算高いとはいえ、少し恐ろしく感じたことは口にしない。
「早川、前髪上げないのか? 見えずらいだろ」
再び前髪フィルターで顔を隠した早川は、小声で文句を垂れる。
「突然上げたら注目の的でしょうが。私は、虐められたいの。前髪上げたら実は美人でした。虐めてきてた男子が一目惚れして恋に発展、みたいな少女漫画的要素は一ミリも求めてないの」
「美人って自分で言って、イタイ女だな」
「うるさいわね。口じゃなくて手を動かしなさい」
「二人とも仲良くなって羨ましいな」
加藤は囁くように呟いた。
陰キャ三人が三人ともボソボソと話すものだから、一番近くにいる響はともかく、宇野と時倉には俺たちの会話は聞こえていないようだ。丸椅子に座ってリンゴを拭きながら大きな声で話している。
「響君、聞いてよ。車で買いに行けてラッキーって思ったらさ、シバセンのやつ、説教垂れ始めんの」
「マジ最悪だったよな。俺たちも清水たちみたいに、近所のスーパーにしときゃ良かった」
「そっか、災難だったね」
平然と相槌を打つ響の言う通りになって、俺は加藤と目を見合わせる。二人で吹き出しそうになるのを我慢し、何とかニヤケ顔だけにとどめておく。
――それから三十分が経過した。
リンゴを全部洗い終わるのに、そこまで時間は要さなかった。問題はその次の段階。割り箸をリンゴに刺す行程だ。突き抜けないようにリンゴのヘタ側から中心に割り箸を刺すのは思った以上に難しく、苦戦している。
とはいえ、今日は五十個しか刺さない予定だ。残り五十個は明日の朝。故に、六人で分担しても一人約八個。そう思うと、どうってことはない。
西側の窓から入り込む光が、ステンレスの机やガラスのコップをまばゆく反射させる。ほんの少し開けた窓から入る風が、カーテンをふわりと揺らす。穏やかに過ぎていたひと時を響が自然と壊していく。
「そういえば、宇野さんと時倉君って同じ中学だったんでしょ?」
早川の割り箸を持つ手がピタリと止まった。
そもそもこのメンバーで下準備をしているのは、宇野と時倉から当時の話を聞き出すことにある。リンゴはおまけ……でもないから、俺と加藤は早川の分までリンゴを割り箸に刺そうと心の中で会話する。
俺たちの気持ちも知らない時倉は、割り箸が刺さったリンゴを机の上に転がして次のリンゴを手に取った。
「そうなんだよ。小学校も同じで、腐れ縁的な。なぁ、宇野」
「それを言うなら早川さんもだよ。小学校から一緒だよね」
「へぇ、そうなんだ。早川さんは、宇野さん達と仲良くなかったの?」
「私は……」
演技なのか本当なのか分からないが、早川は俯いた。それを見た宇野は嘲笑を浮かべた。
「早川さんはさ、別に友達がいたよね。名前、なんだっけ?」
「心……」
「そう、ココちゃん。あれは残念だったよね」
割り箸を持つ手の力が強くなる早川に、時倉も小馬鹿にしたように言った。
「けど、早川。もっとちゃんとした友達作った方が良いぞ。まさか、今もだったりすんの?」
「まさかぁ、死んだところ目の当たりにしちゃったら無理でしょ。ね、早川さん」
「……だもん。心は、ちゃんとした友達だもん」
「早川……」
不憫に思っている横で、響は淡々と質問する。
「その心ちゃんをさ、虐めてた人がいるって聞いたけど、二人とも知ってる?」
響よ、それをズバリ聞くのか。
虐めていた張本人達なら動揺の色が見え隠れするはず。まさか、それが目的だろうか。しかし、虐めていた張本人はそれを認めないはず。認めないはず……。
「多分それ、私らだよ」
は? あっさり認めちゃったじゃん。何これ。
目が点になっていると、時倉も悪びることなく言った。
「よく言われてたんだよ。『ココを虐めないで!』って。でも、俺らは虐めてたんじゃなくて遊んでただけ」
やはり否定してきた。早川は御立腹だ。
「うそ! だって、足んとこ執拗に撫で回して、お腹や胸だって……」
小学生にして、まさかの性的暴力!?
さすがにこれは救いようがない。
「それは、心ちゃん。自殺に追い込まれても仕方ねぇな」
軽蔑の目で時倉を見れば、怪訝な顔をされた。
「は? 自殺? あれは、自分で木に登って落っこちたんだぜ」
「木から落ちて……?」
高いところからとは聞いていたが、まさか木だとは思わなかった。相当高い木で、且つ打ちどころも悪かったのだろう。
「確かに、俺らから逃げようとしてたのは認める。だから、俺たちだって助けようとしたんだ。なぁ、宇野?」
「そうよ。私、木登り得意だからさ。けど、枝の先っぽまで行くからさ、途中で折れちゃって」
「枝の先っぽ……?」
小学生だからって、枝の先までいけるものだろうか。俺も木登りはしたことがあるが、木の幹を登る程度だ。心は、よほど身軽だったのだろうか。
「まぁ、仕方ないんじゃん? ココって、あの時既に十五歳過ぎてたし、寿命もあるだろ」
小学五年生は十五歳だっただろうか。そして、十五歳で寿命とは……。
「早川。心ちゃんって、何か病気だったのか?」
「ううん。至って健康。だから、コイツらが殺したも同然なの!」
立ち上がって宇野と時倉を見下す早川。それに対抗するように、彼らも立ち上がる。
「何よ。まだ言ってんの? もう私たち高校生よ?」
「もう終わった話だろ? さっさと前向けよ」
「終わってなんてない! 心は、あんた達のせいで死んだの! 認めるまで、私は言い続ける!」
何だろう。早川が心のことを考えているのは痛いほど分かる。しかし、どこか違和感を感じる。
そっと丁寧にリンゴのヘタ部分に割り箸を刺す響に耳打ちしてみる。
「なぁ、響。心って何者なんだ? 五年生って十歳とかだろ? 留年?」
「さすがにそこまで留年する人いないでしょ」
「だよな……響って、枝の先の方まで木登りできんの?」
「無理かなぁ。金さん、早く手動かさないと日が暮れちゃうよ」
「お、おう」
言われるがまま割り箸をリンゴに突き刺している時だった。宇野が机をバンッと叩いた。
「もう、いい加減にして! たかが猫が死んだだけでしょ!?」
「は? 猫?」
その単語の意味がすぐに理解できなかった。すると、早川もすごい剣幕で机を回って宇野の胸ぐらを掴んだ。
「たかが猫じゃないわよ! 心は、私の友達だったの! 肉球をあんな風に触って、嫌がってたの分かんないとか馬鹿じゃないの!?」
「足を撫で回してたって……」
女子二人の喧嘩を辟易したように横目で見る時倉は、俺の隣に避難してきた。
「肉球気持ち良いじゃん? ココも気持ち良いんだろうなぁって勘違いして、めっちゃ触ってたんだって」
「なぁ、これって、早川の友達の話なんじゃ……?」
「だから、早川の友達の猫の話」
「ははは……そういうオチだと思った」
一気に脱力する。
「小学校の近くに捨てられてた猫をさ、みんなで可愛がってたんだけど、早川の入れ上げがハンパなくってさ」
「あ、そう……」
もう、どうでも良くなってきた。勝手にしてくれ。そう思ったのが早川に伝わったよう。
「金山たちも私をそんな目で見るの!? てか、清水。あんたのせいで計画全部台無しになっちゃったじゃない!」
「おい、響はセッティングしただけだろ。勝手に本性出した自分の……響?」
「僕の……せい。僕の……」
響の持っているリンゴは、割り箸が貫通していた。
そして、人形のように口角を上げる響の心が、悲鳴を上げている気がした。
先生に話しても、彼らは調子に乗る節はあるものの、誰かを死に追いやることまではないと、相手にさえして貰えなかった。むしろ、そんなことをいつまでも引きずる早川が悪いとまで言われた。
彼らが憎い早川は、どうにか二人の悪事を暴けないかと考え、今か今かとチャンスを伺っていた。受験する高校まで同じにして。
そして、チャンスは高校二年生の春に訪れた――。
早川は、彼らと初めて同じクラスになったのだ。
如何にも弄りがいのある陰キャ女子を演じる早川は、手始めにクラスが一緒になったことを喜び合う二人の前で敢えて鈍臭く転んだ。
『わッ、大丈夫!?』
宇野が近寄って背に手を回してきた。早川は長い前髪の隙間から宇野を見て、小さく『ごめんなさい』と呟くような謝罪をした。すると、宇野は驚いたような、それでいて嬉しそうな声を上げた。
『え、あなたってさ、もしかして早川さんじゃない!?』
『早川? 宇野の知り合い?』
『知り合いって言うか、時倉も覚えてない? クラスは別だったけど、小五の時にさ、私らのせいにされた奴あるじゃん?』
『あー、思い出した! てか、あの時の女子って、こんな根暗だったっけ?』
時倉はガタガタに切られた襟足を見ながら、懸命に過去の記憶を辿る。
『中学ん時は、もっとこう……もしかして、親の仕事が失敗して、みたいな? 髪切る金が無くなった的な?』
『マジ? ウケるんだけど。お金、貸したげよっか?』
それからと言うもの、早川の願いが叶ったかのように、二人から弄られるようになった――。
道端で立ち話も何なので、俺と響、加藤と早川の四人は、鉄棒と滑り台、ブランコに砂場のある公園へと赴いた。
ブランコに三歳くらいの男の子二人が並んで漕ぐ姿を横目に、リンゴの入った袋をベンチに置く。前髪をヘアピンで止めた早川は、一人その横に座って続きを話し始めた。
「このまま弄られて、虐めに発展して、学校中で大問題になれば良いと思った。停学でも退学でもなれば良い。けど……」
「そこまで陰湿な虐めに発展しなかったな」
そう言うと、早川は興奮気味に顔を上げた。
「そうなのよ! 虐めっちゃ虐めだけど、何とでも言い逃れできるようなことしかしてこない。いや、言ってこないのよ。それでも、宇野と時倉以外に三上と渡辺が加わったことで、その弄りがエスカレートしてきた。だから、夏休み明けからが勝負だったのよ。それなのに……」
早川は響を睨みつけた。
言わんとすることは分かる。響が、さりげなくそれを阻止してきた。しかし、それを恨むのは、お門違いというものだ。
「それでも、フォークダンスの練習の時、金山が庇ってくれたでしょ? あれで一変出来そうだったの。それなのに、何よ。自己犠牲払ってまで私の邪魔をしてきて。清水、あんた私に恨みでもあるの?」
「あるよ」
即答した響に、早川だけでなく俺と加藤も驚きだ。
目を丸くしている俺の腕に、響の腕が絡みついてきた。
「だって、僕の友達を巻き込もうとしたでしょ? 危うく、金さんが非行に走るところだったよ」
「非行って、響……」
確かに、あのまま早川と付き合っていると揶揄われ続ければ、捻くれ具合は最高潮に達していた。時倉らとやり合って、停学処分も十分に考えられる状況になっていたことだろう。つまり、響は早川を守ってBL発言をしていた訳ではなく、遠回しに俺を守っていたのか。胸が打たれる。
「フンッ、素敵な友情だこと。まぁ、良いわ。そういうことだから、もう私の邪魔しないで。分かった?」
「邪魔するなって言われても……なぁ、加藤?」
「え、僕!?」
「こんな話聞かされちゃ、どうにかしてあげたいなって思うだろ?」
「ま、まぁ……でも、復讐しても早川さんが虚しいだけな気もするし……清水君、どう思う?」
回りまわって振られた響は、ニコッと笑った。
「復讐、しちゃえば?」
「え、清水君!? 良いの!?」
「良いも悪いも、個人の自由だし。ただ、僕らのせいで早川さん弄りが無くなっちゃったからなぁ」
顎に人差し指を立てて考える響は、その仕草が可愛いと計算してやっているのだろうか。脱線したことを考えていると、響は閃いたように言った。
「そうだ。僕らが証人になるのは?」
「「「証人……?」」」
「早川さんの友達の心ちゃんを虐めたのは自分たちだって言わせちゃえば良いんでしょ?」
「それが出来たら苦労してないわよ」
響は絡めていた腕を解いて、初めに持っていた袋ではなく、俺が持っていたリンゴ八個入りの方の袋を手に取った。
「まぁ、任せてよ。さ、そろそろ戻らないと、みんな心配してるかも」
「そ、そうだね」
加藤も俺が持っていたリンゴ七個入りの袋を提げ、早川も不機嫌気味に立ち上がって五個入った袋を持った。自動的に、俺は五個入りと三個入りの袋を両手に提げる。
「響、それ重いだろ? これと交換」
リンゴ三個入りの袋を差し出せば、響は歩き出した加藤の横に並んだ。
「そうそう、加藤君。これ知ってる?」
「何々?」
「実はね――――」
響と加藤は俺を無視するように、他愛ない話を大袈裟に話しながら公園を出た。
その後ろを歩き出した早川は、辟易したように振り返った。
「誰も、あんたのお世話になりたくないって」
ぽかんと立ち尽くした俺は、改めて思った。それを本人の横に並んで素直に言った。
「早川、お前全然可愛くないな」
「安心して。金山に好かれたいなんて、一度も思ったことないから」
「はいはい、そうですか」
――猫被りの早川の本性は可愛げのないものだったが、この流れ者同士の修学旅行を存外楽しみに思ってしまうのは俺だけだろうか。
◇◇◇◇
学校に帰って来た俺たちは、普段は滅多に入ることのない調理実習室の扉を開けた。さっきまでここで試作用の商品を作っていたクラスがいたようで、ほのかに甘い香りやソースの匂いが漂っている。
「ラッキー、私らだけじゃん」
テンション高めに宇野がステンレスの机をひと撫でする。
怪我の巧妙か、リンゴの調達に時間を要したことで、調理室には俺たちのクラスだけのようだ。
荷台に乗せた段ボール箱三箱を調理室の中へと入れる。それを荷台ごと窓際の一番前の机の方へと持っていき、備え付けの流しの横に置く。
ざっと百個は集まった真っ赤な不揃いなリンゴ。それを俺と早川が洗浄し、加藤が受け取って布巾が敷かれたステンレスの机の上に置く。更に、響がそれを隣の机で待機する宇野と時倉が拭きやすいように並べるといった流れ作業を六人でしていく。一つの机でした方が響の立ち位置がいらないのだが、それをしないのは、宇野と時倉が俺達陰キャとは一緒に作業をしたくないという理由だ。こっちから願い下げである。
ちなみに、その他のクラスメイトは、模擬店の方の最終仕上げやら各部活の出し物の準備へと回った。
この下準備のメンバーを上手いこと調整したのは、言わずもがな響だ。巧みな話術で、それとなく全体を動かしていた。
響がいくら陽キャで計算高いとはいえ、少し恐ろしく感じたことは口にしない。
「早川、前髪上げないのか? 見えずらいだろ」
再び前髪フィルターで顔を隠した早川は、小声で文句を垂れる。
「突然上げたら注目の的でしょうが。私は、虐められたいの。前髪上げたら実は美人でした。虐めてきてた男子が一目惚れして恋に発展、みたいな少女漫画的要素は一ミリも求めてないの」
「美人って自分で言って、イタイ女だな」
「うるさいわね。口じゃなくて手を動かしなさい」
「二人とも仲良くなって羨ましいな」
加藤は囁くように呟いた。
陰キャ三人が三人ともボソボソと話すものだから、一番近くにいる響はともかく、宇野と時倉には俺たちの会話は聞こえていないようだ。丸椅子に座ってリンゴを拭きながら大きな声で話している。
「響君、聞いてよ。車で買いに行けてラッキーって思ったらさ、シバセンのやつ、説教垂れ始めんの」
「マジ最悪だったよな。俺たちも清水たちみたいに、近所のスーパーにしときゃ良かった」
「そっか、災難だったね」
平然と相槌を打つ響の言う通りになって、俺は加藤と目を見合わせる。二人で吹き出しそうになるのを我慢し、何とかニヤケ顔だけにとどめておく。
――それから三十分が経過した。
リンゴを全部洗い終わるのに、そこまで時間は要さなかった。問題はその次の段階。割り箸をリンゴに刺す行程だ。突き抜けないようにリンゴのヘタ側から中心に割り箸を刺すのは思った以上に難しく、苦戦している。
とはいえ、今日は五十個しか刺さない予定だ。残り五十個は明日の朝。故に、六人で分担しても一人約八個。そう思うと、どうってことはない。
西側の窓から入り込む光が、ステンレスの机やガラスのコップをまばゆく反射させる。ほんの少し開けた窓から入る風が、カーテンをふわりと揺らす。穏やかに過ぎていたひと時を響が自然と壊していく。
「そういえば、宇野さんと時倉君って同じ中学だったんでしょ?」
早川の割り箸を持つ手がピタリと止まった。
そもそもこのメンバーで下準備をしているのは、宇野と時倉から当時の話を聞き出すことにある。リンゴはおまけ……でもないから、俺と加藤は早川の分までリンゴを割り箸に刺そうと心の中で会話する。
俺たちの気持ちも知らない時倉は、割り箸が刺さったリンゴを机の上に転がして次のリンゴを手に取った。
「そうなんだよ。小学校も同じで、腐れ縁的な。なぁ、宇野」
「それを言うなら早川さんもだよ。小学校から一緒だよね」
「へぇ、そうなんだ。早川さんは、宇野さん達と仲良くなかったの?」
「私は……」
演技なのか本当なのか分からないが、早川は俯いた。それを見た宇野は嘲笑を浮かべた。
「早川さんはさ、別に友達がいたよね。名前、なんだっけ?」
「心……」
「そう、ココちゃん。あれは残念だったよね」
割り箸を持つ手の力が強くなる早川に、時倉も小馬鹿にしたように言った。
「けど、早川。もっとちゃんとした友達作った方が良いぞ。まさか、今もだったりすんの?」
「まさかぁ、死んだところ目の当たりにしちゃったら無理でしょ。ね、早川さん」
「……だもん。心は、ちゃんとした友達だもん」
「早川……」
不憫に思っている横で、響は淡々と質問する。
「その心ちゃんをさ、虐めてた人がいるって聞いたけど、二人とも知ってる?」
響よ、それをズバリ聞くのか。
虐めていた張本人達なら動揺の色が見え隠れするはず。まさか、それが目的だろうか。しかし、虐めていた張本人はそれを認めないはず。認めないはず……。
「多分それ、私らだよ」
は? あっさり認めちゃったじゃん。何これ。
目が点になっていると、時倉も悪びることなく言った。
「よく言われてたんだよ。『ココを虐めないで!』って。でも、俺らは虐めてたんじゃなくて遊んでただけ」
やはり否定してきた。早川は御立腹だ。
「うそ! だって、足んとこ執拗に撫で回して、お腹や胸だって……」
小学生にして、まさかの性的暴力!?
さすがにこれは救いようがない。
「それは、心ちゃん。自殺に追い込まれても仕方ねぇな」
軽蔑の目で時倉を見れば、怪訝な顔をされた。
「は? 自殺? あれは、自分で木に登って落っこちたんだぜ」
「木から落ちて……?」
高いところからとは聞いていたが、まさか木だとは思わなかった。相当高い木で、且つ打ちどころも悪かったのだろう。
「確かに、俺らから逃げようとしてたのは認める。だから、俺たちだって助けようとしたんだ。なぁ、宇野?」
「そうよ。私、木登り得意だからさ。けど、枝の先っぽまで行くからさ、途中で折れちゃって」
「枝の先っぽ……?」
小学生だからって、枝の先までいけるものだろうか。俺も木登りはしたことがあるが、木の幹を登る程度だ。心は、よほど身軽だったのだろうか。
「まぁ、仕方ないんじゃん? ココって、あの時既に十五歳過ぎてたし、寿命もあるだろ」
小学五年生は十五歳だっただろうか。そして、十五歳で寿命とは……。
「早川。心ちゃんって、何か病気だったのか?」
「ううん。至って健康。だから、コイツらが殺したも同然なの!」
立ち上がって宇野と時倉を見下す早川。それに対抗するように、彼らも立ち上がる。
「何よ。まだ言ってんの? もう私たち高校生よ?」
「もう終わった話だろ? さっさと前向けよ」
「終わってなんてない! 心は、あんた達のせいで死んだの! 認めるまで、私は言い続ける!」
何だろう。早川が心のことを考えているのは痛いほど分かる。しかし、どこか違和感を感じる。
そっと丁寧にリンゴのヘタ部分に割り箸を刺す響に耳打ちしてみる。
「なぁ、響。心って何者なんだ? 五年生って十歳とかだろ? 留年?」
「さすがにそこまで留年する人いないでしょ」
「だよな……響って、枝の先の方まで木登りできんの?」
「無理かなぁ。金さん、早く手動かさないと日が暮れちゃうよ」
「お、おう」
言われるがまま割り箸をリンゴに突き刺している時だった。宇野が机をバンッと叩いた。
「もう、いい加減にして! たかが猫が死んだだけでしょ!?」
「は? 猫?」
その単語の意味がすぐに理解できなかった。すると、早川もすごい剣幕で机を回って宇野の胸ぐらを掴んだ。
「たかが猫じゃないわよ! 心は、私の友達だったの! 肉球をあんな風に触って、嫌がってたの分かんないとか馬鹿じゃないの!?」
「足を撫で回してたって……」
女子二人の喧嘩を辟易したように横目で見る時倉は、俺の隣に避難してきた。
「肉球気持ち良いじゃん? ココも気持ち良いんだろうなぁって勘違いして、めっちゃ触ってたんだって」
「なぁ、これって、早川の友達の話なんじゃ……?」
「だから、早川の友達の猫の話」
「ははは……そういうオチだと思った」
一気に脱力する。
「小学校の近くに捨てられてた猫をさ、みんなで可愛がってたんだけど、早川の入れ上げがハンパなくってさ」
「あ、そう……」
もう、どうでも良くなってきた。勝手にしてくれ。そう思ったのが早川に伝わったよう。
「金山たちも私をそんな目で見るの!? てか、清水。あんたのせいで計画全部台無しになっちゃったじゃない!」
「おい、響はセッティングしただけだろ。勝手に本性出した自分の……響?」
「僕の……せい。僕の……」
響の持っているリンゴは、割り箸が貫通していた。
そして、人形のように口角を上げる響の心が、悲鳴を上げている気がした。



