さわりと何かが額を掠める感触に、微睡みの中を揺蕩っていた意識がゆっくりと浮上する。
「あ……起こしちゃった?」
「う……んん」
甘い声の主は控えめに笑うと、「ごめんね。前髪が目元にかかっていたものだから」と僕の耳元でそっと囁いた。
重い瞼をどうにか持ち上げてみれば、膝枕をしてくれている愛しい恋人――ふみ恵が、微笑みながらこちらを見下ろしている。その優しい眼差しと頬から伝わる温もりに、深い安らぎを感じた。
身も心もすっかり彼女に委ね、髪を梳かれているのはとても気持ちが良い。ソファから転げ落ちないように彼女の方へと少し身じろぎをして、背中を丸めた。飼い主の膝で丸まり、喉を鳴らす猫の気持ちもよく分かる。
「ふわぁ……。どのくらい寝ちゃってた?」
「うーん、三十分くらいかな」
徐々に意識が覚醒してくるにつれ、テレビを見ながらくつろいでいる内に眠くなり、横にならせてもらっていたことを思い出した。
寝ぼけながら、ぎゅっと握りしめていたらしい左手の平を右手で触る。これは僕の昔からの癖だ。
手汗が多いことは幼少期からのコンプレックスで、こうして半ば無意識に汗の量を確認してしまう。寝て体温が上がったからか、案の定じっとりと汗ばんでいた。
けれど、僕がそうしているとふみ恵は、そんなのなんてことないとでもいうように決まって優しく手を握ってくれるのだ。
――ああ、今もこうしてほら。僕も恋人繋ぎをした手をきゅうと握り返し、その優しさに応えた。
「ごめん、脚疲れちゃったでしょ。しびれてない?」
「ううん、全然。少しは眠れた?」
「おかげ様でぐうっと眠れた気がするよ。ありがとう」
言いながら上体を起こすと、ふみ恵は「もういいの? もっとしてあげるのに」と、少しだけ口を尖らせてクッションを抱えた。
ここのところ寝不足気味の僕を気遣ってくれているのだろう。健気なところも愛おしいなぁと、名を呼びこちらを向いたふみ恵のことを、そっと抱きしめた。
「實さん……」
背中に控えめに回された腕はひどく華奢で、抱きしめる度に彼女は僕が守らなければとつよく思う。けれど、どちらかというと彼女の包容力に甘えている自分の方が守られている気がしてならない。
「こんなに可愛い彼女様がいるのに、これ以上寝ていたら勿体ないなと思ってさ」
抱擁のあと、互いの目を見つめて微笑みあった。繋いだ両の手はじんわり温かい。
自分は頼りないところが多いかもしれないけれど、持ちつ持たれつで支え合っていけるのなら、それはとても良い関係性だよなと思えた。
「まだ日が高いしさ、後でどこか出かけるのはどうかな」
「ふふっ、うん。それじゃ温かいものでも飲みながらどこ行くか決めましょ」
「良いね。――あ、まって僕がやろうか?」
立ち上がったふみ恵の後に続いてキッチンへと向かう。艶やかな長い黒髪が揺れる後ろ姿を見つめながら、なんてことのない平穏な日常から得られる充足感を噛みしめた。
今日は、デート先で撮った写真でもポストしようかな。これまでの自分はSNSに写真を載せる良さがまったく分からず、友人や芸能人のポストを時々閲覧する用のアカウントをひとつ持っているだけだった。
それが今では、恋人との幸せな日々を他の人にも自慢したくて惚気専用のアカウントまで作り、ポストするのが趣味になっている。
あんなことがあって、もう自分が思うような恋愛はできないと思っていたけれど……これも全部ふみ恵のおかげだ。
膝枕をしてくれているときのふみ恵の表情を見られるのは僕だけの特権だから、他の誰にも見られたくない。写真を撮るかわりに自分の網膜に焼きつけておいたから、このことは夜に日記のほうへ書こうと思っている。
一日の終わりにつけている日記は、何を書こうか悩むどころか書きたいことがいっぱいでネタに困ることはなかった。
「コーヒーと紅茶どっちがいい? ――あら、アールグレイがもう少しでなくなりそう」
「ふみ恵と一緒のがいいな。茶葉は出かけたついでに買って帰ろう」
――あぁ。僕は今、とっても幸せだ。
「あ……起こしちゃった?」
「う……んん」
甘い声の主は控えめに笑うと、「ごめんね。前髪が目元にかかっていたものだから」と僕の耳元でそっと囁いた。
重い瞼をどうにか持ち上げてみれば、膝枕をしてくれている愛しい恋人――ふみ恵が、微笑みながらこちらを見下ろしている。その優しい眼差しと頬から伝わる温もりに、深い安らぎを感じた。
身も心もすっかり彼女に委ね、髪を梳かれているのはとても気持ちが良い。ソファから転げ落ちないように彼女の方へと少し身じろぎをして、背中を丸めた。飼い主の膝で丸まり、喉を鳴らす猫の気持ちもよく分かる。
「ふわぁ……。どのくらい寝ちゃってた?」
「うーん、三十分くらいかな」
徐々に意識が覚醒してくるにつれ、テレビを見ながらくつろいでいる内に眠くなり、横にならせてもらっていたことを思い出した。
寝ぼけながら、ぎゅっと握りしめていたらしい左手の平を右手で触る。これは僕の昔からの癖だ。
手汗が多いことは幼少期からのコンプレックスで、こうして半ば無意識に汗の量を確認してしまう。寝て体温が上がったからか、案の定じっとりと汗ばんでいた。
けれど、僕がそうしているとふみ恵は、そんなのなんてことないとでもいうように決まって優しく手を握ってくれるのだ。
――ああ、今もこうしてほら。僕も恋人繋ぎをした手をきゅうと握り返し、その優しさに応えた。
「ごめん、脚疲れちゃったでしょ。しびれてない?」
「ううん、全然。少しは眠れた?」
「おかげ様でぐうっと眠れた気がするよ。ありがとう」
言いながら上体を起こすと、ふみ恵は「もういいの? もっとしてあげるのに」と、少しだけ口を尖らせてクッションを抱えた。
ここのところ寝不足気味の僕を気遣ってくれているのだろう。健気なところも愛おしいなぁと、名を呼びこちらを向いたふみ恵のことを、そっと抱きしめた。
「實さん……」
背中に控えめに回された腕はひどく華奢で、抱きしめる度に彼女は僕が守らなければとつよく思う。けれど、どちらかというと彼女の包容力に甘えている自分の方が守られている気がしてならない。
「こんなに可愛い彼女様がいるのに、これ以上寝ていたら勿体ないなと思ってさ」
抱擁のあと、互いの目を見つめて微笑みあった。繋いだ両の手はじんわり温かい。
自分は頼りないところが多いかもしれないけれど、持ちつ持たれつで支え合っていけるのなら、それはとても良い関係性だよなと思えた。
「まだ日が高いしさ、後でどこか出かけるのはどうかな」
「ふふっ、うん。それじゃ温かいものでも飲みながらどこ行くか決めましょ」
「良いね。――あ、まって僕がやろうか?」
立ち上がったふみ恵の後に続いてキッチンへと向かう。艶やかな長い黒髪が揺れる後ろ姿を見つめながら、なんてことのない平穏な日常から得られる充足感を噛みしめた。
今日は、デート先で撮った写真でもポストしようかな。これまでの自分はSNSに写真を載せる良さがまったく分からず、友人や芸能人のポストを時々閲覧する用のアカウントをひとつ持っているだけだった。
それが今では、恋人との幸せな日々を他の人にも自慢したくて惚気専用のアカウントまで作り、ポストするのが趣味になっている。
あんなことがあって、もう自分が思うような恋愛はできないと思っていたけれど……これも全部ふみ恵のおかげだ。
膝枕をしてくれているときのふみ恵の表情を見られるのは僕だけの特権だから、他の誰にも見られたくない。写真を撮るかわりに自分の網膜に焼きつけておいたから、このことは夜に日記のほうへ書こうと思っている。
一日の終わりにつけている日記は、何を書こうか悩むどころか書きたいことがいっぱいでネタに困ることはなかった。
「コーヒーと紅茶どっちがいい? ――あら、アールグレイがもう少しでなくなりそう」
「ふみ恵と一緒のがいいな。茶葉は出かけたついでに買って帰ろう」
――あぁ。僕は今、とっても幸せだ。
