月曜は体育祭の振替休日。その翌日から中間試験が控えているため、クラスで体育祭の打ち上げなんてものはない。いや、実際にはあるのかもしれない。誘われていないだけで、仲の良い者同士での打ち上げ。
だからという言い回しも違う気もするが、俺は響を誘うことにした。
テントを片付け終わったのは、いつも学校が終わる時間とさして変わらない。十六時といった陽も沈まないけれど、てっぺんにあるわけでもない、絶妙に過ごしやすい時間帯。
ミステリーホラーを観た直後は怖くて夜道も一人で歩けそうになかったが、それから一週間も経てばなんてことはない。このまま二十時くらいまでファミレスで粘っても良いし、カラオケなんてのも良いかもしれない。
「響、この後どう? 打ち上げ的な」
響が誘って俺が断るのが常なので、断られることはないだろう。昨日までなら――。
「僕は良いや。疲れたし」
やはりだ。響は、あの借り物競走から俺と目を合わせようとしない。隣を歩いていても距離を感じる。相当知られたくないことなのだろうか。”双子”という事実を。
何故それを母が知っていたのかは甚だ疑問だが、さしずめ俺が風呂に入っている隙にでも根掘り葉掘り聞いたのだろう。母のことだから、悪気なく質問攻めしてそうだ。
とはいえ、響が話したくないのであれば仕方ない。気にならないと言えば嘘だが、人には一つや二つ秘密がある方が丁度いい。俺の隣にいるのは、紛れもなく”清水響”なのだから。それ以上でもそれ以下でもない。
「そういや、響も陸上入れば? 素質あるぞ」
「そう? けど、金さんが入ってないから良いや」
「勿体な」
投げやり気味に遠くを見ながら呟けば、その言葉は秋の空に静かに溶け込んだ。
歩幅がいつもより狭くてゆっくりだからか、妙に俺の心は落ち着いている。いや、響に関してはモヤモヤは残っているものの、そうではなくて、陸上に関して。
体育祭で他の人が走っているのを目の当たりにしたら、俺は絶対に嫉妬すると思っていた。嫉妬して、不貞腐れて、自暴自棄になって、八つ当たりして……今頃、禁止されているにも関わらず全速力で駆けていたことだろう。そして、今度こそ歩くことも困難になっていたかもしれない。そうなっていないのは、俺の隣に響がいてくれるから。
「響」
俺が名前を呼ぶ度、響の肩が震える。顔が強張る。
すぐに笑顔になるものの、それはいつになく引きつっている。
俺は、一つ深い息を吐く。
「響、パフェだけでも良いから付き合え」
「パフェ?」
「この間はさ、生のイチゴのとことアイスのとこ、響が全部食べただろ? 後からずっと思ってたんだけど、パフェってあっこが絶対一番うまいとこじゃん。一人で注文は恥ずいし、付き合え」
「…………ごめ」
謝罪の言葉を言い切る前に、俺は響の腰に手を回し抱き上げた。
「ちょ、金さん!?」
「強制連行」
戸惑う響を抱きかかえ、進路を変更する。
「相変わらず、軽すぎ」
「みんな見てるよ」
「誰もいないじゃん」
「その通り出たらいるよ」
「靴隠されましたって言い訳して歩けば良いだろ?」
「履いてるし」
一時停止線で一旦止まり、左右を確認して左に曲がる。開けた通りに出たので、響が言ったように通行人やら車が行き交っている。車は知らないが、通行人の視線が一瞬こちらを向くが、見てはいけないものをみるように視線を逸らす。
まぁ、人間こんなものだ。俺でもそうするだろう。
「誰も見てねぇじゃん」
「一瞬見てるよ。チラッと見られてるよ」
顔を赤くさせる響が新鮮で、もっとイジメたくなってしまう。俺はサディストではないのだが、そういう素質でもあるのだろうか。
ニヤニヤ笑っていると、響が首に腕を回してきた。観念したのだろうかと思ったその時、いつになく低い声で囁かれた。
「いい加減にしないと、ヤっちゃうよ」
背筋がピリリと伸びた。
その言い方は、響が寝ぼけていた時と同じ。まるで極道かと思わせるほどのドスが効いている。そして、その『ヤっちゃうよ』の意味は……『殺る』にしか聞こえないんだが、合っているだろうか。
響と間近で視線を交わせば、ニコッと微笑まれた。
「良いの?」
声のトーンは戻っているが、それが余計に恐ろしく感じる。
俺は、静かに響を地におろした――。
制服をパッパと払いながら、響は小さな乱れを直していく。
「もう、金さんってば大胆なんだから。どんだけパフェ食べたいの」
「はは、悪い。やっぱ良いや。帰ろう」
嫌がるものを無理やり連れて行って、本気で殺られたら困る。パフェだって、そこまで食べたいわけじゃない。少しでも響に安心してもらいたくて誘っただけだ。俺は響の味方だから、何も聞かない。響の嫌がることはしない。言葉にするのは嘘っぽくて、でも何も言わずに別れたら、明日明後日と響はモヤモヤしたまま過ごすのは予想がつく。だから、普段と同じ姿を見せれば分かってもらえるかと思ったのだ。誘ったのは、そういう理由。
進路を戻そうと踵を返せば、響に手を取られた。
「どこ行くの? ファミレス、あっちだよ」
「うん、またにしよう。疲れてるんだろ?」
「抱っこしてくれたから回復した。あ、じゃあ、カラオケにする? あそこならゴロンと横にもなれるし、パフェもあるよ」
「あー……」
いつもの饒舌な響に戻っているものの『いい加減にしないと、ヤっちゃうよ』が頭の中でこだまする。
苦笑を浮かべていると、響がフッと笑った。
「さっきのは冗談だよ。キスなんてしないから」
「き……キス……?」
一気に脱力する。
「なんだ、キスか。はは、だよな。顔近かったもんな。俺ら、付き合ってる設定だもんな」
「なんだと思ったの?」
「殺されるのかと……」
正直に言えば、声を出して笑われた。
「はは、何それ。抱っこくらいで殺してたら、今頃僕は大量殺人鬼だよ」
「だ、だよな」
「ほら、行こう。ファミレスとカラオケ、どっちにする?」
「んー、一応打ち上げだし、カラオケ?」
「了解。実は僕、双子なんだよね」
「へぇ、そっか……は? え、今?」
聞き間違いだろうか。『実は僕、カラオケ得意なんだよね』のノリだった。そんな軽いノリで、今まで隠していた事実を伝えるものだろうか。こんな脈絡もないブッ込み方があるだろうか。いや、普通に考えるとないだろう。響のこれまでの挙動からして、伝えるにしても、もっと深刻そうにするはずだ。これからカラオケに行くなら尚のこと。沈黙が続きBGMだけが流れる密室で二人きり、緊張感漂う場所で伝えるのが普通の在り方だ。
一人戸惑っていると、響は前を歩きながら何かが吹っ切れたように話し出した。
「一卵性だからね、顔はそっくりなんだよ。けどね、性格は全然違う。雅は、僕と違って優しい子なんだ」
俺は何も言えなくなった。『響だって優しい』そんな軽はずみなことを言っちゃいけない気がした。哀愁漂うこの雰囲気の中、俺はどんな相槌を打って、どんな反応を示せば良いのか分からなかった。
静かに聞いていると、響が双子の弟がいることを伝えなかった理由が分かった。それは、響の双子の弟の雅は生まれながらにして病弱で、今は学校には通わず自宅で静かに過ごしているから。響の転校の理由も、雅の療養に関係していることを聞かされた。
しかし、何故だろう。話したくなかった理由は、また別にあるような気がした。
確かに、病弱な家族のことをむやみやたらに他者に話すものでもない。自分は双子だと伝えると、必ずと言って良いほど片割れはどこだと聞いてくるだろうし、学校で隠していたのも納得がいく。響が嘘を吐いているとも思わないけれど、それでも、響のそれを話す時の顔が、笑顔なのだけれど苦しそうで、本質はそこにはないような気がしてならない。
「隠しててごめんね。でも、みんなには……」
「言うわけないだろ。てか、俺、響としか学校で話す相手いないし」
自動ドアが左右に開き、カラオケ店に足を踏み入れようとしたところで響のスマホの着信が鳴った。
「金さん、ごめん」
「おう」
響が店外で電話に出たので、俺は先に店内に入った。
カラオケ店を訪れるのも一年以上前で、元気に挨拶をしてくる店員に緊張気味に会釈する。『連れが来てから決めます』と、目線とテキトーな仕草で店員に伝えてから、カウンターではなく壁に大きく掛かっている料金表を眺める。
土曜日だから平日よりも料金が割高なのが痛いが、一時間よりも三時間パックの方がお得だ。響が戻ってきたらそれを提案しよう。そう思って待っていると、さっきまでの憂いを帯びた響はどこへやら。元気溌剌な響が自動ドアから入って来た。
「金さん、お待たせ!」
「響、電話大丈夫だった?」
「うん、全然。どれにする? フリータイム? 明日も休みだし、オールしちゃう?」
「それは……」
店員をチラリと見れば、控えめに注意された。
「高校生様は二十二時までが最長になっております」
「あ、そっか。残念。じゃあ、二十二時ギリギリまで歌い尽くしちゃう?」
「あー、さすがに母さんに怒られそう……」
自分から誘っておいて申し訳ない気持ちになってしまう。
それより、響のこの変わりよう。普段の響に戻ったと言われればそれまでだが、俺はこの笑顔を知っている。
これは、何かを我慢している時の笑顔だ。
何故今まで気付かなかったのか。これは、俺と同じ。周りから同情され不貞腐れることの方が多かった俺だが、祖母の前でだけは空元気を見せていた。その時の俺と、今の響が重なった。
「三時間パックにして、終わったら俺んち来る?」
何となく、家に帰りたくないのかと思った。少しでも長く外にいたいのかと……。
けれど、響も良識はある。苦笑で返された。
「そんな時間からは迷惑でしょ」
「泊まれば? 中間テストの勉強、教えて欲しいし。てか、俺が教えてやる。転校してきて傾向とか良く分かんないだろ?」
「良いの?」
「響が良いんなら」
そう言って、俺は学生証をカウンターに持って行った。
「響も、学生証」
「うん、ちょっと待って」
――それから、俺たちは三時間程歌い明かした。
だからという言い回しも違う気もするが、俺は響を誘うことにした。
テントを片付け終わったのは、いつも学校が終わる時間とさして変わらない。十六時といった陽も沈まないけれど、てっぺんにあるわけでもない、絶妙に過ごしやすい時間帯。
ミステリーホラーを観た直後は怖くて夜道も一人で歩けそうになかったが、それから一週間も経てばなんてことはない。このまま二十時くらいまでファミレスで粘っても良いし、カラオケなんてのも良いかもしれない。
「響、この後どう? 打ち上げ的な」
響が誘って俺が断るのが常なので、断られることはないだろう。昨日までなら――。
「僕は良いや。疲れたし」
やはりだ。響は、あの借り物競走から俺と目を合わせようとしない。隣を歩いていても距離を感じる。相当知られたくないことなのだろうか。”双子”という事実を。
何故それを母が知っていたのかは甚だ疑問だが、さしずめ俺が風呂に入っている隙にでも根掘り葉掘り聞いたのだろう。母のことだから、悪気なく質問攻めしてそうだ。
とはいえ、響が話したくないのであれば仕方ない。気にならないと言えば嘘だが、人には一つや二つ秘密がある方が丁度いい。俺の隣にいるのは、紛れもなく”清水響”なのだから。それ以上でもそれ以下でもない。
「そういや、響も陸上入れば? 素質あるぞ」
「そう? けど、金さんが入ってないから良いや」
「勿体な」
投げやり気味に遠くを見ながら呟けば、その言葉は秋の空に静かに溶け込んだ。
歩幅がいつもより狭くてゆっくりだからか、妙に俺の心は落ち着いている。いや、響に関してはモヤモヤは残っているものの、そうではなくて、陸上に関して。
体育祭で他の人が走っているのを目の当たりにしたら、俺は絶対に嫉妬すると思っていた。嫉妬して、不貞腐れて、自暴自棄になって、八つ当たりして……今頃、禁止されているにも関わらず全速力で駆けていたことだろう。そして、今度こそ歩くことも困難になっていたかもしれない。そうなっていないのは、俺の隣に響がいてくれるから。
「響」
俺が名前を呼ぶ度、響の肩が震える。顔が強張る。
すぐに笑顔になるものの、それはいつになく引きつっている。
俺は、一つ深い息を吐く。
「響、パフェだけでも良いから付き合え」
「パフェ?」
「この間はさ、生のイチゴのとことアイスのとこ、響が全部食べただろ? 後からずっと思ってたんだけど、パフェってあっこが絶対一番うまいとこじゃん。一人で注文は恥ずいし、付き合え」
「…………ごめ」
謝罪の言葉を言い切る前に、俺は響の腰に手を回し抱き上げた。
「ちょ、金さん!?」
「強制連行」
戸惑う響を抱きかかえ、進路を変更する。
「相変わらず、軽すぎ」
「みんな見てるよ」
「誰もいないじゃん」
「その通り出たらいるよ」
「靴隠されましたって言い訳して歩けば良いだろ?」
「履いてるし」
一時停止線で一旦止まり、左右を確認して左に曲がる。開けた通りに出たので、響が言ったように通行人やら車が行き交っている。車は知らないが、通行人の視線が一瞬こちらを向くが、見てはいけないものをみるように視線を逸らす。
まぁ、人間こんなものだ。俺でもそうするだろう。
「誰も見てねぇじゃん」
「一瞬見てるよ。チラッと見られてるよ」
顔を赤くさせる響が新鮮で、もっとイジメたくなってしまう。俺はサディストではないのだが、そういう素質でもあるのだろうか。
ニヤニヤ笑っていると、響が首に腕を回してきた。観念したのだろうかと思ったその時、いつになく低い声で囁かれた。
「いい加減にしないと、ヤっちゃうよ」
背筋がピリリと伸びた。
その言い方は、響が寝ぼけていた時と同じ。まるで極道かと思わせるほどのドスが効いている。そして、その『ヤっちゃうよ』の意味は……『殺る』にしか聞こえないんだが、合っているだろうか。
響と間近で視線を交わせば、ニコッと微笑まれた。
「良いの?」
声のトーンは戻っているが、それが余計に恐ろしく感じる。
俺は、静かに響を地におろした――。
制服をパッパと払いながら、響は小さな乱れを直していく。
「もう、金さんってば大胆なんだから。どんだけパフェ食べたいの」
「はは、悪い。やっぱ良いや。帰ろう」
嫌がるものを無理やり連れて行って、本気で殺られたら困る。パフェだって、そこまで食べたいわけじゃない。少しでも響に安心してもらいたくて誘っただけだ。俺は響の味方だから、何も聞かない。響の嫌がることはしない。言葉にするのは嘘っぽくて、でも何も言わずに別れたら、明日明後日と響はモヤモヤしたまま過ごすのは予想がつく。だから、普段と同じ姿を見せれば分かってもらえるかと思ったのだ。誘ったのは、そういう理由。
進路を戻そうと踵を返せば、響に手を取られた。
「どこ行くの? ファミレス、あっちだよ」
「うん、またにしよう。疲れてるんだろ?」
「抱っこしてくれたから回復した。あ、じゃあ、カラオケにする? あそこならゴロンと横にもなれるし、パフェもあるよ」
「あー……」
いつもの饒舌な響に戻っているものの『いい加減にしないと、ヤっちゃうよ』が頭の中でこだまする。
苦笑を浮かべていると、響がフッと笑った。
「さっきのは冗談だよ。キスなんてしないから」
「き……キス……?」
一気に脱力する。
「なんだ、キスか。はは、だよな。顔近かったもんな。俺ら、付き合ってる設定だもんな」
「なんだと思ったの?」
「殺されるのかと……」
正直に言えば、声を出して笑われた。
「はは、何それ。抱っこくらいで殺してたら、今頃僕は大量殺人鬼だよ」
「だ、だよな」
「ほら、行こう。ファミレスとカラオケ、どっちにする?」
「んー、一応打ち上げだし、カラオケ?」
「了解。実は僕、双子なんだよね」
「へぇ、そっか……は? え、今?」
聞き間違いだろうか。『実は僕、カラオケ得意なんだよね』のノリだった。そんな軽いノリで、今まで隠していた事実を伝えるものだろうか。こんな脈絡もないブッ込み方があるだろうか。いや、普通に考えるとないだろう。響のこれまでの挙動からして、伝えるにしても、もっと深刻そうにするはずだ。これからカラオケに行くなら尚のこと。沈黙が続きBGMだけが流れる密室で二人きり、緊張感漂う場所で伝えるのが普通の在り方だ。
一人戸惑っていると、響は前を歩きながら何かが吹っ切れたように話し出した。
「一卵性だからね、顔はそっくりなんだよ。けどね、性格は全然違う。雅は、僕と違って優しい子なんだ」
俺は何も言えなくなった。『響だって優しい』そんな軽はずみなことを言っちゃいけない気がした。哀愁漂うこの雰囲気の中、俺はどんな相槌を打って、どんな反応を示せば良いのか分からなかった。
静かに聞いていると、響が双子の弟がいることを伝えなかった理由が分かった。それは、響の双子の弟の雅は生まれながらにして病弱で、今は学校には通わず自宅で静かに過ごしているから。響の転校の理由も、雅の療養に関係していることを聞かされた。
しかし、何故だろう。話したくなかった理由は、また別にあるような気がした。
確かに、病弱な家族のことをむやみやたらに他者に話すものでもない。自分は双子だと伝えると、必ずと言って良いほど片割れはどこだと聞いてくるだろうし、学校で隠していたのも納得がいく。響が嘘を吐いているとも思わないけれど、それでも、響のそれを話す時の顔が、笑顔なのだけれど苦しそうで、本質はそこにはないような気がしてならない。
「隠しててごめんね。でも、みんなには……」
「言うわけないだろ。てか、俺、響としか学校で話す相手いないし」
自動ドアが左右に開き、カラオケ店に足を踏み入れようとしたところで響のスマホの着信が鳴った。
「金さん、ごめん」
「おう」
響が店外で電話に出たので、俺は先に店内に入った。
カラオケ店を訪れるのも一年以上前で、元気に挨拶をしてくる店員に緊張気味に会釈する。『連れが来てから決めます』と、目線とテキトーな仕草で店員に伝えてから、カウンターではなく壁に大きく掛かっている料金表を眺める。
土曜日だから平日よりも料金が割高なのが痛いが、一時間よりも三時間パックの方がお得だ。響が戻ってきたらそれを提案しよう。そう思って待っていると、さっきまでの憂いを帯びた響はどこへやら。元気溌剌な響が自動ドアから入って来た。
「金さん、お待たせ!」
「響、電話大丈夫だった?」
「うん、全然。どれにする? フリータイム? 明日も休みだし、オールしちゃう?」
「それは……」
店員をチラリと見れば、控えめに注意された。
「高校生様は二十二時までが最長になっております」
「あ、そっか。残念。じゃあ、二十二時ギリギリまで歌い尽くしちゃう?」
「あー、さすがに母さんに怒られそう……」
自分から誘っておいて申し訳ない気持ちになってしまう。
それより、響のこの変わりよう。普段の響に戻ったと言われればそれまでだが、俺はこの笑顔を知っている。
これは、何かを我慢している時の笑顔だ。
何故今まで気付かなかったのか。これは、俺と同じ。周りから同情され不貞腐れることの方が多かった俺だが、祖母の前でだけは空元気を見せていた。その時の俺と、今の響が重なった。
「三時間パックにして、終わったら俺んち来る?」
何となく、家に帰りたくないのかと思った。少しでも長く外にいたいのかと……。
けれど、響も良識はある。苦笑で返された。
「そんな時間からは迷惑でしょ」
「泊まれば? 中間テストの勉強、教えて欲しいし。てか、俺が教えてやる。転校してきて傾向とか良く分かんないだろ?」
「良いの?」
「響が良いんなら」
そう言って、俺は学生証をカウンターに持って行った。
「響も、学生証」
「うん、ちょっと待って」
――それから、俺たちは三時間程歌い明かした。



