それから金曜日までは体育祭の準備で学校内は普段の日常とは違う空気に包まれていた。
そして、土曜日である本日は体育祭当日。
何故、体育祭のすぐ後に中間試験をするのか。体育祭が後ならまだしも先にあるため、クラスの半数が朝から体操服を着てギリギリまで試験勉強をしている。俺もその一人。
「おーい。そろそろグラウンドに集まるぞ」
担任教師の一言で、各々勉強グッズを片付け始めた。俺も鞄に単語帳を雑に収めてから、机の横にかけた。
ぞろぞろと教室から出て行くクラスメイトに倣って後ろの扉から出れば、加藤から声をかけられた。
「か、金山君」
「ん?」
「えっと……」
加藤と話をするのは映画館以来だ。いや、映画館では俺が勝手に盗み見ていただけなので、その前日か。どちらでも良いが、互いに用事はないので話すのは久々だ。
「なに?」
威圧感は出していないはずなのに、加藤は萎縮したように縮こまる。
「いや、えっと……」
見兼ねたように長谷川もやってきて、口籠る加藤の背中をポンと叩いた。すると、加藤は勇気を出したように口を開いた。
「えっと、二人三脚……ペア、代わってくれないかな」
「ペアを? 別に良いけど、加藤は誰とだったっけ?」
その問いに、加藤ではなく俺の横にちょこんとやってきた響が応える。
「僕だよ。何々? 加藤君、出らんなくなっちゃった?」
「バカ。出られないんだったら、参加者同士の変更はしないだろ」
「あ、そっか。じゃあ、なんで?」
首を傾げる響だが、その理由は明白だ。
「はぁ……加藤も長谷川も、あの噂信じんなよ」
「金さん、あの噂って?」
「俺とお前が付き合ってるとかいうのだよ」
「ああ、あれね……って、僕ら、付き合ってなかったの!?」
衝撃的な顔をする響の頬をムニムニと引っ張ってやる。
「お前が、そういう勘違いさせるようなことばっか言うからだろ。いつまで続ける気だ」
「ほほひほひははっへ」
「全然面白くないっての」
ピッピッと引っ張るようにして手を離せば、ほんのり赤くなった頬を響は両手でさすった。その顔を見て、溜め息しか出ない。
そう、先日の響の匂わせ発言から、俺と響はクラス全員から恋仲にあると勘違いされている。ただ、こういうのは否定すればするほど怪しく感じてしまうもの。何も言わないのが一番だ。それなのに、響は否定どころかそれっぽい発言をして場を盛り上げている。
先生が教室の鍵を外から閉め、横目で見られた。早く行けと目で訴えられ、俺と響を先頭に四人で歩き出す。
「てか、加藤と長谷川はその後も上手く行ってんの?」
顔だけ振り返って聞けば、加藤と長谷川は目を見合わせてはにかんだ。
「上手くいってるなら良いけど」
その時、ふと思い出した。
「そういえば、修学旅行。結局、加藤は俺らの班じゃん? 長谷川と一緒じゃなくて大丈夫なのか?」
「うん。もう決まったことだし。それに、愛する二人を離れ離れには出来ないから。ね、長谷川君」
「だね」
二人がそれで良いなら良いか。俺もくだらない一軍メンバーに入れられたら最悪だ。
「って、俺ら付き合ってないから!」
初めてクラスメイトに否定してみれば、響が肘で腰の辺りをツンツン突いてきた。
「もう、金さんってば、照れなくて良いのに」
「だから、お前も少しは否定しろって」
「だけど、みんな僕らの話題の方が楽しいみたいだよ」
「確かにな。ここ一週間、誰も弄らなくなったよな」
加藤と長谷川は事の成り行きを知らないためキョトンとしているが、俺だけは響の言葉に頷いた。
ただ、いくら早川弄りが無くなったとしても、俺が犠牲になるのは腑に落ちない部分もある。
そんな俺の心情を悟ったように、響は俺を見上げてきた。
「金さんは、どっちが良かったの?」
「どっちって?」
「僕と付き合ってるって有名になるのと……」
「あー」
さすが響だ。あのままでは、どの道俺は早川と付き合うことにさせられていたことだろう。周囲がそれを信じるか信じないか、それはどちらでも良い。面白おかしく弄れるネタがあれば、彼らは何だって良いのだ。
なにより、俺はともかく早川が可哀想だ。早川は、黒板に描かれる相合傘の下に俺とは入りたくないだろう。しかも、我が校は二年生からそのまま持ち上がりで三年に上がる。それを残り一年半された日には……。
「このままにしとくか」
「金さんは、優しいね」
「一番優しいのは、響だろ」
自分から嫌な役を買って出て、困っている女子を救う。優しくて、自己犠牲の象徴。
響のニコニコ笑顔を見ていると、いつぞやのショッピングモールで出た疑問が浮上した。
――響、お前……本当に楽しいか?
今回は言葉に出さなかったけれど、心の底からそう思う。
響は他人を笑顔にするのは得意だが、響自身は誰かに笑顔にしてもらっているのだろうか。
「で、結局、金山君は疾風と代わるの? 代わらないの?」
加藤に向ける笑顔とは違い、俺に対しては優等生の笑みを向ける長谷川。
なんだろう……誰の笑顔も信じられなくなってきた。
そんな感想を抱きつつ、階段の踊り場から雲一つない晴天を一瞥する。
「あー、せっかくだし、代わってもらおうかな」
「やっぱ、金さん。僕のこと大好きだよね」
悪戯に笑う響だが、嫌いでないのは確かだ。
二人三脚も響とならスムーズに前に進めそうな気がする。代わってもらったのは、ただそれだけの理由。
◇◇◇◇
グラウンドにはトラックの外側にテントが張られ、その両サイドに入場ゲートと退場ゲートが設けられている。
長くてダルい開会式を終え、今は各学年の女子による五十メートル走の真っ最中。
次の種目が二人三脚なので、三年女子が走っているのを遠目に入場ゲートで待機する。赤いハチマキを額に巻き、アンカーのタスキをかける。俺の右足と響の左足に白い帯が巻かれ、響の手によってキュッと結ばれる。
陸上競技の大会の待機時はハラハラドキドキするのに対し、体育祭の……しかも二人三脚だからか、全く持って緊張しない。だからか分からないが、女子らが横を通りながらヒソヒソと話す声が無駄に聞こえてくる。
「見て見て、あの二人」
「なんか、代わってもらったらしいよ。仲いいねぇ」
「きっと息もピッタリなんだよ」
とはいえ、これが人助けだと思うとあまり気にならない。むしろ、響が話を盛り上げようとするのも分かる気がする。面倒なので、俺はしないけれど。
「金さん、右足からだよ」
「てことは、俺は左だな」
せーので軽く歩いてみると、自然と歩くことが出来た。余裕だなと思いながら、一旦足についた帯を解く。さすがに二人三脚をしながらの入場はしない。
三年女子が退場したとほぼ同時に音楽が切り替わり、前の方から順に入場していく。
ちなみに、二人三脚は同性同士でペアになり、女子が前方、男子が後方。トラックの両端にそれぞれが並び、トラックの半分をリレーのように走ることになっている。
先頭の選手五組がスタートラインに並び、二番目以降はトラックの中で列になって待機する。二人三脚だから五つの組が並ぶと窮屈だが、走り始めると不思議なくらい差が出たりするので、窮屈に見えるのは最初だけだったりする。
俺と響も待機の列の最後尾に並び、その場に座りながら再び足に帯を巻き付ける。
「そういや、響の親って来てんの?」
すぐそこにある保護者席に視線だけ向けて言えば、響は首を横に振った。
「来てないよ。仕事だから」
「そっか」
「金さんのお母さんとお父さんは来てたね。さっき見たよ」
「あー……うちは、嫌って言っても来るから」
両親は二人とも土曜日も仕事。にも関わらず、こういったイベントごとは毎年必ず休み希望を出しいる。
あれは、中学二年生の頃だったか。妙に親に見られるのが恥ずかしくなる時期があって、来なくて良いと言った時もあった。それでも、必ず来る。
「でも、今日は響を見に来たんだと思う」
「僕?」
「響、めっちゃ気に入られてるから。息子の俺より可愛いんだと」
「そっか」
響が照れたように破顔した。
いつも見ているはずの笑顔なのに、何故か胸が跳ねた。
しかし、すぐ後に響は複雑そうに視線を落とした。
「響き、お前……」
言いかけたが、順番が次の次に来ていた。前の方に移動しなければならなくなったので、俺は口をつぐむ。
お尻についた砂をパッパと手で払ってから、響と「一、二、一、二」と声を合わせながら歩く。
俺達の三組は、現在二位を死守しているよう。もうすぐで一位の一組を抜けそうなのに抜けないでいるようだ。とはいえ、これは走りの速さというよりも二人の息が合っているかが重要になってくる。
前に並んでいた男子生徒がバトンを受け取って進み出したので、俺と響もそこに立って待機する。
「響君も金山君も、頑張って!」
「二人の愛の力、見せちゃってー!」
走り終わった女子らがトラックの中で座って声援を送って来る。響は笑顔で手を振っていたが、俺は聞こえないフリをして保護者席側を見た。見て後悔だ。
「俊哉! 頑張れ!」
「響君の足、引っ張んじゃないわよ!」
父と母の声援が聞こえてきた。
「俊哉って誰?」という声が聞こえるが、俺はそれも無視しようと前を向いた。それなのに、響ときたら――。
「金さん。応援されてるよ」
保護者席にも極上スマイルをお見舞いするものだから、黄色い声が飛び交った。特にマダムたち。
「あの子、すっごく可愛いんだけど」
「誰の子? 誰の子?」
「あんな子、去年いたっけ?」
それに対し、母が自慢げに話している。
「響君はね、うちの俊哉……あの響君とペアになってる長身でイケメンの男の子いるでしょ? その息子の俊哉とお友達なのよ。我が家にも泊まりに来たんだから」
「母さんってば……」
何の自慢をしているのか。穴があったら入りたい。
言わずもがな、保護者席と走り終わって待機している女子らから注目の的だ。唯一生徒の観覧席側には聞こえていないのが救いか。いや、救いってなんだ。いっそ救われてなどいない。
羞恥で顔を赤くしていると、知らぬ間に二位から一位に浮上していた。一組よりも先にバトンが回って来た。急いで響の肩に手を回し、響も俺の腰に手を回してくる。そして、響が反対の手でバトンを取り――。
「せーの!」
響の合図で、俺は左足を出した。響も右足を出し、一歩目は大成功。二歩目、三歩目も大丈夫。しかし、四~五歩目くらいからおかしくなった。
「響、外から。もっかい行くぞ」
「あ、うん。せーのッ!」
またもや一歩目は成功。今度こそスムーズに走り出したと思った矢先、再びまごまごしてしまう。
――俺と響って、そこまで息がピッタリじゃない!?
そう不安に思ってしまうのは、俺の中で響が大きな存在になっている証なのだろうか。
モヤモヤしながら「もう一回!」と意地を張る俺に、響は掛け声ではなく困った顔を浮かべた。
「響、俺たちはこんなもんじゃないだろ!?」
せっかく一位になっていたのに、一組のペアに抜かれてしまい更に焦る。声援も聞こえてくるが、ほとんど耳に入って来ない。
「おい響。いくぞ」
代わりに俺が掛け声を言おうとした時、響が口を開く。
「金さん、歩幅。小さく出来る?」
「え?」
一歩前に出そうとしていた俺は、前につんのめりそうになるのを必死で耐える。
何とか転ばずにその場に立った俺は、響の言葉の意味を理解し、頷いた。
「任せろ!」
「じゃあ、一気に行くよ! せーのっ!」
次こそ成功した。四歩目も五歩目も、その後もこんがらがることなくゴールまで突っ切った――。
焦って考えもしなかった。元々同じ背丈の男子と組んでいたのに、俺とは身長さがまるで違う響に変更になったのだ。歩幅が合わないのは明白だった。初めから俺が合わせるべきだったのに……。
「金さん、やったね! 大逆転!」
「…………」
「金さん?」
キョトンと見上げてくる響の頭をクシャっと撫でた。
「ごめんな」
「なんで謝ってんの? 一位だよ?」
「知らね」
俺は響と繋がっている白い帯を外すためにしゃがんだ。
いつも俺は早足で歩いていた。響が転入して間もない頃は、付いてくるのが鬱陶しいと思っていたのもあった。しかし、そう思わなくなってからも、俺は歩幅を気にしたことなんて一度としてなかった。ただでさえ、こんなに違うのに……だ。
――歩幅を合わせたら、響のこと、もっと分かるようになるかな?
俺は二人三脚で何を学んでいるんだか……。
順位がアナウンスされ、退場の音楽が鳴り始める。
「よし、解けた。行くか」
「だね。次の出番まで何する? 二人でこっそりイチャイチャする?」
「アホか。真面目に応援しろ」
退場ゲートまでは駆け足で抜け、そこからは響の歩幅に合わせ、いつもよりゆっくりと歩いた――。
そして、土曜日である本日は体育祭当日。
何故、体育祭のすぐ後に中間試験をするのか。体育祭が後ならまだしも先にあるため、クラスの半数が朝から体操服を着てギリギリまで試験勉強をしている。俺もその一人。
「おーい。そろそろグラウンドに集まるぞ」
担任教師の一言で、各々勉強グッズを片付け始めた。俺も鞄に単語帳を雑に収めてから、机の横にかけた。
ぞろぞろと教室から出て行くクラスメイトに倣って後ろの扉から出れば、加藤から声をかけられた。
「か、金山君」
「ん?」
「えっと……」
加藤と話をするのは映画館以来だ。いや、映画館では俺が勝手に盗み見ていただけなので、その前日か。どちらでも良いが、互いに用事はないので話すのは久々だ。
「なに?」
威圧感は出していないはずなのに、加藤は萎縮したように縮こまる。
「いや、えっと……」
見兼ねたように長谷川もやってきて、口籠る加藤の背中をポンと叩いた。すると、加藤は勇気を出したように口を開いた。
「えっと、二人三脚……ペア、代わってくれないかな」
「ペアを? 別に良いけど、加藤は誰とだったっけ?」
その問いに、加藤ではなく俺の横にちょこんとやってきた響が応える。
「僕だよ。何々? 加藤君、出らんなくなっちゃった?」
「バカ。出られないんだったら、参加者同士の変更はしないだろ」
「あ、そっか。じゃあ、なんで?」
首を傾げる響だが、その理由は明白だ。
「はぁ……加藤も長谷川も、あの噂信じんなよ」
「金さん、あの噂って?」
「俺とお前が付き合ってるとかいうのだよ」
「ああ、あれね……って、僕ら、付き合ってなかったの!?」
衝撃的な顔をする響の頬をムニムニと引っ張ってやる。
「お前が、そういう勘違いさせるようなことばっか言うからだろ。いつまで続ける気だ」
「ほほひほひははっへ」
「全然面白くないっての」
ピッピッと引っ張るようにして手を離せば、ほんのり赤くなった頬を響は両手でさすった。その顔を見て、溜め息しか出ない。
そう、先日の響の匂わせ発言から、俺と響はクラス全員から恋仲にあると勘違いされている。ただ、こういうのは否定すればするほど怪しく感じてしまうもの。何も言わないのが一番だ。それなのに、響は否定どころかそれっぽい発言をして場を盛り上げている。
先生が教室の鍵を外から閉め、横目で見られた。早く行けと目で訴えられ、俺と響を先頭に四人で歩き出す。
「てか、加藤と長谷川はその後も上手く行ってんの?」
顔だけ振り返って聞けば、加藤と長谷川は目を見合わせてはにかんだ。
「上手くいってるなら良いけど」
その時、ふと思い出した。
「そういえば、修学旅行。結局、加藤は俺らの班じゃん? 長谷川と一緒じゃなくて大丈夫なのか?」
「うん。もう決まったことだし。それに、愛する二人を離れ離れには出来ないから。ね、長谷川君」
「だね」
二人がそれで良いなら良いか。俺もくだらない一軍メンバーに入れられたら最悪だ。
「って、俺ら付き合ってないから!」
初めてクラスメイトに否定してみれば、響が肘で腰の辺りをツンツン突いてきた。
「もう、金さんってば、照れなくて良いのに」
「だから、お前も少しは否定しろって」
「だけど、みんな僕らの話題の方が楽しいみたいだよ」
「確かにな。ここ一週間、誰も弄らなくなったよな」
加藤と長谷川は事の成り行きを知らないためキョトンとしているが、俺だけは響の言葉に頷いた。
ただ、いくら早川弄りが無くなったとしても、俺が犠牲になるのは腑に落ちない部分もある。
そんな俺の心情を悟ったように、響は俺を見上げてきた。
「金さんは、どっちが良かったの?」
「どっちって?」
「僕と付き合ってるって有名になるのと……」
「あー」
さすが響だ。あのままでは、どの道俺は早川と付き合うことにさせられていたことだろう。周囲がそれを信じるか信じないか、それはどちらでも良い。面白おかしく弄れるネタがあれば、彼らは何だって良いのだ。
なにより、俺はともかく早川が可哀想だ。早川は、黒板に描かれる相合傘の下に俺とは入りたくないだろう。しかも、我が校は二年生からそのまま持ち上がりで三年に上がる。それを残り一年半された日には……。
「このままにしとくか」
「金さんは、優しいね」
「一番優しいのは、響だろ」
自分から嫌な役を買って出て、困っている女子を救う。優しくて、自己犠牲の象徴。
響のニコニコ笑顔を見ていると、いつぞやのショッピングモールで出た疑問が浮上した。
――響、お前……本当に楽しいか?
今回は言葉に出さなかったけれど、心の底からそう思う。
響は他人を笑顔にするのは得意だが、響自身は誰かに笑顔にしてもらっているのだろうか。
「で、結局、金山君は疾風と代わるの? 代わらないの?」
加藤に向ける笑顔とは違い、俺に対しては優等生の笑みを向ける長谷川。
なんだろう……誰の笑顔も信じられなくなってきた。
そんな感想を抱きつつ、階段の踊り場から雲一つない晴天を一瞥する。
「あー、せっかくだし、代わってもらおうかな」
「やっぱ、金さん。僕のこと大好きだよね」
悪戯に笑う響だが、嫌いでないのは確かだ。
二人三脚も響とならスムーズに前に進めそうな気がする。代わってもらったのは、ただそれだけの理由。
◇◇◇◇
グラウンドにはトラックの外側にテントが張られ、その両サイドに入場ゲートと退場ゲートが設けられている。
長くてダルい開会式を終え、今は各学年の女子による五十メートル走の真っ最中。
次の種目が二人三脚なので、三年女子が走っているのを遠目に入場ゲートで待機する。赤いハチマキを額に巻き、アンカーのタスキをかける。俺の右足と響の左足に白い帯が巻かれ、響の手によってキュッと結ばれる。
陸上競技の大会の待機時はハラハラドキドキするのに対し、体育祭の……しかも二人三脚だからか、全く持って緊張しない。だからか分からないが、女子らが横を通りながらヒソヒソと話す声が無駄に聞こえてくる。
「見て見て、あの二人」
「なんか、代わってもらったらしいよ。仲いいねぇ」
「きっと息もピッタリなんだよ」
とはいえ、これが人助けだと思うとあまり気にならない。むしろ、響が話を盛り上げようとするのも分かる気がする。面倒なので、俺はしないけれど。
「金さん、右足からだよ」
「てことは、俺は左だな」
せーので軽く歩いてみると、自然と歩くことが出来た。余裕だなと思いながら、一旦足についた帯を解く。さすがに二人三脚をしながらの入場はしない。
三年女子が退場したとほぼ同時に音楽が切り替わり、前の方から順に入場していく。
ちなみに、二人三脚は同性同士でペアになり、女子が前方、男子が後方。トラックの両端にそれぞれが並び、トラックの半分をリレーのように走ることになっている。
先頭の選手五組がスタートラインに並び、二番目以降はトラックの中で列になって待機する。二人三脚だから五つの組が並ぶと窮屈だが、走り始めると不思議なくらい差が出たりするので、窮屈に見えるのは最初だけだったりする。
俺と響も待機の列の最後尾に並び、その場に座りながら再び足に帯を巻き付ける。
「そういや、響の親って来てんの?」
すぐそこにある保護者席に視線だけ向けて言えば、響は首を横に振った。
「来てないよ。仕事だから」
「そっか」
「金さんのお母さんとお父さんは来てたね。さっき見たよ」
「あー……うちは、嫌って言っても来るから」
両親は二人とも土曜日も仕事。にも関わらず、こういったイベントごとは毎年必ず休み希望を出しいる。
あれは、中学二年生の頃だったか。妙に親に見られるのが恥ずかしくなる時期があって、来なくて良いと言った時もあった。それでも、必ず来る。
「でも、今日は響を見に来たんだと思う」
「僕?」
「響、めっちゃ気に入られてるから。息子の俺より可愛いんだと」
「そっか」
響が照れたように破顔した。
いつも見ているはずの笑顔なのに、何故か胸が跳ねた。
しかし、すぐ後に響は複雑そうに視線を落とした。
「響き、お前……」
言いかけたが、順番が次の次に来ていた。前の方に移動しなければならなくなったので、俺は口をつぐむ。
お尻についた砂をパッパと手で払ってから、響と「一、二、一、二」と声を合わせながら歩く。
俺達の三組は、現在二位を死守しているよう。もうすぐで一位の一組を抜けそうなのに抜けないでいるようだ。とはいえ、これは走りの速さというよりも二人の息が合っているかが重要になってくる。
前に並んでいた男子生徒がバトンを受け取って進み出したので、俺と響もそこに立って待機する。
「響君も金山君も、頑張って!」
「二人の愛の力、見せちゃってー!」
走り終わった女子らがトラックの中で座って声援を送って来る。響は笑顔で手を振っていたが、俺は聞こえないフリをして保護者席側を見た。見て後悔だ。
「俊哉! 頑張れ!」
「響君の足、引っ張んじゃないわよ!」
父と母の声援が聞こえてきた。
「俊哉って誰?」という声が聞こえるが、俺はそれも無視しようと前を向いた。それなのに、響ときたら――。
「金さん。応援されてるよ」
保護者席にも極上スマイルをお見舞いするものだから、黄色い声が飛び交った。特にマダムたち。
「あの子、すっごく可愛いんだけど」
「誰の子? 誰の子?」
「あんな子、去年いたっけ?」
それに対し、母が自慢げに話している。
「響君はね、うちの俊哉……あの響君とペアになってる長身でイケメンの男の子いるでしょ? その息子の俊哉とお友達なのよ。我が家にも泊まりに来たんだから」
「母さんってば……」
何の自慢をしているのか。穴があったら入りたい。
言わずもがな、保護者席と走り終わって待機している女子らから注目の的だ。唯一生徒の観覧席側には聞こえていないのが救いか。いや、救いってなんだ。いっそ救われてなどいない。
羞恥で顔を赤くしていると、知らぬ間に二位から一位に浮上していた。一組よりも先にバトンが回って来た。急いで響の肩に手を回し、響も俺の腰に手を回してくる。そして、響が反対の手でバトンを取り――。
「せーの!」
響の合図で、俺は左足を出した。響も右足を出し、一歩目は大成功。二歩目、三歩目も大丈夫。しかし、四~五歩目くらいからおかしくなった。
「響、外から。もっかい行くぞ」
「あ、うん。せーのッ!」
またもや一歩目は成功。今度こそスムーズに走り出したと思った矢先、再びまごまごしてしまう。
――俺と響って、そこまで息がピッタリじゃない!?
そう不安に思ってしまうのは、俺の中で響が大きな存在になっている証なのだろうか。
モヤモヤしながら「もう一回!」と意地を張る俺に、響は掛け声ではなく困った顔を浮かべた。
「響、俺たちはこんなもんじゃないだろ!?」
せっかく一位になっていたのに、一組のペアに抜かれてしまい更に焦る。声援も聞こえてくるが、ほとんど耳に入って来ない。
「おい響。いくぞ」
代わりに俺が掛け声を言おうとした時、響が口を開く。
「金さん、歩幅。小さく出来る?」
「え?」
一歩前に出そうとしていた俺は、前につんのめりそうになるのを必死で耐える。
何とか転ばずにその場に立った俺は、響の言葉の意味を理解し、頷いた。
「任せろ!」
「じゃあ、一気に行くよ! せーのっ!」
次こそ成功した。四歩目も五歩目も、その後もこんがらがることなくゴールまで突っ切った――。
焦って考えもしなかった。元々同じ背丈の男子と組んでいたのに、俺とは身長さがまるで違う響に変更になったのだ。歩幅が合わないのは明白だった。初めから俺が合わせるべきだったのに……。
「金さん、やったね! 大逆転!」
「…………」
「金さん?」
キョトンと見上げてくる響の頭をクシャっと撫でた。
「ごめんな」
「なんで謝ってんの? 一位だよ?」
「知らね」
俺は響と繋がっている白い帯を外すためにしゃがんだ。
いつも俺は早足で歩いていた。響が転入して間もない頃は、付いてくるのが鬱陶しいと思っていたのもあった。しかし、そう思わなくなってからも、俺は歩幅を気にしたことなんて一度としてなかった。ただでさえ、こんなに違うのに……だ。
――歩幅を合わせたら、響のこと、もっと分かるようになるかな?
俺は二人三脚で何を学んでいるんだか……。
順位がアナウンスされ、退場の音楽が鳴り始める。
「よし、解けた。行くか」
「だね。次の出番まで何する? 二人でこっそりイチャイチャする?」
「アホか。真面目に応援しろ」
退場ゲートまでは駆け足で抜け、そこからは響の歩幅に合わせ、いつもよりゆっくりと歩いた――。



