体育祭は順調に進行し、昼休憩に差し掛かる。
一昔前は家族と昼食を摂るのが一般的だったらしいが、家族が来られない云々の諸事情を考慮して、生徒は全員教室で弁当を食べることになっている。ちなみに、学食と購買は休みだ。
ただ、教室で食べるのは良いのだが、全員が弁当となると流石に仲の良い者同士で席をくっつけて……というのが難しくなってくる。故に、全員が前を向いて食べることに。そして、話もしにくいものだから、体育祭という華々しい行事にも関わらず、お通夜のように静まり返っている。
咀嚼音と小さな物音だけが教室内に響き渡る。その中で、俺もタコさんウインナーを口に放り込む。
不味くもなく、美味くもないそれをただただ噛んで飲み込む。それを繰り返していると、物の数分で完食してしまった。しかし、それは他の奴らも同じ。
初めこそ『えー、昼休憩三十分しかないの!?』『超急がなきゃじゃん』『トイレも行っときたいのにー』と、いつもより短い昼休憩に文句が出ていたが、三十分でもあまるほどだ。トイレに行ってもお釣りがくる。
「食べた人からグラウンド行ってて良いからな」
担任の先生の一声で、数人が椅子を引いた。
昼休憩でテンションが爆下がりになってしまった彼らは、まるでこれから火葬場でも行くかのように教室から出ていった――。
俺も弁当の空を巾着の中に入れて鞄に収める。
響も食べ終わっただろうかと廊下側の席を見やれば、コンビニ弁当の空を袋に入れているところだった。
(こんな日もコンビニ弁当か……)
漠然と、そんな感想を抱いた。
コンビニ弁当が悪いとは言わない。両親が仕事で忙しいなら、それは仕方のないこと。他人の家庭に口を挟む気も更々ない。それでも、周囲の手作り弁当率と特別感のある中身を見てしまったら、そう感じてしまう。
俺は先程収めた空の弁当箱の入った巾着を鞄から出し、その中に入っている一口サイズのゼリーを二つ机の上にコロンと転がした。
お子様ランチに出てくるようなゼリーのデザート。恥ずかしいからやめてくれと母に言っても、弁当の時は必ずついてくる。だから、俺は弁当から学食や購買で買うようになったのだ。友人がいつも学食だから……なんて嘘まで吐いて。
俺の席にやってきた響に、机の上にあるゼリーを二つ見せた。
「食う?」
「え? 食べないの?」
「俺、腹いっぱいだから」
「じゃあ、もらっちゃおっかな」
響はゼリーを取って、アルミの蓋をペロッと捲った。ちゅるんと口の中にそれを入れると、響の頬が緩んだ。
「んんッ、美味しい」
「響ってさ……」
「ん?」
小首を傾げる響に、俺は何を聞こうとしたのか。
「何でもない。青りんごも食べて。俺、ゴミ片したいから」
アルミの蓋を剥がし、響の口元に持っていく。柔らかいプラスチック部分を押してゼリーを少し出せば、響が吸うように食べた。
俺は弁当箱をもう一度取り出し、その中にゼリーの空を放り込んだ――――。
◇◇◇◇
大きなテントの下にブルーシートが敷かれ、各クラスごとに観覧席が設けられている。そこの後ろの方に座り、一年生によるソーラン節をただぼんやりと眺める。
知り合いもいないそれに興味は微塵もなく、入場ゲートの近くにある紅と白の得点に視線を移す。
どんな得点の付け方かは知らないが、半分以上の競技を終えた今現在の得点は、紅は三百八十二点、白は三百二十五点で紅の優勢。負けた方のチームがテントの片付けをするシステムになっている為、白組である俺のクラスは、テントの下で作戦会議を開いている。
「おい、金山もちゃんと参加しろよ」
指揮を執る時倉の言葉に、皆が同調するように首を縦に振る。
「けど、俺、残ってるの借り物競争だし。騎馬戦じゃあるまいし、作戦もクソもないだろ」
それに対しても、皆が「確かに」と、首を縦に振った。
残っている種目は全体のフォークダンスを覗けば、借り物競争とリレーのみ。騎馬戦とリレーならまだしも、借り物競争で作戦は立てられない。
それでも、だらけている俺が気に食わないのだろう。時倉は言った。
「んじゃ、リレーの作戦立てるの手伝って。清水も出るんだし」
「響が出るからって、なんで俺が……」
「だって、彼氏じゃん?」
「かッ……」
輪の中心にいる響と、端の方で俯いている早川を交互に見た。
(これは、早川のため。早川のため……)
自分に暗示をかけながら、俺は渋々リレーの出場者の名簿を受け取った。
そこには四人の名前が書かれている。陸上部で、且つ一番速いであろう時倉の名前がアンカーにあり、響は一番。どういった話し合いでこうなったのか分からないが、響の百メートル走の走りを見て思った。フォームは滅茶苦茶だが、二番三番を務める彼らより速い。
四百メートルのトラックを四人で分割し、百メートルずつバトンを繋いでいく最速の順番――――。
暫し悩んだ末に、答えを出した。
「時倉が一番で、響がアンカー」
それだけ助言すれば、時倉が不愉快そうな声を出した。
「は? なんで俺が一番? 彼氏だからって贔屓するなよ」
「贔屓なんてしてねぇよ。さっきの走り見て、響は直線で走らすべき。そう思っただけ。響を二番にしても良いけど、転校生だから奥の手的な、最後に逆転勝利の方が盛り上がるだろ」
「隠し玉ではあるけど。でも」
「時倉は、スタートダッシュが得意。お前のことは嫌いだけど、この俺よりそれが上なのは認めるから」
「金山…………嫌いは余計だろ」
そう言いながらも、褒められて満更でもなさそうな時倉。おだてられてヘマをしないタイプだと良いのだが。
「そろそろ借り物競争の出番だから。俺、行くわ」
「あ、私もだ」
「僕も」
借り物競争組がテントからぞろぞろと出て行く。
響から「頑張ってー」と声援を送られると、BL大好きな女子らの黄色い声が飛び交う。その声に溜め息しか出ないが、これも人助け。そう思うだけで気分が軽い。
気分よく歩いていると、後ろから腕の辺りにドンッと女子がぶつかってきた。
偶然ぶつかったのかと思ったが、それは謝ることなく俺の横を通り過ぎていく。イラっとしてぶつかった女子の方に目を向ければ、それが誰だかすぐに分かった。毛先がガタガタのボブヘアは、この学校に一人しかいない。
「早川……?」
早川も借り物競争に参加する生徒の一人。ここを歩いているのは頷けるが、誰かにぶつかって謝らないような女子ではない。ぶつかったことにも気付いていないのだろうか。それとも、それくらい嫌なことがあった?
早川相手なら怒る気にもなれないし、俺は声をかけることなく入場ゲートの前で待機した。
――借り物競争は全体を巻き込みながらの競技になるため、思った以上に盛り上がる。
赤いハンカチ、緑茶、メガネを掛けた人、二十五センチの靴、髪の長い人。そのお題は様々で、すぐに見つかる者もいればそうでない者もいる。俺は後者だった。
「チッ、このお題、嫌がらせだろ」
俺のお題は『双子のお兄ちゃんの方』だ。
この学校に双子がいるのかも知らないし、しかも兄限定だ。弟でも姉でも妹でもなく、兄。
「あのー、ここに双子の先輩いますか?」
三年生のテントで聞けば、女子二人が挙手をした。
「「私達、双子だよ!」」
ノリノリで出てこようとした双子の姉妹。
「すみません。お題、双子の兄の方なんです」
「なんだー、残念」
「三年に双子っていったら私達だけだよ。他の学年回った方が早いかも」
「ありがとうございます」
頭を軽く下げてから、次は二年生のテントへと向かう。
その間、他の出場者は次々とお題に沿ったものを持ってゴールをしている。俺がゴールしないと次に繋がらないというのに……気持ちが焦り始める。
自分のクラスに双子がいないことは知っているが、ひとまず自分のクラスである三組に向かえば、俺が聞かずとも皆が前のめり気味にお題の紙を覗き込んできた。
「おい、金山。お題、何?」
「双子のお兄ちゃん?」
「あ、佐々木兄弟、あれ双子だったよね」
「バカ、あれは中学ん時。高校は違うとこ行ったよ」
「そうだったっけ?」
口々に情報が飛び交うが、有力な情報は得られない。
俺の代わりに、一軍メンバーらが声を張って「どっかに双子おらん?」と、隣のテントの方にも聞いている。しかし、名乗り出る者はいない。
「三年は? 三年の先輩でいなかったっけ?」
「姉妹はいたけど、男はいなかった。聞いてないの、あと一年だけ」
次は一年生のテントへ行こうとしたが、こういう時の団結力は何故か強い俺のクラス。既に情報を聞きに行った者がいたようだ。
「一年にも双子いないって。後は保護者かな」
「行ってくる」
俺は回れ右して、グラウンドを真っすぐに突っ切って二年生の保護者席ではなく、まずは一年生の保護者席へと向かう。だって、両親のいる二年生の保護者席に行くと、二人三脚の時同様に恥ずかしい思いをしそうだから。出来るだけ後回し。
とはいえ、大人というのは意外にも生徒よりテンションが最高潮。率先して声をかけてくる。
「おじさん、行こうか!? 双子みたいにそっくりな弟いるよ」
「もう、双子じゃなきゃダメでしょ。誰か、双子ですって。双子、双子」
双子と連呼してくれていると、一歳に満たない赤ちゃんを抱っこした女性が半分腰を上げた。
「この子、双子だよ。お兄ちゃんは熱が出てお父さんと留守番してるけど」
今度こそ残念すぎる。
「すみません。お兄ちゃんの方連れて来いってお題なんです」
紙を見せて頭を下げると、メガネの男性が近くにいる実行委員に聞こえないよう、コソっと言った。
「バレないって。双子のお兄ちゃんの方って言っちゃえば良いよ」
「いや、でも……」
俺の中の悪魔が男性に同調するように囁いた。
『その人の言う通りだって。兄も弟もどっちでも良くね?』
俺の中の天使も囁く。
『いくら体育祭の競技だからって、嘘はダメだよ』
『てか、別に保護者席にいる人だったら、誰連れてっても実行委員は見抜けねぇって。証拠出せとか言わないだろ』
『それもそうだね』
俺の中の悪魔が勝利した。
「すみません。一緒に……」
女性に言いかけたところで、母がテントの向こう側から声をかけてきた。
「俊哉!」
「母さん……」
わざわざ一年生の保護者席のテントまで来なくても。そう思いながら「もう大丈夫だから」と声を上げようとしたが、母が声を張り上げる。
「響君! 響君よ!」
「響?」
後ろを振り返ったが、グラウンド内に響はいない。
「ちょっと、母さん。俺、早く終わらせたいから。後で」
「だから、響君、響君を連れて行けば良いのよ!」
「は?」
少し距離があるのもあって、言っている意味が良く分からない。若干苛々していると、母も苛々したように言った。
「もう、響君が双子のお兄ちゃんでしょうが! 早くしないと負けるわよ!」
「は?」
考える間もなく、またもや母に急かされる。
「早く、行きなさい!」
「分かったよ」
踵を返して、再度自分のクラスのテントへと足を向ける。
響が双子なんて聞いたことがない。響が双子なら、片割れはどこにいるのか。違う学校? あり得なくはないか。しかし、それなら響から一言くらいあっても良いのに。
自問自答しながらテントの前に着けば、クラスメイトらが半立ちになって声をかけてくる。
「金山。いないんだったら実行委員に言いに行った方が良いって」
「こんなお題ズルいじゃん。金山君、早く他のに変えてもらいに行きなよ」
その手があったのか。今更でもあるが、俺は母に言われた通り一人の名前を呼んだ。
「響」
響に注目がいく中、響はバツが悪そうに目を逸らす。
「な、なに?」
「間違ってたら悪いんだけど、響って……」
双子なのか聞きかけたところで、響は困った顔で笑いながら腰を上げた。
「もう、仕方ないなあ。一人で行きにくいんだったら、僕も一緒に行ったげるよ」
人と人の間を抜けながらテントの端まで来た響は、靴を履いて俺の手を握った。
「行こっか」
「あ、ああ」
それくらい一人で行けという声を背に、俺は響と共にゴールにいる実行委員の元に向かった――。
ツインテールをして紅色のハチマキをしている三年生の先輩に声をかける。
「あの、このお題なんですけど……」
お題の書いてある紙を開くと、先輩はその内容と響を見て、手で丸を作った。
「OK。はい、次の子くじ引いて」
そう言いながら、ゴールのすぐ横に設けられている次走者の待機場所にクジ引きのボックスを持っていく。すると、すぐさま早川がそれを引いて中身を確認した。キョロキョロしながら生徒の観覧席に向かう早川を見ながら、俺は唖然とそこに立ち尽くす。
「ほら、終わった子はこっちで待機」
「金さん。行くよ」
「…………」
手を引かれて、俺より先にゴールをした長谷川の後ろに響と座る。
「金山君、苦戦してたね。お題、なんだったの?」
長谷川の問いに、響が笑って応えた。
「男の子の双子連れて来いって難しいお題だったから、友達に変えてもらったんだ」
「へぇ、双子っていったら三年生に姉妹がいるくらいだもんね。僕なんてカメラだったよ。後で返しに行かなきゃ」
一眼レフカメラを大事そうに抱える長谷川。そんな彼と普通に話す響をガン見する。
「金さん、どうかした?」
「どうかしたって、お前……」
今すぐに聞きたい。本当に双子なのかと。
しかし、長谷川にお題を変えてもらったなどと嘘を吐いたということは、この場で問い正されるのは嫌だろう。それくらいの空気は俺にも読める。
「リレー、頑張れよ」
「うん!」
――残りの体育祭は、あまり覚えていない。
響の謎が多すぎて、ぐるぐると考えていたらフォークダンスも終わっていたし、響の参加するオオトリのリレーも終わっていた。
余談だが、俺の助言はバッチリと生かされたようで、最後の最後で響が逆転勝利して大盛り上がりした。
とはいえ、リレーで勝てただけでは全体の勝利には繋がらなかったよう。紅組が勝利して、テントの片付けをさせられた。
一昔前は家族と昼食を摂るのが一般的だったらしいが、家族が来られない云々の諸事情を考慮して、生徒は全員教室で弁当を食べることになっている。ちなみに、学食と購買は休みだ。
ただ、教室で食べるのは良いのだが、全員が弁当となると流石に仲の良い者同士で席をくっつけて……というのが難しくなってくる。故に、全員が前を向いて食べることに。そして、話もしにくいものだから、体育祭という華々しい行事にも関わらず、お通夜のように静まり返っている。
咀嚼音と小さな物音だけが教室内に響き渡る。その中で、俺もタコさんウインナーを口に放り込む。
不味くもなく、美味くもないそれをただただ噛んで飲み込む。それを繰り返していると、物の数分で完食してしまった。しかし、それは他の奴らも同じ。
初めこそ『えー、昼休憩三十分しかないの!?』『超急がなきゃじゃん』『トイレも行っときたいのにー』と、いつもより短い昼休憩に文句が出ていたが、三十分でもあまるほどだ。トイレに行ってもお釣りがくる。
「食べた人からグラウンド行ってて良いからな」
担任の先生の一声で、数人が椅子を引いた。
昼休憩でテンションが爆下がりになってしまった彼らは、まるでこれから火葬場でも行くかのように教室から出ていった――。
俺も弁当の空を巾着の中に入れて鞄に収める。
響も食べ終わっただろうかと廊下側の席を見やれば、コンビニ弁当の空を袋に入れているところだった。
(こんな日もコンビニ弁当か……)
漠然と、そんな感想を抱いた。
コンビニ弁当が悪いとは言わない。両親が仕事で忙しいなら、それは仕方のないこと。他人の家庭に口を挟む気も更々ない。それでも、周囲の手作り弁当率と特別感のある中身を見てしまったら、そう感じてしまう。
俺は先程収めた空の弁当箱の入った巾着を鞄から出し、その中に入っている一口サイズのゼリーを二つ机の上にコロンと転がした。
お子様ランチに出てくるようなゼリーのデザート。恥ずかしいからやめてくれと母に言っても、弁当の時は必ずついてくる。だから、俺は弁当から学食や購買で買うようになったのだ。友人がいつも学食だから……なんて嘘まで吐いて。
俺の席にやってきた響に、机の上にあるゼリーを二つ見せた。
「食う?」
「え? 食べないの?」
「俺、腹いっぱいだから」
「じゃあ、もらっちゃおっかな」
響はゼリーを取って、アルミの蓋をペロッと捲った。ちゅるんと口の中にそれを入れると、響の頬が緩んだ。
「んんッ、美味しい」
「響ってさ……」
「ん?」
小首を傾げる響に、俺は何を聞こうとしたのか。
「何でもない。青りんごも食べて。俺、ゴミ片したいから」
アルミの蓋を剥がし、響の口元に持っていく。柔らかいプラスチック部分を押してゼリーを少し出せば、響が吸うように食べた。
俺は弁当箱をもう一度取り出し、その中にゼリーの空を放り込んだ――――。
◇◇◇◇
大きなテントの下にブルーシートが敷かれ、各クラスごとに観覧席が設けられている。そこの後ろの方に座り、一年生によるソーラン節をただぼんやりと眺める。
知り合いもいないそれに興味は微塵もなく、入場ゲートの近くにある紅と白の得点に視線を移す。
どんな得点の付け方かは知らないが、半分以上の競技を終えた今現在の得点は、紅は三百八十二点、白は三百二十五点で紅の優勢。負けた方のチームがテントの片付けをするシステムになっている為、白組である俺のクラスは、テントの下で作戦会議を開いている。
「おい、金山もちゃんと参加しろよ」
指揮を執る時倉の言葉に、皆が同調するように首を縦に振る。
「けど、俺、残ってるの借り物競争だし。騎馬戦じゃあるまいし、作戦もクソもないだろ」
それに対しても、皆が「確かに」と、首を縦に振った。
残っている種目は全体のフォークダンスを覗けば、借り物競争とリレーのみ。騎馬戦とリレーならまだしも、借り物競争で作戦は立てられない。
それでも、だらけている俺が気に食わないのだろう。時倉は言った。
「んじゃ、リレーの作戦立てるの手伝って。清水も出るんだし」
「響が出るからって、なんで俺が……」
「だって、彼氏じゃん?」
「かッ……」
輪の中心にいる響と、端の方で俯いている早川を交互に見た。
(これは、早川のため。早川のため……)
自分に暗示をかけながら、俺は渋々リレーの出場者の名簿を受け取った。
そこには四人の名前が書かれている。陸上部で、且つ一番速いであろう時倉の名前がアンカーにあり、響は一番。どういった話し合いでこうなったのか分からないが、響の百メートル走の走りを見て思った。フォームは滅茶苦茶だが、二番三番を務める彼らより速い。
四百メートルのトラックを四人で分割し、百メートルずつバトンを繋いでいく最速の順番――――。
暫し悩んだ末に、答えを出した。
「時倉が一番で、響がアンカー」
それだけ助言すれば、時倉が不愉快そうな声を出した。
「は? なんで俺が一番? 彼氏だからって贔屓するなよ」
「贔屓なんてしてねぇよ。さっきの走り見て、響は直線で走らすべき。そう思っただけ。響を二番にしても良いけど、転校生だから奥の手的な、最後に逆転勝利の方が盛り上がるだろ」
「隠し玉ではあるけど。でも」
「時倉は、スタートダッシュが得意。お前のことは嫌いだけど、この俺よりそれが上なのは認めるから」
「金山…………嫌いは余計だろ」
そう言いながらも、褒められて満更でもなさそうな時倉。おだてられてヘマをしないタイプだと良いのだが。
「そろそろ借り物競争の出番だから。俺、行くわ」
「あ、私もだ」
「僕も」
借り物競争組がテントからぞろぞろと出て行く。
響から「頑張ってー」と声援を送られると、BL大好きな女子らの黄色い声が飛び交う。その声に溜め息しか出ないが、これも人助け。そう思うだけで気分が軽い。
気分よく歩いていると、後ろから腕の辺りにドンッと女子がぶつかってきた。
偶然ぶつかったのかと思ったが、それは謝ることなく俺の横を通り過ぎていく。イラっとしてぶつかった女子の方に目を向ければ、それが誰だかすぐに分かった。毛先がガタガタのボブヘアは、この学校に一人しかいない。
「早川……?」
早川も借り物競争に参加する生徒の一人。ここを歩いているのは頷けるが、誰かにぶつかって謝らないような女子ではない。ぶつかったことにも気付いていないのだろうか。それとも、それくらい嫌なことがあった?
早川相手なら怒る気にもなれないし、俺は声をかけることなく入場ゲートの前で待機した。
――借り物競争は全体を巻き込みながらの競技になるため、思った以上に盛り上がる。
赤いハンカチ、緑茶、メガネを掛けた人、二十五センチの靴、髪の長い人。そのお題は様々で、すぐに見つかる者もいればそうでない者もいる。俺は後者だった。
「チッ、このお題、嫌がらせだろ」
俺のお題は『双子のお兄ちゃんの方』だ。
この学校に双子がいるのかも知らないし、しかも兄限定だ。弟でも姉でも妹でもなく、兄。
「あのー、ここに双子の先輩いますか?」
三年生のテントで聞けば、女子二人が挙手をした。
「「私達、双子だよ!」」
ノリノリで出てこようとした双子の姉妹。
「すみません。お題、双子の兄の方なんです」
「なんだー、残念」
「三年に双子っていったら私達だけだよ。他の学年回った方が早いかも」
「ありがとうございます」
頭を軽く下げてから、次は二年生のテントへと向かう。
その間、他の出場者は次々とお題に沿ったものを持ってゴールをしている。俺がゴールしないと次に繋がらないというのに……気持ちが焦り始める。
自分のクラスに双子がいないことは知っているが、ひとまず自分のクラスである三組に向かえば、俺が聞かずとも皆が前のめり気味にお題の紙を覗き込んできた。
「おい、金山。お題、何?」
「双子のお兄ちゃん?」
「あ、佐々木兄弟、あれ双子だったよね」
「バカ、あれは中学ん時。高校は違うとこ行ったよ」
「そうだったっけ?」
口々に情報が飛び交うが、有力な情報は得られない。
俺の代わりに、一軍メンバーらが声を張って「どっかに双子おらん?」と、隣のテントの方にも聞いている。しかし、名乗り出る者はいない。
「三年は? 三年の先輩でいなかったっけ?」
「姉妹はいたけど、男はいなかった。聞いてないの、あと一年だけ」
次は一年生のテントへ行こうとしたが、こういう時の団結力は何故か強い俺のクラス。既に情報を聞きに行った者がいたようだ。
「一年にも双子いないって。後は保護者かな」
「行ってくる」
俺は回れ右して、グラウンドを真っすぐに突っ切って二年生の保護者席ではなく、まずは一年生の保護者席へと向かう。だって、両親のいる二年生の保護者席に行くと、二人三脚の時同様に恥ずかしい思いをしそうだから。出来るだけ後回し。
とはいえ、大人というのは意外にも生徒よりテンションが最高潮。率先して声をかけてくる。
「おじさん、行こうか!? 双子みたいにそっくりな弟いるよ」
「もう、双子じゃなきゃダメでしょ。誰か、双子ですって。双子、双子」
双子と連呼してくれていると、一歳に満たない赤ちゃんを抱っこした女性が半分腰を上げた。
「この子、双子だよ。お兄ちゃんは熱が出てお父さんと留守番してるけど」
今度こそ残念すぎる。
「すみません。お兄ちゃんの方連れて来いってお題なんです」
紙を見せて頭を下げると、メガネの男性が近くにいる実行委員に聞こえないよう、コソっと言った。
「バレないって。双子のお兄ちゃんの方って言っちゃえば良いよ」
「いや、でも……」
俺の中の悪魔が男性に同調するように囁いた。
『その人の言う通りだって。兄も弟もどっちでも良くね?』
俺の中の天使も囁く。
『いくら体育祭の競技だからって、嘘はダメだよ』
『てか、別に保護者席にいる人だったら、誰連れてっても実行委員は見抜けねぇって。証拠出せとか言わないだろ』
『それもそうだね』
俺の中の悪魔が勝利した。
「すみません。一緒に……」
女性に言いかけたところで、母がテントの向こう側から声をかけてきた。
「俊哉!」
「母さん……」
わざわざ一年生の保護者席のテントまで来なくても。そう思いながら「もう大丈夫だから」と声を上げようとしたが、母が声を張り上げる。
「響君! 響君よ!」
「響?」
後ろを振り返ったが、グラウンド内に響はいない。
「ちょっと、母さん。俺、早く終わらせたいから。後で」
「だから、響君、響君を連れて行けば良いのよ!」
「は?」
少し距離があるのもあって、言っている意味が良く分からない。若干苛々していると、母も苛々したように言った。
「もう、響君が双子のお兄ちゃんでしょうが! 早くしないと負けるわよ!」
「は?」
考える間もなく、またもや母に急かされる。
「早く、行きなさい!」
「分かったよ」
踵を返して、再度自分のクラスのテントへと足を向ける。
響が双子なんて聞いたことがない。響が双子なら、片割れはどこにいるのか。違う学校? あり得なくはないか。しかし、それなら響から一言くらいあっても良いのに。
自問自答しながらテントの前に着けば、クラスメイトらが半立ちになって声をかけてくる。
「金山。いないんだったら実行委員に言いに行った方が良いって」
「こんなお題ズルいじゃん。金山君、早く他のに変えてもらいに行きなよ」
その手があったのか。今更でもあるが、俺は母に言われた通り一人の名前を呼んだ。
「響」
響に注目がいく中、響はバツが悪そうに目を逸らす。
「な、なに?」
「間違ってたら悪いんだけど、響って……」
双子なのか聞きかけたところで、響は困った顔で笑いながら腰を上げた。
「もう、仕方ないなあ。一人で行きにくいんだったら、僕も一緒に行ったげるよ」
人と人の間を抜けながらテントの端まで来た響は、靴を履いて俺の手を握った。
「行こっか」
「あ、ああ」
それくらい一人で行けという声を背に、俺は響と共にゴールにいる実行委員の元に向かった――。
ツインテールをして紅色のハチマキをしている三年生の先輩に声をかける。
「あの、このお題なんですけど……」
お題の書いてある紙を開くと、先輩はその内容と響を見て、手で丸を作った。
「OK。はい、次の子くじ引いて」
そう言いながら、ゴールのすぐ横に設けられている次走者の待機場所にクジ引きのボックスを持っていく。すると、すぐさま早川がそれを引いて中身を確認した。キョロキョロしながら生徒の観覧席に向かう早川を見ながら、俺は唖然とそこに立ち尽くす。
「ほら、終わった子はこっちで待機」
「金さん。行くよ」
「…………」
手を引かれて、俺より先にゴールをした長谷川の後ろに響と座る。
「金山君、苦戦してたね。お題、なんだったの?」
長谷川の問いに、響が笑って応えた。
「男の子の双子連れて来いって難しいお題だったから、友達に変えてもらったんだ」
「へぇ、双子っていったら三年生に姉妹がいるくらいだもんね。僕なんてカメラだったよ。後で返しに行かなきゃ」
一眼レフカメラを大事そうに抱える長谷川。そんな彼と普通に話す響をガン見する。
「金さん、どうかした?」
「どうかしたって、お前……」
今すぐに聞きたい。本当に双子なのかと。
しかし、長谷川にお題を変えてもらったなどと嘘を吐いたということは、この場で問い正されるのは嫌だろう。それくらいの空気は俺にも読める。
「リレー、頑張れよ」
「うん!」
――残りの体育祭は、あまり覚えていない。
響の謎が多すぎて、ぐるぐると考えていたらフォークダンスも終わっていたし、響の参加するオオトリのリレーも終わっていた。
余談だが、俺の助言はバッチリと生かされたようで、最後の最後で響が逆転勝利して大盛り上がりした。
とはいえ、リレーで勝てただけでは全体の勝利には繋がらなかったよう。紅組が勝利して、テントの片付けをさせられた。



