事件の発覚日は昨年12月14日。
第一発見者は、廃墟探索系YourTuberをしているという21歳男子大学生、本名四ツ井琉聖。
世田谷区用賀にある廃ビルから生配信中に3階にて死体跡らしきものを発見。本人及び視聴者数名から110番通報が入った。
現場にはマミー型の冬用寝袋があり、人型の体液が染み付いていたが遺体と思しきものは発見されず。
残置物の財布、スマホ等から当該人物が世田谷区用賀在住の29歳男性、会社員の常田實と判明。
「しかもこの常田實、事件発覚の数日前に行方不明者として届出がされていたようです」
「これがそうだな」
ちょうど花守係長が手にしていた書類のひとつが、常田實の行方不明者届出書だった。昨年12月9日に提出、受理されている。
本人自ら失踪したとは考えにくいことから、特異行方不明者として分類されていたようだ。
「特異と判断されたのはこのためか。交番や署へ、元恋人からのストーカーに悩まされているとの相談歴がある。引越しもしたところだったみたいだな」
「そうなると、普通に考えたら怪しいのはその元恋人ですよね」
「ですねぇ。廃ビルの件が発覚する前は、所轄の刑事もまずその線を考えたみたいです」
玉川署の刑事は、元恋人の荻原美香25歳女性、医療事務員に話を聞くつもりでいたようだ。
「しかし、事情聴取は不発に終わってますね。ああ、これは……」
「何かあったんだな?」
文章に素早く目を通していた清水君の歯切れが、少し悪くなった。
「この荻原美香、12月3日に自宅のマンションで口から泡を吹いて倒れています。絶叫を聞いて異変を感じた隣人の通報により救急搬送。以降、ずっと入院しているとのことです」
とても話を聞ける状態ではなく、回復を待ってから改めて聴取するつもりでいたという。
「うーん。そうか……」
「それから、気になる点がもうひとつ。常田實の引越し先とされているマンションが、実在しないものだったみたいなんです」
「では、詐欺や組織的な犯罪に巻き込まれた可能性がある、ということですか?」
そう言った俺に、花守室長は顎をさすりながら難しい顔をした。
「いや、どうだろうな。その可能性が高いと判断されたなら、そもそもうちに回って来ていないと思う」
「本当にそうなら他チームに回すんだけど、ちょいちょいおかしい所があるからうちで精査してほしい、ってとこでしょうね」
清水君の言葉を聞いて、“つなぎ”ってそういうことなのか、と思った。不明瞭な事件を適した係へつなぐ、そういう意味合いなのだと。それなら、先ほど課長の言っていた「判断を仰ぎたい」という言葉にも納得がいく。
ストーカー行為の末によるものなのか、はたまた詐欺に騙されたのか。それによって事件の色は全く異なる様相を呈する。
「それから、他にも不審な点が幾つか挙げられています。とにかくこれに入っている音声データを始め、残置されていた常田實のスマートフォンのデータを見てほしいとのことです」
「まずはひと通り見てみないことには始まらんか。手分けをしてチェックしていこう。紙物は俺が見るから、清水はスマホの中身を解析。土井君はUSBに入った捜査資料のほうを頼む」
USBメモリーがささったままのノートパソコンを受け取り、早速モニターと向き合う。「柊宛」と書かれたメインフォルダの中に様々なフォルダが入っており、「事情聴取音声」というフォルダを見つけた。
「室長、事情聴取の際に録音したと思われる音声ファイルがいくつかあるようです」
「おお、それじゃ片っ端から再生していってくれ。聞きながら他の資料も読み進めよう」
「ぼくの方もスマホに接続してみますね」
清水君は箱型の大きなハードケースを取り出すと、ごとりと机の上に置いた。ケースの中には一見何の変哲もないノートパソコンが入っている。それを開くと、マウスパッド横のスペースに“携帯電話解析用”というラベルシールが貼られていた。
「もしかして清水君、この機器を扱えるの?」
「はい。実はぼく、元はSSBCの所属なんですよ」
「俺がどうしても必要な人材だとごねて、引き抜いてきたってわけ」
さらりと言われたが、これには驚いた。
SSBCの存在については知っている。
Sousa Sien Bunseki Centerの略で、刑事部に設置されている捜査支援分析センターという即応部隊のことだ。
ハードケースへ厳重に入れられたこのノートパソコンは、特殊なソフトが内臓された解析専用端末で、SSBCの捜査員しか操作方法を知らない。
そんな代物を平然と操作する清水君が、俺にはとても格好良く見えた。
「すごい、君は情報解析のスペシャリストなんだな。尊敬するよ」
「あはは。土井さんってクールで近寄り難そうに見えて、中身はピュアな少年ですよね――あ。出ましたよ」
横からモニターをのぞいて見ると、電話やメモ、MINEといったスマートフォンにインストールされているアプリ名の一覧がずらりと羅列されている。
「ここからは地道な作業になります。皆で協力して頑張りましょう!」
第一発見者は、廃墟探索系YourTuberをしているという21歳男子大学生、本名四ツ井琉聖。
世田谷区用賀にある廃ビルから生配信中に3階にて死体跡らしきものを発見。本人及び視聴者数名から110番通報が入った。
現場にはマミー型の冬用寝袋があり、人型の体液が染み付いていたが遺体と思しきものは発見されず。
残置物の財布、スマホ等から当該人物が世田谷区用賀在住の29歳男性、会社員の常田實と判明。
「しかもこの常田實、事件発覚の数日前に行方不明者として届出がされていたようです」
「これがそうだな」
ちょうど花守係長が手にしていた書類のひとつが、常田實の行方不明者届出書だった。昨年12月9日に提出、受理されている。
本人自ら失踪したとは考えにくいことから、特異行方不明者として分類されていたようだ。
「特異と判断されたのはこのためか。交番や署へ、元恋人からのストーカーに悩まされているとの相談歴がある。引越しもしたところだったみたいだな」
「そうなると、普通に考えたら怪しいのはその元恋人ですよね」
「ですねぇ。廃ビルの件が発覚する前は、所轄の刑事もまずその線を考えたみたいです」
玉川署の刑事は、元恋人の荻原美香25歳女性、医療事務員に話を聞くつもりでいたようだ。
「しかし、事情聴取は不発に終わってますね。ああ、これは……」
「何かあったんだな?」
文章に素早く目を通していた清水君の歯切れが、少し悪くなった。
「この荻原美香、12月3日に自宅のマンションで口から泡を吹いて倒れています。絶叫を聞いて異変を感じた隣人の通報により救急搬送。以降、ずっと入院しているとのことです」
とても話を聞ける状態ではなく、回復を待ってから改めて聴取するつもりでいたという。
「うーん。そうか……」
「それから、気になる点がもうひとつ。常田實の引越し先とされているマンションが、実在しないものだったみたいなんです」
「では、詐欺や組織的な犯罪に巻き込まれた可能性がある、ということですか?」
そう言った俺に、花守室長は顎をさすりながら難しい顔をした。
「いや、どうだろうな。その可能性が高いと判断されたなら、そもそもうちに回って来ていないと思う」
「本当にそうなら他チームに回すんだけど、ちょいちょいおかしい所があるからうちで精査してほしい、ってとこでしょうね」
清水君の言葉を聞いて、“つなぎ”ってそういうことなのか、と思った。不明瞭な事件を適した係へつなぐ、そういう意味合いなのだと。それなら、先ほど課長の言っていた「判断を仰ぎたい」という言葉にも納得がいく。
ストーカー行為の末によるものなのか、はたまた詐欺に騙されたのか。それによって事件の色は全く異なる様相を呈する。
「それから、他にも不審な点が幾つか挙げられています。とにかくこれに入っている音声データを始め、残置されていた常田實のスマートフォンのデータを見てほしいとのことです」
「まずはひと通り見てみないことには始まらんか。手分けをしてチェックしていこう。紙物は俺が見るから、清水はスマホの中身を解析。土井君はUSBに入った捜査資料のほうを頼む」
USBメモリーがささったままのノートパソコンを受け取り、早速モニターと向き合う。「柊宛」と書かれたメインフォルダの中に様々なフォルダが入っており、「事情聴取音声」というフォルダを見つけた。
「室長、事情聴取の際に録音したと思われる音声ファイルがいくつかあるようです」
「おお、それじゃ片っ端から再生していってくれ。聞きながら他の資料も読み進めよう」
「ぼくの方もスマホに接続してみますね」
清水君は箱型の大きなハードケースを取り出すと、ごとりと机の上に置いた。ケースの中には一見何の変哲もないノートパソコンが入っている。それを開くと、マウスパッド横のスペースに“携帯電話解析用”というラベルシールが貼られていた。
「もしかして清水君、この機器を扱えるの?」
「はい。実はぼく、元はSSBCの所属なんですよ」
「俺がどうしても必要な人材だとごねて、引き抜いてきたってわけ」
さらりと言われたが、これには驚いた。
SSBCの存在については知っている。
Sousa Sien Bunseki Centerの略で、刑事部に設置されている捜査支援分析センターという即応部隊のことだ。
ハードケースへ厳重に入れられたこのノートパソコンは、特殊なソフトが内臓された解析専用端末で、SSBCの捜査員しか操作方法を知らない。
そんな代物を平然と操作する清水君が、俺にはとても格好良く見えた。
「すごい、君は情報解析のスペシャリストなんだな。尊敬するよ」
「あはは。土井さんってクールで近寄り難そうに見えて、中身はピュアな少年ですよね――あ。出ましたよ」
横からモニターをのぞいて見ると、電話やメモ、MINEといったスマートフォンにインストールされているアプリ名の一覧がずらりと羅列されている。
「ここからは地道な作業になります。皆で協力して頑張りましょう!」
