「あ」
突然、何かに気がついたような顔つきで、友達の椎名くんが呟いた。
ゴールデンウィークの真っ最中、家にいるのも暇だからと立ち寄った本屋でまさか椎名くんに出会うとは。
「藤川、よくここに来るの?」
「いや。初めてなんだが」
「俺も初めて」
教室では当たり前に会っている椎名くんだけど、休みの日にたまたま会うと何だか気恥ずかしいものだ。
今日の椎名くんはベージュのAラインビッグロンTにカーキ色のワイドカーゴパンツというゆったりしたシルエットのラフなコーデで結構格好良い。
「どっか出かけてたの?」
「ううん。あんまり出かけないからさ、せっかくオシャレな服があるのに着ないともったいないかなと思って意味なく着てみたら、じゃあ家にいるのはもったいなくね? って思って意味なく外に出てみた」
「意味ないねー」
椎名くんの行動全てに意味がなくて笑ってしまう。
「そういう藤川もオシャレじゃん。なんかあったの?」
「いや。今日はそういう気分だっただけ」
私も椎名くんと同じような感じで、珍しく可愛いAラインスカートなんていう滅多に着ないものを着ていた。そうしたら家にいるのがもったいなくなって、なんとなく外に出たのだった。
「なんか似たもの同士だなー俺ら」
「不本意だけどね」
椎名くんははっきり言って変な人だ。いつも真面目な顔をしているけど、発言の八割くらいは変なことを言っている。そんな人と似ているなんて言われると不本意だとしか思えない。
椎名くんはそんな私に気を悪くした風もなく、ふにゃっと笑った。
「じゃあまた明日」
「うん。学校で」
私たちは片手を上げてバイバイした。
外に出てみて良かったかな。椎名くんに会えたし、少しは暇つぶしになった。
まだ時間があるからブラブラしよう。
ちょっと前髪が伸びてきたし、髪でも切りに行くか。
ショーウィンドウに映った自分を見て、そんなことを思う。
そういえば、家の近くにオープンしたばかりの美容院があったな。オープン記念で初めて来店した人は10パーセントオフだとか貼り紙をしていた。
よし、行ってみようと決めてから30分後。
ようやく呼ばれたシャンプー台で仰向けになり、目の上にタオルを置かれた時だった。
「痒いところはございませんか?」
「大丈夫でーす」
すでにシャンプーされてる隣の台の客と美容師さんが会話している声が耳に入る。なんかどっかで聞いたことがある声だ。
「お兄さん、高校生? これからデート?」
「いや、暇だったんで髪でも切ろうかなと思って」
「いいなー。学生は自由で」
「そうっすか? うちの親父はサラリーマンだけど俺より自由っすよ。この前ボイパ始めて、勝手に路上ライブとかやってましたもん」
「ボイパの路上ライブ、聞いたことない。とんがってるねー」
「椎名くん⁉︎」
私は思わず隣の人に突っ込んだ。
ボイパで路上ライブするようなとんがった父を持っている高校生男子なんて、椎名くんしかいないだろ。
「その声は、藤川⁉︎」
「また会ったね。こんなところで再会するとは」
「すげー確率」
お互いにシャンプー台の上って、どんな再会。
「なになに、友達? 彼女?」
美容師さんも驚いている。
「うーん。ただの同級生っすね」
自分が聞かれていたら同じ答えを返していたけど、椎名くんから言われるとなんかムカつくのは何故だろう。
「残念。カップルだったらカップル割でさらに5%オフだったんだけどな」
「すいません、嘘ついてました。俺らカップルです」
この野郎。5%オフにつられて嘘つきやがった。
まあ、私も同じことを言ったかもしれないが。
「なんか嘘くさいなあ、お兄さん。今の本当? そっちのお姉さんにも確認するよ?」
「マジっす。な、藤川!」
「えっ。うーん」
「ほら、なんか微妙な声だし、嘘でしょ?」
「告白まだなんで。でも今日これから告白するところだったんで。好きだ藤川! 俺と付き合ってくれー!」
お前、5%オフのために魂売ってんなクソが。
そう思ったけど、悪い気はしない。
「どうするのお姉さん。告白OKするの?」
「ああ、はい。じゃあ一応」
「やったー! 5%オフゲット!」
そこは告白OKされてやったー! なところだろ椎名くん。バレるぞ椎名くん。
まあ、私も5%オフになるわけだから、下手につっこんだりはしないが。
「ありがとうございましたー」
お互いに前髪を少し切って、少しマシな髪型にセットされて、ほぼ同時に会計を済ませて美容院を出た私たちは、お互いに顔を見合って共犯者のように黒い笑みを浮かべた。
「ラッキーだったな、藤川。俺に感謝しろよ」
「うん。なんかお店に悪いことしちゃったけどね」
「仕方ない。俺の前で悪魔の数字5%オフを掲げたのはあちらの落ち度だ」
店中に響く声で「好きだ!」と言う恥の方が私は勝つけどな。
椎名くんは全く気にしていないから、逆に清々しい。
「じゃあまた明日」
「うん、学校で」
私たちは片手を上げて店の前でバイバイした。
まだ帰る気分じゃないな。
さて、次はどこへ行こう。
そういえば、喉が渇いた。
どこかでお茶しようかな。
小腹も空いたし、スイーツも食べたい。
でも近くにちょうどいいカフェなんてない。こんな時こそスマホで検索。
近場で探すとうっかりまた椎名くんに出会って気まずくなるかもしれないから、電車で二駅先の映えスイーツが食べられる人気のカフェに行くことにした。
来てみてびっくり、行列できてる。
しかもその行列の中に……。
「あっ、藤川」
「椎名くん⁉︎ 何でこんなところに!」
「お前こそ俺のストーカーか」
何で椎名くん、いるかな。
もう正味三時間くらい一緒にいない?
「こうなりゃ一緒にお茶するか」
「またカップル割でもあるの?」
「そうじゃないけどさ、俺ここのビッグプリンパフェ食べたくて。普通のパフェの4倍の大きさなんだって! 一人じゃ無理だよなあと思ってたけど藤川と折半できたら食べられるんじゃね?」
ビッグプリンパフェか。なんか凄そうだな。
「しょうがないなあ。付き合ってあげるよ」
「さすが藤川、頼りになるわ」
なんだかんだ言って、二人で店に入って一つのものを頼んじゃう。
「これがビッグプリンパフェか。すげええ」
ビッグプリンパフェはその名の通り、デカいビールジョッキのような容器にただただデカいプリンと生クリームとチョコレートソースとバニラアイスとイチゴアイスが入った巨大スイーツだった。
ある意味映えスイーツかな。
「写真撮りたいな」
「いいよ。スマホ貸して。撮ってやるから」
何故? と思いつつ私のスマホをカメラモードにして椎名くんに渡すと、向かい合って座っていた椎名くんが何故か私の隣に座り、プリンパフェ越しに自撮りしようとする。
「もっと近寄れ、藤川。顔が半分になっちゃうぞ」
「何故自撮り⁉︎ パフェだけでいいのに」
「それじゃパフェの巨大さが伝わらないだろ。比較だよ、比較!」
大仏の前に人が立ってそのギャップで大仏の巨大さを伝えるようなもんか。
それにしても、二人で顔寄せ合って撮らなくてもいいじゃないか?
「あの高校生カップル、可愛いー」
斜め後ろの方からクスクス笑い声が聞こえた。
その高校生カップルって、私たちのことじゃないだろうな? 恥ずかしすぎて振り向けない。
「やっぱ来るんじゃなかったな」
「何で? 美味いじゃん」
「だってなんかさあ、オシャレして髪型まで決まってて隣り合って写真撮って同じパフェ食べてんだよ? どう見てもデート中のカップルじゃん私ら」
椎名くんは向かいの席に戻るのが面倒くさいという理由で隣に座ったままでいた。こうなるとただのカップル。もはやカップル。
「気にすんなよ、そんなこと」
椎名くんは本当に何も気にしてなさそうだ。
「それよりさあ、藤川」
「何?」
「この後、どうする?」
椎名くんはチラッと私を見て言った。
「どうするって?」
「俺は帰るけど、藤川はどうすんのかなと思って」
「私も帰るよ」
何の確認? ちょっと気になる。
「じゃあもう偶然会ったりしないよな」
「しないだろうねえ」
「それならいいんだけど」
椎名くんは意味深な顔つきでジョッキの底にへばりついていたチョコソース付きのフレークをすくう。
「偶然会ったらなんかダメなの?」
「うちの高校の七不思議の一つでさ、『運命の歯車』っていうのがあるの、知ってる?」
私は首を横に振った。
うちの高校には七不思議があるらしいとたまに聞くけど、それが何なのか私は知らなかった。
「どんなの?」
「学校の外なのに、生徒同士が一日に四回以上偶然出会うと運命の歯車によって永遠に離れられなくなるっていう呪いにかかるんだって」
「何それ、こっわ」
私は思わず笑ってしまった。
でも待って。
今日、私と椎名くんは本屋で会って、美容院で会って、カフェの行列で会ったからもう三回偶然会っている。
「あと一回だね」
「あと一回だな」
なんだかちょっと怖くなってきた。
私たちはパフェを食べ終えるとすぐに帰ることにした。
「じゃあまた明日」
「うん、学校で」
店の前で別れる。今度こそ、椎名くんには会わないぞ。
でも、歩き出して一分もしないうちに。
「藤川ーっ!」
私は、椎名くんに呼び止められてしまった。
大好きなボールを咥えて主人に駆けてくる犬みたいな顔して、椎名くんが再び私の前にやってくる。
「何? どしたの?」
「俺、すごいこと思いついちゃった!」
「ん?」
「発想の逆転だよ! こうやっていちいち別れたりするから、偶然会ったりするんじゃね? だったら最初からバイバイしなけりゃ良くね?」
「ああ、なるほど」
別れなければ再会しない。
単純だけど理にかなっている。盲点だった。
「一緒に帰ろう、藤川。家まで送るからさ」
「あ、ありがとう……」
椎名くんはふにゃっと笑って、私と並んで歩き出した。
一緒に電車に乗って、また駅から一緒に歩く。
くだらない話をして、笑い合っているうちに、私はふと気がついた。
「どうした藤川? ボケーッとして」
「あ、うん。あのさ」
これって、ただのデートじゃない?
「いや、何でもないや」
「変なやつだなー」
椎名くん、あんたに言われたくないよ。
気づかないかなあ。気づかないか。
椎名くんだもんね。
私はふう、とプリン味のため息をついた。
◇
「……なんてことがあったんだよね」
「へえ〜、椎名くんに偶然三回も会ったんだ」
GW明けのダラダラした月曜日、私は教室でクラスメイトの佐藤さんに休み中の出来事を語った。
「一日に四回以上偶然出会ったら運命の歯車の呪いがかかるっていう七不思議、ほんと? 私らそれ恐れて、外出る時にはお互いに居場所伝えるようになっちゃったんだけど。それでお互い暇ならたまに一緒に遊んだりする。約束して会えば偶然ってことにならないからセーフだって椎名くんが言うから」
「それって、ただのデートじゃない?」
さすが佐藤さん。すぐに気づいてくれる。
「だよねえ、偶然会わなきゃいいっていう問題じゃないよね」
「うんうん。それにもう二人は呪いにかかってる気がするよ」
佐藤さんは意味深な笑顔でニコニコしている。
やだなあ、その笑顔。何だか全てお見通しっていう気がして。
「佐藤さん……今の話、本当ですか」
声に振り向くと、沢田くんが青い顔をしていた。
沢田くんは佐藤さんの彼氏だ。すごくイケメンだけど、今日は顔色のせいか何だか具合が悪そうに見える。
「どうかしたの? 沢田くん」
「……きのう十回、会ってしまったのですが」
沢田くんは泣きそうな顔で、金髪ヤンキーの小野田くんの方を見た。
「運命の歯車?」
「あ、大丈夫だよ沢田くん。それも偶然じゃないから」
小野田くんは沢田くんと友達になりたくて小学生時代からずっとストーカーしているという話だ。沢田くんも狙われ続けていて大変だな。
「運命の歯車かあ」
私はまた椎名くんのことを考える。考えるうちにどうでも良くなる。考えても無駄のような気がする。
だってそれが椎名くんだ。
きっと彼は、何も気にしない。
突然、何かに気がついたような顔つきで、友達の椎名くんが呟いた。
ゴールデンウィークの真っ最中、家にいるのも暇だからと立ち寄った本屋でまさか椎名くんに出会うとは。
「藤川、よくここに来るの?」
「いや。初めてなんだが」
「俺も初めて」
教室では当たり前に会っている椎名くんだけど、休みの日にたまたま会うと何だか気恥ずかしいものだ。
今日の椎名くんはベージュのAラインビッグロンTにカーキ色のワイドカーゴパンツというゆったりしたシルエットのラフなコーデで結構格好良い。
「どっか出かけてたの?」
「ううん。あんまり出かけないからさ、せっかくオシャレな服があるのに着ないともったいないかなと思って意味なく着てみたら、じゃあ家にいるのはもったいなくね? って思って意味なく外に出てみた」
「意味ないねー」
椎名くんの行動全てに意味がなくて笑ってしまう。
「そういう藤川もオシャレじゃん。なんかあったの?」
「いや。今日はそういう気分だっただけ」
私も椎名くんと同じような感じで、珍しく可愛いAラインスカートなんていう滅多に着ないものを着ていた。そうしたら家にいるのがもったいなくなって、なんとなく外に出たのだった。
「なんか似たもの同士だなー俺ら」
「不本意だけどね」
椎名くんははっきり言って変な人だ。いつも真面目な顔をしているけど、発言の八割くらいは変なことを言っている。そんな人と似ているなんて言われると不本意だとしか思えない。
椎名くんはそんな私に気を悪くした風もなく、ふにゃっと笑った。
「じゃあまた明日」
「うん。学校で」
私たちは片手を上げてバイバイした。
外に出てみて良かったかな。椎名くんに会えたし、少しは暇つぶしになった。
まだ時間があるからブラブラしよう。
ちょっと前髪が伸びてきたし、髪でも切りに行くか。
ショーウィンドウに映った自分を見て、そんなことを思う。
そういえば、家の近くにオープンしたばかりの美容院があったな。オープン記念で初めて来店した人は10パーセントオフだとか貼り紙をしていた。
よし、行ってみようと決めてから30分後。
ようやく呼ばれたシャンプー台で仰向けになり、目の上にタオルを置かれた時だった。
「痒いところはございませんか?」
「大丈夫でーす」
すでにシャンプーされてる隣の台の客と美容師さんが会話している声が耳に入る。なんかどっかで聞いたことがある声だ。
「お兄さん、高校生? これからデート?」
「いや、暇だったんで髪でも切ろうかなと思って」
「いいなー。学生は自由で」
「そうっすか? うちの親父はサラリーマンだけど俺より自由っすよ。この前ボイパ始めて、勝手に路上ライブとかやってましたもん」
「ボイパの路上ライブ、聞いたことない。とんがってるねー」
「椎名くん⁉︎」
私は思わず隣の人に突っ込んだ。
ボイパで路上ライブするようなとんがった父を持っている高校生男子なんて、椎名くんしかいないだろ。
「その声は、藤川⁉︎」
「また会ったね。こんなところで再会するとは」
「すげー確率」
お互いにシャンプー台の上って、どんな再会。
「なになに、友達? 彼女?」
美容師さんも驚いている。
「うーん。ただの同級生っすね」
自分が聞かれていたら同じ答えを返していたけど、椎名くんから言われるとなんかムカつくのは何故だろう。
「残念。カップルだったらカップル割でさらに5%オフだったんだけどな」
「すいません、嘘ついてました。俺らカップルです」
この野郎。5%オフにつられて嘘つきやがった。
まあ、私も同じことを言ったかもしれないが。
「なんか嘘くさいなあ、お兄さん。今の本当? そっちのお姉さんにも確認するよ?」
「マジっす。な、藤川!」
「えっ。うーん」
「ほら、なんか微妙な声だし、嘘でしょ?」
「告白まだなんで。でも今日これから告白するところだったんで。好きだ藤川! 俺と付き合ってくれー!」
お前、5%オフのために魂売ってんなクソが。
そう思ったけど、悪い気はしない。
「どうするのお姉さん。告白OKするの?」
「ああ、はい。じゃあ一応」
「やったー! 5%オフゲット!」
そこは告白OKされてやったー! なところだろ椎名くん。バレるぞ椎名くん。
まあ、私も5%オフになるわけだから、下手につっこんだりはしないが。
「ありがとうございましたー」
お互いに前髪を少し切って、少しマシな髪型にセットされて、ほぼ同時に会計を済ませて美容院を出た私たちは、お互いに顔を見合って共犯者のように黒い笑みを浮かべた。
「ラッキーだったな、藤川。俺に感謝しろよ」
「うん。なんかお店に悪いことしちゃったけどね」
「仕方ない。俺の前で悪魔の数字5%オフを掲げたのはあちらの落ち度だ」
店中に響く声で「好きだ!」と言う恥の方が私は勝つけどな。
椎名くんは全く気にしていないから、逆に清々しい。
「じゃあまた明日」
「うん、学校で」
私たちは片手を上げて店の前でバイバイした。
まだ帰る気分じゃないな。
さて、次はどこへ行こう。
そういえば、喉が渇いた。
どこかでお茶しようかな。
小腹も空いたし、スイーツも食べたい。
でも近くにちょうどいいカフェなんてない。こんな時こそスマホで検索。
近場で探すとうっかりまた椎名くんに出会って気まずくなるかもしれないから、電車で二駅先の映えスイーツが食べられる人気のカフェに行くことにした。
来てみてびっくり、行列できてる。
しかもその行列の中に……。
「あっ、藤川」
「椎名くん⁉︎ 何でこんなところに!」
「お前こそ俺のストーカーか」
何で椎名くん、いるかな。
もう正味三時間くらい一緒にいない?
「こうなりゃ一緒にお茶するか」
「またカップル割でもあるの?」
「そうじゃないけどさ、俺ここのビッグプリンパフェ食べたくて。普通のパフェの4倍の大きさなんだって! 一人じゃ無理だよなあと思ってたけど藤川と折半できたら食べられるんじゃね?」
ビッグプリンパフェか。なんか凄そうだな。
「しょうがないなあ。付き合ってあげるよ」
「さすが藤川、頼りになるわ」
なんだかんだ言って、二人で店に入って一つのものを頼んじゃう。
「これがビッグプリンパフェか。すげええ」
ビッグプリンパフェはその名の通り、デカいビールジョッキのような容器にただただデカいプリンと生クリームとチョコレートソースとバニラアイスとイチゴアイスが入った巨大スイーツだった。
ある意味映えスイーツかな。
「写真撮りたいな」
「いいよ。スマホ貸して。撮ってやるから」
何故? と思いつつ私のスマホをカメラモードにして椎名くんに渡すと、向かい合って座っていた椎名くんが何故か私の隣に座り、プリンパフェ越しに自撮りしようとする。
「もっと近寄れ、藤川。顔が半分になっちゃうぞ」
「何故自撮り⁉︎ パフェだけでいいのに」
「それじゃパフェの巨大さが伝わらないだろ。比較だよ、比較!」
大仏の前に人が立ってそのギャップで大仏の巨大さを伝えるようなもんか。
それにしても、二人で顔寄せ合って撮らなくてもいいじゃないか?
「あの高校生カップル、可愛いー」
斜め後ろの方からクスクス笑い声が聞こえた。
その高校生カップルって、私たちのことじゃないだろうな? 恥ずかしすぎて振り向けない。
「やっぱ来るんじゃなかったな」
「何で? 美味いじゃん」
「だってなんかさあ、オシャレして髪型まで決まってて隣り合って写真撮って同じパフェ食べてんだよ? どう見てもデート中のカップルじゃん私ら」
椎名くんは向かいの席に戻るのが面倒くさいという理由で隣に座ったままでいた。こうなるとただのカップル。もはやカップル。
「気にすんなよ、そんなこと」
椎名くんは本当に何も気にしてなさそうだ。
「それよりさあ、藤川」
「何?」
「この後、どうする?」
椎名くんはチラッと私を見て言った。
「どうするって?」
「俺は帰るけど、藤川はどうすんのかなと思って」
「私も帰るよ」
何の確認? ちょっと気になる。
「じゃあもう偶然会ったりしないよな」
「しないだろうねえ」
「それならいいんだけど」
椎名くんは意味深な顔つきでジョッキの底にへばりついていたチョコソース付きのフレークをすくう。
「偶然会ったらなんかダメなの?」
「うちの高校の七不思議の一つでさ、『運命の歯車』っていうのがあるの、知ってる?」
私は首を横に振った。
うちの高校には七不思議があるらしいとたまに聞くけど、それが何なのか私は知らなかった。
「どんなの?」
「学校の外なのに、生徒同士が一日に四回以上偶然出会うと運命の歯車によって永遠に離れられなくなるっていう呪いにかかるんだって」
「何それ、こっわ」
私は思わず笑ってしまった。
でも待って。
今日、私と椎名くんは本屋で会って、美容院で会って、カフェの行列で会ったからもう三回偶然会っている。
「あと一回だね」
「あと一回だな」
なんだかちょっと怖くなってきた。
私たちはパフェを食べ終えるとすぐに帰ることにした。
「じゃあまた明日」
「うん、学校で」
店の前で別れる。今度こそ、椎名くんには会わないぞ。
でも、歩き出して一分もしないうちに。
「藤川ーっ!」
私は、椎名くんに呼び止められてしまった。
大好きなボールを咥えて主人に駆けてくる犬みたいな顔して、椎名くんが再び私の前にやってくる。
「何? どしたの?」
「俺、すごいこと思いついちゃった!」
「ん?」
「発想の逆転だよ! こうやっていちいち別れたりするから、偶然会ったりするんじゃね? だったら最初からバイバイしなけりゃ良くね?」
「ああ、なるほど」
別れなければ再会しない。
単純だけど理にかなっている。盲点だった。
「一緒に帰ろう、藤川。家まで送るからさ」
「あ、ありがとう……」
椎名くんはふにゃっと笑って、私と並んで歩き出した。
一緒に電車に乗って、また駅から一緒に歩く。
くだらない話をして、笑い合っているうちに、私はふと気がついた。
「どうした藤川? ボケーッとして」
「あ、うん。あのさ」
これって、ただのデートじゃない?
「いや、何でもないや」
「変なやつだなー」
椎名くん、あんたに言われたくないよ。
気づかないかなあ。気づかないか。
椎名くんだもんね。
私はふう、とプリン味のため息をついた。
◇
「……なんてことがあったんだよね」
「へえ〜、椎名くんに偶然三回も会ったんだ」
GW明けのダラダラした月曜日、私は教室でクラスメイトの佐藤さんに休み中の出来事を語った。
「一日に四回以上偶然出会ったら運命の歯車の呪いがかかるっていう七不思議、ほんと? 私らそれ恐れて、外出る時にはお互いに居場所伝えるようになっちゃったんだけど。それでお互い暇ならたまに一緒に遊んだりする。約束して会えば偶然ってことにならないからセーフだって椎名くんが言うから」
「それって、ただのデートじゃない?」
さすが佐藤さん。すぐに気づいてくれる。
「だよねえ、偶然会わなきゃいいっていう問題じゃないよね」
「うんうん。それにもう二人は呪いにかかってる気がするよ」
佐藤さんは意味深な笑顔でニコニコしている。
やだなあ、その笑顔。何だか全てお見通しっていう気がして。
「佐藤さん……今の話、本当ですか」
声に振り向くと、沢田くんが青い顔をしていた。
沢田くんは佐藤さんの彼氏だ。すごくイケメンだけど、今日は顔色のせいか何だか具合が悪そうに見える。
「どうかしたの? 沢田くん」
「……きのう十回、会ってしまったのですが」
沢田くんは泣きそうな顔で、金髪ヤンキーの小野田くんの方を見た。
「運命の歯車?」
「あ、大丈夫だよ沢田くん。それも偶然じゃないから」
小野田くんは沢田くんと友達になりたくて小学生時代からずっとストーカーしているという話だ。沢田くんも狙われ続けていて大変だな。
「運命の歯車かあ」
私はまた椎名くんのことを考える。考えるうちにどうでも良くなる。考えても無駄のような気がする。
だってそれが椎名くんだ。
きっと彼は、何も気にしない。
