「夢とかネットの海とか。どちらも形がないでしょ? だから向こうもしれっと手を出してきやすいんですよね」
「ということは、あの明晰夢の……」
「あ、それなんですけど。岡山で藤原悠という男が神隠しにあったという歴を見つけました」
全国の奇異事件の記録が共有されているという柊のデータベースに、その情報はあった。
「岡山か。そりゃ俺たちも知らないわけだ」
「20歳大学生だった藤原悠は、研究と称して明晰夢を見ることに傾倒していたらしいです。次第に過眠の傾向が強くなり、最終的には寝たきりの植物状態になっていたと。ある日を境に肉体が忽然と消えているので、残念ながらもう――」
俺は思っていた疑問を口にした。
「これは、藤原悠も夢の中にいるつもりがそうではなく、その底根之國とやらに足を踏み入れてしまっていた、ということですよね?」
「そうです。ただ、藤原悠はずいぶんと反抗的な態度をとっていたようだし、常田實のように招聘されたわけではなく、夢から常世入りして捕まった感じかと」
時雨君は、モニターに常田實が交わした契約書を表示させた。
「彼はこの契約書でいう第四条に引っかかって消されたのだろうと予測してます。常田實のようにわざわざ契約書まで用意されていたわけではないみたいですけど」
「“伴侶として不適格”……」
「改めて見てもゾッとする内容だよね」
あまりの用意周到さに舌を巻くレベルだと、時雨君は深いため息をついた。年末年始を挟み調査が遅れることも、全て織り込み済みだったのではないかと言うのだ。
「まぁでも逆を言えば、まだ体が在るということは向こうも迎え入れるつもりがないってことだと思うので。荻原美香に関しては交渉の余地があると思います。皮膚や粘膜の症状も、あの音声――刑が執行されたときに受けた傷の一部が現世の肉体に表出した結果だと思うし」
もし本当に手遅れだったなら、受刑した傷がもろに反映されてとっくのとうに溶解しているだろう、と恐ろしい見解を述べていた。確かにあの異常な音声データのなかで、荻原美香はまさにこれからおぞましい刑に処される寸前というところだった。
「戻ればその火傷みたいな症状も消失すると思います。きっちり返してもらってきますんで」
「ああ。頼んだぞ」
花守室長の手が、時雨君の肩に力強く置かれた。
「それじゃ、ちょっと話を聞いてこないといけないので――」
――ピロン。
――ヴヴッ。
時雨君が立ちあがろうとした矢先、同時にふたつの通知音が鳴った。ひとつはパソコンのメール受信音。そしてもうひとつの音の発信源は、突如画面が点灯した常田實のスマートフォンだった。
「えっ」
「なんだなんだ」
通知画面には、にっきろぐのアイコンが表示されている。その一方で、メールを開いた時雨君が悪態をついた。
「もう無理なことは分かってるっつの。どんだけ知らしめたいんだよ」
