「あ」
突然、何かに気がついたような顔つきで、友達の椎名くんが呟いた。
もうすぐクラス替えという三月のこの時期、うちの高校はクラスごとにバスに乗って日帰りで遊ぶという浮かれたイベントを行う。卒業を控えた三年生以外の、一二年生たちだけの行事だ。
二年生の私たちは、早咲きの桜、河津桜を見に江戸川区にある大きな公園に訪れている。東西約3キロにも渡る広大な公園で、フィールドアスレチックやバーベキュー、フラワーガーデン散策などの多彩な遊びができるらしい。
そんな広い敷地の中で、私たちは隣のクラスの沢田くんと佐藤さんにバッタリ出会ってしまった。
沢田くんは椎名くんの友達なのかライバルなのか微妙なところにいる人だ。
私──藤川愛に言わせてもらえば二人はただの友達だと思うけど、椎名くんは何故かそれを認めていない。
「出たな、沢田」
いきなり人の顔を見て「出たな」はないだろう。
沢田くんは無表情だけど、見る角度によっては泣きそうな顔をしているとも言える。
「突然だが、お前に勝負を申し込む!」
突然だな。
しかしそれが椎名くんだ。彼は真面目な顔をしていつも変なことを言う。
「何の勝負?」
目の前にはアスレチック広場もあるし、ちょっと歩けばポニーに乗れるポニーランドもある。どちらで勝負するんだろうと思っていたら、椎名くんはスマホを取り出した。
「人狼ゲームで!」
……この三月の晴れ渡った空の下で、なぜ?
「あの〜、私、初めてなんだけど、人狼ってどんなゲーム?」
佐藤さんが言う。
「えっ、知らないの? まさか沢田や藤川も?」
椎名くんの問いに沢田くんは小さく頷く。
私も初めてだけど、アイドルの動画配信チャンネルとかで見てルールくらいは知っている。
たしか、平和な町に人の姿をした狼(人狼)が現れて、夜になると市民を殺してしまうので、市民は誰が人狼なのかを昼間のうちに見破って追放しなくてはならない──つまり、嘘をついて市民になりすましている人狼は誰なのかを当てるゲームだったはずだ。
「みんな流行に乗り遅れているなあ。今、めちゃめちゃ流行ってるのに」
椎名くんがニヤニヤ笑う。
「いや、むしろ流行は落ち着いた頃だと思うけど」
「えっ。そうなの? 俺、昨日初めてゲームの存在を知ったんだけど」
お前が一番乗り遅れてんじゃねーか。
「なるほど。椎名くんは、昨日初めて存在を知ったゲームをやってみたくてたまらないんだね」
佐藤さんは人の気持ちがよく分かる人だ。いつも穏やかで優しい。
「じゃあ、人狼やろっか。せっかくだから」
「あ、うん」
沢田くんは流されるままに頷く。その時だった。
「ちょっと待った! 楽しそうだな、お前ら! 俺も混ぜろよ!」
どこからか声がしたと思ったら、そばの木陰から金髪のヤンキーが現れた。
「小野田くん⁉︎」
それは、自分こそが沢田くんの大親友だと思い込んでいる変な人、小野田くんだった。椎名くんは小野田くんに目をつけられていて、沢田くんのことについて話があると呼び出しをくらったんだけど、無視して逃げたという苦い過去がある。
「いいよな⁉︎」
小野田くん、顔が怖いなあ。あまりの恐怖に誰も嫌だとは言い出せない。
「あいつ、人狼じゃね?」
椎名くんがボソッとつぶやいた。
まだゲーム始まってないのにな。
こうして、唐突に人狼ゲームが始まった。
プレイヤーは、
真顔で変なことを言う椎名くん。
無表情で無口な沢田くん。
普通女子の代表、佐藤さん。
金髪ヤンキーの小野田くん。
そして、毒舌ツッコミの私、藤川の五人。
プレイヤーにはそれぞれ役職があり、市民が三人、人狼が一人、預言者が一人という内訳になる。
市民は何の能力もないけど、全滅する前に人狼を追放できたら勝ち。
預言者は占い能力があり、誰か一人を占ってその人の役職を知ることができる。
ちなみに私は……とりあえず今は内緒。
「よーし、騙されないぞ!」
椎名くんが気合を入れる。
『朝になりました。制限時間三分以内に、追放する人を一人選んでください』
アプリ内のゲームマスターに促され、私たちは丸くなって顔を見合った。
この中に一人だけいる人狼を、話し合いで見つけて追放しなくてはならない。
「誰を殺る?」
小野田くん、いきなり目がバキバキで顔が怖い。
「あいつ、絶対人狼だよ」
「こらこら、顔で判断しない」
耳打ちしてきた椎名くんにこっそりと返す。
「じゃあさ、みんな、自分がもし預言者だったら誰を占う?」
「小野田くん」
小野田くん以外の四人が同時にそう言う。
「ふざけんな! 俺は人狼じゃねえ、預言者だ!」
小野田くん、ブチギレ。自分の役職をバラす。
その時、私は沢田くんが異常にびっくりしていることに気づいた。
「ねえ、沢田くん。もしかして、本当は沢田くんが本物の預言者なんじゃないの?」
沢田くんはビクッと肩を揺らした。
「あ……うん……」
「嘘つけ、沢田! 預言者は俺だ! みんな、信じてくれ!」
しかし、誰も首を縦に振らない。
制限時間、残り一分。
「ふっふっふ」
すると、椎名くんが笑い出した。
「お前ら、すぐにバレる嘘をつくんじゃねえよ。俺こそ本物の預言者だ!」
「何っ⁉︎」
「いったい、誰が本物の預言者なんだ……?」
動揺する男たち。
いや、預言者より人狼を探せ?
制限時間はそのまま終了した。
『追放する人を一人選んでください』
みんなでスマホを回し、一人一人投票していく。
『追放される人が決まりました』
満場一致で、小野田くんだった。
「何でだよ!!」
「どう見たって人狼顔だからだよ!」
「顔で判断するな!」
『ゲーム続行です』
「ほら見ろ! 俺が人狼だったら市民の勝利になってたはずなのに、ゲームが続いてるってことはお前らの中にまだ人狼がいるってことなんだよ!」
「いや、危険度は人狼より小野田くんの方が上だから」
人狼にある意味で勝った男、小野田くん。危険度MAXのため追放。
プレイヤーは残り四人。
『夜になりました。行動してください』
夜になると人狼の人は誰かを殺し、預言者は占いで誰か一人を占い、役職を見る。
『朝になりました。昨夜の犠牲者を発表します』
ごくっと息を呑む沢田くん。狙われたのは多分預言者だと思うから、沢田くんが緊張するのも無理はない。
『殺されたのは……このプレーヤーです』
画面に映し出された犠牲者はなんと──椎名くんだった。
「なんで俺なんだよ!!」
椎名くんはブチギレる。沢田くんはホッとした表情を見せるかと思いきや、ますます緊張したような顔をした。
この表情は一体?
人狼は誰なの?
もしかして……実は沢田くんが人狼で、預言者って言ったのは嘘で、本物の預言者は椎名くんだったから、椎名くんが殺された?
『追放するプレーヤーを一人選んでください。制限時間は三分です』
再び議論タイムが始まる。
「沢田くん、預言者なんだよね? 夜に椎名くんの役職は何だったのか占ってみた?」
「!」
私の言葉に、沢田くんは大きな唾を飲み込んだような顔をした。
「……ごめん」
占ってないんだ。《《やっぱり》》ね。
私は一人で合点する。
もしも沢田くんが預言者だったら、自分が預言者だと嘘をついていた椎名くんを怪しんで昨夜のうちに必ず占っているはず。
でも、椎名くんの役職が何だったのか沢田くんは占っていない。
つまり、夜に沢田くんがとった行動は、占いじゃなくて殺人。椎名くんを殺した犯人だから占っていなかった。そうとしか考えられない。
「怪しいな、沢田のやつ」
死んだはずの椎名くんが勝手にしゃべり出す。
「ダメだよ椎名くんは議論に参加しちゃ」
「いや、なんかさー、最初から沢田は怪しかったじゃん? 役職を振り分けられた時からビクビクしてた。やっぱりあいつが人狼だ!」
「違うよ、沢田くんは人狼じゃない」
佐藤さんが即座に沢田くんを庇う。
「沢田くんは、お友達とこういうゲームするのが初めてで、ドキドキしちゃっただけだよね?」
「佐藤さん……」
沢田くんがうるうるとした瞳で佐藤さんを見つめる。
「マジ、天使……」
「天使なんて役職ねーよ、沢田」
お前こそ、空気読めよ椎名くん。
今は佐藤さんと沢田くんの感動シーンだったやろがい。
「天使というなら俺こそ天使だな。もう死んでるから」
「いや、死んだはずなのに動いてるからゾンビじゃない?」
魂も腐ってそうだしな。
「くそっ! 俺もゾンビでいいから生き返りてえ!」
小野田くん、椎名くんに続いて自力復活。もう訳がわかんない。
整理しよう。
今この場にいるプレーヤーは、市民が二人、人狼が一人、ゾンビが二人。
ゾンビはただ雑談に加わるだけらしい。
いる? その役職。
「ゾンビの言い分としては、沢田が怪しいな! あのおどおどした態度。間違いなくあいつが人狼だな」
「それ、さっき俺が言ったし。何で被せてくんの? なんか発言するなら新しい情報上乗せしてくんねーと、時間なくなるだろ」
『制限時間、残り一分』
「ほら見ろ」
「じゃあ、新情報を加える。沢田は、佐藤さんに庇ってもらって死ぬほど嬉しがっているけど言葉にできない不器用さを持っている!」
「それも見れば分かるけど」
「えーと、じゃあさらに新情報。沢田の今日のパンツは青のトランクス」
「何でそんなこと知ってんだよ。キモッ」
このゾンビども、マジでいらねーんだけど。
ゾンビどもが足を引っ張り合っているうちに制限時間が終了した。
『追放する人を一人選んでください』
ここで市民を追放してしまったら人狼の勝ち。
人狼を追放すれば市民の勝ち。
さあ、勝つのは誰だ⁉︎
『追放された人が決まりました』
沢田くんと佐藤さんの投票は──私に入れられていた。
「ええええええっ⁉︎」
私が追放された? そして──。
『勝者は人狼です』
「うふふ」
笑ったのは、佐藤さんだった。
「ごめんね、藤川さん。勝っちゃった」
「佐藤さんが人狼だったの⁉︎ それじゃ、沢田くんは?」
「……市民」
いや待って。意味が分からない。
「何で預言者って嘘ついたの⁉︎」
「……預言者? って聞かれて、つい……」
「沢田くん、人から聞かれたことに否定できない人なんだよね」
そうか。そう言われてみれば、沢田くんは自分からは一度も預言者だとは言ってない。
「じゃあ、椎名くんが預言者?」
「いや。俺は場を混乱させてやろうと思ったただの市民」
「死んで正解のクズだな」
お前みたいな奴がいるから訳が分かんなくなるんだよ。
「だから最初に言っただろ! 俺が預言者だって!」
小野田くんがブチギレする。
「いや、だって顔が人狼だったし」
「顔は関係ねえって何度も言ってるだろ!」
ちなみに小野田くんが預言者だと宣言した時に沢田くんがキョドっていた理由は「声が大きくてびっくりした……」からだった。それを私が勘違いして、沢田くんこそ預言者じゃ? と思ってしまったというわけだ。
「まさか佐藤さんが人狼だったとはなー。騙された!」
「天使だと思ってた……」
「やだ、恥ずかしいよ沢田くんってば」
沢田くんは素直で純粋だな。
両手で顔を覆って恥ずかしがる佐藤さんも可愛らしい。
それに引き替え、ゾンビの二人は醜い。
「どっちが先に沢田の本物のダチになれるか勝負だ、椎名!」
「いや、小野田はもう諦めたら? その顔じゃ無理」
「やっぱり顔⁉︎」
さっきからずっと言い争いをしている。
お前ら、一生やってろ。
あくびをしたら、風に乗った河津桜の花びらが一枚、ふわりと目の前を横切った。
今日も平和な空だった。
