椎名くんは笑わない


「あ」

 突然、何かに気がついたような顔つきで、友達の椎名くんが呟いた。
 彼の視線の先には満開の桜の木があった。
 
「多分、ここだと思うんだよな」
 そう言う彼の手にはシャベルが握られていた。

『タイムカプセルを掘り起こそうと思うんだけど、一緒に見てみる?』と誘われたのが30分前のこと。
 二つ返事で「見る見るー」と言った私は相当な暇人だ。
 椎名くんの彼女でもなんでもない、高校からのただの友達なのに。

 まあ、まだ春休みだし。
 進級したら椎名くんとは別のクラスになるかもしれないし。
 椎名くんが埋めたタイムカプセルの中身も、全く気にならないと言えば嘘になる。
 椎名くんはいつも真面目に変なことを考えている人だから。そんな彼の子供時代の宝物が何なのか、気になるっちゃ気になる。
 というわけでノコノコついて行ったわけだが。

「って、どこ? ここ」
「俺のじいちゃん家。今はじいちゃん入院中だから、誰もいないんだけど」

 結構立派な二階建ての日本家屋だ。お庭も広くて、樹齢が三桁ありそうなほど大きな桜の木がこの家のシンボルのように立っている。
 

「間違いない」
 椎名くんは自信たっぷりに桜の幹を撫でた。
「ほら、ここに目印を彫ったんだ」
 椎名くんが根元近くの部分を指した。そこにはこう彫ってあった。
 

『そのみつきても、そのたましいは死なず。ぼくのカプセル、ここにねむる』


「それ、墓に刻むやつ!」

 こんな立派な桜になに名言っぽいの彫ってんだ。
 
「それにしても、よくタイムカプセルのことなんて覚えてたね」

 椎名くんが桜の根元を掘り始める。

「新学期が始まる前に机の中整理しろって母ちゃんに言われてさ。それで、古い日記を見つけたの」
「あるあるだなー」
「俺、三日で書くのやめてたよ。びっくりした」
「いや、椎名くんらしいわ」

 私も素手で掘るのを手伝うけど、乾いた土はなかなか強敵だった。

「だけどその日記がさ、ただの日記じゃなかったんだ。なんと未来日記だったんだよ」
「何それ」
「十年後の俺の行動がそこに書かれてあったんだよ。十年後の四月一日、つまり今日。お前はタイムカプセルを掘り起こすって」

 未来日記か。なんか面白そうなことやってたんだな、椎名くん。
 それなのに三日で飽きるところが彼らしい。

「すげー気になっちゃって。タイムカプセルなんてすっかり忘れていたから、中身のこと全然覚えてなくて」
「それは気になるよね」
「しかもさ、掘り起こす時、必ず一番の親友か彼女を連れていくことっていう条件があったんだよね」

 土を掘る手が一瞬止まりそうになった。


 私が椎名くんの親友? それとも、彼女枠か?
 ちょっと待ってよ、急にそんなこと言われても。
 戸惑う私の隣で、椎名くんは笑いながら言う。


「急にそんなこと言われても、俺友達いないからさ。それで仕方ないから藤川でも呼ぶかって思って」
「冷蔵庫にある食材で適当に作りました、のテンションじゃん」

 ありあわせにも程がある。
 
「おっと、早速手応えあり!」

 掘り返して10分ぐらいした頃、椎名くんが歓喜の声を上げた。
 意外とすぐに見つかったタイムカプセルは、Dランドのお土産に買ってくるクッキー缶のような形状の容器だった。

「さーて、何が入ってんのかな」

 椎名くんは嬉しそうに蓋をこじ開ける。
 私もワクワクしながらその様子を見守った。小学生の宝物なんてせいぜい昔の100点のテストとか、お気に入りのおもちゃとかだろうけど、椎名くんの場合はどうだろう。

 給食のカビたパンとかだったらやだな。
 なんて呑気にしていた私は、次の瞬間腰が抜けるほど驚いた。

「えっ……? ぎゃあああ! 何それ、何それ!」
「こ、これは……!」

 椎名くんは真顔でそれを取り出した。
 《《それ》》はまるで──ミイラ化して真っ黒く変色した人間の手首から先の部分のようだった。

「さくらちゃんの手だ……」

「いやいやいやいや、怖いです。帰っていいですか」
「昔、ここにもう一本桜の木があってだな」
「なに勝手に話し始めてんだ! 怖いって言ってんだろが!」

 私はミイラの手首を握りしめたままの椎名くんの頭を思い切り殴った。
 しかし彼は取り憑かれたように話を続ける。

「その桜が咲き始める頃にだけ会える友達がいたんだ。それがさくらちゃんだ。さくらちゃんは何故かいつも着物を着ていて、今どき珍しいくらいのキッパリとしたおかっぱ頭だった……」

 私はごくっと唾を呑んだ。 

「それ……座敷童子じゃね?」
「いや、違う。さくらちゃんは自分のことをコノハナノサクヤ姫だって言ってた……」
「その名前、なんか聞いたことがある。たしか古事記とか古い日本の神話に出てくる桜みたいに美しい女神だったんじゃなかったっけ」

 いよいよ怖いな。
 そんなこと、小学生の持っている知識だとは思えない。


「だから俺、さくらちゃんに言ってやったんだ。『自分のこと、姫って言っちゃう? イタイねえ〜』って」
「そのツッコミ、世界一いらねえ」


  椎名くんは懐かしそうに目を細めて昔を語り出した。

「さくらちゃんは俺にとって初めての友達だった。毎年、春にしか会えなかったけど、じいちゃんの家に遊びに行くたびに俺はさくらちゃんに会えるのを楽しみにしていた。さくらちゃんは俺にメンコとかおはじきとかの古い遊びを教えてくれた。俺はそのお礼に、ゲットしたポ○モンとか集めてたベイ○レードとかを見せてさくらちゃんからマウント取るのが好きだった」
「嫌なガキだな」

 私のツッコミを無視して、椎名くんは続ける。

「十年前の春のことだった。さくらちゃんが突然泣きながら俺に『もう会えない』って言ってきたんだ。『何で?』って尋ねたら……『桜の木が切られちゃうから』だって。じいちゃんがサウナにハマって、増築したいから桜の木を一本切るって言い出したんだって」

 椎名くんは目の前で咲き誇る桜の花びらを寂しそうに見上げた。

「俺は思った。じいちゃん、いい歳こいてサウナかよって」
「そこは別にいいじゃん」

 あえてスルーしようと思っていたのに。

「俺はさくらちゃんに言った。『いや、桜の木が一本切られてもさくらちゃんは関係ないじゃん? 桜の精霊でもあるまいし(笑)』って。そしたら、さくらちゃんは『いや、気づけよ』って秒でつっこんできてさ。『なになに、マジで精霊なの?』って言ったら、『嘘だと思うなら枝を一本切ってみ』とか言うもんだからさ」

「まさか……」
 私はミイラ化した手首をそっと見た。

「うん。ノコギリでギコギコやったら、さくらちゃん、『ぎゃああああ!』言って。で、枝を切り落としたら本当にさくらちゃんの手首が取れちゃったの。怖いよね、さくらちゃん」
「あんたが怖いわ」
「すげー気まずかったよ」
「気まずいだけで済むか」


 もうやだ、ホラーじゃん。私が泣くわ。



「それっきり、さくらちゃんとは会えなくなったんだ」
 椎名くんは寂しそうに呟いた。

「うん、まあそりゃそうだろうね。手首切られたし、さすがに怒ったんじゃない?」
「そんなことないって。別れ際にこの手首をプレゼントしてくれてさ、私のこと一生忘れないでねって。忘れたら恨むからねって泣いてたもん」
「恨まれてんじゃん。怒ってるじゃん、思い切り!」

 なぜいい思い出風に語れるのか謎だ。

「それで、椎名くんは手首をもらってどう思ったの?」
「いやーちょっとプレゼント的には重いからナシだわって」
「ひでえな」
「あと、もし腐ったら気持ち悪いなって」
「もうゴミ扱いじゃん。さくらちゃん、報われなさすぎ」

 手首切られるわ、腐敗気にされて埋められるわ、踏んだり蹴ったりだ。

「それからかな、桜を見るのがあまり好きじゃなくなっちゃったんだ……。唯一の友達を失った悲しみを思い出すから」

 さわさわと風が桜の花を揺らした。
 まるで桜がしゃべっているように見える。
 満開の桜から花びらがひらひらと舞い落ちて、椎名くんの手のひらの上に乗った。
 
「ありがとう、さくらちゃん。もう心配いらないよ。俺にも藤川っていう、ちゃんとした友達ができたから……」

 顔を上げて、満開の桜に向かって会話する椎名くん。
 
 今まではちょっと変な人程度の印象だったのに、ここまでのレベルに達しちゃうとね。さすがに怖い。

「タイムカプセル見つかって良かったね、椎名くん。それじゃあ」

 私は椎名くんに手を振ってそこから脱走しようとした。
 その時だ。


 私の足元の、地面が崩れた。


「ぎゃあああ!」

 私は足元に開いた穴にお尻までズボッとハマった。
 は? 落とし穴?

「テッテレー♪」

 私の目の前に『ドッキリ大成功』の文字が書かれた紙が突きつけられた。

「えっ? 何これマジで!」
「まだ分かんないのか藤川。ドッキリだよドッキリ。このミイラの手は俺が作った偽物だよ」

 ポンと目の前に手首を放り投げられて、私は悲鳴をあげた。
 でも冷静になってよく見ると、マネキンの手を黒く塗っただけだということが分かる。

「未来日記の話もタイムカプセルの話も嘘だよ。藤川をここに誘き寄せるために昨日一日がかりで作ったんだ。どう、面白かった?」

 そういえば、未来日記には十年後の四月一日って日付が指定されていたっけ。
 四月一日。つまりエイプリルフールだ。

 真実が分かって、私は一気に脱力した。

「このサイコ野郎! めちゃくちゃ怖かったじゃないかよ!」
「いやー、いつも冷静な藤川がここまでビビるとはな」

 椎名くんが笑いながら私に手を差し伸べた。
 悔しいけど、心底楽しそうないい笑顔だ。
 私は照れ隠しに、握力がバカだと言われそうなほど強く彼の手を握りしめ、穴から脱出した。

 心臓がまだドキドキしていた。


「普段着で来て良かったあ。ったく、引っかかったのが私だったから良かったけど、普通はこんなことしたら友達なくすからね、椎名くん」
「えっ。マジで? 次に沢田と小野田くんにも仕掛けようと思ってたんだけど」
「やめてあげなって!」

 沢田くんは隣のクラスの無口な男の子で、小野田くんは金髪のヤンキーだ。
 沢田くんはミイラを見た時点で泣いちゃうかもしれないし、小野田くんは何もしなくても自ら落とし穴にかかって逆ギレしそうな匂いがぷんぷんする。

 いかん。ちょっと見てみたい。
 けど、椎名くんは私だけで満足したようだ。


「友達なくすくらいのことをしたのに──藤川は俺の友達やめないんだ?」


 嬉しそうにそう言って、彼はそっと私の前髪に触れた。
 そこに花びらがついていたみたい。
 ただそれだけ、なんだけど。うっかりドキッとしてしまった。
 私はうつむいて、椎名くんの顔を見ないようにした。


「やっぱ分かんない。急に友達やめるかもよ」
「えっ、何で!」
「なんか、気が変わるかも」
「嘘だよな? エイプリルフールだろ?」
「さあね」

 エイプリルフールだと思われるから、それ以上言うのはやめておこう。
 
 椎名くんの慌てた顔を見て、ようやくホッコリとしたその時だった。私はふと何かの気配を感じて振り向いた。
 そこには大きな桜の木があった。
 その幹の陰から、着物を着たおかっぱ頭の女の子がじーっとこっちを見つめていた。
 右手の手首から先が真っ黒の。


「ねえ……あれも椎名くんの仕込み?」
「何?」
 
 椎名くんは首を傾げた。彼には見えていないのだろうか。
 怖い怖い怖い怖い!
 全身、鳥肌!

「じゃ、じゃあね、椎名くん! 新学期で会おう!」

 私は土がついたお尻のままダッシュで逃げ帰った。そしてお母さんに「みっともない」と嘆かれた。



 これがトラウマになり、私はしばらく桜が嫌いになりました。